38:昼休憩
「お昼休憩に入りますよー!」
ピ──っと笛を吹いて、みんなに知らせる。
伸びやかに夏の空を抜けていく音の笛は、ボアナちゃんが作ってくれたものだ。夏祭りに等しい大舞台で笛が使われたことに感動しているらしく、頬が可愛く赤くなっていた。
「配膳をしまーす。お知らせ係、コーラル姫にかわりますね」
「みなさまごきげんよう。夏の王宮からの差し入れですわ。ぜひご堪能くださいませ!」
木製のお皿に盛られた料理からはいい香りが漂う。
うーん、スパイシー。
ふるまったのはカレー・パンだ。
初めて見る人々は、この「謎のスープ……?」に首を傾げていた。
それよりも大きく反応してるのは、さきほど騒いでいた外国風の服装の集団。
やれやれ。フェンリルを巻き込んで騒いでたし今殴りかかってもいいですかね……? おちつけ私、いいわけないんだから。心の中でシュッシュッとボクシングしておく。
「ふんだんに香辛料が使われている!? 秘蔵のスパイスでしょうに、なぜこんなことを!?」
そうなんだ?
そうだろうな。
私だって、これを使用したいと国王様に告げられた時は驚いたもん。
試合前夜。
彼は護衛もつけずに、私たちに会いにきた。
…………。
……彼の真意はまだわからない。
場をかき乱すつもりなのかもしれないし、長い付き合いのある客人に忖度しているかもしれない。でも、あのときの目はしっかりとこの島の未来を見つめていると思った。
そう信じたいと思わされた。
まあ、国王の回答を聞きましょう。
外国風グループが国王に恐れ多くも直接意見しているあたり、癒着があるのだろうと察せられた。
夏の国王はカレーを口にして、話し始めた。
「うまっ。──香辛料を蔵に入れておっても夏の気候ではいずれ傷む。冬のように冷凍保存とやらができれば、違うのかもしれないが。これは我が国のものだからな。腐らせるよりも、毎日とはいかずとも祭りの時には、蔵開放をするのもよかろう」
あとはもぐもぐと食べ進めている。
外国風の集団は、ざわざわと相談を始めた。
耳をそばだててみると「コントロールできなくなっている」というふうな物言いだ。
また、「カレーとやらにコントロール権を奪われている!? カレーには魔法が!?」入ってませんよ魔法は。夏の運動後のカレーは最高だよね。ライスが欲しいところだけどね。
さーて私も、ひと口。
「レシピはそちらのエル様が教えてくれた」
視線が集まる。
ブフォっ、と喉の辺りでむせたのをごまかし、涼しい顔でヒクリとした微笑みを浮かべた。タイミング〜!
改めてみんなが私を見る目に「異質さ」が現れていることに気づく。
まずはカレーなどのレシピをもたらしたこと。
そして、このカンカン照りの日差しの中、日焼けすらしない真っ白な冬の肌も、かな?
しかし隠れたりはしない。
彼らがこれからも商業島として歩んでいくならば、いずれこのような遠く離れた土地の民とも交流することになるのだ。
今のうちに見て慣れておくといいのかも。
あなたがたってそういうもの? と尋ねられている冬の付添人たちも、同じく真っ白な肌をしている。
怖がりすぎなくてもいい、夏の島にだって毎年冬は訪れている。あなたたちの身近にあるものが、冬だ。
「えへん。冬の民にとってもエル様たちは特例だ」
ちょっとー。言い方ー。
フェンリル族への溢れる敬意を「抑えて?」とお願いしてあるので(出なければ、よその土地で五体投地をしかねない)がんばって言葉変換した結果、なかなか奇妙な言い回しになってしまう冬のみなさんである。
「でも、恐れ多いが、彼女たちは冬の民と共に生きてくれる方なのだ」
──うん。
──これからもよろしくお願いします。
フェンリルもちゃっかりこの言葉を聞いていたらしく、とても嬉しそうだ。
あっ、やばい、微笑みが、冬の民をめちゃくちゃにしちゃう。
なーーんでそんなに優しく笑えるのかなーーーー!好きだーーーー!
