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【番外編】もしも僕が知らなかったら

書籍化することとなりました!!

 世の中にもしもは無いけれど、良い悪いは別にしてもしもの話を考えてしまうことは絶対にあると思う。それは僕も例外じゃない。僕が考えるもしもの話は一つだ。


 それは、もしも僕が罰ゲームの告白の事を知らなかったら。あの日、教室で偶然話を聞いていなかったら、果たして僕等の関係はどうなっていたんだろう?


 ふと、そんなことを考えてしまう時がある。


 もちろん考えることにあまり意味はない。だけど、なんとなく思ってしまう時があるだけだ。


 何も知らない僕が校舎裏で告白されたら、僕はそれを受けていただろうか。それとも慌てすぎて思わず断っていただろうか。


 でもきっと、何でと疑問に思いつつも断ってはいなかったはずだ。


 あの時、僕みたいな陰キャが突然七海みたいな可愛いギャルに告白されて……そんな漫画とかにありそうな展開を受けて、舞い上がらないはずがない。これでも健全な男子なんだ、嬉しいに決まっている。


 相手の事を良く知らなくても、好きと言う感情が無くても、きっと受けていただろう。


 なんとも最低で不誠実な物言いになるけど、きっとそうなっていたはずだ。こんな可愛い子から告白を受けたら相手の事をよく知らなくても受けるに決まっている。


 そして、そんな形で付き合ってたらどうなっていたんだろうか。僕が調子に乗って彼女に一ヶ月で愛想をつかされていて、別れていたんだろうか?


 僕に勉強を教えてくれている彼女の横顔を見ながら、そんなことを考えていた。


 僕ではなくノートに視線を落とす彼女の髪が少し乱れて、頬を撫でる。その乱れた髪をかき上げて耳にかける仕草が何処か色っぽくて僕は見惚れてしまう。


 そこで初めて、彼女は僕に見られていることに気づいたようだ。


「どしたの陽信? なんかボーっと考え事してるみたいだけど。私になんかついてた? 勉強に集中できないなら、休憩する?」


 彼女はほんの少しだけ頬を染める。集中できてなかったと言えばその通りだけど、そのことを怒ることも、咎めることも無く優し気な微笑みを浮かべてくれる。


 僕は気づかってくれる彼女に申しわけなさを感じつつ、考えてた事を正直に話す。


「七海の横顔見てたらさ、僕があの日教室にいなかったらどうなってたのかなぁって。なんとなく考えちゃってた」


「教室にいなかったら……。罰ゲームだって事前に知らなかったらって事?」


「うん、そうだね」


 彼女は首を傾げながら僕の目を見てくる。僕は区切りをつける様に少しだけ身体を伸ばして、そのままコロンと部屋の中に転がった。


「もしもさ普通に告白を受けてたら、どうなってたのかなって。今みたいな関係になれてた保証も無いし。僕が調子に乗って、一ヶ月で別れちゃったかなぁと」


 告白されたことはきっと、バロンさんには報告してただろうな。だからアドバイスはもらえてただろうけど……。それでも今みたいな関係になれてたかは未知数だ。


 そう考えると、僕等の今の関係は奇跡に近いのかもしれない。そう考えると、今はとても幸せなんだと思う。


「ふーん……」


 僕が感慨深く浸っていたんだけど、七海は特に感心は無い様子で、素っ気ない返事を僕に返してきた。なんだかちょっとだけ怒っているようにも見えるのは気のせいだろうか?


 その後は特に何かを言うことなく、七海は勉強を再開しようとする。普段からはちょっと見ない彼女のその姿に、僕はなんとなく違和感を覚える。


 やっぱり、怒ってるよね?


