17話:アイちゃん
突如として現れた黒い目玉、アイちゃんによってその後の予選は地獄のような様相を呈していた。
通りに出ればダメージを受け、反撃をしようにもこちらの攻撃は届かない。
ハーピーのように飛べるプレイヤーがいれば良かったのだが、すでに全員が倒されたようで……予選は完全にアイちゃんに支配されていた。
「あれあれーかくれんぼですか?どこにいるのかなー?」
ゆっくりと空中を漂い、獲物を探すアイちゃん。
既に彼女によって多くのプレイヤーが倒されており、残り20人を切ったというアナウンスが流れていた。
幸い俺は攻撃から逃れることに成功しており、このまま隠れていれば予選突破は可能だろう。
……だが、それじゃ面白くない。
「けど、俺一人じゃどう考えても無理だよなぁ……」
空を飛んでいる相手に近づく手段なんて持っていないし、仮に近づけたとしてもアイちゃんがいるのは遮蔽物が一切ない空中。
影呑で倒せる可能性は低い。
それなら、答えは一つ。
「仲間を探すしかないな」
俺は路地裏をひっそりと進み始めた。
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、俺は渡り廊下の下に隠れるプレイヤーたちを見つけた。
彼らが俺を倒すことを優先すれば、おそらくなすすべもなく殺されるだろうが……ここで躊躇しているようじゃアイちゃんには勝てない。
俺は意を決して彼らに話しかける。
「なあ、ちょっといいか?」
一斉にこちらを向くプレイヤーたち。
「敵意はないから安心してくれ。ただ、空にいるアイツに一泡吹かせてやりたいと思ってさ。策はないが……どうだ?」
俺がそう言うと、彼らの顔が綻ぶ。
「なんだお前もか。俺らも今ちょうど作戦を練っていたとこだ」
「全然いい案は出てないけどな!」
「いいねいいね、いける気がしてきた」
口々にそう言うプレイヤーの輪に混ざり、俺たちは打倒アイちゃんの会議を始めた。
「遠距離攻撃はやっぱり届かないのか?」
「ダメだな。俺の弓も、あいつの投石も届かない」
「それなら何か高さを稼げるようなスキル持ちは……」
「いないね。君が持ってたら良かったんだけど、そううまくは行かないかぁ」
「やっぱりなんとか高度を下げさせないと」
「まずは何か、あの高さまで攻撃を届けないといけないからな」
「飛行持ちがいれば良かったんだけどねー」
会議は踊る、されど進まずと言ったところだろうか。
全員が思い思いに話すが、これと言った方法は出てこない。
そんな中、弓を持ったゴブリンが投石をするというオーガに言う。
「お前が俺を投げるとかどうだ?高さ稼いで俺が弓で落とす」
「投げれなくはないが……こうだぞ?」
オーガはそう言ってゴブリンを鷲掴みにする。
まるで黒ひげ危機一発といった様子で、掴まれたゴブリンは微妙な顔をする。
「……弓は打てそうにないな」
「けど、今までで一番可能性ありそうじゃね?」
なるほど、オーガに投げてもらって攻撃……
要はあいつを空から引き摺り下ろせば良い訳で……
俺が石になれば良くね?
石よりは軽いだろうし、高度が上がる可能性は十分ある。
近づいたら腕で掴んで一緒に落ちるなんてことも可能だ。
「なあ、投石用の石を見せてくれないか?」
「ん?ほれ」
オーガは俺の言葉に疑問を感じつつも、アイテムボックスから石を取り出す。
それはちょうど俺ができる大きさだった。
「俺ならその石より軽いと思うんだ。これで当てられないか?」
俺はそう言って石に擬態する。
オーガは俺を手に取り、軽く投げる。
「……いけるかもしれない」
オーガがそう言うと、他のプレイヤーたちがニヤリと笑う。
「時間もないしそれで行こう!」
「囮は任せとけ」
「囮作戦組体操とかどうよ?」
「よし、お前ら踏み台な」
こうして俺たち即席パーティーの逆襲が始まった。
◆ ◆ ◆
「あーもう諦めちゃったんですか?それなら、すぐ楽にしてあげますからっ!」
屋根の上に現れた囮組に気がついたアイちゃんが笑う。
「バカ言うんじゃねえ!俺たちは勝ちに来たんだよ!」
ゴブリンがそう言うと、二人のプレイヤーが土台となり、もう一人がその上に乗って腕を構える。
そしてその手のひらに踏み込んできたゴブリンを空へと跳ね上げる。
アニメでたまに見る、腕に乗ってジャンプするようなやつだ。
ゴブリンは宙に浮いた状態で弓を構え、アイちゃんへと撃ち放つ。
「わわわっ!?危ないじゃないですか!」
放たれた矢は高さこそ足りていたものの、宙で撃つのは流石に無理があったのか、アイちゃんの体から10cmほど離れた場所を通り過ぎた。
アイちゃんはゴブリンを危険と判断したのか、ゴブリンへと視線を合わせる。
だが、そっちは囮だ。
「うぉおぉぉラァァァッ!!!!」
ゴブリンたちとは反対方向の屋根へと登っていたオーガが、叫びと共に俺を投げる。
アイちゃんが驚いてこちらを振り向き、それと同時にHPがじわじわと減り始める。
「と、どけぇぇぇ!!!」
俺はアイちゃん目掛けて影の手を伸ばす。
高度はギリギリ、だが、届く。
そう確信した俺の手は、アイちゃんがふわりと高度を上げたことで空を切った。
「もう、みんなしてびっくりさせないでください!けど、届きませんでしたね!」
アイちゃんが驚きを滲ませながらも、そう勝ち誇る。
俺たちの足掻きは、届かなかった。
「……いや、まだだ!《貪納》!!!」
諦めかけた心を奮い立たせ、取り出したのは擬態用の花壇。
発動地点は伸ばした手の更にその先、アイちゃんの頭上。
重力に引かれ落下した花壇が、アイちゃんの体に重くのしかかる。
そして花壇にぶつかり高度が落ちたアイちゃんの体を、今度こそ、掴んだ。
「もう逃さねえ。一緒に下まで落ちようぜ?」
「え、プロポーズですか!?私そう言うのはNGです!離してくださーい!!」
何やらふざけたことを抜かしているが、手を離すつもりはない。
俺はアイちゃんがクッションになるように位置を調整して、地面へと落下する。
HPが半分ほど持っていかれたが……目的は果たした。
「今まで散々暴れた分、痛い目見てもらおうか!」
俺がそう言い放ち、仲間たちがアイちゃんを取り囲んだその瞬間。
『参加者の人数が残り8人になりました。5分後に転送を開始します』
予選の終了を告げるアナウンスが鳴り響いた。
「えっと、お疲れ様でしたっ!本戦でまた会いましょう!」
するりと俺の下から抜け出してその場を離れようとするアイちゃん。
もちろん俺たちがそのまま逃すはずもなく……
「「「待てやオラァァ!!!」」」
「変態!ストーカー!誰か助けてぇぇぇ!!!」
そんな不名誉な叫びと共に、俺の予選は終わった。




