第79話「お母さんの反省」
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「あらあら、まぁまぁ! そうなのね〜。良かったわ〜。うふふ、今夜はお赤飯ね〜、ご馳走ね〜。張り切っちゃうわよー」
茨戸家に帰宅した僕等を待っていたのは……睦子さんの満面の笑顔と、その嬉しそうな言葉だった。
繰り返しの表現となるかもしれないけど、まさに喜色満面と言うのはこういうのを指すのだろう。
いつも笑顔を絶やさない人だけど、今日はことさらに嬉しそうな笑顔だ。
僕はその笑顔を見て、太陽が輝いて輝いて眩しすぎる時の事を思い出した。それくらいの笑顔だ。
ちなみに、この台詞は僕等が睦子さんに今日の出来事を全て報告をしたから……ではない。
玄関を入ったら、いきなりである。
何の説明もなく、ただいまの言葉の前に迎えてくれた睦子さんが発した言葉だ。
チラリと僕と七海の繋ぐ手を見ると、納得したように頷いてから……即座に歓喜の声を上げていた。
「えっと……ただいまです。睦子さん」
「ただいま、お母さん……」
その喜びように二人とも若干引きつつ、帰宅の挨拶をする。
「うんうん、おかえりなさい二人とも。ちゃんと二人揃って帰ってきてくれて……お母さん嬉しいわー」
困惑する僕と、少し俯いて頬を染める七海。
そんな僕らを嬉しそうに見る睦子さんだけど……。ん? ちゃんと二人で……?
「もしかして……睦子さん……知ってたんですか?」
手を繋いで帰ってくるのはいつものことなのに、わざわざこんなことを言うなんて答えは一つしか無い。
睦子さんも……罰ゲームの告白を知っていたんだろうか?
そして、七海が今日……僕にそのことを告げることも知っていた。
だから僕等が手を繋いで帰ってきたことを、喜んでいる。
七海から聞いたんだろうか?
そんなことを疑問に思っている僕に、睦子さんは静かに頷いて優しく微笑む。
「玄関先で立ち話もなんだし……。ケーキがあるから、お茶にしましょう。三人で軽く前祝いといきましょ」
まるでスキップするような軽い足取りで、睦子さんは鼻歌を歌いながらお茶の準備をしに行った。
取り残された僕はちょっとだけ唖然としながらも、横にいる七海のポツリとした呟きに我に返った。
「うちで知ってたのは……お母さんだけ……なの……」
その表情は、少しだけ不安そうだ。なんでそんなに不安そうにしいてるのだろうか?
……あぁ、そうか。七海は僕が怒ってないかと心配してるのかな?
音更さんや神恵内さんとの話を僕は知ってたけど……睦子さんが知ってたと言うのは初耳だ。
叱られる前の子供のように、不安げに僕に身体を寄せて見上げてくる。どこで覚えたの、そんなあざとい仕草。いや、これは天然か。
「睦子さんが知ってたのは驚いたけどさ……怒ってないよ」
ポンポンと優しく頭に手を置きつつ、僕は七海を安心させる。
「ほんと……? ごめんね……」
「いいよ、謝んなくて。恋人同士ってのは、よっぽどの事じゃ無ければお互いを許すものでしょ?」
七海はちょっとだけ安心したような表情を浮かべて、僕に頬を擦り寄せてくる。その姿を見る限り、少しだけ不安は解消されたようだ。
それから、ちょっとだけばつの悪そうな表情を浮かべる。不安とはまた違う表情で、今日はコロコロ変わるその表情がちょっとだけ楽しかった。
……別に僕、Sってわけじゃないんだけどね。なんか楽しい。
「実は……陽信連れてきたその日に、お母さんにはバレちゃってたの」
「……え? ……本当に? 鋭すぎない睦子さん……」
正確に聞くと、様子がおかしい七海を睦子さんが問い詰めて、七海が正直にことのあらましを伝えてんだとか。
それでも、娘の違和感に気づいたって時点で……睦子さん凄いな。
「二人とも何してるのー? お茶の準備できたわよー」
その一言に我に返った僕等は、リビングへと移動した。
そこには三人分のケーキが用意されていて……ちょうど睦子さんが紅茶を注いでいるところだった。
「今日はね、奮発して高いケーキ買っちゃったのよ~。遠慮せずに食べてね? 今日は記念日だものねー。恋人の日ねー。もう嬉しくて嬉しくて仕方ないわー」
紅茶を注ぎながらウキウキと、当人である僕等より睦子さんは楽しそうに……嬉しそうにしている。
その姿は僕等も見ていてうれしくなるようなものだったけど……ちょっと気になることもあった。
「もし……もしの話ですよ?……上手くいかなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「そりゃあ、このケーキで七海を慰めるつもりだったわよ? 陽信君の分を七海にあげて、ケーキ二個一気食い……ヤケ食いね!!」
グッと拳を握って、おどけた様にあっさりと言ってのける睦子さんだったけど……。ちょっとだけその拳が震えているのを僕は見逃さなかった。
