第24話「これからの二人に…」
いつもお読みいただきありがとうございます。
作者のモチベに繋がるので、お気に召したらブクマや
下の方から★評価、感想等いただけますと幸いです。
「陽信!! また明日ね!!」
彼からの返答を待たずして私は通話を切ってしまう。
あぁ、もう! もうちょっと話していたかったのにお母さんのせいで!! さすがに親と一緒の恋バナに陽信が参加するのは恥ずかし過ぎて私が死んじゃう……。
私はせめて……メッセージを送る。
今日楽しかったことのお礼と……来週もまたデートに行こうねと言うお誘いだ。
今日は陽信からのお誘いだったが、次回は私から誘うことを暗に含める。次は私がデートプランを考えたいのだ。
陽信からの返信は、また明日ねと言う返事とともに、おやすみの挨拶が書かれていた。それだけで私の顔は綻ぶ。
本当は直接、電話でおやすみを言いたかったのに……私は後ろにいる二人に恨むような視線を向ける。
どうしてこうなったのだろうか。
私はそう思わざるを得ない。今、私の目の前には二人の強敵がいるのだ。
それは、私のお母さんである茨戸睦子と……私の妹である茨戸沙八である……。
沙八なんかは陽信がいたときには部屋に引っ込んでいたくせに、彼が帰ってお母さんが恋バナをしようとすると、タイミングよく部屋から出てきたのだ。
そこは部屋に籠っていて欲しかった……案の定、お母さんは沙八を恋バナに誘う。
沙八も興味津々なんだろうね……ノリノリで参加してきちゃうし……はぁ……。
こうして、我が家の女子会が開催された。夜も遅いので太っちゃうので……お茶のみでお菓子は無し。
そして私は先ほどまで、二人から陽信と付き合ってからのことを根掘り葉掘り聞かれていた。
さながら事情聴取である。とにかくもういろんなことを聞かれた。
いやまぁ……私もなんて言うか……陽信の自慢ができてちょっと楽しかったけどさー……。
助けてくれた時の話とか……お弁当箱を一緒に買いに行ったりとか、先輩から私を守ってくれた話とか……とにかく色々な陽信の好きなところを、気づけば喋らされていた。
逆に嫌いなところ……と言うか不満なのは、いまだに『七海さん』と『さん』付け呼びであることくらいかな?
陽信のような男の子にはハードルが高いと思うのだが……私としては呼び捨てで呼んでほしい。
あ……あだ名もいいかも? でも、それだとちょっとバカップルっぽいかな?
話は逸れたが……そう……私は、陽信の好きなところ全部を喋ったのだ。逆に言うとそれしか喋っていない。
肝心なことは喋っていない。
喋れるわけがないのだ。私が罰ゲームで告白したと言うことは……。
それがきっかけで私と陽信は付き合っているということを、私は家族にも言えないでいた。
お母さんも何故か、そこは聞いてきていない。
とにかく私が陽信のどこが好きなのか、格好いいと思ったのか……これからどうなりたいのかとか、そんな話をずっとしていた。
ちょっと恥ずかしいけど……私は陽信の良さをありのままに喋りつくした。
そのたびに沙八はキャーキャーと騒いでいるのだ。パッとしないとか言ってたくせに……。
そして「私もそんな彼氏が欲しいー」とまで言い出したので、陽信は渡さないからねと釘を刺したのだが、きょとんとした後で呆れた目で見られてしまった。
「……お姉ちゃん、どれだけ陽信さんの事が好きなのさ? 私はそういう優しい彼氏が欲しいってだけで、陽信さんと付き合いたいって言ってないじゃん?」
……こういうのを語るに落ちると言うのだろうか?
ちょっと考えればわかることなのに……あーもう! 恥ずかしいからこの話おしまい!!
