私も大概、トラブルメーカー……。3
壁際で一人俯くヴィンスの隣に寄りかかる。彼は何も反応を示さずに、じっと地面を見つめていた。
水を生み出す生活魔法を使って水を生み出す。ぽわぽわと形を変えながら浮いているそれを見つめつつ声をかける。
「……ヴィンス」
「何でしょうか、サディアス様」
やや機嫌の悪いような声音で返事が返ってくる。いきなり本題に入るのはさすがにはばかられて、今の状況に相応しい適当な話を考えた。
「君はもう、固有魔法はある程度固まっているんだろう、練習はしなくいいのか」
「必要ありません。……私には使う機会など訪れないでしょうから」
出来るだけ話の弾む話題を考えた筈だが、一言で会話が終わってしまう。そういう言われ方をすると、当事者では無いこちら側からは、深堀しづらい。こういう時、クレアなら、純粋に何故そう思うのかと問いただすことが出来るだろう。
「……」
「……」
クレアの側にいた時は、ある程度話のできる男だと思っていたが、状況によってこうも態度が違うと混乱する。
……まぁ、自分の事を話さないと言うのは、同じだがな。
他愛のない話、明確に考えを聞いた時、どちらも、ヴィンスはしっかりと答えを言うが、総じて、彼自身のことを話さない。そしてどんな些細なことでも、クレアの意志を確認する。
…………俺は、そういう態度だからこそ、ヴィンスをクレアの臣下だと信じていた。だから助言もしたしな。
クラリス様が心を入れ替えてもしくは、考え方を変え、ここで必死にやっていこうと思っている。だからこそ、立場の弱くなった、慣れない事の多いのクラリス様には、付き従うだけではなく時には叱ったり、止めたりする人間が必要だと、そういう、クラリス様の事を考える事が出来る人間は、ヴィンスだとそう思っていた。
同じく、練習場の壁に寄りかかり、ディックと話をしているクレアを見る。
昨日の話、未だに上手く整理がついていない。状況は、俺が想像していたよりも相当厄介で、多くの事柄が絡んでいる。
そしてクレアは、それを紐解いて、理解し対応するということが出来るほど、この場所に馴染んではいない。
……異世界人って言うものだって、正直理解に苦しむが彼女の言っていた「まったく知りもしない国の知らない人に急に成り代わっちゃうような感じ」という説明もまるでピンと来ない。
本当にそんな事があって当事者となったら俺は、どうするだろうか。まるで想像がつかない。
ただ、彼女は話をしている最中「私はクラリスじゃない」と、何度も言っていた。その言葉を聞くたび、自分という存在が揺らいでいて、とても不安になってるということは、なんとなく理解ができた。
まったく知らない他人になったら、自分を、その人物としてたくさんの人が扱い、状況や、過去、罪の全てを自分のものとして背負わなければならない。
不安定になってもおかしく無い。それでも、クレアは自分の問題をなんとか解決に向かわせようとしている。自分の運命のような理不尽に抗う事を諦めていない。
……元々、俺は、クレアとチームになった時から、一蓮托生だからな。俺に出来る限りの協力はするつもりだ。
クレアの奮闘の末に何があるのだとしても、俺は魔法使いを目指す。個人技能だけでは、平均程度の自分の力では卒業は目指せない。俺にはチームが必要だ。
「…………サディアス様はまだ定まっていないようですね。今は、アウガス貴族の方に多い、水魔法系統を模索中ですか」
頭の中を整理しているとヴィンスがおもむろに話しかけてくる。彼の方を見れば、俺と同じようにクレアの方を見ていた。
話を続けてくれた事にすこし意外だなと思いつつ、会話を続けようと、水魔法を少し強めた。
「ああ、相手に炎系統の固有魔法持ちがいる場合に便利だろう」
固有魔法は基本魔法、パワー、スピード、防御力の強化、もしくは、生活魔法の応用が主流だ。そして、だいたい、アウガス貴族には水魔法、メルキシスタ貴族には炎魔法の適性があるものが多い。
理由は土地柄だと言われている。アウガスは温暖な気候で、稀に干ばつが起きる事がある。そういった理由で水の生活魔法を最初に覚える。メルキシスタは逆に雪の降る期間が長い寒い地域だ、凍えないように炎の魔法を覚える。
ヴィンスはちらっと俺の手元を見て、それから俺を見た。
「……クレアが喜びそうですね」
……クレアの話題が完全に駄目というわけでは、無いんだな。
てっきり、昨日の様子から拒否された反動で、好意が転じて憎しみにでもなっているのかと思ったが、そうとも言えないようだ。
「なんで、クレアが喜ぶんだ?」
「私が……生活魔法を使うと、すごいすごいと、褒めそやしていましたから」
自分だって使えるはずだろうと考えてから、思い直す。魔法がない世界、クレアはそこから来たと言っていた。使った事がなくても不思議じゃない。実際にクレアは戦闘以外でまったく魔法を使わない。
「なぁ、ヴィンス、それは、あの子が……ここでは無い何処から来たからか?だから、生活魔法も珍しいのか?」
「……聞いたんですか、クレアから」
「ああ」
「そうですか。きっとそうだと思いますよ。クレアは、私たちとはかけ離れた存在です」
なんの躊躇もなくヴィンスはそれを認めて、またクレアに視線を戻す。それではやはり、ヴィンスはクラリス様に仕えていたのではなく、クレアに仕えているという自覚があったのだ。
そう考えると、ヴィンスは、仕える相手は誰でも良いのだと言う事が分かる。そして、それに罪悪感もなければ、悪意もない。




