根性で好きになれ!
「無理無理無理無理」
梓ちゃんが胸の前で手をパタパタ振りながら、横目で柏木くんを見る。
「コレを好きになるなんて無理。それに仲良くなることと根性って関係なくない?」
「いや! 根性で誰かと仲良くなることはできるものだぞっ!」
コンジョーくんが教えてくれた。
「俺など根性で朝日奈笑の彼氏となったのだからな!」
あたしとコンジョーくんは腰に手を当て、並んであっはっはっは! と笑った。
でもそれ根性とは関係ない。確かに告白するのは根性でだったけど、あたしがOKしたのは根性関係ない。まぁ、言わないけど。
「無理! 無理っ!」
ゴキブリから逃げるような動きで拒否し続ける梓ちゃんに、あたしは言った。
「梓ちゃん……。あたし、部員のみんなに仲良くなってほしいの。……今のところ、仲が良くないのって、梓ちゃんと柏木くんだけだよ?」
「う……」
「恋人同士になれって言ってるんじゃないの。ただ仲良くしてほしいだけなの。それがあたしの願い」
「わ……」
顔じゅうに汗をダラダラ流しながら、梓ちゃんが約束してくれた。
「わかったわ。笑のために……コレと仲良くなってみせるわ」
柏木くんが嬉しそうに笑った。
あたしも梓ちゃんの手を握りしめて、笑った。
その向こうで、宇佐美先生が般若みたいな顔になって、黒いオーラを立ち昇らせてた。
「じゃ、次はハルトの番だ」
コンジョーくんが言った。
「ハルト! おまえの苦手なものはなんだ?」
「うーん……」
柏木くんが考え込む。
「苦手なもの……か。なんかあったかな? コンジョー、おまえなら知ってるだろ? 教えてくれ」
「知ってるぞ」
コンジョーくんは胸をどん! と叩き、言った。
「ハルトはギターがうまい! ベースも弾ける! ドラムも叩ける! 歌もうまい! しかし……鍵盤楽器が苦手だよな?」
「あぁ……確かに!」
「親友の俺に聴かせるため、ピアノをうまくなってくれ! シューベルトの『月光』を弾けるようになってほしい!」
「『月光』はベートーヴェンな」
「どうだ? できるか?」
「わかった。やるよ」
柏木くんが宇佐美先生を振り向いた。
「……と、いうことになりました。るん先生、指導をお願いできますか?」
「きゃうん!」
宇佐美先生がうさぎみたいに跳ねた。
「頼ってくれるのねぇっ! ボクの力が必要なのねぇっ! ハルトくんのためならいくらでも!」
「よし! 決まり!」
あたしは言った。
「じゃ、最後! コンジョーくんの苦手なことは?」
「コンジョーに苦手はないよ」
柏木くんが笑った。
「正確に言えばコイツはすべてのことが苦手だけど、根性でなんでもできるから、苦手はないと言えるんだ」
「いや……」
コンジョーくんがもじもじしながら、言った。
「苦手なこと……、あるよ」
「何?」
あたしは聞いた。
「言ってみて?」
「さ……、さいほう……」
「え?」
よく聞き取れなかった。
「細胞?」
するとコンジョーくんが見せびらかすように、チラッチラッと、制服の前を見せてくる。
ボタンが三つ、取れてた。
そうか……。あの、猫探しのとき、「根性!」と叫んだ時に、ボタンが三つ吹っ飛んでたんだった。
「朝日奈笑!」
顔を真っ赤にしてコンジョーくんが言った。
「俺に裁縫を教えてくれっ!」
「あはは。そんなこと、頑張らなくてもあたしがつけてあげるよ」
あたしはポーチからお裁縫道具を取り出した。
椅子に座るコンジョーくんと向き合って、服を着たままの彼の胸にボタンをつけてあげた。
口で糸を濡らして、彼の胸に手を触れて──
なんかいいな、こういうの……。
彼のために、取れたボタンをつけてあげてるだけなのに、なんか幸せ。
コンジョーくんも幸せの陶酔みたいな表情を浮かべてる。
「いいね。おしどり夫婦みたひだねっ!」
瓢箪丸先生がほっこりしてる。
「ふひ! ふひ! ふひ!」
宇佐美先生がなんだか興奮してる。
「ほんとうはコンジョーは裁縫ぐらい根性を出せば自分でできるんだ」
柏木くんが、梓ちゃんに解説してる。
「基本的に他人には頼らないが、いざという時には力を借りる。ありがたく彼女にやってもらうことで、彼女を立てることができるんだ。そんなヤツなんだ、コンジョーは」
梓ちゃんがツッコんだ。
「いや、単にイチャイチャできて喜んでるだけに見えるけど?」
「ところで神崎……。オレと仲良くしてくれるんだよね?」
「あー……はいはい。お友達、お友達、ね」
柏木くんがなんだかすごく優しい目をして梓ちゃんを見てる。
梓ちゃんはテキトーにあしらってる感じだけど、やっぱり容姿のいい同士、絵になるな。
「はい! できたよっ」
あたしは1分もかからずボタンを三つつけ終えた。
「は、早いな!」
コンジョーくんが残念そうに言った。
「も、もう少しこの時間を楽しみたかった!」
ストックが切れました。
次回から不定期連載になりますm(_ _)m




