副顧問とチャラ男(神崎梓視点)
音楽室からピアノの音が聴こえていた。
「いるよ、宇佐美先生」
チャラ男がにっこり笑う。
昨日の下校途中、顧問を引き受けてくれるのは瓢箪丸先生に決まった。
あとは部室と副顧問──その副顧問をやってくれそうなひとに、チャラ男は心当たりがあると言った。
「梓ちゃんっ! 引き受けてくれるといいね、宇佐美先生!」
楽しそうに笑が私の腕に抱きついてくる。
私も笑も音楽を履修していないので、宇佐美先生のことはよく知らない。親友がとてもワクワクしてるらしいので、私までなんだかワクワクしてきた。
「引き受けてくれなさそうな時は、俺が根性でなんとかしよう!」
コンジョーくんがそう言うのに、チャラ男はアハハと笑う。
「大丈夫だよ、コンジョー。きっと引き受けてくれると思うからさ!」
「失礼しまーす」
チャラ男が音楽室の扉を開けると、グランドピアノに向かって長い黒髪を振り乱している背中が見えた。少しだけ太めのその先生は、私たちが入ってきたことに気づいてもいないようだった。
まるで世界を憎むような激しい動きで、ベートーヴェン『クロイツェル』のピアノ部分を弾いている。っていうより鍵盤に怨念のようなものを叩きつけている。
「わぁ……」
笑が感動したように呟いた。
「なんて攻撃的な曲……。まるで聴いてるだけで殺されそう……」
演奏が終わった。
弾き終えるまで、宇佐美先生は私たちに気がつかなかった。
大量虐殺をやり終えたように先生は息を吐き、横顔に薄ら笑いを浮かべる。
「るん先生っ」
チャラ男がそう声をかけると、びくっと体を揺らして、ようやくこっちを向いた。
殺気のこもっていた表情がみるみる緩み、子どもみたいな笑顔が花開いた。
「ハルトくぅんっ!」
立ち上がり、チャラ男の前へ行くかと思いきや、後ろへ飛び退き、またもじもじと前進しはじめた。
宇佐美るん先生──変人だとは聞いていたけど、本当に変な先生らしいわ……。
「宇佐美先生はハルトがやってるバンドの大ファンなんだそうだ」
コンジョーくんが教えてくれた。
「ハルトの頼みならなんでも聞いてくれる。これは副顧問ゲットで間違いないな」
なるほど、ファンね……。
私にもファンはたくさんいるからよくわかる。ファンは頼めばなんでもしてくれる便利な存在だ。
それをいいように利用して、副顧問をやらせるわけね? まぁ、ファンの正しい利用方法よね、それって。それに対して私に嫌悪感はない。
男子はいいよね。
女子の私がそれをやったら、色々と問題が起きがちだからやらなかったのよ。
「どうしたのぉ? ボクに会いにきてくれたのぉっ?」
さっきまでの殺気を放っていたのとは別人のようになって、るん先生はかわいい声をだした。っていうかボクっ娘かよ……。
「あっ……。お友達も一緒だったのね? わあっ! あなた……もしかして『天使猫』ちゃん? 朝日奈笑さんなのぉっ!?」
笑がぺこりと頭を下げた。
特殊なキャラには興味を激しくそそられる笑らしく、ニコニコしながらお尻をウズウズさせている。猫みたいでかわいい。
るん先生がコンジョーくんのほうを見た。
よく知らないらしく、すぐに私のほうを見る。
かわいかったその顔が、一瞬にして殺気を帯びた。
「るん先生」
柏木が話しかけると、すぐにまたかわいい顔に戻って、笑顔でチャラ男を振り向く。
「頼みがあるんだ」
「どぉしたのっ? ライブのチケット売り捌いてほしいのぉっ?」
「いや、それはいつも言ってるけど、大丈夫だから。メンバーで売り捌くから。るん先生に迷惑かけないよ」
へぇ……。
爽やかな笑顔でいっつも先生をうまく利用してるのかと思ったら、意外と律儀なのね。
まぁ、処世術に長けてないともいえるけど──
「オレたち、この四人で新しく部活を設立したいんだ。……で、顧問には瓢箪丸先生がなってくれることに決まったんだけど、副顧問が……」
「ボクになってほしいんだねぇっ!?」
チャラ男が最後まで言う前に、るん先生が話に飛びついた。
「なるなるっ! なっちゃうよぉっ! ハルトくんと同じ部活ができるなんて、ボク感激だよぉっ!」
「ありがとう、るん先生!」
どんな部活かも聞かずに即答しちゃったよ……。
「こちらこそボクを頼ってくれてありがとぉっ! わぁっ! 楽しみだなぁっ! 推しと一緒に部活できるのっ!」
笑が嬉しそうに言った。
「引き受けてくださりありがとうございます! 一緒に頑張りましょうっ!」
「朝日奈さん! これからよろしくねっ!」
コンジョーくんが笑と並んで頭を下げる。
「やはり持つべきものは親友だなっ! 柏木くんの親友で、段田紺青と申します。よろしくっ!」
「よろしくねぇっ! ふふ……。キミたち二人並ぶとちっちゃくてかわいいねぇっ!」
私も挨拶し、名乗った。
「神崎梓です。どうぞよろしく……」
るん先生の背後に闇が見えた。
その目が、雷光を放つようにギラリと光った。
な……、なんなの?
この、正体不明の激しい殺気……。




