11話:鑑定士との遭遇
借金生活も早いことで5日目に突入した。
砂漠での金策は想像以上にうまくいき、借金も残り700ゴールドほど。
そしてレベルも上限に達し、いつでも進化できる状態になっていた。
だが、俺は進化を保留している。
進化候補リストには木や岩、石像に装備、果ては水まで、様々な形態がずらりと並ぶ。
何度も、何度も眺めたが、"これだ"と思えるものはなかった。
進化したら今の戦法が使えなくなるかもしれない。
そうなったら借金が返せなくなる。
そんな言い訳をして、俺は進化から逃げていた。
「……明日はトーナメントだし、今日中に借金完済しないとな」
気持ちを切り替えるためそう言って、黄金砂漠に続く道へと動き出した、その時。
道の先から何ものかが現れる。
「そこのミミックさん。今、黄金砂漠には行かない方がいいかもしれません」
そう言って現れたのは、宙に浮く本だった。
精密に描かれた魔法陣が描かれた表紙からするに魔導書なのだろう。
「私、『観測者の灯』所属、マジックブックのコードと申します。以後お見知り置きを」
コードはふわりとページを曲げ、優雅に一礼をした。
「あ、どうも。見ての通り、ミミックです。……砂漠で何かあったんですか?」
「ここ数日、砂漠でソロプレイヤーを狙ったPKが多発しているようでして」
一見、親切心からの警告。
しかし、コードの声にはそれ以外の何か……
俺が犯人では無いかという疑いが混ざっているように感じられた。
いや、俺が犯人だからそう感じるだけかもしれないが。
言い訳をしておくと、古城の時とは違ってPKをしようとしてPKをした訳じゃない。
ただ、目が見えないからやってきたのがモンスターかプレイヤーかわからないってだけで……
パーティーだと話し声が聞こえてプレイヤーだってわかるから、喋らないソロだけが巻き込まれたっていうだけで……
俺は悪くない!
いや、悪いのはわかってるんだけど、どうしようもないじゃん……?
「……忠告ありがとうございます。けど俺、金を稼がないといけないんで」
心の中で言い訳を並べながら、そう返す。
「そうですか……では、お気をつけて」
コードはもう一度一礼し、街へと歩いていった。
話が思ったよりあっさりと終わったことに安堵する。
鎌をかけられていたら、バレていたに違いない。
「今日は奥地で狩るかぁ」
小さくそう呟き、俺は改めて砂漠へと歩き出した。
◆ ◆ ◆
「こんなところにミミックなんて、珍しいですね。少しお話ししませんか?」
普段の狩場より倍ほど進んだ地点。
"砂の下に隠れている俺へと"声が降ってきた。
「敵意はありませんので安心してください。私には、ですけど」
杖か何かで俺が隠れている地面を叩きながら、声の主はそう言った。
疑う余地がない、完全にバレている。
「自分で言うのもあれだけど、結構上手く隠れてたと思うんだけど……な?」
砂から這い出た俺の目に映ったのは、白いローブを羽織った淡く光る瞳の"人間"。
ミミックが珍しいと言っていたが、この砂漠は闇陣営のマップ。
どう考えても俺よりも珍しい。
「初めまして、鑑定士のアーシェです。ところでミミックさん……あなた、監視されてますよ?」
「……え?」
思いもよらない言葉に思わず声が漏れる。
そんな俺の姿を見たアーシェが指を鳴らすと、俺の視界に見覚えのないアイコンが浮かび上がった。
状態異常:監視I
さっきの本の仕業に違いない。
やけにあっさりしていると思ったら……こんなものを仕掛けていたのか。
「私のスキルでデバフを可視化しました。心当たりはありますよね、砂漠事件の犯人さん?」
アーシェの輝く瞳が細く笑う。
一体彼女には何が見えていると言うのだろうか。
正直、怖い。
「安心してください。私と取引をしていただければ、あなたの疑いを晴らしてみせましょう」
「……取引?」
「はい、私はこの砂漠の奥にある"遺跡"を調査するためにきたのですが、私では戦闘力が足りなくて」
肩をすくめながらアーシェは言葉を続ける。
「そこで恩を売れそうな相手……あなたを見つけたということです」
「けど俺、犯人だぞ?疑いを晴らすなんて無理じゃないか?」
「もちろん方法は考えていますよ。あなたが死ねばいいんです」
「……は?」
あまりにも突然な提案に、思わず声が漏れた。
そんな俺をよそに、アーシェは淡々と説明を続ける。
「砂漠事件の犯人は"誰もいないところでソロプレイヤーを殺す"。だから"誰もいないところであなたが死ねば"……あなたは犯人候補から被害者の一人に変わる」
確かに、そうかもしれない。
だが。
「俺が今死んだら、タイミング的にお前が犯人にされるんじゃないか?」
「ご心配なく。私の姿は"誰にも見られていません"から」
アーシェの瞳が怪しく輝く。
鑑定士としての自負といったところだろうか。
なんにせよ双方デメリットがないというなら、乗らない理由はない。
「……わかった。その取引、乗った」
「では、これを」
アーシェはそう言ってアイテムボックスから一本の小瓶を取り出し、俺に手渡す。
「これは『サイス製溶解毒』。生物だけでなく、石や装備まで溶かせます。あなたなら20回は殺せますね」
「物騒だなぁ……」
「効果が弱かったら意味がありませんから」
そう言って笑うアーシェ。
俺より事件の犯人の才能があると思う。
「死ぬ瞬間に私が近くにいては意味がないので。そろそろ私は行きますね」
その言葉と共に、フレンド申請が届く。
そういえば、このゲームを始めてから初めてのフレンドだ。
こんな形でも嬉しいものだな。
「では、後で連絡します……私の目から逃れようなんて無駄なことは、考えないでくださいね?」
「お、おう……」
最後ににっこりと笑うと、アーシェはどこかへと去っていった。
いや、マジで怖い。
約束を破るつもりはないけど、破ったら何されるかわかったもんじゃない。
世の中には、逆らっちゃいけない相手がいる。
あれは、そういうやつだ。
さて、アーシェと別れてからしばらくして。
周囲に誰もいないことを確認して、貪納から小瓶を取り出す。
「やばい見た目してんなぁ……ま、これで疑いが晴れるなら安いものか」
そう言って、蓋へと黒い毒液を垂らす。
毒液が蓋に触れた瞬間、体に鋭い痛みと熱が全身を駆け巡る。
HPが溶けるかのように減少していく。
まるで俺に殺された相手のように、言葉を発する間もなく。
俺は死んだ。
◆ ◆ ◆
「あのミミックが死んだ?」
ミミックが死んだ地点から100メートルほど離れた場所で、『観測者の灯』の魔導書、コードが驚きを露わにする。
彼の視界には、モンスターとプレイヤーが表示されるレーダーのようなものが映っていた。
「周囲にはプレイヤーも、モンスターもいなかった。砂漠全域にトラップが仕掛けられている?遠距離からの狙撃?いや……」
彼の思考が巡るたび、魔導書のページがめくれていく。
「なんにせよ、犯人はミミックではなかった……面白くなってきましたね」
彼は不敵に笑う。
自分が完全に欺かれたとも知らずに。




