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前編

幼なじみのグレンが勇者に選ばれた日のことを私は一生忘れることはないだろう。

物心つかない頃から一緒に過ごしてきたあいつとはきっと結婚するだろうと思っていた。それがこの村では当たり前のことだったから、不満に思うこともなかった。グレンだってそう思っていたはずだ。

けれどグレンは勇者に選ばれてしまった。

グレンを迎えにきた一行の1人である聖女様は


「あなたこそこの国を救う勇者。一緒に戦いましょう」


と言って白い手をあいつに向けた。

水仕事をしたことなどない美しい手。

重い荷物など抱えたことのないだろう腕。

夕日に照らされたあいつの顔は真っ赤に染まっていた。

人が恋に落ちる瞬間とはこういうことなのかなと思った。


私は前世を覚えている。日本というこことは全く違う世界で暮らしたことを。けれど前世を覚えていたところでここでの暮らしには全く役に立たなかった。

文字だってこの世界とは違うので、覚えなければならならなかった。この村では字を覚えていない人のほうが多いけど、本を読みたかった私は必死に覚えたのだ。前世の記憶で役に立ったのは計算くらいだろう。

魔法のある世界だというのに私が使えるのは生活魔法だけ。まあほとんどの平民は魔力が少ないからこんなものだ。それでも私は前世では使えることができなかった魔法を使えることが嬉しかった。皆は魔力を使うと疲れるといってあまり使わない魔法だけど、私は積極的に使用していた。そのせいか誰よりも魔法を使うことが上手にできるようになっていた。とはいえ、所詮は生活魔法。大したことはできない。

 けれどグレンは違った。昔はそうでもなかったけど、私がグレンに魔法の使い方を教えるようになってから、メキメキと腕を上げていったのだ。教えるといっても前世で読んだ異世界物の本に描かれていた、全く根拠のない魔法の知識。


「魔法はイメージが大切なのよ」


 今思えばよくぞあの言葉だけで、グレンは立派な魔法を使えるようになったものだ。私が一番欲しかった空間魔法も取得したのだからすごい。魔力がけた違いに多いことと、もとから才能があったのだろう。なにしろ勇者様なのだから。

聖女様は勇者を結婚相手に選ぶのだろうか? 

あの聖女様はこの国の第三王女様でもあるそうだ。王女様が平民と結婚するとは思えない。けれど勇者が魔王退治の恩賞として望めば否とは言えないだろう。

聖女様は光魔法の使い手で有名な方だ。

グレンは光魔法だけは使えない。私が本の知識で教えたが、光魔法だけは使えるようにならなかった。魔王退治には光魔法の使い手が必要で、聖女様は勇者一行の一人でもある。一緒に戦っているうちに二人は親しくなっていくのだろうか。

まあどっちにしても同じこと。グレンと王女が結婚しなかったとしても勇者になったあいつと私が結ばれることはない。勇者になればどんな女性も選ぶことができるのだ。私みたいな田舎娘なんて忘れてしまうに決まっている。


そして王女様がグレンを迎えに来てから三日後。

 グレンは私に一言もなく、聖女に連れられて王都へと旅立っていった。

残された私は村の皆から憐れみの目で見られることになった。

何しろ婚約こそしていなかったけど、近い将来一緒になるだろうと思われていた男性がこの国の王女と一緒に王都へと行ってしまったのだ。グレンは帰るつもりがないのか、住んでいた家に何も残していなかった。空間魔法があるのだから全部持って行ったのだろう。

情けないけど、前世を思い出したからといって私には何もなかった。なんの力も持っていない私がこの村から出ることなどできない。私は勇者が去ったこの村でこれからも過ごしていかなければならないのだ。




「ユウナ、これからどうするつもりだ?」


 兄が心配するでもなく、怒ったような声で聞いてくる。


「ダンケル、何も今そんなことを聞かなくてもいいだろう」


父が兄を諫めてくれるが、兄はフンと鼻を鳴らした。


「じゃあいつ聞けと? 俺は来春には幼なじみのシーナと結婚する予定だ。2、3年後にはユウナも結婚するだろうからとシーナの両親からも承諾してもらえたんだ。舅に姑だけでも大変なのに小姑までいるとなったら破談になるかもしれない」


