第60話「僕等は惚れ直す」
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バラの庭園を後にした僕等は、パーク内をのんびりと散策する。
周囲の建物は本当に外国のようで、ちょっとした海外旅行気分を味わえる。歩いている時に見たグラウンドはサッカー場らしく、タイミングが合えばプロの練習が見学できるのだとか。
途中、ホットドッグやソフトクリームを売っている店があったので、ちょっと小腹も空いたのでそこでソフトクリームを購入する。ホットドッグでもよかったが、昼食前ということもあったので、僕等はソフトクリームを選択した。
「……ねぇ、七海。ほんとに良いの? いつものお礼もあるんだし、それくらいは僕が出すよ?」
「うん、今日はダメー。ちゃんと事前に、今日は割り勘デートにするって決めたでしょ?」
「そうだけどさ、なーんか申し訳ないって言うか……」
「気にしないのー。ほら、私達は高校生同士なんだから……本来は割り勘が普通だと思うよ?」
彼女はバニラ味のホワイト、僕はチョコ味のブラックを選択し、それぞれで代金を払いソフトクリームを店員さんから受け取る。
そう……彼女は今日のデート代に関しては、全てを割り勘にすることを希望した。僕としては今まで通り、僕が全部を出す気でいたのだが……七海はどうしても今回のデートは割り勘にすると言って引かなかった。
それに付いてはちょっとだけ揉めたのだが……そのあまりにも強い要望に、僕はその提案を受けざるを得なかった。
「だいたい、陽信が私に申し訳ないって思ってるようにさ、私だって悪いなって思うんだからね。デート代、いっつも陽信が出してくれてさ……」
「そんな、七海が悪いなんて思う必要は無いんだけど……。ほら、普段のお弁当とかのお礼だしさ……」
「陽信だって最近は料理を一緒にしてるんだから、気にする必要ないよ。こういうのはお互い様だしさ。これからのデートも割り勘でしようね」
今日だけだと思っていたら、七海はこれからも割り勘にしようと提案してくる。お互い様……そう言われてしまっては、僕としても納得せざるを得ないが、なんだかモヤモヤと悩みが出てきてしまう。
「でもなぁ……いいのかなぁ……」
悩みから少しだけ顔をしかめた僕は、ソフトクリームを口にした。定番ともいえるチョコレートの味が口中を満たしていく。うん、美味しい。甘いものを食べて少し心が落ち着いた……。
まぁ、確かに彼女の言うことも納得はできる。こういうのはお互いに引け目を感じないのが重要になってくる……と何かで見た気がする。
できるけど……。今までのデートでは、実はそこまで大きくお金はかかってないのだ。だからお弁当の無い今日くらいは僕が全部……と思ってたのになぁ……。
「いーの! あ、そっちも一口ちょーだい。チョコも美味しそう♪」
そんな僕の考えを察したのか、彼女は笑いながら僕のソフトクリームに自分のスプーンを刺すと、僕のソフトクリームを少しだけ取って自分の口に運ぶ。
その笑顔は、しかめっ面なんてしてないでとにかく楽しもうと僕に言っているようだった。
彼女はソフトクリームを口にするが、スプーンから溶けたソフトクリームがほんの少しだけ七海の唇の端から垂れ、それを彼女は自身の舌でペロリと舐めとる。
女性の舌の動きを目の当たりにしてしまった僕は、その仕草にほんの少しだけドキリとさせられてしまった。思わず彼女に見惚れてしまうほどに。
「ん? 陽信もこっち食べたい? バニラも美味しいよ、ほら、あーん」
僕の視線を感じた彼女は……自身のスプーンでソフトクリームをこそぐと、僕の目の前に自身のソフトクリームを差し出してきた。どうも、僕の視線を勘違いさせてしまったようだ……。
差し出されたソフトクリームをそのままにしておくわけにもいかないので、僕はそのソフトクリームに口を付ける。口中がバニラの風味で満たされていく。確かに、こっちも美味しい。
美味しいけど……同じスプーンであーんされるとはなぁ……。
「ね? ミックスじゃなくて良かったでしょ?」
七海は僕がバニラを食べたことを満足気に見ると、その顔に非常に良い笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見てなんだか僕は変に納得がいった。先ほどのソフトクリーム屋ではバニラとチョコのミックスもあったが、彼女の提案で別々の味を選んだのだ。
……これがしたいからそれぞれ違う味にしようって提案したのか。
なんだかやられっぱなしで癪なので、僕は自分のソフトクリームを同じようにこそいで彼女に差し出した。
「ほら、七海……あーん」
「……私、さっき貰ったんだけどー?」
「あれ? 嫌だった?」
「……嫌じゃないよ。ズルいね、その聞き方ー」
ズルいと言われても、これは普段僕が聞かれている聞き方だ。まさか僕がこの聞き方を言う側になるとは……。それでも七海は嬉しそうに笑うと、僕から差し出されたソフトクリームをパクリと再度口にする。
