あたしのお弁当
朝、あたしは家のキッチンで、お弁当をふたつ作る。
ひとつは自分の、もうひとつはお母さんのだ。
作りながら、そのうちみっつ作ることになるのかな? なんて妄想する。
コンジョーくんのお弁当も──
「おはよー、えみ」
お母さんが起きて二階から降りてきた。まだ眠たそうだ。
お母さんの名誉のためにも言っとくけど、あたしの母はけっして毒親とか、そんなんじゃない。
うちは母子家庭だ。
お母さんはあたしを大学へ行かせるために、朝から晩まで働いてくれてる。
母子家庭は支援制度が色々あってお得とか言うひともいるけど、そんなの感じたことはない。
毎日頑張ってくれてるお母さんのために、あたしがお弁当を作ってるのだ。
朝食も休日以外はあたしが作る。
今朝の目玉焼きは我ながら見事な出来映えだ。
黄身に綺麗なフタができ、割ってみると中はとろっとろ。
「いつでも嫁に行けるよねぇ」と、母はあたしのことを自慢げに言う。
「まだ高校生だってのー」と、あたしはケラケラ笑う。
生まれて初めての彼氏ができたこと、お母さんにはまだ言ってない。
じつは今までに何回も告白はされたことあるけど、付き合わなかった。お母さんが頑張ってるのに、あたしが彼氏と遊び呆けてるわけにはいかないと思って──
でも、コンジョーくんの告白は受けてしまった。
なんでだろう? 面白いひとだって思ったこともあるけど、それ以上に『このひととなら付き合いたい』って直感みたいなものが働いた。
お母さんもいつも「あたしに気なんて遣わず、青春を謳歌しなさいよ」って言ってくれてる。だからきっと、知ったら喜ぶしかしないだろう。
いつかお母さんにコンジョーくんを紹介したいな。
『お昼、屋上で一緒にお弁当食べない?』
コンジョーくんにそんなメッセージをスマホで送った。
しばらくすると『(๑•̀ㅂ•́)و✧』みたいなスタンプが返ってきた。
うちの学校は屋上が解放されてる。
っていうか鍵はかかってるけどナンバーロックで、番号は『7777』なのだ。
扉を開けると秋の爽やかな風があたしの髪を揺らした。コンジョーくんのアホ毛もなびいてる。
「あそこに並んで座ろうよ」
屋上の手すりのちょうど椅子みたいになってるところに並んで腰かけて、それぞれのお弁当を開いた。
あたしのはからあげ、たまご焼き、おからの煮物、きんぴらごぼう、茹でレタスのサラダだ。我ながら地味だけど、味には自信がある。
柏木くんが言ってた通り、コンジョーくんのお弁当箱は大型サイズだった。
とはいえふつうに食べ盛りの男の子サイズだ。超人的ってほどじゃない。
おかずは肉だんごとカットされた魚肉ソーセージのみだった。あとは大量の白ごはん──
あたしは褒めた。
「男らしいお弁当だね」
「父が作ってくれてるんだ。力がつくぞ」
「お父さんが? ……もしかして父子家庭とか?」
「母は俺が小学生の時、大型トラックにはねられたんだ」
「ごめんなさい」
あたしは深々と謝った。
「いけないこと聞いちゃった……」
「大型トラックにはねられたら異世界へ行けるっていうだろ?」
コンジョーくんはあかるく笑い飛ばしてくれた。
「だからきっと母も今頃、異世界で楽しく冒険してる」
根性でなんでもできる彼でも、死んでしまった大切なひとを生き返らせることはできないんだ……。
そんな当たり前のことを思いながら、あたしはまた心配になった。
「コンジョーくん、今度の大食い大会……、食べ過ぎないでね?」
はははと彼が笑う。
「食べ過ぎなかったら優勝できないぞ?」
「心配なの、あたし……。なんか、コンジョーくんのコンパクトなカラダにお料理がいっぱい入っちゃったら、破裂しそうで──」
「朝日奈笑……」
コンジョーくんの目が優しくなった。
「心配してくれるのは嬉しい。でも大丈夫だ。俺は根性でなんでもできる!」
お母さんを生き返らせることはできないでしょ、とは口にしなかったけど──
「でもコンジョーくん、風邪ぐらいだったら根性で治せそうだけど、限界はあるでしょ? もし何かあったらって思ったら……あたし……」
「朝日奈笑……」
それから二人、無言になって、お弁当を食べる音だけがそこにあった。
放課後、梓ちゃんと並んで根性部の部室に行くと、柏木くんとコンジョーくんはもう来ていた。
なんだかコンジョーくんに元気がない。
柏木くんが肩に手をかけて、彼を励ましてるような光景だった。
「あ! 朝日奈さん」
柏木くんがあたしを見て、助けを求めるみたいな顔をした。
「コンジョーが……! 大食い大会に出ないって言いだした!」
「はあっ!?」
梓ちゃんがびっくりして声をあげた。
「なんで!? あんなに張り切ってたじゃん!?」
「朝日奈笑を心配させたくない……」
コンジョーくんが、うわごとのように言う。
そして頭を抱えると、泣くような声をだした。
「だめだ! 根性が湧き上がってこねー!」
「わかった」
あたしはにっこり笑うと、言った。
「じゃ、あたしが出るよ、大食い大会!」
「「「ええええええ!?」」」
三人が信じられないことを聞いたようにあたしを見た。




