第87話「沙八ちゃんと少女の出会い」
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沙八は図書室でへたり込んだまま、目の前の少女を思わず上から下まで観察してしまう。
校則をきちんと守った制服姿で、沙八のように一切着崩していない。許可されている最低限のワンポイントのアクセサリーすら付けてない。
だけど可愛い。
良く似合っている。
制服を着崩さなくても制服はここまで可愛らしく着れるのかと、沙八にとっては目から鱗が何枚も落ちそうな姿の少女。
清楚と言うのはこういうのを言うのだろうか?
少し幼く見えるが、ネクタイの色から同学年と言うのが分かる。
なんだか、着崩してオシャレをしている自分が途端に恥ずかしくなってしまっていた。でも同時に、自分にはこういうのは似合わないかなとも考える。
「あの……?」
目の前の少女が心配そうにのぞき込んできたところで、沙八は我に返った。
図書室には彼女以外には人はいないように見え、とても静かだ。
もしかしたら奥の方にいるかもしれないが、今この場には二人しかいないような錯覚すら覚える。
静かなのは図書室だから当たり前かと考え、普通に喋る声すら響くくらいに静かなためか少女も小声で話しかけてきている。だから沙八も、立ち上がりながら相手に合わせて小声で応対する。
「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと追われて走り疲れただけだから」
「えぇ……追われてるんですか? 何か悪いことでもしたんですか……?」
「いやぁ、お姉ちゃんに彼氏ができたことを問い詰められそうになってさ……」
「えっと……なんでそれで追われることに……?」
なんでと言われてもそれは説明が難しく、その辺はとりあえず色々あってねとはぐらかす。
すると、沙八を追いかけてきた女子生徒達の声が扉の向こうから聞こえてきた。どうやら戻ってきたようだ。
流石に図書室内で騒ぐことはしないと思うが、このままだと迷惑がかかるかもしれないと思い、とっさに沙八は少女に願い出た。
「えっと……ちょっとお願いなんだけど、匿ってくれないかな? ちょっと皆、興奮し過ぎているみたいだからさ……今出てってもうるさそうだし……」
「あ……えっと……それじゃあ……。そっちの奥に入ってください。一応、図書委員以外は立ち入りできない場所なので……」
「あ、うん。ありがと」
少女に小声で指さされた場所に沙八が入っていったのと、図書室の扉が開かれるのはほぼ同時だった。
危機一髪。
さすがに図書室だからわきまえているのか、扉は勢いよくではなくゆっくりと開かれ、その間に少女も受付まで移動すると椅子に座った。
どうやら彼女は図書委員のようだ。
扉を開けた女子生徒は図書室の中に静かに入ると、それほど広くない図書室の中を見回して、そこに沙八が居ないことを確認する。
そして、一つため息をついてそのまま図書室から出ていった。閉められた扉の向こうから女生徒たちの声が聞こえてくる。
「やっぱり沙八いなかったよー。図書室だもんねぇ……流石にいないか。まぁ、いても図書室なら騒げないよね」
「うちらもちょっと興奮し過ぎたよねぇ。反省反省……。まぁ、どうせ後で教室に戻ってくるから放課後にでも聞こっか」
走ったことでいくらか頭が冷えたのか、そんな会話をしながら女生徒達は図書室から遠ざかっていく。
やがて声は一切聞こえなくなり、図書室には静寂が訪れる。
少女は奥の部屋に入ると、そこでうずくまって隠れている沙八に対して声をかけた。
「……えっと……茨戸さん。皆さん行きましたよ? もう大丈夫ですよ」
「ありがと~……いやぁ助かった……。って、私の事知ってるの?」
自身の名前を呼ばれたことに驚く沙八だが、少女は口元に手を当ててクスリと笑う。なんだかその姿もやけに上品に見える。
「茨戸さんは目立ってますから。有名人ですよ」
「そうなの? えっと……ごめん、私はその……えっと」
沙八にはその女生徒に見覚えは無く、相手は自分を知っていることに申しわけなさを覚えるのだが、少女はそんな沙八の反応に再びクスリと笑う。
「気にしないでください、私は地味ですし……目立たないですから」
「地味……?」
地味という単語を聞いて、沙八は首を傾げる。
前髪は半分だけ目が隠れるように伸ばされており、長めの髪は三つ編みに一つ縛りにしている。
チラリと見える目はとても大きく、長いまつ毛と綺麗な澄んだ瞳をしている。唇は薄いピンク色をしており、それもリップの色ではない天然のものだ。
校則で許可されている薬用リップだけは付けているようだが、それ以外には一切の化粧っ気は感じられない。
中学でメイクをしだすのは何人かおり、沙八もほんの少しだけ違反にならない程度にメイクをしているのだが彼女は違う。
すっぴんでこの可愛らしさ。
そして正しく綺麗に着こなされた制服が、それらすべてを引き立てているようで……。
これを地味と言わないのではないだろうか? 実はかなり男子にかなり人気があるのでは?