「七海、もしかして怒ってる……?」


「怒ってないよ?」


 僕に笑顔を向ける七海だったけど、それは威圧感がある怖い笑顔だ。いや、怒ってるよね。さっきとまでは笑顔が全然違うよ。何で怒ってるんだろうか。


 僕は自分の発言を振り返ってみるけど、七海が何で怒っているのかの見当がつかなかった。何か悪いことを言ってしまっただろうか……。


 僕が唸っていると、七海がほんの少しだけ眉根を寄せた困ったような笑顔で口を開く。


「怒ってないのはホント。だからそんな悩まないでいいよ。ごめんね」


「でもほら、ちょっとだけ不機嫌っぽくない?」


「うーん、確かにちょっとムッとはしちゃったかな」


 それだけ言うと、七海は先ほどの僕と同じように、身体を解す様に大きく伸びる。


 怒ってないけどムッとしたって……それは怒っているというのでは? そう思ったんだけど、僕は何も言わずに七海の次の言葉を待つ。


 それから彼女は、ポツリと呟いた。


「陽信がさ、もしも事情を知らなかったらどうなってたかーって、言ったじゃない?」


「そうだね。もしかしたら、こんな風に二人でいられる関係にはなってなかったかもって……」


「そーれ」


 七海は僕に手を伸ばすと、その綺麗な指先で僕の鼻の頭をチョンと突っついてくる。今の仕草と言葉に僕は照れ臭さを感じながらも、首を傾げた。


「それ……って? こんな関係になってなかったかもってところ?」


「まぁ、我ながらめんどくさい考えをする女だなーとは思っちゃうんだけどさ、それでもさぁ……」


 彼女は少しだけ顔を僕から顔を逸らして、照れ臭そうに頬と耳を朱に染めながら呟く。その言葉は、僕にも自分にも言い聞かせているように聞こえた。


「こういう時は、どんな状況でも、どんな始まりでも、今と同じ関係になれたって言って欲しかったかなぁって」


 顔をそむけたままで、ほんの少しだけムッとした口調だったけど、なんだかとても可愛らしい事を言われてしまった事に僕は赤面する。


 それと同時に、自分の言葉を思い返して反省した。


 言われてみれば僕は今の関係になれないであろう前提で、仮定の話を口にしていた。と言うか、別れていた可能性すら言葉にしてしまっている。確かにもしもの話とは言え、それは良くなかったよね。


「ごめん、さすがに別れる可能性とかは良くない言い方だったね」


「私もごめんね、めんどくさい言い方しちゃって」


 七海はそれだけを言うと僕の傍に近づいてきて、ピッタリとくっついてくる。僕は制服のままだったけど彼女は部屋着に着替えていたので、少しだけ薄い布を通して彼女の体温がすぐに感じられた。


「確かに、どんな出会い方をしても今と同じ関係になれたって思った方が良いよね」


「うん、きっとなれたよ。そう考えた方が楽しいし、私は絶対に陽信を好きになってたと思う。今みたいに。陽信はどう?」


 真っ直ぐに目を見つめられそんなことを言われては、僕としても反論の余地はない。同感だ。絶対に僕も彼女を好きになっていただろう。


「僕もそう思うよ。僕も、罰ゲームの告白だって知らなくても、七海のこと好きになってたと思う」


「うん、嬉しい」


 そういう彼女の顔が僕に近づいてきて……そして……。何かがぶつかる音が部屋の外から聞こえてきた。それと同時に彼女の動きがピタリと止まる。


「……お母さん?」


 七海のその声に反応してドアの方を振り向くと、そこには差し入れを持ってきてる様子の睦子さんと、野次馬根性丸出しの沙八ちゃんが覗いていた。


 見つかった二人とも特に慌てる様子もなく、笑顔を浮かべながらジェスチャーだけで僕等に続きを促してくる。いや、できませんよこんな状況で。


「何であの二人あのままなの」


「アハハ、ガッツリ見てるねー」


 七海は二人に見られているけど、特に慌てることなく自然にスッと僕から離れた。彼女の重みが僕から離れていき、残ったのは彼女の温かさだけだった。それに少しだけ寂しさを感じてしまう。


 それを見て残念そうな顔をする二人と、対象的に意地悪そうな笑みを浮かべて七海は舌を出した。


 それを見た沙八ちゃんは面白くなさそうにドアから去っていき、睦子さんがお茶とおやつを持って七海の部屋に入ってきた。


「あのままキスすれば良かったのに」


「二人に見せてどうするのよ、こういうのは二人きっりでやるのがいいの」


 文句を言う睦子さんからおやつを受け取った七海は、睦子さんをさっさと部屋から追い出して部屋のドアをしっかりと締めた。部屋から出るときに睦子さんは僕にウィンクをしながら手を振っていた。


 そして、睦子さんが出て行くと、カチャリという金属音が部屋に静かに響く。……鍵かけたね。


「とりあえず、休憩しようかー。あ、先にチューする? もう邪魔は入らないよ?」


 七海は唇を指先で撫でながら僕を誘惑するように、とても色っぽい仕草と流し目を僕に魅せつける。僕はそれを見て、降参するように両手を上げて溜息と共に言葉を吐く。


「……休憩で」


「言うと思ったー。こういう時、ヘタレるよね」


「七海だって、今からじゃ無理でしょ」


「えへへ、分かった? んじゃ、おやつ食べよっか」


 僕の答えが分かっていたように、七海は楽しそうに笑う。正直、一回ぶち壊された空気を無視してキスする度胸は僕には無い。七海も同じ癖に、僕を揶揄うのは忘れない。


 これで迫ったら赤面して慌てるくせに……今からやっちゃおうか? 


