第二十六話
夏休みが始まってから私は習い事のような事を始めていた。そのきっかけは椎名さんとライナの曲を聴いていた時だった。
数日前のこと……。
あ、この曲一時期ずっと聞いてたな……。
好きな曲が始まると私は自然と歌を口ずさんでいた。
「へぇ〜 可奈って歌が上手いのね。驚いたわ」
お昼の片付けをしていた椎名さんがいつの間にか近くに来ていて、私の歌声を褒めてくれた。初めてお母さん以外の人に自分の歌を聞かれて少し恥ずかしくなる。
「えへへ、そうかな……小さい頃からお母さんとよく一緒に歌ってて……お母さん凄く歌が上手かったな……」
もうあの優しくて包み込むような歌声が恋しくなって、少ししんみりとしてしまった。
「それはそうよ。真帆は昔バンドのヴォーカルをしていたのよ? 結構人気だったけどバンドの中で色々あってやめちゃったって言ってたわ」
初めて聞いたお母さんの話にまた驚かされた。昔のお母さんは私といた頃のお母さんとは全然イメージが違うから、聞いてて楽しくて、もっと知りたいと思ってしまう。
「信じられないと思うけど……私、歌うのが好きなんだ。楽しいって思えるの」
「いいじゃない。楽しいって思えるって凄く大事だと思うわ。特に今の可奈には」
そんなやり取りがあって、椎名さんから歌でも習ったら? と勧められて、それもいいかなと、軽い気持ちで頷いていた。
そんなこともあって夏休みという沢山の時間があっても充実した日々を過ごせていた。もちろんお父さんにも会いに行ったし、寂しいと思う日は無かった。
そして、今日はお父さんが松岡君達に私を助けてくれたお礼にと、食事会をする日だった。
朝からスマホには新田君と藍沢さんのやりとりが止まらなかった。余程楽しみにしているのが文面から伝わってくる。
私はお気に入りの服に着替えると、集合場所に椎名さんの車で向かった。そうしたらよく分からないけど皆んなが驚いた顔で私達の方を見ていた。
「すげぇ! ベンツだ! さすがお金持ちのご令嬢!」
新田君は私達ではなくて乗ってきた車に驚いているようだった。
ベンツってあの車のこと? そんなに有名なのかな?
「キャア! 私一度乗ってみたかったの!」
藍沢さんも興奮した様子ではしゃいでいた。
「皆んな今日はありがとう。私は可奈のお父さんの同僚で、椎名って言うの。よろしくね」
「よろしくお願いしまーす! 綺麗〜」
藍沢さんは椎名さんを羨望の眼差しで見ていた。私も思うけど椎名さんは凄く綺麗な人だからよく分かる。
「よろしくっす! すげえ美人だ!」
新田君も椎名さんの美貌に驚いていた。
「ふふ、ありがと」
椎名さんは言われ慣れているような感じで、余裕のある返しをしていた。流石大人の人だなって私は感心しながら見ていた。
「「よろしくお願いします」」
松岡君と真田君が同時に挨拶をした後、皆んなでわいわいと車に乗り込み、車が走り出す。
「さ、着いたわよ」
皆んなで話していたらあっという間にお店に着いていたらしく、車はビルの中に入っていった。
車を降りてエレベーターに乗ると、どんどん上に上がっていく。
50階に来るとドアが開いた。
「わぁ! 凄くいい景色!」
藍沢さんの言う通りで、ドアから先は開放感に溢れた場所だった。
入り口なのにもう都会を一望できるほどの景色に、皆んな驚きの声をあげていた。
「今日は貸し切りよ」
「ま、マジかよ……どんだけ金持ちなんだ上条の親父さんは……」
椎名さんの言葉を聞いた新田君は唖然としていた。
中に入るとシェフの姿をした人が迎えに来ていて、椎名さんと顔見知りのように談笑した後、窓際の場所にある大きなテーブルに案内された。
「すげえ景色……なあ松岡!」
「ああ、初めて来たよこんな所に」