「私もう、お風呂入って寝るからね!!」
私が立ち上がったちょうどそのタイミングでお父さんが帰ってきた。お母さんがお父さんをお出迎えに玄関まで向かっていく。
その背を見送ってから、私は宣言通りお風呂に入って寝ることにした。初美と歩には、あとでデートの結果をメッセージで送っておこう。大成功だったよと。
お母さんはお父さんをお出迎えして、沙八は私をからかって満足したのか、お風呂に行こうとする私に手をひらひらと動かしてきた。
ため息をつきつつ、私がお風呂に移動しようとしたところで……お母さんがひょいと顔を覗かせてから、妙なことを言ってきた。
「七海……あとでお部屋に行くから……二人でちょっとお話ししましょうか?」
「あ、うん……わかった……」
お母さんと二人で話す……。
私もお父さんも沙八も、何か悩みがある時にはお母さんと二人だけで話をする。そうやって悩みを相談することが、ほぼお決まりになっている。
でも……お母さんからそう言ってくるのはとても珍しかった。
私がお風呂に入ってパジャマに着替えて……初美と歩に今日のデートが大成功だったことを告げて、初美には口裏合わせが無駄に終わったことと共に、お礼と謝罪を改めてした。
そうやって過ごしていると、部屋のドアがノックされる。お母さんだ
「七海……いいかしら?」
「うん、良いよ。どうぞ」
お風呂上がりのお母さんが部屋に入ってくる。なんというか……お母さんは本当に綺麗……と言うか色っぽいなぁ。
同じ女性の私でも思う。私の理想像だ。
将来はこんなお母さんになれればいいなと思っているんだけど……相手は……。いや、今は考えないでおこう。
顔が赤くなるし、お母さんと話せなくなっちゃう。
お母さんは私のベッドの上にパジャマ姿で腰掛ける。うん、お風呂上りだからやっぱり凄く色っぽい。
私もお母さんの隣に腰掛ける……相談する時の我が家のスタイルだ。
「珍しくない? お母さんから部屋で二人で話そうって言ってくるの?」
お母さんは少しだけ困ったような笑顔を私に向けた。こういう表情を見るのは……凄く久しぶりな気がする。最後に見たのはいつだったか……。
「七海……単刀直入に聞くわね。どっちから告白したのかしら? 七海から? 陽信君から?」
お母さんは不意にその質問を口にした。
先ほどは一切聞いてこなかった……私と陽信のどっちから告白したのかと言う話題だ。
お風呂から上がったばかりなのに……私の体温が一気に冷えてしまう。なんで今になって……お母さんはそんなことを聞いてきたんだろう?
「……いや……えっと……私から……だけど……」
私は声を絞り出すように事実を告げる。お母さんには嘘は付けない。
嘘をついてもお母さんはちょっとした仕草や、言い方……あとはお母さん特有の女の勘で全部見抜かれてしまう。伊達に私達を育ててきていない……。
「あらあら……おかしいわね? さっき七海から聞いた陽信君の好きなところって……全部お付き合いしてからのお話ししかなかったのに……なんで七海は陽信君に告白したのかしら?」
私の心臓がドクンと大きく鼓動する。
それは……罰ゲームで……とは言えない。
言えない? ……なんで言えないんだっけ? それは……お母さんに嫌われるのが怖いから……?
