20話:索敵と奇襲
「それじゃあ行きますか!」
「あ、ちょっと待ってください」
早速遺跡へと歩き出そうとした俺を、アーシェが止める。
「探索に入る前に、ここにいる二種類のモンスターについて簡単に説明しますね」
「そうか、1回来てるんだもんな。ありがたい」
アーシェは頷いてモンスターについての説明を始める。
「1体目は『パトロール・アイ』。攻撃はしてきませんが、こちらを見つけると周囲のモンスターを呼び寄せます」
そう言って砂の上に目玉に4本の足がついたモンスターの絵を描くアーシェ。
これがパトロール・アイなのだろう。
「なるほど、もう一体は?」
「もう一体は『ガーディアン・フレーム』。パトロール・アイが呼び出すモンスターで、こちらは戦闘特化といった感じですね。とにかく硬くて、戦闘が長引く程に数が増えるので見つかったら終わりと言っていいでしょう」
アーシェは砂に警棒を持った土管のような絵を描いてそう言うが、そこでふと疑問が生まれる。
「俺の役割って護衛だよな?見つかったら終わりなら護衛とか無理じゃないか?」
「普通ならそうですね。ただ、ミミックさんの戦闘方法は"奇襲"ですよね?ミミックさんなら、モンスターが応援を呼ぶ前に倒すことができる」
そう言って輝く目で俺を見つめるアーシェ。
だが……
「とは言ってもここまで何もないと奇襲も難しいぞ?」
ここから見る限り遺跡には黒い建物以外のものがなく、俺が擬態して奇襲するのは難しい。
「大丈夫です。ミミックさんが曲がり角で待機していれば、私がそこまでモンスターを誘導するので」
「……なるほど。まあ、トドメは任せてくれ」
負担が大きそうで少し心配だが、アーシェができると言っているんだ。
敵に教えたくないスキルもあるだろうし、ここは何も聞かずに信じるべきだろう。
「では、行きましょうか。道案内は任せてください」
そう言ってアーシェが歩き出す。
俺はそれに続いて歩いていくのだが……
びっくりするほどモンスターに遭遇しない。
遠くから足音が聞こえてきているので、モンスターがいるのは間違いない。
アーシェが何かをしているのだろう。
「ここまでモンスターに会わないなら俺は必要なかったんじゃないか?」
そう笑うとアーシェがT字路の手前で立ち止まり、振り返った。
「いえ、ちょうど出番ですよ。ここの角で待っていてください」
「お、了解」
言われた通りの位置に立つと、アーシェが道の先へと足を踏み入れる。
そして次の瞬間、遺跡に機械の声が響いた。
『侵入者発見!侵入者発見!』
アーシェは入った道から引き返し、俺がいない方の道へと走っていく。
それから数秒後、道から目玉の機械、パトロール・アイが現れた。
完全にアーシェのみを見ているようで、俺がいる道には目もくれず、アーシェが向かった道へと走り去ろうとする。
影呑を使うには少し遠いが……問題はない。
パトロール・アイが俺のいる通路を通り過ぎた直後、俺は無音でパトロール・アイの背後へと迫る。
気付かれずに距離を詰めたなら、後は食べるだけ。
パトロール・アイは俺の中から溢れ出た闇に飲まれ、再び遺跡に静寂が訪れた。
「お疲れ様です。ミミックさん」
「そっちこそ、お疲れ」
戻ってきたアーシェと軽く声をかけ合い、俺たちはまた遺跡の奥へと進み始めた。
アーシェができる限りモンスターを避け、どうしても避けきれない敵は俺が食べる。
敵の動きに合わせたからかなりまわり道にはなったが、俺たちは確実に塔へと近づいていた。
この調子なら問題なく塔まではたどり着けそうだ。
そんな油断が何かを呼び寄せたのだろうか。
突然、アーシェが止まった。
「すみません。挟まれました……」
俺にはよくわからないが、アーシェが言うならそうなのだろう。
耳を澄ますと、確かに通路の前方と後方からカツカツと機械が近づいてくる音が聞こえてくる。
ダメ元で挟まれる前に戦闘を仕掛けてもいいが、俺にはひとつ、アイデアが浮かんでいた。