「今日のおやつ、私が作ってみたんだー。ヨーグルトケーキだよ」


 ウキウキでおやつを用意する七海を見るとそんな気も失せてくる。いや、最初からないけどね……。ゆっくりと僕等はおやつと食べる。


 そこで気分を変えたからか、僕はふと思い出した。


「そういえばさ、告白の件だけど」


「ん? どしたの?」


「あの時ってさ……上から水降ってきたから、僕が何も知らなかったら七海って完璧に水かぶってたよね」


 僕はそのことを思い出す。そうなると、そもそも告白が成功するかどうか以前の問題になってくるんじゃないだろうか?


 あの時の僕は、バロンさんからのアドバイス通りに彼女の目を見ようとして視線を上にあげていた。だから窓から捨てられる水に気づけた。


 だけどその前提が無かったら果たしてどうなっていただろうか? きっと、僕は上から降る水に気づかずに……。


 告白どころじゃ無い事態になっていたのではないだろうか?


「だったら、やっぱり私は陽信の事を好きになってたんじゃないかな?」


 僕がそんなことを考えていると、七海はあっけらかんとそんなことを言ってきた。僕の考えと真逆である。いや、なんでそういう結論になるの?


「何でって顔してるけど、そんなに疑問?」


「そりゃ疑問だよ。告白の最中に水が落ちて来て、七海がずぶ濡れになって……七海が僕を好きになる要素ある?」


 あまりにも一足飛びな発言に僕は目を丸くしてしまうけど、彼女はそんな僕の様子にコロコロと笑ながら、自作のケーキを一口頬張った。


 ケーキの出来に満足そうに頷いた彼女は、一緒に運ばれてきたアイスティーを一口飲んでから口を開く。


「私が水かぶったらさ、陽信はきっと優しく助けてくれたでしょ?」


 それから僕の返答を待たずに、七海は僕の目の前にあるケーキに自分のフォークを入れると、フォークに乗ったケーキを僕に差し出してきた。


 まるで、疑問の問いに答える代わりにこれを食べろと言わんばかりだ。僕は差し出されたそのヨーグルトケーキを口に入れる。


 クッキー生地の上に、酸味とかすかな甘みを持つヨーグルトで作られたペーストが乗っていた。プリンとババロアの中間みたいな不思議な食感だ。


 甘味と酸味、それとクッキー生地の塩気が絶妙なバランスで口の中に広がっていく。うん、美味しい。

 僕のその様子を見て、七海は満足そうに目を細めた。


「……助けたけど、それで好きになるってチョロすぎない?」


「いーじゃない、傍から見てもチョロくても。きっと、その時の私は陽信の行動に感動して好きになってたと思うなー」


 まるで見てきたように、それが確定であるかのように七海は嬉しそうにしている。確かに、そう考えた方が楽しいし、僕もきっと……。


「そうだね、僕もきっとどんなことがあったとしても七海の事を好きになってたと思う」


 僕の答えを聞いて七海は満面の笑みを浮かべた。そうだね、僕等はきっとどんな道を辿っても好きになってた。そう考えた方が、前向きで素敵だ。


「ケーキ、もう一口食べる?」


「いただくよ。美味しいね、このケーキ」


「変わらない愛情を込めてますから」


 胸を張る彼女は、僕にまたケーキを差し出してきた。今度は僕も愛情を込めて何か作ろう。そして、七海に食べさせてあげよう。


 そんなことを考えながら、僕は差し出されたケーキを頬張った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 これは、もしかしたらあったかもしれない話。




