4話:やばいミミック
「……あった!ボス部屋だ!」
ゴブリンにリベンジを果たしてから、数十分。
俺はついにダンジョンの最奥へと辿り着いた。
目の前にあるのは、洞窟にそぐわない重厚な扉。
間違いない、この先にボスがいる。
扉を押すと、ゴリ…ゴゴッと鈍い音を立てて扉が開いていく。
隙間から中を覗くと、そこはゴブリンの巣だった。
空の宝箱、割れた壺、壊れた装備……
天井に届くほど集められたガラクタの真ん中にボス、ゴブリンチーフはいた。
でかい。
でかすぎる。
地面に寝そべり、丸太のような棍棒を片手で気だるげに振るうそれは、今までのゴブリンとは根本的に違う、怪物だった。
「……勝てないだろ、これ」
どう考えても真っ向から戦って勝てる相手ではない。
俺がミミックだとかそんなことは関係ない。
"格が違う"、そう確信した。
だが、ここを突破しなければ街には辿り着けない。
それに何より、今ボスを倒せたら、絶対に楽しい。
ならばやるしかないだろう。
「……スキルしか、ないな」
俺は少し考え、一つの結論に辿り着く。
《影呑》。
あれなら理論上はボスだろうと飲み込めるはずだ。
もちろん問題もある。
ボスに気づかれずどう近づくか、だ。
それからしばらくボスを観察し、いくつかわかったことがある。
まずボスは部屋から出ない。
当たり前ではあるのだが、扉の外におびき寄せることは不可能だ。
次に、ボス部屋には時折普通のゴブリンがやってくるということ。
奴らはどこからともなくガラクタを探してきて、ボスに献上していく。
つまり、扉は定期的に開く。
忍び込む隙は十分だ。
「よし……やるか」
通路の隅に隠れ、ゴブリンがやってくるのを待つ。
数分もしないうちに、一匹のゴブリンがガラクタを抱えてやってきた。
扉が開き、ゴリゴリと音が鳴る。
ゴブリンがある程度離れるのを待ち、俺は扉の隙間へと飛び込んだ。
そして即座にガラクタの中へと身を滑り込ませる。
ボスは新しいガラクタを眺めており、俺に気づいた様子はない。
侵入、成功だ。
さて、これからどうするかだが……
まずガラクタに紛れて進むのは難しい。
部屋中ガラクタだらけではあるのだが、ボスの周囲はスッキリとしているため、最後の一押しができない。
となると残った道は……"上"だ。
ガラクタの山に登り、そこから一気にボスの頭上まで飛んで、喰らう。
これが最も可能性が高い選択肢だろう。
それから俺は、ゴブリンが扉を開けるのに合わせてじわじわとガラクタの山を登って行った。
俺の見た目は宝箱。
動かないだけでガラクタに紛れこめる。
だから、焦らず、確実に。
そうして山の中腹ほどまで登ったところで、ボスが動いた。
唐突に立ち上がると、辺りのガラクタを掴み、しばらく眺めて、投げる。
おそらくは、ただの暇つぶし。
しかし、俺にとっては攻撃だ。
さらに運が悪いことに、ボスは俺がいる山に狙いを定めたようだった。
無造作に山に手が伸びる。
おいおい、なんでこれだけガラクタがあってこっちに来るんだよ……!
他にもっといいものがあるだろきっと!