勝手なことばかり言う兄だが、シーナの両親はこの村の代表でもあるから本来ならうちの家に嫁に来るはずのない縁談だった。本人の希望が大きかったのとよその村に嫁いだら会えなくなることを嫌った父親が認めてくれたのだ。それも私が2、3年後には幼なじみのグレンと結婚するだろうと思われていたからだった。

グレンはただの村人なのに魔法が使えたし、誰にも負けない強さがあった。今思えばそれこそ勇者の力だったのだろう。そのグレンと縁続きになるかもしれないことに打算が働いていたのだろう。


「そうだ。ケント村のヨークが嫁を探しているってシーナが言ってた。そこに嫁いだらどうだ?」

「なんて事言うんだ。ヨークはわしより二つも上じゃないか。それに子供も8人いる。そんな所にやれるか」


父が私のために怒ってくれたが、母は黙っている。母は昔から兄のことだけが大事だったのだから、私がどこに嫁ごうが気にもならないのだろう。それよりも兄であるダンケルの機嫌が悪くなるほうが心配なのだ。


「ユウナはもう傷物なんだ。そんな話しか来ないさ」


傷物ですって? グレンとは婚約していたわけでもないのに、この世界ではそうなるの?

そういえば、前世で見たゲームでは勇者の幼なじみが年寄りと結婚したって聞いたかも。その後子供を産んだ時に死んだとか。あの時は何も感じなかったけど、あんまりじゃない?

冗談じゃないわ。なんとかしないと。

日本で暮らした頃の記憶がある私にはそんな男との結婚なんて断固拒否したい。

でもここは日本ではないのだ。私が一人で暮らしていくことなんて無理な話だった。

どうしたものかと悩んでいた問題が一挙に解決したのは、グレンが王都に連れていかれて、二ケ月が過ぎたころだった。




「それマジですか?」


 勇者としてグレンが連れていかれてから、二ケ月が過ぎようとしていた。もうその頃にはヨークっていうおじさんとの結婚話が本決まりになろうとしていた。私も半分あきらめていた。そんな時、また豪華な馬車が三台、村に入って来たのだ。まさかグレンが舞い戻って来たのかと思ったが、中から現れたのは、騎士のような方と執事のような方だった。

 そして私に言ったのだ。


「お迎えに上がりました」


と。


「マジとは?」

「いえ。本当のことですか?」

「はい。勇者グレン様から是非貴方を王都へ連れて来て欲しいと依頼されたのです。どうも一緒に来たものと思っていたらしく、貴方がいない事に気付いたときは真っ青になっていました」

「それで?グレンはどこに?」


 私は他の馬車にグレンが乗っているのかと馬車のほうを見る。


「グレン様は魔王退治に行かれました。ここに来れなくて残念だと」

「そうですか。でも私は王都へは行きません」


王都なんて行けるわけがない。ただの田舎者が王都で何をするのだ。グレンもいないのに。


「お風呂に毎日入れる」


 執事(勝手にそう呼ぶ)さんは突然そんなことを呟く。

 私はその言葉に目を見開く。


「は?」

「王都には公衆浴場が数多くありますし、ユウナ様に住んでいただく住処にはお風呂もあります。そして隣街には温泉もありますよ」


私は前世を思い出した時から風呂に入りたかった。そのことをグレンには何度も愚痴っていた。ここでは夏に水浴びするくらいしかできない現状に我慢するしかなかった。なんだ、この世界はお風呂文化がないのだと思っていたけど、違ったのね。

 この村が貧しかっただけなんだわ。私はヨークと結婚することから逃げるのではなく、ただただ風呂に入りたいがために王都行きを決意した。まあ結果としてヨークとの結婚は流れたので良かった。

兄は何も言わなかった。私がこの村から去ってくれればよかったのだろう。ただシーナは悔しそうな顔をしていた。





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