 それはまるで出来の悪いコントや喜劇を見ているようだった。


「私……簾舞の事が……す……す……す……す……好き……なんだよね、だからさ……付き合って……くれない……かな……」


 彼女が僕に対して必死そうにその言葉を言い終えた直後、彼女の真上から大量の水が降ってきたのだ。それも綺麗な水ではない、一見して汚れた水なのは明らかだ。


 それは彼女の全身を濡らし、僕を呆気に取らせるのには十分だった。


 ふと彼女の頭上を見ると、誰かが立ち去るのが窓から見えた。誰かまでは分からないが、おさげ髪だけがかろうじて確認できる。追いかけても無駄だろう。


 確か、面倒くさがって校舎裏にバケツの水を窓から捨てる人が居ると聞いたことがあるけど、彼女は運悪くそれに巻き込まれてしまったようだ。


「え……?」


 何が起きたか理解できずに放心状態の彼女はその場に崩れ落ちる様に座り込む。


 僕はそんな彼女にすぐに駆け寄ると、自分のカバンを漁りそこから一枚のタオルを取り出した。


「茨戸さん、風邪ひいちゃうよ? とりあえずこれで身体拭いて……あ、使ってないタオルだから安心して」


 僕はハンカチとは別に、常にタオルをカバンの中に一枚か二枚入れている。あると割と便利なんだよね。こんな風に役立つとは思ってなかったけど。


 彼女は僕からタオルを受け取った後も放心したままだ。


「え……? なんで水……? 何コレ?」


「あ、目とか擦らない方がいいよ。たぶん、掃除後の水だから汚れてるし……。まず汚れを拭いてから着換えを……」


 僕はそこで、彼女の服が濡れてピッタリとくっつき、肌に張り付いて透けていることに気が付き慌てて目を逸らす。


 逸らすだけじゃなく目を閉じていると、彼女がタオルで身体を拭いているような衣擦れの音とともに……彼女がすすり泣く様な音が聞こえてきた。


「……バチ当たったのかな……? やっぱり……ダメだったのかな……?」


 言っている言葉はボソボソと聞き取りづらく、何を言っているのかはよくわからなかったけど、その言葉の響きはとても深い悲しみが感じられた。


 そういえば、彼女は水を被る前に何て言ってたっけ……。えっと……。僕が好き?


 え? 何で?


 僕は茨戸さんとは接点なんて無いし、告白されるようなことも、好きと思ってもらえるようなこともした覚えが無いんだけど……。


 気になって目を開いてチラリと横目で彼女を見ると、彼女はタオルで身体を拭きながら体を震わせていた。なんだかその背中が寂しそうで、悲しそうに見えた僕は……。


「……簾舞?」


「僕の上着で申し訳ないけど、これでも羽織っててよ。少しはあったかいと思うよ?」


 僕は自分の制服の上着を脱ぐと彼女に羽織らせる。彼女はその上着をギュッと一度だけ掴むと僕を見上げる。


「簾舞の上着が濡れちゃうし汚れちゃうよ……? それに……」


「良いから良いから。女の子が身体を冷やしちゃいけないってよく聞くし、いくらタオルで拭いても乾いてない服だけだと風邪引いちゃうよ。立てる?」


 座り込んだ彼女に僕は手を伸ばす。僕の上着を着たから、透けていた部分は隠れているから、ようやく僕は彼女の事をまともに見れた気がした。


 僕は彼女の目を真っ直ぐに見て、それ以外の箇所には意識的に目を移さないようにして笑顔を浮かべた。不安がっている彼女を少しでも安心させる為に。


「……うん、ありがと」


 おずおずと僕の手を取った彼女は、ゆっくりと立ち上がった。ぶるりと一瞬だけ身体を震わせてしまったので、身体が冷えてしまっているのだろう。


「寒い? 僕のシャツを……。いや、この下は肌着だから見苦しいし、さすがに嫌だよね。保健室行って、着替えとか借りようか」


「うん……だいじょぶ……ありがと……」


 僕は彼女の手を取ったまま、そのまま保健室へと移動しだす。ただ、僕が彼女の手を取ったままなことに気が付くのは保健室について、そこの先生に言われてからだ。


 それにしても……僕は彼女の告白になんて答えればいいんだろうか? 落ち着いた僕はそのことにとても頭を悩ませていた。




 これは、もしかしたらあったかもしれない話。




 だけど、辿る結末はきっと変わらない話。

皆様お久しぶりです。


本作がHJ文庫様から書籍化いたします!!

12月1日発売、イラストレーターはかがちさく先生です!!

詳細は活動報告をご覧ください!!

これからも応援よろしくお願いします!!


あ、新章はノベルアップ+様で先行公開予定です。

そちらも活動報告に書いてますので。

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― 新着の感想 ―
新章はまだですか?
とても面白かったし楽しくて、でも甘々かなりの甘々でしたが読み飽きることはなくむしろもっと読んでいたかったくらいです。もしかしたらあったかもしれない物語、きっと気づかないところで自分達にも起こりうる、む…
[一言] 面白かった!
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