「わ、エル様、すっごい食欲」
ボアナちゃんに見られてると照れちゃうや。
「ココナツジュース、ありがとう」
すうーーーー。
っと、熱にほてった体にしみ込んでいく。
やっぱり土地には土地の食べ物だよね。
カレーにはスパイスの他、夏の島の現地野菜がたくさん使われている。
あ、夜の守人族の長の奥様方がこっちに手を振ってる。そうそう、食材提供はあちらにかなり手伝ってもらったんだよね。「うちからも夏亀様にご迷惑をかけたぶん何かしたい」って言ってくれて、おかげでこれほど美味しいカレーになった。
シーフードカレー、最高〜。
ピースしておいた。
あちらからも、ギャルピースが返ってくる。(似合うなあ、南国美女のギャルピース。狭い村で流行のアレンジが流行ったらしく、さまざまなピースバリエーションが生まれていたのだった)
さて。
なんだかんだと無料カレーを完食しておかわりまでしている外国風の一団に目を向ける。
そろそろ、利権に浸かりすぎた人たちにはぬるま湯から上がってもらわないとね。たくさんの利権が、重りのように夏の帆船に絡みつき、遠くまで冒険することができなくなっているようだからさ。
などと、詩的なことを思ってしまった。
ウクレレ風の楽器がかき鳴らされ、夏の歌が唄われる。休憩時間の夏の民はほんとうに楽しそうに過ごすなあ。
「ボアナ、パン、こんなの初めて」
「パイナップル酵母を使っているのは変わらないけど、発酵する前に焼いちゃうの。平べったくてカレーを掬いやすいでしょ」
「うん!」
ボアナちゃんと話していると、人懐っこい笑みのおばさまが話に入ってきた。
「長く旅をしてきたから、このような料理も知っておられるのでしょうねぇ」
……いいえ、私はオフィスと家にこもっていただけの旅を知らないOLでした。
ただ、世界中のあらゆるものが揃う時代に生まれただけ。近代日本ではけして私は特別な存在ではなかったし、むしろ引っ込み思案で机上以上のことを知らない方だった。
でも、世界をまたいでフェンリルの元まで来たという点ならば、誰よりも長い旅をしてきたとも言えるのでしょう。
「良いことを知ったら、みなさんにも共有しますね! だって、大勢でこうやってごはんを食べられた方が嬉しいからです」
レシピ、私が開発したものでもないしね。
……?
視線が……。
すっとフェンリルが私の背後に戻ってきた。
そして……ダ、ダンドン王子が正面からやってきた。でっかい。
「”それは安売りしすぎでは? いいものを広く周知してくださることには、大きく二つあります。自然的に生まれたものを教えてくれるのか、苦労して開発したものを一部の誰かにわけるのか、です。
前者であればエル様のおっしゃる通りにすばらしく優しいことですが、後者であれば開発の苦労をしたものに何らかの優遇がなければ商業は成り立ちません。あなたの影響は大きいので、恐れいりますが口を挟ませてもらいました”」
これ、カイルさんの通訳させられたな??
ここに来るわけにもいかないもんなー。
ダンドン王子が発案したことのように周りには受け取られているから、彼が・私に、「エル様のおっしゃる通りに、恐れ入りますが」と非常に敬意を示したように受け取られているっぽい……。
ダンドン王子は不満そう。彼なりの距離感への策略などもあっただろうしな。なんかごめんなさいね……。カイルさんは時々押しが強いから。
フェンリルが小声で、私に「返事してごらん」って。
よーし、不機嫌な巨岩を前に、奮い立て、私。
「いいえ、こちらこそ教えてもらってよかったです!──人の社会で実際に生きているあなたたちだからこその視点がありました。私よりも実践的というか。私が伝えたことに付け足したりなどして、ローカライズしてもらえたら嬉しいです」
「ローカライズ?」
「伝わったことをそのまま地域に反映させづらいならば、地域に合わせてなじませる、というふうな意味です」
「なんてすばらしいフェルスノゥ語だ」
イングリッシュですかね。
ダンドン王子は得るものがあったらしい。彼は彼で、自分のグループの標語として使ってくれるつもりなのかな。
今度はコーラル姫と商店街のおばさまチームの方が騒がしいな?
「商店街で盗みが出たって!」
「なにぃ? こんな祭りの時に、なんてことさね!」
「ふっふっふ。でもねえ、なんで離れたところにいるあたいに現地情報がわかったと思う?」
「そーいえば……なぜですの?」
「熱妖精が手伝ってくれてるんだ。もちろん撃退もね。今年の夏は人も妖精も、あらゆるものが元気いっぱいだ! ホヌ様にも元気になってもらいたいし、このビーチバレーの熱気を捧げようよ!」
「「「おー!」」」
「おまえたちはもう負けているだろうに……?」
「んまあ、そういうところですわよジオネイドお兄様! 現実主義なのは構いませんが、あまりに夢がなさすぎですわ。こうなればいいのに、ともっとかまして、民に夢を見させてくださいませ!」
「そ、それは私の苦手とするところで……とも言ってられないか……。えーごほん、プリンセスコーラルの意見を受け入れた。ジオネイドも、ホヌ様に元気になっていただきたいと同意する」
「やりましたわ〜! 午後からもきっと楽しいですわ。試合には参加できませんが、伝統的なホヌ・フラの衣装で応援いたしますから。カレーを食べてココナツジュースを飲んで、いっぱい踊ります!」
「「「ホヌ様〜! ごらんあそばせー!」」」
(キャッ♡ 夏の民の敬意、可愛すぎる……♪)
あはは、彼女も喜んでるみたいだ。
カイルさんは、ジオネイド王子たちの方針にほっとしているだろうな。
──午後、準決勝。
読んでくれてありがとうございました!
9月25日のコミカライズはおやすみです。
次の更新をともに待ってくださいませ(*´ω`*)
それではよい秋を〜!