どうやら、睦子さんもこの展開にホッとしているようだった。それは僕もそうだ。僕だって、七海に今日……拒絶されていたらどうなっていたか分からないからね……。
「二人とも、ほら、座って座って。一緒に食べましょう? ここのケーキ美味しいのよー。その分お値段も良いんだけど、納得の美味しさよー」
良い香りを漂わせる紅茶に、イチゴがたっぷりと乗った豪勢で美味しそうなケーキ……。
これを僕等が一緒に食べられるという事実に幸福感を感じつつ、僕は七海と隣り合いテーブルにつく。
その姿を見た睦子さんも笑顔になり……テーブルに三人が揃った。
「いただきます」
「いただきまーす」
「はい、召し上がれ」
そうやって、手を合わせていつも通りの挨拶ができる事にも幸福を感じつつ……僕はまず紅茶を、七海はケーキにフォークを刺し入れる。
紅茶の良い香りに、自然と心がホッとする。あんなにドキドキしていた今日の全てがこれで報われるような思いを感じつつ、気分が落ち着いていく。
そして紅茶を一口含んだところで……。
「それで、キスはしたのかしら?」
いきなりとんでもない質問をぶち込まれた。
僕は紅茶を吹き出しそうになることを何とか耐えるが、むせて咳きこんでしまい……隣の七海はフォークの上に乗っていたケーキをポロリと皿の上に落としてしまう。
「陽信?! 大丈夫?!」
「あらあら、そういう時は我慢しない方が良いわよ。咳とか気にしないで、いっぱい咳しちゃって」
「お母さんが変なこと言うからでしょ?!」
七海は咳きこむ僕の背中をさすりつつ、睦子さんに対して抗議の声を上げる。横目でちらっと見てみると……その顔はケーキのイチゴと同じくらいに真っ赤だった。
「ほら、二人ともほっぺたにチューくらいはしていてる所は見たことあったけど、キスってしている所は見たこと無かったから……今日くらいはしたのかな?って」
珍しく慌てた様に睦子さんが弁明を始めるのだが……。どうやら睦子さんの中ではほっぺたには「チュー」で唇には「キス」と呼び方を分けているようだ。
いや、違う。そんな冷静に分析している場合じゃなくて……。
見られてたの?! ほっぺにチューしてるところ?! あれー? 二人の時しかやってないと思ってたんだけどなぁ……。
そのことに気づいたのか、七海も顔を真っ赤にしながら下を向いてしまっていた。僕の背中には相変わらず手を添えて撫でてくれてるけど……。
「……睦子さん、七海と僕は今日……改めて告白し合って……本当の恋人として……再スタートします」
少しだけ落ち着いた僕は、姿勢を正して睦子さんに改めて宣言する。
僕と七海は恋人同士だと。
「僕は七海の事を……愛してます。彼女からの告白が罰ゲームだったとしても、それが僕の嘘偽りのない本音です」
彼女の母親に言う言葉としては少し恥ずかしいものはあるが、僕は睦子さんに宣言する。
ちなみに平静を装ってはいるけどテーブルの下の手は震えっぱなしで……その手に七海は自分の手をそっと重ねてくれた。
「……そう。ありがとう……陽信君……。それと……ごめんなさいね」
僕に対して、睦子さんは静かに頭を下げ謝罪の言葉を口にした。
「もう七海からは謝罪を受けてますから、睦子さんから謝罪してもらわなくても……」
「ううん、違うの。これは私からの謝罪……。本当に、ごめんなさいね陽信君。君の人の好さに……つけこむような真似をして」
先ほどまでの朗らかで、明るくて、笑顔を絶やさない睦子さんとは真逆の……。そこには今まで見たことのない睦子さんの表情があった。
後悔しているような……でもホッとしているような……そんな複雑で、うまく言語化できないような表情だ。それは七海もはじめて見る表情のようだった。
そのまま僕と七海は、睦子さんの独白を静かに聞く。
「本来ならね……きっと……親としては本当は、七海が罰ゲームの告白をしたって聞いた段階で、叱って……そして……そんな関係を止めるべきだったと思うの。それがきっと……本来は正しいことだったんだと思うの」
睦子さんはそのまま紅茶に砂糖をほんの少しだけ入れる。ほんの少し……それだけなら味が変わらない程度の量の砂糖を入れて、そのまま紅茶をかき混ぜる。
「頭では分かってたの。それが正しいって……でもね……。あんなに愛しそうに……切なそうに……陽信君の事を話す七海を見て……私は叱ることを忘れてしまった」
睦子さんは紅茶をかき混ぜる。その手は止まらない。まだ暖かい湯気を出してはいるが、そのままでは冷めてしまうだろうけど……手は止まらない。
「男の子が苦手だった七海があんな表情をするなんて……って思ったら……私は何も言えなくなっちゃったの。それどころか焚きつけて……初美ちゃんや歩ちゃんに事情を聞いたりして……陽信君が七海と付き合えるように……付き合い続けられるように動いていたのよ」
