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男子は根性 〜 根性があればなんでもできてしまう男の恋物語 〜  作者: しいな ここみ
もつれ合う恋! の巻

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16/23

二人の世界

 あたし気づいてる。


 柏木くんが、梓ちゃんのことを見てる。


 その目がなんだか優しくて、憧れみたいなものを浮かべてる。

 なんかそれは、恋しいひとを遠くに見るような目で──


「ハルトくうんっ! 音楽室へ行きましょう」


 宇佐美先生が柏木くんの手を引っ張った。


 柏木くんはずっとここに居たそうだったけど、遂に勢いに負けて、あたしたちに手を振りながら、笑顔で部室を出ていった。


「それじゃ、みんな。早速練習はじめるよ、オレ。コンジョーに聴かせるためにベートーヴェンの『月光』、弾けるようになってみせる、根性で」


『根性』ってことばがものすごく似合わない爽やかな笑顔でそう言った。


 宇佐美先生はとても張り切ってる。


「さ! 音楽室でボクと二人きりになろうねぇっ! ポテチ持っていく? コーラも持っていこうか?」


 こちらも『根性』より『煩悩』のほうが似合いそうな感じだった。


 柏木くんが出ていくと、梓ちゃんが言う。


「私の目標はアレと仲良くなることだから──、アレがいなくなったらすることないわね」


「うん。絶対仲良くなってね? 親友のあたしのために!」


えみのためだからしょうがないね」

 梓ちゃんがため息をつく。

「ほんとうは私、ああいう裏表のありそうなイケメン、苦手なんだけど」


 知ってる。

 梓ちゃんはそういう類いの男子に傷つけられたことがあるんだって。

 だからあたしもそういう類いのイケメンは嫌うようになったけど──


「柏木くんは違うよー。裏表なんてないって」


 心からそう思って、言ってあげた。

 何しろあたしのカレシの親友なんだもん。


「はいはい」

 テキトーにあたしのことばを受けて流すと、梓ちゃんはバッグを肩にかけて立ち上がった。

「それじゃ、帰ろっか。もうすることないんでしょ?」


「あっ。あたし、今からこれに挑戦するから!」


 そう言ってあたしは手に持ったピーマンを見せつけた。

 瓢箪丸ひょうたんまる先生が家庭科室にあるのを持ってきてくれていたのだ。


「だ……、大丈夫?」

 心配そうに梓ちゃんが顔を曇らせた。

「……応援してあげたいけど……、えみが苦しんでるとこ見たくないな。帰ってジムの手伝いしなきゃだし──」


「大丈夫だよっ! コンジョーくんが応援してくれるから」


「うんっ!」

 コンジョーくんがうなずいた。

「朝日奈笑の応援は俺に任せろ!」


「……じゃ、先に帰るけどごめんね。見ててあげられなくて。明日また会おうね!」


 そう言いながら梓ちゃんは近づいてきて、あたしのほっぺにキスをした。

 梓ちゃんは柏木くんさえ側にいなければとても明るい人気者なのだ。柏木くんの側にいる彼女しか知らないひとがいたら『なんてツンツンした女だ』とか誤解されそうだけど──


「うんっ! また明日!」


 そう言って、あたしもキスをお返しした。

 

 愛する我が親友よ、また明日。



 梓ちゃんが出ていくと、コンジョーくんと二人きりになった。瓢箪丸先生は既に教員室に戻っていたので──


「よ……」

 コンジョーくんがなんだか挙動不審だ。

「よよよよ……」


「ようやく二人きりになれたね!」


 あたしがそう言うと、コンジョーくんもそれが言いたかったらしく、真っ赤な顔を押さえて転げ回った。


「それじゃ……」


 あたしが気合いをこめてそう言うと、コンジョーくんは立ち上がり、ほっぺたをあたしに差し出してくる。

 あたしはそこにピーマンをくっつけてあげた。


「ピーマン! 根性でいただいてみせます!」


 何か期待してたことと違ったのか、ちょっとガッカリした顔をしながら、コンジョーくんが言う。


「な……、生で食べる気か? いくらなんでもそれは……」


「うん。ハードル高すぎだよね。何したら食べられるかな?」


「ピーマン嫌いな子どもに食べさせる定番料理といえば、やっぱりチンジャオロースーとか、ナポリタンじゃないか?」


「それじゃダメ! 誤魔化さずに、いかにもピーマンってものじゃないと! あたしちっちゃいけど子どもじゃないんだし!」


 生物室にはガスコンロが置いてある。

 フラスコに水を入れ、それを沸騰させ、あたしはそこに四つ切りにしたピーマンを入れた。


 濃い緑色のピーマンが、お湯の中であたしを見てる。

 白いビラビラとタネが気持ち悪く揺れてる。

 口に入れたらきっと嫌な苦味を爆発させて、嫌なシャキシャキ感が消えなくて──


 でも! 根性で食べてみせる!


「いきます……」


「あ、味付けなしでか……」


「応援よろしく」


 あたしはそう言ったが、コンジョーくんは無言で、泣きそうな顔をして見守ってくれてるだけだった。


「根性ーーー!!!」


 口に放り込むなり、あたしは激しく噴き出した。

 床にそのまんまの姿でピーマンがべちゃりと貼りつく。


 なんて恥ずかしいところをカレシに見せてしまったんだ……。


「朝日奈笑ーー!」


 コンジョーくんが恥ずかしいあたしを隠すように、守るように抱きしめてくれた。


「ゆっくりでいい! ゆっくりでいいんだ! 俺……、待つから!」


「うん……」


 あたしはなんだか心から安心して、彼の胸に体重を預けた。


 コンジョーくんならきっと、どんなに苦手な食べ物でも、根性で食べてみせられるんだろうな。


 たとえあたしが失敗して、砂糖と塩を間違ってしまった手料理でも──


 彼のために、根性部の威信にかけても、必ずピーマンを食べれるようになってみせる!







 

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― 新着の感想 ―
何気ないけれど、やりとりが素敵なエピソードでした。こういうの、時として作者は苦労して書かれている時もあれば、楽しんで書かれていることもあるかと存じます。ここみ様、楽しんで下さいませ(^-^)
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