少なくとも自分自身が男の子なら、こんな可愛い子は放っておかないだろう。そんな風に沙八は考えた。
可愛いのにそのことに自覚が無く、さらにはどこか自信が無さげ……。何だか放っておけない感じがする女の子。
変な男とかに騙されないよね? とか考えた瞬間に、この少女と交流を深めたくなった沙八は右手をハンカチで拭いてから、改めて口を開いた。
「ねぇ、名前なんて言うの? 私は茨戸沙八だよ。良かったらさ、これからも図書室に来て良いかな? 私は貴女の事が知りたいな」
自分の事を知っているであろう少女にあえて名乗り、右手を差し出した。
その右手と沙八の顔を交互に見て、少女は目をパチクリとさせる。その姿もいちいち可愛らしいのに、あざとさが無い。これは天然だろう。
なんだか沙八は宝石の原石を見つけた人はこんな気分なんだろうかと、変な高揚感を感じていた。
「あ……えっと……稀府 桃です。図書室に……ですか? ……でも私、地味ですし、面白い話とかあんまりできませんよ……?」
「沙八で良いよ。私も……桃ちゃんって呼んでいい? 私は地味じゃなくて……桃ちゃん可愛いと思うけどなぁ。将来はもう美人さんになりそうだし、モテるでしょ?」
「そ……そんな可愛いなんて……。家族以外で言われたの……人生で二回目です……。あと……全然モテないですよ私……」
おぉ、でも一回は言われているんだ。言ったのは誰だろうか? 男子だとしたら素晴らしく見る目がある男子だな。
そんなことを沙八は考えて、目の前の頬を染める少女を改めて見る。
照れる姿も可愛らしく。もしかして男子の何名かは桃が目当てで図書室に通っているのではと思ってしまう。
それくらい可愛い。
見れば見るほど可愛らしく、沙八は何故かすぐにでも彼女に抱き着きたくなるような感覚に襲われた。
可愛いものを可愛がりたくなる、誰にでもある衝動だけど……沙八はそれを必死に堪える。
桃と名乗った少女は差し出された手を取り、そのまま二人は握手をする。
沙八は満面の笑みを浮かべており、桃は少しはにかんだ笑顔を浮かべる。
「ちょっと言葉にするのは照れ臭いけど……。これで私達、友達だね!」
「と……友達ですか……嬉しいです。私で良ければ喜んで……茨戸さ……じゃなかった……えっと、沙八ちゃん?」
「うん! よろしくね、桃ちゃん。そのネクタイの色だと同い年だよね? 敬語も止めようよー」
「よろしくお願いします、沙八ちゃん。えっと……敬語はちょっと……癖って言うか、慣れるまで時間が……」
ちょっと照れたその笑顔があまりにも可愛らしくて、沙八は反射的に握手したまま言ってしまう。
「桃ちゃん……イチャイチャしよう! 私、桃ちゃんとならイチャイチャできる気がする!」
「ごめんなさい沙八ちゃん、言ってる意味が良く分からないです……」
困ったような笑顔のままで首を傾げる桃だったが、沙八の方も反射的に言っただけなので、自分の発言について首を一緒に傾げていた。
それから握手を終えた二人は、奥の部屋から出ると受付の席に隣り合って座ると小声で話し始める。
「私もいきなりでごめん、説明すると長くなるんだけど……。もうね、今の私って毎日当てられっぱなしなの。人肌恋しいの」
「はぁ……そうなんですか? でも……私その……男性が好きなので……。気持ちはありがたいですけど……」
「あー、私も恋愛対象は基本的に男子だから大丈夫。単にイチャイチャしたいだけ。……え? 桃ちゃん好きな男子いるの? 学校の人?」
ちょっと照れ臭そうに頬を染めながら告げられるのだけど、そういう意味では無かったので沙八もあっけらかんと答える。
