気になるあの娘(柏木陽翔視点)
「さぁっ! ハルトくん、音楽室へ行くよっ! ボクがアレをレクチャーしてあげるよハァハァ!」
「あっ、待ってよ、るん先生。まだ部の目標を決める会議中だよ」
激しく手を引っ張るるんちゃんを引き留め、オレは部室に残った。
くそっ……
笑顔を浮かべ、平常心のふりをしてるけど、どうしても目が彼女を追ってしまう。
どうしてあんな……傲慢で高飛車な女の子のことがこうも気になるんだ? 顔がいいからか? いやいや……顔のいい人間なんて毎日鏡で見慣れてるはずじゃないか。
神崎梓──あの白鳥ボートの一件からだ。こんなに彼女のことが気になるようになってしまったのは。
すごかった。神の力を見たような気がした。
そうだ。
コンジョーのことをオレが好きになってしまったのも、同じような理由だったっけ。
小学生の頃、コンジョーはなんにもできない、いわばダメ男くん的ポジションの男の子だった。今でも基本的にはそうだが。
オレはあいつを正直見下していた。表面的にはフレンドリーに接するものの、内心では大勢いる友達の枠外に置いていた。
あるいはなんにもできないくせにやたらと自信満々に見えるあいつのことが理解できず、畏れのようなものを抱いていたのかもしれない。
あの日もオレは神を見た気がしたのだった。
海で溺れかけていたオレを目がけ、「根性オォォォ!」と声をあげながら、燃える目で、海を裂くようにやって来たあいつを見た時、オレは確かに神をそこに見た。
みんなは気持ち悪がったが、オレはあれからコンジョーのことが大好きになった。
好きでもないのに、命の恩人だから、義理で親友をやっているわけじゃない。
大勢いた友達のほうとは、相変わらず付き合いはしながらも、オレは心の中で縁を切った。コンジョーのことを好きにならないやつらなんて、どうでもよくなった。
今ではオレが永遠の親友だと思っているのはコンジョー一人だけだ。バンド仲間なんて音楽性の相違だけで別れられてしまう程度のものだ。
神崎梓にあの時のコンジョーと同じ感動を覚えてしまった。
自分に根性がないからなのだろうか、人間の力を超えたことを根性でやってのける人間を見て、これほど心を奪われてしまうのは。
あの娘はすごい。
是非、仲良くなりたい。
オレはドMだったのだろうか? あの娘にダニのように見下されるたび、ゾクゾクとして口元が緩み、快感を覚えてしまうようになった。
はっきり言おう。
オレは神崎梓に恋をしている。
しかし……しまったな……。
それを他人に相談してしまった。
最も秘密を守ってくれそうで、最もオレの相談に親身になってくれそうなひとに、「好きな女の子ができたんだけど、どうしたらいいかわからないんだ」なんて、打ち明けてしまった。
そのひとがオレのファンだってこと、ファン心理がいかに裏返ると恐ろしいものかなんてこと、迂闊にも気にも留めてなかったんだ。
「ふぅん……? なんて名前の女子生徒?」
そのひとはそう聞いた。
「それとも生徒じゃなくて、先生? つまりそれは──ボ・ク──かなっ?」
否定するのも面倒くさそうにオレは告げてしまった気がする。
バカ正直に、神崎梓の名前を──
るんちゃんは何も言わずにピアノの低いシの音をボーン……と鳴らした。
それからだ。
オレの前でだけは女の子のようにかわいかったあの先生が、黒いオーラを発するようになってしまったのは。