紅茶をかき混ぜていた手が止まる。そして……顔を上げた睦子さんの目には涙が浮かんでいた。
「幻滅させちゃったかしら……。でも……ごめんなさい、陽信君。そして……ありがとう。七海を許してくれて」
睦子さんの涙……初めて見たその涙に僕は息を飲む。隣の七海も目に涙を浮かべていて……。だからこそ僕は、言うつもりの無かった事を睦子さんに告げる。
「睦子さん……これ……睦子さんには言わないつもりだったんですけど……。僕、罰ゲームの告白だって知ってたんです」
「……え?」
「まぁ、完全に偶然なんですけどね……聞いてくれます?」
そして僕は……七海にも、音更さんにも神恵内さんにもした説明を睦子さんにする。
彼女は僕の説明を聞いてぽかんと口を開けていた。今日は良く謝られる日だし……意外な表情を沢山見られる日である。
「……僕と七海はそうして許し合ったんです。だから睦子さんも、もう気にしないでください」
ポカンとしたままの睦子さんを見て……僕は改めて紅茶を飲む。
ほんの少しだけ冷めた紅茶だけど、喋り続けて乾いた喉にはちょうどよくて……僕はそれをグイと飲み干した。
睦子さんは口は開いたままだけと少しだけ我に返って……絞り出す様に声を出す。
「……罰ゲームだって知っていて……あんなにラブラブな状態だったの……? え? ホントに? 流石にそれは予想外過ぎてビックリなんだけど」
……どうやらビックリしてたのは僕が罰ゲームの告白を知っていたことよりも、知っていての行動にビックリしていたようだ。
えーっと……そんなに驚くことなのかなそれ?
「……そんなに……ラブラブな状態でした僕等? 普通くらいかと……思ってたんですけど」
「いや、全然普通じゃないから。うん……思わず私とお父さんが当てられるくらいだから。……だからてっきり……陽信君は知らないものかと……」
「七海は……どう思ってたかな? えーっと……今更だけどさ……嫌じゃなかった?」
「全然嫌じゃ無かったよ。……私も世の中のカップルを良く知ってるわけじゃないから、自分にできる全力は出してたけど……普通じゃなかったのかな?」
僕等の言葉に、睦子さんはちょっと呆れたように……でも、やっと笑顔を浮かべてくれた。
「なんだか……あなたたちはずーっとそのままが良さそうね。これからも……二人仲良くね。改めて私も祝福するわ……。そして改めて……ごめんなさいね」
「もう謝るのは無しですよ。これから長い付き合いになるんですから。この話題は、これで終わりです」
「それが普通の高校生の台詞じゃないってツッコミたいところなんだけど……。でも、そうね……ありがとう。今夜は陽信君のご両親の出張も終わって帰ってくるし、二人のお祝いも兼ねて、パーティーね。私も腕を振るうわ」
それから、睦子さんは冷めた紅茶を入れなおしてくれて……僕等はちょっとした前祝いを三人で行った。
そして最後に……睦子さんは爆弾を投下する。
「こうなると来年には……孫の顔を見ることになっちゃうかしらね? 流石に私、まだお婆ちゃんにはなりたくないかなぁ……?」
「見れないから!! お母さんは娘を焚きつけてどうしたいのいったい!?」
「あら? 七海は陽信君とそういうこと……したくないのかしら?」
「したいかしたくないかで言えば……そりゃ……したいかもだけど……って何言わせるのよ!! 私達まだキスしたばっかりなんだからね!!」
「あら~、やっぱりキスはしたのね~。うふふ~、そう~……とうとう七海もファーストキスを経験したのね~」
「は……ハメたわねお母さん?!」
睦子さんは、やっぱり睦子さんだった……。
僕は苦笑を浮かべると共に、このやり取りを見られる幸せを一人静かに噛みしめていた。
……いや、噛みしめてる場合じゃないな。七海に助け舟出さないと。
あーあー……あんなに顔真っ赤にして……。
本当に、僕の彼女は可愛い人です。
幕間:その後の三人
「まったく……お母さんったら……孫の顔とか気が早すぎでしょ……私達まだ高校生だよ?」
「うーん……ちょっと心配なのよね。ラブラブが続いて七海が我慢できずに陽信君を襲わないかどうかって、だから釘を刺す意味でもね?」
「私が襲う側なの?!」
「私の娘だもの~。あぁ、でも……七海はお父さん似だから大丈夫かしら? 陽信君は七海に襲われたらどうする?」
「全力で受け入れます」
「即答?! 陽信、襲わないからね!! するときはその……もっとこう……ムードのある時にとかイベントの時とかで……」
「冗談だよ七海。そういう事にはならないように注意するし……。でも……愛想をつかされないように、僕は頑張るよ」
「私も……がんばるね。でも陽信……カッコいいけど、ほっぺにクリーム付けてる。取ったげる」
「あらあら、そういう時はクリームを口で取ってあげるのがいいんじゃないかしら?」
「……それもそうだね、そうしようか」
「え?! 七海さん?!」