違う……私が一番嫌われるのが怖い人は……今は……。
考えが纏まらない中で……冷え切っていた私の身体が温かい何かに包まれる。
それは柔らかくて心地よくて……安心する良い匂いがした……。そして、触れたところから私の冷たくなった身体がじんわりと温まっていく。
お母さんが……私を抱きしめてくれていた。
「七海……さっきお父さんが嘘って言ったとき……今日の嘘じゃなくて……違う嘘について考えたんでしょう……?」
「……な……んで……分かるの……?」
「お母さんだもん、分かるわよ……。それで七海が苦しんでいることも分かるわ……ねぇ、何を秘密にしているの? 私は何があっても七海の味方よ……だから、教えてくれないかな?」
その言葉に……私の目には見る間に涙が溜まってきていた。
今まで自分の中に溜め込んできた黒い感情……陽信に嘘をついて、騙して、そのうえで彼の心をこっちに向けようとズルく足掻いて、後ろめたいのにその心に蓋をして……。
初美や歩には笑いながら日々の楽しい事を報告して……そして彼と一緒に楽しんで、笑っていた……私の醜い心……。
それが吹き出してしまった。
「あのね……お母さん……私ね……陽信にね……酷いことをしているの……私ね……私……罰ゲームで……罰ゲームで陽信に告白したの……私……最低なの……」
「……そうだったの……だから好きなことが、全部付き合ってからの事だったのね……」
「うん……うん……そうなの……私は……私……私……ううぅぅぅぅぅ……」
溢れ出した涙は止まらずに、私はお母さんの胸の間に顔をうずめて、お母さんのパジャマを濡らしてしまう。
それでもお母さんは私をずっと抱きしめ続けてくれた。
言葉にならない嗚咽と、私の後悔の言葉をただ黙って……お母さんは聞いてくれていた。
そのまま私は……自分の醜さと陽信への気持ちを自覚して……泣き続けた。
「ねぇ、七海? 陽信君の事……今はもう……大好きなんでしょ?」
私の涙が少し収まった頃、お母さんは優しく私の背中を撫でながら諭すように言ってくる。
「うん……うん……好き……好きなの……大好きなの……もう陽信じゃなきゃ嫌なの……」
私はそこで初めて……計算も何もない、陽信のことが大好きだという言葉を口にした。
今までは認めてこなかった……私はチョロくないなんてくだらないことで意固地になって、口にしてこなかった言葉を、やっと口にすることができた。
「どういうところが好きなの?」
「あのね、陽信は凄く優しいの……自分が傷ついても私を気遣ってくれて……それに、私が学校と違う……ギャル系の服じゃなくても、目を見て私だって気づいてくれたの……。そんな私も可愛いねって、褒めてくれたの……」
「うん、うん……いい子ね……ほんといい男の子ね」
「いつも私の欲しい言葉をくれるの、不安な時に手を握ってくれて、抱きしめてくれて……一緒に居るだけで安心するし……楽しいの……」
「うん……うん……」
「今までの男の子と違うの……苦手とか嫌いとか怖いとか……陽信には全然感じなくて……もう……彼じゃないと嫌なの……」
そのまま私はお母さんに抱きしめられる。
全部全部吐き出して……それでも涙は止まらなかった。
私の泣き声が少しおさまり、全てを吐き出し尽くした頃に……不意にお母さんの感触が私から離れた。
「うん、じゃあ明日から七海は……もっともっと陽信君を好きになるように、頑張りましょうか!!」
私から離れたお母さんは、パンと両手を叩いてその顔に朗らかないつもの笑みを浮かべる。
私は涙でぐちゃぐちゃになった顔をそのままに、呆けた顔をお母さんに向けていた。
「お母さん、怒らないの?」
「そうね~……今度、七海と初美ちゃんと歩ちゃんにまとめてメってはするけど。七海を思ってくれての行動なんだから、そこまでは怒らないわよ?」
その言葉に、ちょっとだけ背筋が寒くなる。
メっとは言ってるが……お母さんが怒った時の迫力は半端じゃないのだ……。私は心の中で初美と歩に謝る。私も一緒に怒られるから勘弁してね……。
「それにね、七海……きっかけは何でもいいわ。罰ゲームだったとしても、あなたはもう陽信君が大好きで……陽信君も絶対に七海が大好きよ……私は二人を応援するわ」
「お母さん……」
お母さんに励まされて、私は……もうごまかすことはやめることにした。私は陽信が大好きだ。
ずっと一緒に居たい。
チョロくたっていい。自分の気持ちにもう嘘はつかない。
「でも、ケジメは付けないとね……」
お母さんは人差し指を唇に当てて、その顔に妖艶な笑みを浮かべていた。その表情にゾクっとする。
それは私も見たことが無い、初めて見る……お母さんの女としての表情に見えた。
ケジメ……?
