第九十一話「ブラとの一日」
ブラを殺す理由。
本当はもちろんあいつを殺したいとは思っていない。
だが、俺が助かるためにあいつを殺す理由はある。
あいつは元の世界に戻りたがらない。
恐らくあいつも現実世界じゃ植物状態だ。
俺は前、あいつに会ったとき、そのことを伝え、
現実世界に戻ってこいと言った。
しかし、あいつはこのゲームの世界を選んだ。
つまり、あいつは現実世界の自分の母ちゃんを捨てたんだ。
このままじゃ、あいつは一生母ちゃんを悲しませることだろう。
だから、殺していいってわけではないが、
俺だって自分が死んで母ちゃんを悲しませたいとは思わない。
これは仕方がないことなんだ。
これは仕方がないこと……。
あいつの居場所を調べる
”ブラックドラゴン ペットリン 宿”
まだペットリンで依頼をこなして稼いでいるんだな。
俺は早速ペットリンへと向かった。
俺はグランガから一直線でペットリンへ向かい、辿り着く。
丁度、辺りは夕方で、ブラたちはギルドにいた。
俺もギルドへと赴く。
「あっ! アダム。また会ったね」
アダムスが俺に声をかける。
その後、それに追従するかのようにブラを含む皆が俺に声をかけた。
「なあ、ブラ」
「何だ? アダム」
「今日一緒に寝ないか?」
「どうしたんだ急に。気持ち悪いな」
「いいだろ? ミリーユ」
俺は話をミリーユに振る。
「別に……構いませんけど」
さすがはミリーユ。
空気が読める!
まあ、それが普通だわな。
「ミリーユの許可も降りたし、いいだろ? たまには俺とお前でパーと楽しく会話でもしようぜ」
「チッ、仕方ねえな」
これで下準備はばっちりだ。
俺たちは食事を済ませた後、
宿屋へと戻っていった。
ブラを殺す。
今日、ここで。
俺とブラは同じ部屋で他愛もない会話を交わした。
カードバトルオンラインのこと。
ブラとミリーユの惚気話。
俺の現実世界の出来事など。
ブラとの会話は俺の予想以上に結構弾んだ。
「そういや、ブラ。お前も睡眠欲がないんだっけ」
「それが、最近眠るようになったんだよ」
そうか。
丁度いい。
起きてる状態じゃ殺しにくいからな。
だんだん夜も近くなっていった。
俺たちは眠りに付くことになった。
さて、計画を実行に移すか
「ブラ、起きてるか?」
俺は小声でブラに話しかける。
返事がない。
どうやらすっかり眠りについたようだ。
よし、今なら。
俺は右手に剣を出し、それをブラの心臓に突き刺そうとした。
…………ダメだ。
出来るわけがない。
そりゃそうだ。
いくら自分が助かるからとはいえ、
誰かの命を奪うのには勇気がいる。
どうする? 俺。
俺は部屋の電気をつけた。
「うおっ! まぶし!」
ブラが起き上がってきた。
「どうしたんだ? アダム」
ブラが眠そうな顔で俺に話しかけてくる。
「なあ、ブラ。元の世界に帰ってくれないか」
「何だよ急に。前も言ったじゃないか、俺は」
「元の世界へ帰れって言ってんだろうが!!」
俺はブラに剣を突きつける。
「どういうつもりだ」
「なあ、ブラ。元の世界へ帰ろうぜ」
「……」
「元の世界へ帰って、母ちゃんを喜ばせてあげようぜ」
「……」
「お前の母ちゃん……悲しんでるぞ」
「……」
「なあ、ブラ」
しばらくの間静寂の時間が流れる。
そして、ブラは口を開いた。
「もし断ったら、俺を殺すのか」
「……ああ」
「マジかよ」
辺りの空気が重たくなる。
「お前にも話そう」
俺はブラに全てを打ち明けた。
この世界に巻き込まれた人たちを元の世界に返すために、俺の命が必要なこと
そして、アナウンスで誰かを身代わりに出来ることなど。
ブラはそれを黙って聞いていた。
「なあブラ、元の世界へ帰ろうぜ」
「……」
「そしたら俺がお前を殺す理由もなくなる」
「嫌だね」
「ブラ!!」
俺はブラの胸元を掴んだ。
「どうして、元の世界に帰らない」
「どうせ帰ったって何も変わりはしない」
「それでも帰るべきだ」
「いいだろう。帰るか帰らないかは俺の自由だ」
「それでも帰るべきだ!」
「アダム。俺の話を」
「いい加減にしろ!!」
俺はブラを壁に押し付けた。
「母ちゃんを……これ以上悲しませるんじゃねえよ」
「なあ、アダム。一つ言っていいか?」
「なんだよ」
「どのみちお前が命を捧げれば、この世界にいるプレイヤー全員が元の世界に戻るんだよな」
「それがどうした?」
「ってことはお前が命を捧げれば、俺も元の世界に戻されるんじゃないのか?」
そうだ。
気づかなかった。
確かにそうだな。
でも。
「俺が死んだら、俺の母ちゃんが悲しむ」
重たい空気は続く。
「まあ、何て言えばいいか分からないけど」
「……」
「お前が選べばいい」
「俺が……か」
ブラもクレスと同じようなことを言うのな。
「本当にいいんだな」
「何が?」
「俺が自分の命を差し出せば、お前は元の世界に帰らざるおえなくなる」
「……」
「本当にそれでいいんだな」
「まあ、ミリーユとイチャイチャできないのは残念だが、それでも構わないよ」
ブラを殺さずに済んだ。
しかし、根本的な問題は解決してはいない。
どのみち、俺は誰かを身代わりに殺すか、自分の命を犠牲にするしかないのだ。
こんな選択肢を与えたカロンがさらに憎くなった。
でも、今はいいか。
ブラを殺さずに済んだことを素直に喜ぼうと思う。
こうしてブラとの話し合いは終わった。