ただ、それはそれとしてその照れる姿は愛らしく、ギュッと抱きしめたくはなっていた。
「あ、いえ。それも話すと長いんですけど……まぁ、そのうち……。と言うか、イチャイチャしたいってよくわかんないんですけど……?」
「あー……うん。イチャイチャってどういうのかな? 私のお姉ちゃんの彼氏とやってるようなものとも違うだろうし……。うん、一緒に踊る? 私、ダンス部なんだよねぇ」
「ここは図書室だから踊れないですよ……沙八ちゃん?」
「それもそうか。難しいね。イチャイチャってなんだろうか?」
改めて『イチャイチャとはなにか』という事を沙八は考え込んでしまう。桃はその姿がなんだか微笑ましく思えていた。
「私が知ってるカップルさんは……なんて言うかこう……。砂糖を吐く様な甘々な日常を送ってますねぇ。羨ましい感じです」
「桃ちゃん、そんな知り合いいるの? 私もそうだよ、お姉ちゃんとお義兄ちゃんがもう甘々でさぁ……それで当てられちゃって……」
「そうなんですか。やっぱり付き合いたてだと、そうなるんですかね?」
「いや、奴らは永遠にやってる気がする……。ま、私も世の中のカップルを全部知ってるわけじゃないけどさー」
二人して、同じような体験をしていることに一気に親近感が湧いてくる。お互いに顔を見合わせて「羨ましいよねー」なんて言いあった。
それから、二人は昼休みが終わるまで図書室の中で小声で談笑を続ける。
クラスは異なるようで昼休みは終わる頃には分かれてしまうのだが……その時間は沙八にとっても、桃にとっても新鮮な時間となった。
そして沙八は最初に宣言した通りにこの日からちょくちょく図書室に通い、桃との交流を続けていくのだった。
幕間:放課後、落ち着いた皆
「……ほら、これがお姉ちゃんの彼氏だよ?」
放課後、頭も冷えて落ち着いたクラスメートへ沙八は陽信の写真を見せる。
もちろん七海に許可を取り、これなら見せていいと送られてきた写真なのだが……。
その写真を見た瞬間、逆に沙八は七海に確認した。
本当にこれを見せていいのかと。
肯定する返信は即座に、あっさりと返ってきた。
だったら良いやと、沙八は諦めにも似た気持ちを持ちながら写真をみんなに見せる。
それを見た女生徒達は写真に呆れながらも一言だけ呟いた。
「えっと……彼氏さん思ったより普通の人だね。でも……なんでこの写真?」
「お姉ちゃんがこれなら見せて良いって……」
その写真は、陽信を後ろから抱きしめて満面の笑みを浮かべる七海の写真である。
確かに彼氏である陽信は写っているが……。この写真は予想外だった。
それはまるでマーキングするかのように、彼氏に頬をすり寄せている七海の姿があり、肝心の陽信は頬を染めながらも、複雑な表情を浮かべていた。
たぶん、これが名も知らぬ中学生達に見られるのを恥ずかしがっているが、七海に押し切られたのだろうと沙八は推測する。
あと、内心では絶対に喜んでることも合わせて理解していた。
そりゃあ抱きしめられて嬉しくないわけがないだろう。
「いやぁ、七海先輩もこんな顔するんだねぇ……」
「幸せそうだねぇ……あとこれ、絶対におっぱい当たってるよね。当ててるよね」
「彼氏さん羨ましい……私も七海先輩に抱きしめられたい……」
「そりゃ、こんな写真を見せていいよと言ってくる二人が近くにいたら……当てられるわ」
写真を見て、口々に好きなことを言う女生徒達。
そして好奇心で写真を見た後は、誰もが一転して沙八に対して同情的な視線を向けるのだった。




