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■28.奇襲、衝撃、ライトニング!(前)

 開戦から丸一日。昼夜を問わず激しい航空戦を繰り広げた日本国自衛隊と中国人民解放軍は、作戦機の減少に頭を悩ませ始めていた。

 航空自衛隊の南西航空方面隊・西部航空方面隊の消耗は著しい。

 度重なる制空戦闘により、第9航空団の作戦機はF-15J/DJ十数機までに半減していた。

 加えて11日正午の時点においても、那覇基地はその基地機能を喪失したままであり、復旧の目途が立っていない(11日午前2時から3時にかけて、中国人民解放軍空軍は那覇基地に対して巡航ミサイルによる航空攻撃を実施。高射部隊が大多数の迎撃に成功したものの、2発が再び那覇基地直上にて炸裂。復旧作業は後退してしまった)。そのため、自衛隊機は九州地方・九州地方以東の航空基地からの出撃を余儀なくされており、航空作戦の効率は悪化、操縦士への負担は増したままであった。


 一方の中国人民解放軍空軍は、航空自衛隊よりも多くの作戦機を確保したまま11日正午を迎えたが、彼らにしても苦しいことには変わりなかった。彼らは南西諸島侵攻の策源地である大陸沿岸部と、輸送艦隊が行き交う東シナ海という広大なエリアの防空を意識し、リソースを割き続けざるをえない。11日午前4時に航空自衛隊が踏み切った揚陸艦隊への航空攻撃が、ひとつのプレッシャーとなっていた。手を抜けば、やられる。

 海上自衛隊の潜水艦も気がかりだ。中国人民解放軍海軍は米海軍・海上自衛隊の潜水艦への対策に力を入れ、対潜兵器の充実を図ると同時に、639型音響測定艦や636B型海洋調査船等、情報収集にも力を入れてきた。

 しかし、まったく海自潜水艦の尻尾が掴めない。


「衛星情報やヒューミントから多くの潜水艦が出港していることは分かっているのですが」


「開戦直後に潜水艦が停泊している桟橋を弾道ミサイルで攻撃していれば、こんなことにならずに済んだのだ」


 第81統合任務戦線司令部の人間が歯噛みしたが、どうしようもない。

 例えば第1潜水隊群の潜水艦が停泊する海上自衛隊呉基地昭和地区の埠頭。日頃からここに複数隻の潜水艦が停泊していることなど、民間企業の衛星写真でもわかることだったが、約50m北には在日米軍宿舎と、米軍関係者のためのレストラン、スーパーマーケットがある。必要以上にアメリカ合衆国政府を刺激したくない首脳部が攻撃を許可するわけがなかった。

 とにかく対策としては、対潜警戒を厳となすほかない。

 十数年前、中国人民解放軍海軍の039型通常動力潜水艦が在日米軍の哨戒網をすり抜け、航空母艦『キティホーク』の狙える位置で浮上するという冒険劇を演じてみせた。ならば、039型通常動力潜水艦よりも静粛性に優れている海上自衛隊の通常動力潜水艦に、同じ芸当ができないわけがない。いまもこの瞬間、そうりゅう型潜水艦が航空母艦『遼寧』に張りついている可能性はあった。

 海上輸送路も心配だ。海自潜水艦が潜伏する海域で、護衛の水上艦艇と輸送船が7隻未満で航行していれば、海自潜水艦は一挙に食らいついて全滅させてしまうであろう。そうりゅう型潜水艦が備える発射管は6門、魚雷は必中の位置まで有線誘導された後、切り離されて音響誘導される。対潜警戒にあたるフリゲートは、まず必殺。轟沈するであろう。艦隊・船団護衛にも手は抜けぬ。


 ……つまり中国人民解放軍は量で日本国自衛隊を圧倒してはいたが、中国本土から南西諸島にまで広がる兵站の一端を守るために、少なくない戦力を常に張りつけなければならないというわけだ。