「なあ、この状況から抜け出せるかもしれない方法を思いついたんだが……どうだ?」
「それはもちろん。期待してますよミミックさん」
「それじゃあ、失礼してっと」
詳しく説明する時間もないので、俺は返事を聞いてすぐにアーシェをパクリと食べる。
もちろん影呑は使わない、ただ、宝箱の中に入ってもらっただけだ。
「これで少なくとも"侵入者"だとは思われないだろ。かなり狭いだろうが……まあ、我慢してくれ」
「〜〜!!!」
「敵が来るからちょっと静かにしてくれよー」
中でアーシェが暴れながら何かを言うが、蓋を隔てているせいかうまく聞こえない。
静音性能がいいんだなぁ、この宝箱。
さて、アーシェが落ち着いてからしばらくしたところで、俺の視界に二体のパトロール・アイの姿が映る。
頼むから無視してくれよ……
遺跡に合うようなものがなかったし、そもそも擬態する時間もなかったから俺の見た目は宝箱のまま。
もちろん異物感はすごいが、どうやら奴らが探しているのは侵入者。
宝箱なら怪しまれたとしても見逃される可能性はある……はずだ。
そう祈っていると、一体のパトロール・アイが俺に顔を近づけてくる。
普通だったら互いの息使いが感じられたであろう超至近距離で見つめ合う俺とパトロール・アイ。
俺は気まずくなって目を閉じる。
それから何秒経っただろうか?カツカツと離れていく足音が聞こえ、俺はそっと目を開ける。
「っ!」
思わず声が漏れそうになったが、なんとか耐える。
そこには目を閉じた時と変わらぬパトロール・アイの姿があった。
去っていったのはもう片方のパトロールだったようだ。
俺の驚きを感じ取ったのか、今までじっとしていたアーシェが体の中でモゾモゾと動き始める。
ちょっと……いや、かなりくすぐったい。
モンスターは近いし、アーシェはくすぐったいし……
何と戦っているのかわからなくなってきたが、内外からの刺激に耐えること十数秒。
ついにパトロール・アイが去っていった。
「あー……疲れた」
パトロール・アイの姿が見えなくなってから、俺はアーシェを吐き出して息を吐く。
何をしたって訳じゃないが、すごい疲れた。
出てきたアーシェも何やら疲れたような表情をしていた。
「色々言いたいことはありますが、なんとかなってしまったのが困りものですね……次はもう少し、覚悟の時間をください」
アーシェがため息を吐きながらそう言う。
勢いでやったけど俺の中って狭くて暗くて、ついでに時々闇が蠢いてるんだよな……
そんなとこにいるとか俺でも嫌だわ……
「……申し訳ない」
「悪気がなかったのはわかっていますから。モンスターが戻ってくる前に行きましょう」
なんとも言えない雰囲気を断ち切り、アーシェが歩き始める。
その背中を追いながら、俺はぼんやりと考えた。
このゲームを始めてからやらかしてばかりな気がする。
もっと行動には気をつけよう、と。
◆ ◆ ◆
それから幾多の迂回と奇襲を経て、俺たちは何事もなく、無事に塔の前に辿り着いた。
嬉しいことに塔は他の建物とは違い、明らかな入り口がある。
だがその入り口の前には、見るからに強そうなモンスターが陣取っていた。
「ミミックさん、良いニュースと悪いニュースどっちから聞きたいですか?」
建物の影からモンスターを眺めていたアーシェがこちらを向いてそう言う。
「じゃあ、良い方からで」
「あのモンスター、『センチネル・センサー』は扉の前から動けないようです」
「なるほど、悪い方は?」
「モンスターが扉の前に陣取っているせいで戦闘が避けられません。それと視線を感知するスキルを持っているようで、ミミックさんの奇襲が通用しません」
「……悪いニュースしかなくね?」
「……そうかもしれません」
ここまで来たからにはなんとか塔の中に入りたいところだけど……
どうしたものかなぁ……
そうして俺たちは、なんとか塔の中に入れないかと作戦を練り始めるのだった。