僕等はそんな風に歩いていると、先ほどスタッフの人に教えてもらったチェダーハウスを越えたところで、行列ができているのを目撃する。
「なんか行列ができてるね、行ってみる?」
「うん、ちょっと見てみようか」
気になった僕等はその行列に近づくと……どうやらミニ鉄道に乗るための親子連れで行列ができているようだった。
地元の子供だけでなく、外国からの観光客さんも多いようで、みんな一斉に喋っているからそこだけ多国籍な光景となっている。
「ミニ鉄道かぁ……。あぁ、来る途中にあった線路ってこれが通るやつだったのか。よく見ると……今も鉄道走ってるね。全然気づいて無かったなぁ」
七海とソフトクリームを食べながら歩いていたから、気づかなかった。真っ黒い鉄道に連結されたカラフルな車両に楽しそうに子供とその両親が乗っている。非常に和む光景だ。
「七海、どうする? 並んでるけど……ミニ鉄道、乗ってみる?」
「待ち時間どれくらいなんだろうねぇ? そんなに待たないなら乗ってみたいけど……。迷うねぇ……どうしよっか……」
行列を見ながら二人で悩んでいると……僕の腹の虫が鳴りだしてしまった。中途半端にソフトクリームを入れたことで活発になったてしまったのか、お腹が急激に空きだして来てしまったようだ。
その音を聞いた七海がプッと吹き出して、僕の頬は羞恥で赤くなってしまう。何もこんな時に腹が鳴らなくてもいいだろうに……。
「陽信のお腹は正直だねぇ。もうすぐお昼になるし……先に食べてから……後で空いてたら乗ってみようか」
「……面目ない。そうだね、そうしてもらえると助かる……」
僕等は鉄道の行列から踵を返すと、元来た道を戻って食事がとれるレストランまで戻ることにした。途中でソフトクリームを買った場所を通るのだが、ここでホットドッグを選択してれば腹が鳴ることも無かったのかと少し後悔した。
まぁ、今更言っても仕方ない……。午後から改めて楽しめばいいか。
僕等は戻る途中で午後からの予定を話し合う。空いてたらミニ鉄道に乗るのいいし、ある程度はお金に余裕はあるので、有料の工場見学や製菓体験についてもやってみようかなんて話をしていると、レストランまであっという間に到着する。
食事のとれるお店は二つあり、片方はスープカレーがメインのレストラン、もう一つはカフェを兼ねたレストランのようだ。とりあえず、僕等はカフェを兼ねたレストランの方へと入っていく。
ちょうどレストランは少し昼に早い時間だったためか空いていてすぐに入ることができた。ミニ鉄道に乗らないで先にこっちに来たのは正解だったかな。
ただ、こっちのカフェもカレーがメインのようで……僕は牛筋のカレー、七海はチーズチキンカレー……それから二人ともマンゴーラッシーを注文する。カレーの味はスパイスの効いた割と本格的なものだった。
「いけるね、このカレー。牛筋も良い感じにトロトロだし、当然かもしれないけど、臭みも全然無いや」
「本当? 私の方のチーズチキンカレーも美味しいよ。チキンがホロホロで柔らかくて、口の中で解れてくる感じ。交換しようか?」
「うん……えっと……もしかしてここでもやるの?」
「当然ー♪ お客さん少ないし、良いじゃない、たまにはさ」
僕等はそこでも……カレーをお互いに食べさせ合う。なんだろう……お店の従業員の方の視線が心なしか暖かい気がしたのは気のせいだろうか?
「うん、美味しいね牛筋のカレー。私、牛筋って食べたこと無かったけど……今度家でも作ってみようか」
「チキンカレーも美味しいね。家でカレーって豚肉のしか作ったこと無かったけど……鶏肉も今度一緒に作ってみようか」
僕等はお互いのカレーを食べさせ合って、お互い家で作ることを想像する。スパイスの調合は本格的だから味の再現は無理でも、使う食材を真似してみても良いかもしれない。
……結局、外で食べても自分達で作る料理の話になってるな。
「でもそうなると……夜どうしようか。パーク内の店で夜も食べようと思っていたから……片方がスープカレーメインなら外で食べようか?」
「そうだねぇ……その辺、ブラブラして目に付いたお店入ってみる? 陽信とならファミレスでも良いし。それとも……」
七海はそこまで言うと、意地悪そうな笑みを僕に向ける。
「陽信のために……私が夕飯作って食べさせてあげようか? 私の料理食べないと落ち着かない……だっけ?」
この施設に来た時に言った僕の言葉を七海は反芻するように言った。正直、それは非常に魅力的な提案で、思わずその案に飛びつきそうになるのだが……。
「それは止めようか。今日はここで沢山遊ぶから、七海も疲れちゃうでしょ。疲れてるのに料理までしてもらっちゃ申し訳ないし……。午後にも沢山遊んで、夜はどこかお店探して、予定通り外食して帰ろうよ」
「……そ……そっか……うん……ありがと……。それじゃ、午後も沢山、いっぱい遊んで楽しもうね」
「それじゃあ、改めてミニ鉄道に行ってみる? お昼時にもなれば空いてるだろうし……」
