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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第4楽章 ザンザアラ・マスカレヱド編
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64.アモーレしよう



 男はエリベルトと名乗った。 


 エリベルトは血の海からざばりとあがると、上等そうなバスローブを適当に掴み、着替え始めた。影助はにやりと笑って、引き金に指を置く。着替えに気を取られている今がチャンスーー


「キミモリは俺についてくるといい。ケイゴウと言ったか、むこうで寂しがっているはずだ」


 影助はとっさに、引き金から指を離した。ケイゴウ、けいごう、恵業?


「従者のお前が迎えに行ってやるのが、筋というものではないか?」


 頭の中ですぐさま、これは罠だと警告音が鳴る。それでも、分かっていても。


(もしも母さんみたいに、ボスがオレを置いていったら?)


 影助は目を伏せる。舌打ちしながら、仕方なく両手を挙げた。




ーー少し、話をしようかキミモリ。


 エリベルトの言うがまま、影助はごてついたエレベーターに乗った。


「お前にはせっかく高潔なイタリアの血が流れているというのに、何故俺たちザンザーラを選ばなかった?」


 話すのも億劫だったので、影助はエリベルトをひと睨みする。


「おお! たしかに、これはなかなか難しそうだ。うまい勧誘の仕方を、前もって朱華はねずに聞いておくべきだったな。」


 聞き覚えのある人物の名に、眉をひそめる。


「……俺はお前の優秀さを買ってやっているんだ。それが、カルマなんぞにやすやすと飼い慣らされ、実に哀れでならないよ。宝の持ち腐れだとは自分で思わないのか」


「うるせェ、黙れ。オレはオマエとおしゃべりする気なんかねーンだよ。殺すぞ」


 銃口を向けるとエリベルトは、おおげさに眉を八の字にしていた。人質を取られた影助にはエリベルトを殺せるはずがないと、分かってやっているのだ。吐き気がする。


 あいにくヤロウを見つめる趣味は持ち合わせていないので、影助はガラス越しに外を眺めた。さっきからどしんどしんと音が鳴っているせいで、頭痛がひどい。音が近づいてきたとき、影助は目を見開いた。


「なっ……ヨウ⁈」


 こんなところにいるはずもないのに。影助は一瞬、幻覚でも見ているんじゃないかと思った。どういうわけかバスローブ姿で、陽は獅子を自由自在に操っていた。


__________________________________________


 エレベーターから、がこんと無機質な音が鳴った。はるはとりあえず、獅子から降りる。


影助えいすけさん! どうしてここに?」


「……聖田きよだはどうした」


 影助は、陽の質問に答えてはくれなかった。


 静かにじんざを一瞥した影助は、苛立っているようにも見えた。眉間にはしわまで寄せられている。


おぼろさんは……ボスと一緒に、足止めしてくれてるんです。たしか、若狭わかささんって人を」


「テメェ、オレを騙しやがったな!」


 地を裂くような声をあげ、影助は激しく舌打ちを鳴らす。陽は一瞬、それが自分に向けられたものだと思って、びくりと肩を震わせた。


「はは、そう()()()するなよ。何も、俺の部屋でとは一言も言ってないだろう」


 影助に軽口を叩く妙齢の男性。その人は透き通る金髪をさらりとなびかせながら、陽のほうを向くと、にこやかに右手を差し出してきた。


「ーーやあ。アキラハル。お目にかかれて光栄だよ、俺の名はエリベルト・ザンザーラ。親しみを込めてエリーと呼んでくれてもいいぞ」


 君になら特別に許そう、とエリベルトは耳元で低く囁く。そのまま、陽の耳は甘噛みされた。


 あまりのことに、陽は短く叫んだ。影助が気づいてくれなかったら、陽は今頃、耳なし芳一の二の舞になっていたかもしれない。


「我慢がきかなくてすまない。綺麗な血管が見えたものだからつい、な」


 じんざは牙を剥き出しにする。それでもエリベルトは、おどけたようなポーズをやめなかった。



「プリマ レ シニョーレ。お先にどうぞ。」


 先導していたエリベルトが陽に前を譲って、部屋へ入るよう促すと、影助は瞬時にエリベルトを押しのけた。


 そうして影助は、密着しそうになるくらい陽のすぐ後ろを陣取る。


 鬼が出るか、蛇が出るか。陽は意を決して、ひときわ輝きを放つ豪華な部屋の扉を開けた。


 ベルベットのソファに腰掛ける人物に、陽は絶句した。視線と視線が、絡み合う。


「ありゃ。誰やと思えばおはるちゃん。なんや、まんまと騙されてくれた思てたのになあ」


 くつろぐように大きく、伸びなんかしている。


「あ。でもその感じやと、最初、俺だって分からへんかったやろ?」




『もう遅いから、お前は一旦部屋で休んでろ。ん、ああ……じきに戻る。あとちょっとで見つけられそうなんだよ。それに、イタチごっこのままじゃ腹立つしな』



 陽はふいに、昨晩の通話を思い出した。そういえばあれは、誰からかかってきたものだったんだろう。風邪気味で掠れているんだとばかり思っていた、誰のものでもない声。




 その瞬間、嫌というほど聞いた、カヨのすがるような声がフラッシュバックした。陽はたちまち、その場にくずおれる。


 ついに鉢合わせてしまった。現実味なんて、まるでない。


ーー朱華はねず とばり


 震える声で、そう口にした。


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