お母さんはその人差し指を私に向けると、まるで命令するように私へと告げる。
「一ヶ月の記念日……七海、あなたは全部を正直に話して陽信君に謝罪しなさい。そのうえで、今後をどうするかは、彼に委ねなさい」
お母さんからのその宣言に、私は身を固まらせた。
今までの私の行動は罰ゲームだとバレたときのための行動だ……だけどこれからはそうではない。
私はどういう行動をとっても……最終的に彼に真実を告げなければならない。
それがひどく怖い……怖いけど……。
「うん……わかったよ、お母さん。私は一ヶ月の記念日に陽信に……全部自分から話して……謝る。そして、そのうえで改めて……告白する。今度は嘘じゃない。本当に、陽信のことが大好きだって告白する」
「それじゃあ、これから一ヶ月の記念日までは……陽信君へのご奉仕の日々ね♪」
「言い方なんかおかしくない?! なんかえっちぃよ?!」
覚悟を決めた私の言葉を茶化すように、急にいつものお母さんに戻って、私はその緩急についていけなくなる。
……ご……ご……ご奉仕って……。何するのいったい?! 考えただけで頬が熱くなってしまう。
でも……一ヶ月の記念日にと……お母さんは言うが……。
「……お母さん……私、すぐに謝らなくていいのかな……?」
「七海はまだ怖いのでしょう……? まぁ、私から見たら全く問題ないとは思うんだけど……心の準備はそうはいかないもの……ゆっくりゆっくり準備して……ますます陽信君を好きになっちゃいなさい」
お母さんは……最初に言った通り私の味方をしてくれた。
でもそれは陽信の敵になるということじゃない。お母さんは私も陽信も……どっちの味方にもなってくれているようだった。
「それにね、恋愛は惚れた方が負けってよく言うでしょ? それって結局……お互いが惚れ合ってたらどっちも勝者で、かつ敗者になるのよ? 私とお父さんのようにね」
……お母さんに惚気られてしまった。
でもその一言に……私も陽信と、お父さんとお母さんみたいなそんな関係が築けると良いなと考え……結婚を考えるのはさすがにまだ早いと気づいて、頬を染めた。
「あらあら、陽信君との結婚生活でも思い描いちゃった? うふふ、ご奉仕と言っても……高校生らしい範囲でね?」
全部見透かされたその言葉に……本当に、お母さんには敵わないなぁと私は改めて実感するのだった。
「陽信……明日からは私……改めて全力で行くからね!」
涙を拭いて、愛する人に向けて呟いた私の言葉を聞いているのは、お母さんだけだったが……何故か私は、その言葉が陽信にも届いているような気がしていた。
幕間1:その頃の陽信くん
「んん……七海さん……七海さんダメだよ?! 僕達まだ高校生……ご奉仕って……いや、でもそんな格好……七海さん?!」
僕はベッドの中から飛び起きる。夢の中には七海さんが出てきて……僕に愛しているなんて言いながら迫ってくる内容だ……。
「……今日は楽し過ぎたからかな……でも……愛してるって……妄想すっ飛ばしすぎだろ僕……」
やけにリアルな夢の内容に……僕は本当に七海さんからそういわれた気分になりながら……ベッドの中に再び潜り込むのだった。
幕間2:直後の七海さん
「あらあら、七海ったら愛する人だなんて。もう、気が早いわねぇ」
「だからなんで考えてること分かるの?!」
「お母さんだもん、分かるわよー。それじゃ、私も愛する人のところに行こうかしら。おやすみー」
そう言ってお父さんの元へ行くお母さんを、私は赤面しながら見送るしかなかった……。