「うん!」
昼食を取り終えた僕等は、改めてミニ鉄道に乗るための場所へと移動する。列は先ほどよりは混雑しておらず、僕等の前に十数名ほど、後ろには三人の親子連れがいる程度だった。
これならすぐに乗れるかな……と思ったところで、ちょっとしたトラブルが発生する。
「すいません……この後にメンテナンスが入るので先ほどのお客様で……。メンテナンス明けまでお待ちいただけますか?」
僕等が乗車券を買った後に並んでいた親子連れに、受付の人がそんなことを告げていた。どうやら僕等で定員がギリギリセーフだったらしい。
僕等はラッキーだと思っていたのだが……。親子連れの男の子が、それを聞いて泣き出してしまった。
「のれないのー?」
グズグズと泣き出した男の子を両親が慰めていた。聞こえてくる話だと、この後にも予定があるからこの鉄道に乗って帰ろうとしていたところだったらしい。一向に泣き止まない男の子を、両親は困ったように慰めているが……ちょっとだけ怒っているような声色も混じってきていた。
「あの……この乗車券、よかったらいかがですか?」
「あ、どうぞ、私のこれも使ってください。」
僕はその変化に気づいた時、思わず親子連れに対して購入していた乗車券を差し出していた。七海も僕が乗車券を差し出した後に続いて、親子三人に乗車券を渡そうとする。
「すいません、僕等が乗車しなかったらこの方たちって三人とも乗れますか?」
「あ、はい……。定員がちょうどお客様でギリギリでしたので、お子様の分だけ追加で乗車券を買っていただければ……そちらのご家族で最後になります」
ポカンとする親子をしり目に、僕は店員さんに三人が乗れるのかを確認をするとそれについては大丈夫らしい。定員30名と書いているから僕等二人で29名……なるほど、計算は合うね。
「えっと、いいんですか……?」
鉄道に乗れる可能性が出てきたのを理解していないのか、男の子は僕と自身の両親を交互に見ている。男の子のお父さんは、遠慮がちに僕等に対して確認をしてくる。
「僕等は後でも平気ですから、どうぞ使ってくださいよ」
「そうですよー! 私達は、今日一日ここでデートなんで!」
七海はその遠慮を払拭するためなのか、僕の腕に自身の腕を絡めて、両親を安心させるように笑顔を浮かべていた。
実は僕にも……ちょっとだけこういう経験はある。
昔、乗ろうと思って後回しにしていた遊具が、トラブルで壊れてしまって乗れなくなって……楽しい思い出が最後、悲しい思い出で締めくくられてしまったのだ。
それも良い思い出と、今なら言えるけど。楽しい思い出を、悲しい思い出にしなくていい機会があって、それが僕に手助けできるなら……こういう選択もありだと思うんだよね。
「ほらほら、僕ー。鉄道に乗れるから、もう泣き止んでねー? ほらー、笑って笑ってー?」
七海はしゃがんで男の子の頭を優しく撫でる。男の子は七海を見て、ちょっとだけ……いや、だいぶ頬を赤くして、お母さんの後ろに隠れてしまった。初めて見るギャル系のお姉さんに照れてしまっているようだ。
だけど、男の子は、顔を赤くしながらもお母さんの後ろから、おずおずと僕等にお礼を言ってきた。
「あ……ありがとう……おねえちゃん……おにいちゃん」
その言葉が聞けただけでもう満足である。
両親は僕等から乗車券を受け取ってその分の代金を僕等に支払い、追加で子供分の乗車券を店員さんから購入する。これで、定員ピッタリだ。
それからほどなくして、親子連れは何度も何度も僕等に頭を下げて、男の子は僕等に何度も手を振って……鉄道に乗っていった。それを見送った後に、僕は改めて七海に謝罪した。
「ごめん、七海。相談も無しに乗車券を譲っちゃってさ。乗りたかったでしょ?」
「いやー、陽信なら絶対にやるって思ってたから、驚かなかったよ。良かったよね、男の子が笑顔になって」
僕の謝罪に対して七海は、全く怒った様子もなくカラカラと笑っていた。そして、彼女は僕の腕に自身の両腕を絡めてくる。
「格好良かったよ、惚れ直した」
ピッタリとくっついてきた彼女は、そんな言葉を囁いてきた。
どんな言葉よりも嬉しい……最高の誉め言葉をいただいた僕は、何も言わずとも分かってくれた彼女に対して……僕も改めて惚れ直していたのだった。
それは照れくさくて、言えなかったけどね。
幕間:鉄道の周りで
「鉄道の周囲も散策できるっぽいねー、せっかくだし見ていこうよ」
「そうだね。あれ? あそこ階段がある……撮影できるのかな? ちょっと登ってみようか?」
「ほんとだ……あ、鉄道が走ってるよ!! 子供たちも嬉しそうに乗ってる……可愛いねぇ」
「七海、けっこう子供好きだよね」
「うん、あの子も顔を真っ赤にして照れちゃって……人見知りなのかな? 可愛いよねぇ」
「いやー……あれは単に年上のお姉さんに照れてただけだと思うよ?」
「そうなのかな? あ、ほら……鉄道からあの子が手を振ってるよ! 陽信も振り返してあげなよ!」
「ほんとだ、嬉しそうに笑ってる……良かった」




