プロローグ
「よい、しょっ!……と」
少年の掛け声とともにカーンという小気味良い音が響き、2つに割れた薪が地面に落ちる。
「ふぅ……」
息を吐きながら斧を置き、少年──エイジは汗を拭った。
ゴブリン退治から早3ヶ月と少し。
元の世界ならちょうど新学期が始まり、エイジの誕生日の4月に入ったであろう春。
ここ、アヴァール領コリョウ村は雪が降り始め、冬へと季節が移っていた。
剣を腰に下げ、束ねた薪を担ぎ、エイジは村へ戻ってきた。
小さな村故か、知り合いも増え、すれ違う度に挨拶を交わす程度には村の一員としてエイジは認められはじめていた。
「おーい、エイジ!」
今もまだ世話になっているギークの家にもう少しで着こうかというところで、ドタドタと走る音とともにエイジを呼ぶ声が聞こえた。
エイジが後ろを振り向けば、ガッシリとした──否、ふくよかな少年が走り寄って来た。
「シウバ、なにか用?」
「ああ、そりゃもう大事な大事な用があるんだよ!」
はぁはぁと息を荒げながら、少年──シウバは胸を叩いて言った。
シウバは、この村の長つまり村長の息子だ。
小さな村社会の権力者の息子、場合によっては増長することもあるだろう環境で育ったシウバだが、見ての通りノホホンとした性格に育っている。
それもあってか、年齢の近いエイジともすぐに打ち解け、良き友となっていた。
エイジは歩きながらシウバに用事を尋ねる。
本来なら大事な用事とのことならば歩きながら聞くべきではないが、エイジとて仕事の最中であり、薪が少なくなってしまえばギークの家に学びに来る子供たちが寒い思いをしてしまう。
そのことをわかっているのだろう、シウバはエイジの横に並び、口を開いた。
「大事な用事ってのはな、もう冬だろ?」
「まあ、そうだね」
この言葉通り、2人の足元には雪が積もっていた。
まだそれほど深く積もっているわけではないが、冬の到来を告げるには十分な量の雪だ。
「それで、だ。もう冬なんだよ」
「そうだね」
「わかるだろ?」
「いや、わかんないけど?」
「嘘だろ?……まあ、いいか。ジャナフのおっさんが仕事を手伝ってくれってよ」
「ああ、そういうことか。確かに大事な用事だね、特にシウバは」
エイジはシウバの突き出た腹を横目に言った。
その視線に気付いたのか、シウバは少したじろぎ目を逸らした。
ただ、シウバの食欲を除いても大事な用事だということはエイジも理解はできた。
ジャナフは狩人で、その仕事は森で獣を狩ることだ。
主に農耕を行うこの村には、牛も豚も羊も居るが、殆ど食べられることはない。それこそ、なにかの祭祀や慶事くらいでしか、牛や羊を潰すことはしないし、食用として育てられている豚もそれほど数は多くないためにたまにしか潰さない。
そんなこの村で動物性タンパク質を得るためには野生の動物を狩るしかない。
その役目を担っているのが、ジャナフなわけだ。
ジャナフはかなりの頻度で森に狩りに行くが必ずしもそれが成功するわけではない。
しかも、これからの時期は冬だ。
農作物の収穫はもうほとんど望めず、冬眠する動物もいることだろう。
そのことを考え、エイジに仕事の手伝いを頼むというのはわからないことではない。
エイジはこの村に来てから、ギークに常識や地理、薬草学、魔法理論、魔物についてなどを学びながら、村の鍛冶屋の手伝いから錬金術、そして狩りなどを行ってきた。
その中でも狩りに関して言えば、プロのジャナフも舌を巻くほどだったわけだ。
それを踏まえ、ジャナフはこれから冬を越すための狩りにエイジを連れて行こうとしているのだ。
1人よりは2人。
そのほうが狩りの成功率は上がるのだから。
「まあ、わかったよ。これを置いたら行ってくる」
「ああ、行ってこい。そんで、俺に肉を持って来い!」
我は鹿肉を所望するぞ!と、大仰な身振りをしながらシウバは言った。




