【番外編】キスの日?何の日?
ツイッターのトレンド見て、その日付の齟齬が面白くて思いついた話です。
「今日ってキスの日らしいねー……」
「へ? キスの日なの……? あれって5月くらいじゃなかったっけ?」
「……そうなの? でもほら、ネットのトレンドにこんなの入ってるよ?」
七海の部屋で二人でくつろいでいたところで、七海が僕に自身のスマホを見せてくる。
そこにはトレンドで「キスの日なのでキスしませんか」と言うハッシュタグが入っていた。
ちなみに僕も七海も特に呟く系統のSNSはやっていない。
ただ、最近はニュースサイトにトレンドが出たりするのでそれをたまたま目にしただけだ。
「ほんとだ……入ってるね?」
「入ってるよねー……」
なんで入ってるんだろ? 今日ってホントにキスの日なのかな?
気になった僕は色々と調べて見るのだが……いくら調べても今日はキスの日ではなかった。7月にキスの日があるのはイギリスだけど日にちが違う……。
今日がキスの日って言うのは、まったくと言っていいほど出てこない。
「あ、今日ってアポロ11号が月面に着陸した日らしいよ。まぁ、日本時間だと21日みたいだけど……まぁ、アポロ11号を打ち上げた国の日に合わせた方が自然だよね」
代わりに出てきた記念日を僕は口にすると、七海は僕のスマホを覗き込んでくる。
「凄いねー……お月様に人類が立ったなんて……。私達も月面旅行とか行ける日が来るのかな?」
「んー……気軽に行くのは、僕等がお爺ちゃんお婆ちゃんになるくらいじゃないと難しくないかなぁ……それでもギリギリかもしれないよね」
「じゃあアレだねー、お爺ちゃんとお婆ちゃんになって、気軽に月に行けるようになったら……一緒に行こうね?」
「随分と壮大な約束だなぁ……。まぁ、でもそうだね。気軽に行ける様になったら行きたいよね」
「お月様、行ってみたいよねー。楽しそう? 楽しいのかな? お月様饅頭とか売ってるのかな?」
「『この一歩は小さいが、人類にとっては大きな飛躍である』って名言が残った割には、お月様饅頭とかだとお土産としてはしょぼくない?」
そんな感じに、僕等の間でお月様談議に花が咲く。
それにしても……いやぁ、僕もさ……言ってから気づいたんだけど。
七海……お爺ちゃんになっても僕と一緒にいてくれる気なんだね。
僕もそのつもりではあるけど、あまりにもサラッと言うから気づかなかったよ。
あ、七海も気づいたみたいだ。急に言葉に詰まって頬を赤くしだした。
「……な……なんか暑いね。うん……ちょっと冷房つけようかー……あー……暑い暑い……」
「いや、七海。照れなくてもいいじゃん……。良いじゃない、年を重ねても一緒にいるって約束……素敵じゃない?」
僕がちょっとだけ笑いながら言った言葉に、七海はジト目を返してくる。良いジト目だ。最近、この七海のジト目がちょっとクセになっている気がする。
「……陽信ってさ……時々なんか女の子よりロマンチストだよね。なーに、その格好付けた言い方。格好良いけど。惚れ直すけど」
「むしろそういう点に関しては、男の方がロマンチストなんじゃないかな? 女の子の方が現実主義な気がするよ僕は。ちなみに僕は毎日、七海に惚れ直してるけどね」
あ、七海が完全に真っ赤になった。いや、僕も今のは流石に狙ったけどね。狙い通りだ。
「でもさ、なんで今日がキスの日だってトレンド入りしたんだろうね?」
「知らないもう!! 暑いから冷房入れるよ!!」
僕の疑問を他所に、真っ赤になった七海はごまかす様に冷房の電源を入れていた。
ちょっと、からかい過ぎたかな? いや、僕だって恥ずかしいんだよ。いきなりキスの日とかふられてさ。精一杯頑張ったんだから誉めて欲しいくらいだよ。
電源を入れた七海はトテトテと僕のところに戻ってきて、僕のすぐ横に座りなおす。
部屋の気温が下がるのと同時に、七海も冷静になったのか……先ほどの僕の疑問に応えてくれた。
「……これってさ、誰かがキスしたがってってことなのかな? それか……なんかの拍子にガセネタが広まっちゃったとかさ? よくあるじゃないネットでガセが広まるって」