必死の祈りも虚しく、ボスの手は、俺を掴んだ。
体が四方から押し潰され、ミシリと嫌な感覚が広がる。
他のガラクタに比べて小綺麗だからだろうか、ボスは他のガラクタよりも入念に俺を眺める。
ボスの息遣いが、視線が、間近で感じられる。
距離は十分に近い。
だが、《影呑》は発動しない。
おそらくは警戒しているのだ、この小綺麗な箱は本当に俺のものなのか?と。
ゴブリン特有のギョロリとした目が俺を見据える。
鼓動が高まる、怖い、今すぐにでも逃げ出したい。
時間が粘つくように遅くなる。
ボスの一呼吸一呼吸が、岩のように重く、のしかかってくる。
気が狂いそうになる程長い時間が経ち、ついにボスは俺から視線を外す。
そしてまるであのゴブリンがしたように、興味をなくしたものをポイと、後ろに投げた。
俺はガラクタの山に落下し、その衝撃でガラクタが崩れ落ちる。
その音に紛れ、俺は山を駆け上がった。
ボスは俺から興味を無くし、足音もガラクタの落下音が消してくれる。
千載一遇のチャンスがやってきた。
ガタッ、と山を蹴る音が一際大きく響く。
体が宙に浮く。
大丈夫だ、奴は気づいていない。限界まで振ったSPDのおかげで飛距離は十分。
ボスの体が目前に迫る。
━━《影呑》
一瞬、世界が止まった。
宙に浮く俺の中から、闇が溢れる。
暗く、深い闇がボスの巨体を瞬く間に覆い尽くし……
ゴクリ
あれほど強大だったボスを、闇は痕跡一つ残さず、飲み込んだ。
おそらくボスは、死の間際まで、ひょっとしたら最後まで、何もわからなかったに違いない。
「はは……はははは…っ、はぁ……ははっ」
達成感からか、笑いが漏れる。
やり切った。
その思いと、止まることのない笑いだけが俺を支配していた。
ひとしきり笑った後辺りを見渡すと、部屋の中心に光りを放つ渦が生まれていた。
おそらくダンジョンの外に繋がるゲートだろう。
改めて、ダンジョンをクリアしたと言う実感が湧き上がる。
「っし!クリア!めっっちゃ楽しかった!!!次のマップも楽しみだな」
そこまで言ったところで、ふと気づく。
「そういえば《貪納》って容量に制限がないんだよな。これ、持ってくか」
見渡す限りのガラクタの山。
ぱっと見ゴミばかりだが、何か使えるものがあるかもしれないし、溶かして素材にしたりなんかもできるかもしれない。
容量が無制限なのだから持って行かない理由はない。
俺が《貪納》を使うと今までにない大きさのもやが生まれた。
生まれたもやは部屋を満たし、一瞬でガラクタを消し去る。
「いや楽でいいけど、強すぎるだろ……」
アイテムを取るだけとはいえ、凄まじい時短。
はっきり言って強すぎる。
後で修正されないことを祈ろう。
全てのガラクタが無くなったことを確認しポータルに踏み入れると、視界が白く染まり、体がふわりと浮く。
次の瞬間、俺は森の中に立っていた。
「うーん、陽の光が気持ちいいな」
振り返ると洞窟の入り口がぽっかりと口を開けており、前には街へと続いていそうな道が広がっている。
その時、視線を感じた。
洞窟入り口付近の木陰に、四つの影。
スライム、リザードマン、コボルト、でかいコウモリの四人組(?)だ。
俺より先にダンジョンをクリアしたプレイヤーたちなのだろうが、なぜか口を開けたまま固まっていた。
「あ、ども」
変に絡むのも悪いので、軽く会釈だけして道を進む。
街が俺を待っている!!
◆ ◆ ◆
遠ざかっていくミミックの姿を、四人は呆然と見守っていた。
「……ねえ。あのミミック、急に入り口に出てきたよね?」
「だよな!?幻覚じゃないよな!?え、何?あいつソロであのボス倒したの?」
「ダンジョン内でしか使えないステルススキルの可能性……」
「どっちにしても"やばいやつ"だな。俺ら、伝説の始まりを見たのかもしれんぞ?」
こうして少しずつ、"やばいミミック"の噂が広まり始める。
当の本人はまだ、そのことを知らない。
気づいたらタイトル回収してしまいましたが、まだ、続きます。
まだ、やばくなります。
きっと。




