30.オママゴト①
セイコの荒い運転のおかげで体調不良になった陽を車に置いてきてから、集会所の入り口となる、いつもの鳥居をくぐった。きつく結ばれたしめ縄は、相変わらず仰々しくてございとしている。
幹部がわざわざ徴収に出向く。多少面倒な行為ではあったが、直接カタをつけるに越したコトはない。それがボス・恵業の意向であるならなおさらだ。影助は建て付けの悪い扉を殴るようにして叩いた。
「村長ァ! ちょっとツラ貸せやァ‼︎」
玄関はいやに静まりかえっていたが、構わず皆で中に進む。間もないうちに、奥座敷の方でゆらゆらとーー人影が蠢いているのが視界の隅に入ってきた。"ソレ"は低い声で喉を鳴らし笑っている。その声は明らかに長のものではない。反射的に、ポケットへ手を突っ込む。恵業、セイコも同じことを考えていたようだった。
「こんにちは!"お座敷かじの"へようこそっ」
影助たちは途端、拍子抜けした。目の前で深々とお辞儀をする"ソレ"は、紛れもない一人の少女だったからだ。影助は品定めするように少女を見回す。
(……こんなヤツ、ウチのシマにいたか?)
古めかしいおかっぱに、小袖姿。なかなかインパクトのある見た目をしているせいか、いつかすれ違いでもしていたら一目で分かりそうなものだが。
とにかく本題から逸れないよう、影助はおいと少女に声を掛けるも、華麗にスルーされてしまった。
「でぃーらーの座敷わらしこと、カヨですっ!」
影助と目が合ったセイコは狐につままれたような顔をして、カヨと名乗る少女の頬をおそるおそる触った。
「は、え。か……かっわいい〜♡ お姉さんのことは、セイコちゃんって呼んでいいよ!」
緊張感のきの字もないセイコに、影助は盛大なため息を漏らす。
(流されてンじゃねえ、それからしれっと"お姉さん"強調すんな)
セイコにはしっかりと睨みを利かせる。
「おいガキーー」
「嬢ちゃん一人で留守番か? 偉いなあ! ほらこれ、アメいるか?」
「ううんいらない! カヨは、シガレット派なんだもん!」
恵業は笑顔で、カヨの頭をわしゃわしゃと撫でていた。
「いい趣味してやがる。……もちろんお菓子のほうだよな。」
急いでいるというのに、これでは埒が明かない。
「おいガキ、長を出せ。」
決して、ボスである恵業の話を遮ることに罪悪感を抱かなかったわけではないが、影助はカヨの頭に銃を押し当てる。
「動くなよ、オレは本気だ」
「……なあにおにーちゃん、へいたいさんごっこ?」
真髄がまるで掴めない、奇妙な少女の瞳。その場が、ピンと糸を張り詰めたように静まった。
「話の通じねーガキを置いていくたァ、長もやるようになったじゃねーか。え?」
影助がそう少女に凄んだ時にはすでに、周りから冷ややかな眼差しが向けられ始めていた。カヨは近くにいたセイコに、蝉のように飛びついた。
「ーーウッ、ウッ。ぐすん。おにーちゃん、こわいよう! セイコちゃんだっこー!」
「ありゃりゃ、カヨちゃんこんなに泣いて……えいちゃん! ダメでしょ! 子ども相手になんてコト!」
「どの口が言いやがる!」
同情の笑みを浮かべた恵業が、影助の肩を何度か叩いていった。
「はは、一本取られちまったな。事情は詳しく知らねーが、村正には遠縁の親戚がいくつかいたって聞いてたからな。ここは一つ、子どもの遊びに付き合ってやろうぜ」
影助はたまらず歯ぎしりをした。
「しかしボス!」
「なんらかの手がかりが得られるかもしれねえだろ? そうなりゃ一石二鳥さ、多分。」
恵業唯一の短所とも捉えられる、悪癖。
(昔からだ。その根拠のない自信は一体どこからくる⁈)
「〜っ! オレはたしかに忠告しましたからね!」
ふと、セイコの胸に抱かれたカヨと視線が絡み合った。カヨはこれでもかと大きく目を見開く。影助は今すぐにでも発狂したい気分だった。あろうことかカヨは、影助に向かってあっかんべーをしてきたのである。
(こンッのガキャーー! やりやがったなァ……!)
影助が気付いたときにはとっくに、自分が1番の悪者に仕立て上げられてしまっていたのだった。