 海・空において相手にプレッシャーを与えようというJTF-梯梧・指揮官の原俊輔空将の作戦は、完璧とはいわずとも有効であったといえよう。


「……」


 勿論、中国人民解放軍海軍も受け身ではない。

 彼らの潜水艦部隊も日本近海にて作戦に就いている。

 人民解放軍潜水艦が主戦場とするのは、東シナ海だ。

 本当は日本海側や太平洋側まで進出し、敵の海上交通路を破壊したいところであるが、対馬海峡から沖縄本島に至る海上自衛隊側のバリアを突破するのは困難だと半ば諦めていた。通常動力潜水艦の多くは東シナ海・南シナに潜伏し、それぞれの任務に就いている。

 継戦能力の高い原子力潜水艦である091型改(漢級/G型)・093型(商級)が、航空優勢・海上優勢の確立した与那国島や石垣島周辺海域から太平洋側へ回りこもうとしていたが、配置に就くにはまだ時間が必要だった。


「……」


 その内の1隻。静粛性に優れるロシア製潜水艦キロ改型(636M型)の『長征75号』は、九州沖に潜んでいた。

 薄暗い『長征75号』の発令所――士卒らはみな押し黙ったまま、微動だにしない。2日前から風呂に入っていない彼らは、全身から異臭を漂わせていたが、誰一人としてそんなことに意識は向けない。臭いに音はないからだ。『長征75号』の乗組員らは、自身の職責を果たすことと音響にだけ精神を没入させていた。


「……」


「ソノブイが投下されました」


「こけおどしだ」


「……」


『長征75号』は、孤独の海に潜っている。

 彼女に与えられた任務は九州沖に進出し、昨夜に航空攻撃を加えた第1護衛隊群を雷撃してその息の根を止めることであった。100発近い空対艦誘導弾による攻撃だ。航行不能か船速の落ちた損傷艦も出るであろう。それをる、というわけだ。ところがしかし、中国人民解放軍空軍・海軍の航空兵らの働きは十分ではなかったらしい。航空優勢が揺らいでいるのか、自衛隊機の追跡を受け始めた。これでは損傷艦漁りどころではない。


根競こんくらべだ」


 艦長はボリュームを局限した小声で周囲を励ました。

 一般的に潜水艦の位置をピンポイントで割り出し、攻撃へ移行するのは容易なことではない。636M型は新型の無反響タイルを纏っている上、機械騒音を抑制するためのダンパーも備えており、中国が有する潜水艦の中ではトップクラスの静粛性を誇る。対潜戦に長けた海上自衛隊でもおそらく現段階では、「この海域のどこかにいる」くらいしか分かっていないだろう、と艦長は思っていた。


 身動みじろぎひとつできない『長征75号』とは対照的に、沖縄本島以西の海域での潜水艦作戦は順調に進んでいた。現在、約20個の機雷を搭載可能な039A型潜水艦が、沖縄本島の西方・南方海域で活動している。これは沖縄本島と宮古島間で琉球弧を切断し、日本側の奪還作戦を妨害するためであった。


 前述の通り、与那国島周辺においては、いま1隻の原子力潜水艦が海域を突っ切って琉球弧の外側へ出ようとしていた。091G型原子力潜水艦の5番艦『長征5号』である。彼女はいま最大速度となる25ノットで海中を駆けている。ただでさえ騒音が酷く、2004年には自衛隊に追跡されるという失態を犯したタイプの原潜であるにもかかわらず、なにふり構わぬ高速航行。

 一見すると愚行に他ならないが、『長征5号』艦長からすれば道理は通っているらしい。

 与那国島周辺海域の航空優勢は我の側にあるのだから、航空機や水上艦艇の追跡を受ける可能性はない。脅威となるのは敵の通常動力潜水艦くらいだが、最大戦速で航行すれば振り切れるであろう、という考えである。

 であるから、『長征5号』は背後を振り返ることをしなかった。潜水艦は自らが出すスクリュー音等の雑音により、後方の音を拾うことが難しい。そのため前進している最中であっても、一定の時間が経過したらターンして艦首を背後に向け、敵艦が付いてきていないか捜索するのが、潜水艦の基本戦術である。

 だが、『長征5号』は琉球弧の外側へ出ることばかりを考えてそれを怠った。

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