新田君と松岡君は少し興奮気味に外を見て話している。真田君も珍しく外の眺めを落ち着きのない感じで見ていた。
「可奈ちゃんのお父さんは来るの? こんな凄い所に招待してくれてさ、お礼を言いたいよ!」
私は藍沢さんの言葉に一瞬言葉を詰まらせてしまった。お父さんがライナのシュウヤという事実に分かったと言えるはずもなく、必死になんて言おうか考えた。
「あ……今日は忙しくて来れないんだ……」
「そっかぁ、今度会わせてね?」
「う、うん」
残念がる藍沢さんに悪いと思いつつそんな返事をしてしまった。それはお父さんには来ないでと言ってあるからで……。
「どんどん料理が来るから好きな物を好きなだけ食べてね」
「「はーい‼︎」」
椎名さんの言葉に元気のいい新田君と藍沢さんの声が重なった。
それからは椎名さんの言葉通りに次々と美味しそうな料理が出てくると皆んな夢中で頬張って食事を楽しんでいた。私は皆んなが楽しんでくれて嬉しかったと同時にお父さんに感謝した。
「え……なんで……」
そんな時、私は入り口からお父さんが歩いて来るのを見て凄く動揺した。皆んなからは入り口が後ろになってるから料理に夢中になっているのもあってまだ気付いていないけど、藍沢さんが私の顔を見て首を傾げている。
「どうしたの可奈ちゃん?」
「お、おい……」
私が動揺し過ぎて何も言葉が出ない中で、遂に新田君が後ろを振り返ってしまった。慌てたように藍沢さんの肩を叩くと藍沢さんも後ろを見てしまう。
「う、嘘でしょ……」
あの和気あいあいとした雰囲気は瞬時に消えてしまうと、シーンとその場が静かになった。
皆んな歩いて来る人が誰だか分かっていて、それが本当なのか信じられない様子で見ている。
「お、お父さん!」
私がお父さんに抗議するように話しかけるとお父さんはそれを手で制した。
「可奈の気持ちも分かるけどここは親として直接お礼を言いたかった。分かってくれ」
真剣な目に私は何も言えなかった。
確かに言っている事は分かるけど……。
皆んなは私とお父さんのやり取りをじっと見ていた。信じられない様子で。
やっぱり相当驚いてる……。
「俺は上条修也、可奈の父親だ。皆んな可奈を助けてくれて本当にありがとう」
お父さんは深く頭を下げて皆んなにお礼を言った。
「あ、あの……ライナのシュウヤさんですよね……?」
そう震える声で言ったのは藍沢さんだった。よく見ると目に涙を溜めて感激しているみたいだった。
「ああ、そうだよ」
「わ、私……ライナの曲にいっぱい助けられてきたんです……だからシュウヤさんに会えて夢みたい……です」
あの普段明るく元気な藍沢さんが泣きながら話しているのが信じられなかった。
「お、俺も! いっぱい助けられました! だから感激です!」
新田君も心なしか目が赤かった。
「それは良かった。これは俺からのお願いなんだが、これからも可奈と変わらず接してくれないか?」
「はい! 可奈ちゃんは凄くいい子で大好きです!」
藍沢さんは泣きながらそう言ってくれて、嬉しい反面こそばゆくなった。
「上条さんがいると凄く明るい雰囲気になるんです。もういないと寂しくて」
松岡君の言葉で私の顔は熱くてたまらなくなってしまった。
「大事な友達です!」
「ぼ、僕もそう思います」
皆んなの言葉をお父さんは笑顔になって聞いていた。
「ありがとな。じゃあ今日はいっぱい食べてライブを見にきてくれ」
「えぇ⁉︎」
「ら、ライブって、今日やるライナのライブですか⁉︎」
「おお! いい席に案内するからな」
「うそぉ〜 やだ、嬉し過ぎて涙が止まらないよぉ〜」
藍沢さんはハンカチで顔を覆って泣いていた。
「夢じゃないよな……信じられないぜ」
新田君も信じられないといった顔で去っていくお父さんを見ていた。