あぁ、そういうのはあるかもしれないね。ネットって何が流行るか分かんないよね。
「ガセかぁ……じゃあ別に今日はキスの日ってわけじゃないってのは正しそうだね」
そこでこの話は終わり……かと思ったのだけど……隣に座った七海が僕に身体をピタリとくっつけてきた。
「なーんか急に冷えてきたねー……陽信ー?」
「七海さん……お部屋ではしたないですよ……こんなにくっ付いて……」
「だーって、寒いんだもーん。あっためて?」
「冷房付けるからでしょ……。消せばいいじゃない……」
「こういう時だけ現実的で鈍感なのって……ズルくない?」
七海は更に僕に身体を擦り寄せてきた。
もう完全にピッタリくっついて腕を腰に回してきているし……抱き着いているような状態だ。
僕等の間に少しだけ沈黙が流れた。
「……なに? キスしたいの七海? それであんな話題を振ってきたとか……そういうこと?」
「んー……陽信はしたくないの? 私とキス?」
その聞き方は……ズルいなぁ。したくないなんて言えるわけないじゃないか。
したいに決まっている。
僕と七海は互いに見つめ合う。七海の瞳は心なしか潤んでいるようにみえた。
そしてゆっくりと、僕と彼女の唇の距離が近づいていき……その距離がゼロになろうとした瞬間に。
「お姉ちゃーん、お義兄ちゃーん。お母さんがいただいた桃むいたからどうぞってー」
沙八ちゃんが部屋に入ってきた。
……展開としては非常にベタである。
ただ、ここで良くある漫画のようにとっさに僕等は動いて離れることはできなかった。
ハッキリ言ってしまえば、その姿勢のままで固まったのである。
「……お邪魔しちゃった? ちなみに先に言っとくけど、ノックしたからね?」
それはまぁ……沙八ちゃんに落ち度はない……かな?
七海は流石に妹にキスシーン直前を目撃されたのが恥ずかしいのか、僕からゆっくりとゆっくりと……まるでロボットのように動いて、沙八ちゃんから桃を受け取った。
「ありがとね沙八……お姉ちゃんからのお願いだけど……今のは黙っててね?」
「いや……別に付き合ってるんだからキスくらい普通じゃないの? と言うかお姉ちゃん、キスして見せてよ。今ここで、妹の後学のために」
「できるわけないでしょ妹の前で!!」
「えー? ケチー? どんなふうにキスするのか興味あったのになー。ほら、ダンスの表現の時とかそういう仕草が参考になるかもしれないし?」
「どんなダンスよ!! え? 相手って男の人じゃないわよね? どんな人? 彼氏?」
「心配しなくても女の子同士だよー。最近友達になった子と組んで踊ってるんだよ」
そんな風に姉妹の会話が始まってしまい、すっかりキスする雰囲気ではなくなってしまった。
「とりあえず……沙八ちゃんも一緒に桃食べようか……?」
「いいの? んじゃ、お邪魔しまーす。二人の惚気話、参考に聞かせてねー」
「んもう、陽信ったら……沙八に甘いんだから……」
「未来の義妹には優しくしとかないとね……」
僕等はキスする雰囲気ではなくなってしまったため、そのまま沙八ちゃんも一緒に……三人で桃を食べることにした。
どうやら僕等は小さいけど、偉大な一歩を踏み損ねてしまったようだ。
うん、残念。
幕間:沙八ちゃんの友達
「そういえば沙八ちゃん、ダンス部なんだっけ。やっぱりカッコいい男の人とかいるの?」
「うーん。まぁ、ダンス部って女子ばっかりなんだよね。あんまりカッコいい人はいないかなぁ……」
「でも前は、彼氏欲しい欲しいって言ってたのに、最近はあんまり言わなくなったよね。なんかあったの?」
「今はダンスに集中することにしたの。最近、新しい友達ができてさ、その子と組んで踊るのが楽しいんだー」
「へぇ、新しい友達できたんだ? どんな子なの?」
「大人しめの文学目隠れ少女。図書委員やってる子なんだけどね、もうかっわいいの!! だから、半ば無理矢理誘ってみました」
「沙八なにやってんの?! 無理矢理とかダメだよ!!」
「大丈夫だよお姉ちゃん。毎日しつこく勧誘してたら折れてくれたけど、今は踊るのを楽しんでくれてるから」
「……今度、家に連れてきなさい……お姉ちゃん全力で謝るから」




