エピローグー1
エピローグに入ります。
この話については、アラン・ダヴー大尉の家庭の話になります。
5月3日の夕方、アラン・ダヴー大尉は、久しぶりに家路についていた。
ここ1月余り、仏軍総司令部と日本の遣欧総軍司令部との連絡士官としての任務に忙しく、事実上、どちらかの司令部に泊まり込む日々を、ダヴー大尉は送っていた。
ノルウェーでの戦闘が一段落したことから、上司の勧め(というより命令)もあり、ダヴー大尉は帰宅して丸1日の休暇を取ることになったのだ。
ノルウェーから独軍は完全に撤退している。
独の水上艦艇が、ほぼ失われてしまった現在、ノルウェーへ独軍が再侵攻を試みる可能性は乏しいだろう。
それにノルウェー軍は完全動員体制にある以上、独軍が再侵攻を試みても、ノルウェーを今や占領するのは無理筋だろう。
そして、今後は、ノルウェーに我が連合軍の空軍部隊が相次いで展開し、独の首都ベルリン等への空襲を試みるようになるだろう。
連合軍の反攻が始まったのだ。
ダヴー大尉は、明るい未来を今は考えていた。
「お父さん、お帰りなさい」
妻の連れ子のピエールが、自分が玄関から入ってくるや否や、自分に飛びついてきた。
「もう少し早く連絡してくれればよかったのに。簡単な夕食になったわ」
妻のカトリーヌも、そう零しながら、玄関口に出てきて、自分にキスをしてきた。
「仕方ない。軍人とはそういうものだよ」
母のジャンヌが、妻の代わりに一時的に夕食の準備をしているのだろう、台所からそう声を掛けてきた。
ダヴー大尉は、久しぶりの家庭のぬくもりを覚え、心からの幸せを覚えた。
パリ近郊の庭付きの一軒家を、ダヴー大尉は借りていた。
庭と言っても猫の額のようなものだし、築数十年以上という古い借家だし、フランス軍総司令部まで通勤に片道1時間余りが掛かる所だが、子どもが庭で遊べるような所に住みたかったのだ。
妻にキスをしながら、早く自分の血を分けた子どもを、妻との間につくりたいと思いつつも、ピエールが目に入ったダヴー大尉は、バレンシアにいる筈の自分の子どもに、つい想いを馳せた。
スペインは中立国だから、大戦には巻き込まれずに、無事に育っているだろう。
子どもの母のカサンドラは、あの娼館から足抜けできたのだろうか。
「ねえ、家族以外のことを考えていない」
妻が、自分の内心を察したのか、自分に声を掛けてきた。
「そんなことはないよ」
ダヴー大尉は、妻を宥めた後、軍服から私服に着替え、家族と夕餉を取ることにした。
「それにしても、世間は狭いというか、思わぬことがあるよ。スペインで日本からの義勇兵の総司令官を務めていた土方勇志伯爵の息子も孫も、フランスに日本から海兵隊士官として来られている。土方伯爵の息子から、子ども、つまり土方伯爵の孫と仲良くなって欲しい、と頼まれた」
夕食を取りながら、ダヴー大尉は、母と妻に話を振った。
母は、この前の世界大戦時に、日本海兵隊の(具体的には第4海兵師団所属の)病院の雑役婦だった。
妻にしても、最初の夫、ピエールの実父は、同様に日本海兵隊士官の遺児で、ダヴー大尉の上官としてスペイン内戦で戦死した身の上だった。
つまり、母も妻も、日本海兵隊と縁があるのだ。
「そうなの。ねえ、土方伯爵の孫は、あなたと同年代なの?」
妻が尋ねてきた。
「僕より2つ年下で、海兵隊少尉と聞いているな」
ダヴー大尉は答えた。
「そう、できたらだけど、直接、その方にお尋ねしたいことがあるの。土方伯爵の孫なら、色々ご存知かもしれないし。お世話になった岸提督がどうされているのか等ね」
母が口を挟んだ。
「いいよ。我が家で昼食を振る舞いたい、という口実で誘ってみよう。別に構わないよね」
ダヴー大尉は、気軽に言い、妻と母に確認した。
妻も母も肯いた。
「それでは、誘ってみる」
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