5話:進化と戦争
「おおー」
街の門をくぐった瞬間、思わず声が漏れた。
人間の街のようで、人間の街ではない、そんな街並みが広がっている。
まず建物の統一感が全くない。
コンクリートのような素材でできたきっちりとした建物の隣に、巨大な木をくり抜いて作ったような建物が。
さらにその隣には石組みの建物、そのまた隣も全く別の様式。
そんな繋がりのない建物が、整理されて立ち並んでいる。
ここがモンスターの"街"だと納得できる、そんな街だった。
もちろん建物が違えば人も違う。
道行く人は皆モンスターだ。
スライムや狼のような明らかなモンスターから、角や翼が生えた人、果てはマンゴラドラまで。
様々なモンスターが普通に街を歩いている。
道行く人を眺めているだけでも楽しい。
そうして辺りをキョロキョロと眺めながら街を歩いていくと、広場に人だかりができているのが見えた。
何かイベントでもやっているのだろうか?
気になって近づいてみると、どうやらそこでは相談会をやっているようだった。
「お、お前異界人だな?」
広場の入り口で人だかりを眺めていると、横から声をかけられる。
声の主は、燃え盛る炎の魔人だった。
「俺はイフリートのアグニス。我らが神がお前らの手助けをしろって言うんでな、なんでも相談所を開いてみたってわけなんだが……何か聞きたいことはあるか?」
炎の魔人、アグニスがそういって笑う。
だが、知ってることが少なすぎて何を聞けばいいかすらわからないんだよな。
基本的なことは神様が教えてくれたし……
「ま、最初は何もわからんよなぁ。そんなお前に朗報だ。今ちょうど初心者講座を開いててな?クエストだの、進化だの、ギルドだの、今のお前らに必要なことを全部まとめて教えてやる!」
俺が何かを言う間もなく、アグニスは俺のことを人だかりの中へと引っ張っていく。
そこではちょうど、ステージの上に立っているモンスターが説明を始めようとしているところだった。
完全にペースを握られた俺は、そのまま説明を聞くことになる。
講座はアグニスが言った通り、クエストやギルドなんかについてを簡単にまとめたものだった。
クエストは街の巻物マークの看板がある建物で受けられる。
ギルドは仲間を集める仕組みで、結成には"資格"がいる。
モンスターは一定レベルで進化し、行動や知識で選べる進化先が変化する。
月に一度闇の神と光の神の代理戦争がある。
強制的に参加させられるわけではないが、参加すれば報酬がもらえる。
大体そんな内容だ。
「ってなわけだ。わかったか?」
アグニスが横で腕を組み、満足げに頷きながらそう言う。
「……まあ、なんとなくは」
すかさず声が飛んでくる。
「よし、じゃあ細けえ疑問は今のうちに潰しとけ!何かあんだろ?ほれほれ!」
相変わらず押しが強い。
とはいえ、気になることがあるのはその通り。
特に進化については聞いておくべきだろう。
「じゃあ、遠慮なく。進化先って具体的にはどう決まるんだ?」
「いい質問だな!進化ってのは、簡単に言えば"お前の願いの具現化"だ」
俺を見つめる瞳がギラリと燃える。
「炎をぶっ放したいって思ってりゃ炎が出るようになる。空を飛びたいって思ってりゃ飛べるようになる」
「願いの、具現化……?」
「そうだ。だから"どんな自分になりたいか"を、できるだけ具体的に思い描いて、全力で目指せ。曖昧だと候補ばっか増えるし、どっちつかずになっちまう。逆に芯が決まってりゃ候補はガッと減る」
最後にアグニスはニヤリと笑って言う。
「進化ってのは、案外単純なんだよ」
俺がなりたい自分か……
よくわからないな……
とりあえず、次の質問でもするか。
「まだなりたい自分はわからないけど……進化のことはわかった。次は戦争について詳しく教えてもらってもいいか?」
「おうよ!進化は保留もできるから焦るこたぁねぇ。じっくり考えてみな。んで、戦争についてだな」
アグニスは地面に炎を生み出し、それを指し示す。
「戦争は、馬鹿でかい陣取り合戦だ。まず両陣営には"本陣"がある。で、そこの一番奥には"コア"が置かれてる。それをぶっ壊せば勝ち、壊されたら負け。単純だろ?」
炎が地面を這うように広がり、戦場を形作った。
「だが、コアはそう簡単には壊せねぇ。だからまずは、本陣の周りの拠点を落としていくことになる」
本陣の四隅に炎の柱が立ち上がる。
「この4つの拠点はバカみてぇに強い守護者……四天王とか四将軍とかいう奴が守ってる。だから、どこも大勢で挑まなきゃ落とせねぇ。で、ここからが面白いところだ」
炎の柱を爆発し、それと同時に本陣の炎の勢いが弱まる。
「こうやって拠点を落とせば落とすほど、本陣にかかってるバフが薄れる。そしてコアを守る"ボス"……勇者や魔王も弱くなる。言い忘れてたが、このボスを倒しても勝ちだ」
アグニスが指を鳴らすと、一際大きい炎が現れる。
「さらにだ。戦争前にはトーナメントがある。腕自慢どもが暴れる大会だ。そこで上位に入れば"強化アイテム"が配られる。使えば無茶苦茶強くなるが、死ねば終わり。一回きりの切り札だ」
炎が全体へと広がっていき、燃え盛る。
「これを全部ひっくるめて、拠点を潰して堅実に勝つか、一気にボス討伐を狙うのかを選ぶんだ。戦争ってのはな、ただの殴り合いじゃねぇ。"いつ、どこを攻めるかで"全てが変わる」
真っ赤に燃え盛る瞳が、俺を見据える。
「バカみたいに派手で、熱くて……最高に楽しいぜ?」
おそらく俺は戦争について半分も理解できていないのだろう。
だが、アグニスから聞いたそれは、圧倒的に、楽しそうだった。
「……色々とありがとな。参考になったよ」
しばらく考えた末、そう返す。
なんとなく、この燃え盛る感情を、吐き出したくなかった。
「おう。戦場で待ってるからよ、また会おうぜ」
アグニスはそう言って笑うと、ひらひらと腕を振って去っていった。
俺はその背を見つめながら、深く息を吸う。
進化と……戦争。
次の目標が見つかった。




