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足止め

「っはあ!」


滑り込むようにして、ギーク達の元へと戻った叡嗣が最初にしたことはポーションを飲み干すことだった。


ポーション。

ゲームなんかでお馴染みのそれは、人によって飲むものという解釈をすることもあれば、患部に掛けるものという解釈をすることもあるだろう。

叡嗣に関しては前者ではあるが、この世界で言えばポーションは飲めば身体全体を、掛ければ患部を重点的に治すというような融通の利くものとして知られている。


飲めば身体全体を、というだけあって効果は患部に掛けるよりも落ちるのは当然のことだが、叡嗣はポーションを飲み干したことにより身体全体の疲れが取れたように感じていた。

叡嗣がそう感じているのも間違いではない。治癒のポーションというのは、怪我を治すという効果だけではなく疲労回復という効果もあるのだから。とは言っても、治癒のポーションというのは製法も魔法寄り──つまり錬金術とかのことだ──のものから薬草を潰しただけのもの、その両方を駆使したものなど様々であり、効果もピンキリだ。

叡嗣が、頭の怪我もよくなり疲労感も無くなったのは偏にギークのポーションが良質だったからに他ならない。


それはさておき。


叡嗣達の奮闘の甲斐あって、ゴブリンの数は減ってはいるが残ったゴブリンはゴブリン将軍(ジェネラル)を筆頭にゴブリン系のモンスターの中でも比較的強力なゴブリンだ。

数にして総数27匹。

内訳はゴブリン将軍が1匹。ゴブリン魔術士(ウィザード)とゴブリン祈祷師シャーマンが1匹。ゴブリン騎士が2匹。ホブゴブリン戦士が5匹。ホブゴブリンが8匹。ゴブリン騎兵が4匹、ゴブリン戦士が2匹、ゴブリンが3匹。


もし、冒険者に依頼をするとすれば、適正等級は7等級銀級〜6等級金級程度。

まともに当たれば数で劣る上に、戦力でも劣るであろう叡嗣達が負けるだろう。


ということを、ギークはゴブリンから目を離さずに告げた。


「逃げますか?」


そう聞いたのは叡嗣だ。戦線から退いてはいてもギークの傍に居る村人達の不安げな顔を見て、そう言った。


「いえ、逃げません。逃げれば、村を捨てることになりますから」

「なら、策はあるのか?」


ギークの答えにそう返したのはガイだ。

革の鎧にはところどころ新しい傷が付き、全体的に土埃で汚れ、返り血で赤く染まっていることからそれまでの激しい戦いが予想できた。


「策はあります。ですが……」

「ですが?」

「時間が掛かります」


手短に話せば、と前置きしてギークは策を話し始めた。


「私が今使える最大の魔法を使います。うまく行けば、全滅させることが可能です」

「なら、それでいいんじゃないか?」

「時間が掛かると言いました。最低でも3分、できるなら5分欲しいです。しかし、ゴブリン将軍は頭がいい。大規模な魔法を使おうとすればそれを阻止しようと突撃してくるでしょう」


それを聞き、ガイは理解する。

要するに、壁が必要だが自分たちは壁として心許ないから作戦を決行できないのだと。


「すいません」


ガイが顔を歪めるのを見てギークは謝罪した。


「なら、進行を止めるようにすればいいのよね?」


カミラはそう言うが、それに首を振って否定したのはルシエラだった。


「無理です。銀〜金相当の相手に純粋な前衛になり得るのが2人だけというのは……」

「なら、魔法は」

「壁を造るような魔法はありますけど、私のレベルだとホブゴブリン戦士あたりが突撃してくれば壊れちゃうし、回り込まれることもあるから。それに、断続的に魔法を撃つにしても撃ちもらしはでるし、残り500程度の魔力じゃ心許ないです」


ふと、叡嗣は窓──わかりにくいので、これからは個性の窓(パーソナルウィンドウ)とでも呼ぼう──を開いた。

魔力総量36725/36800。

それを見て、叡嗣が考えたのは魔弾の消費魔力というものだ。

魔弾を放ったのは計3回。魔力の減少量は75であることから単純に一発あたりの魔力消費は25ということになる。

その消費が魔法として多いのか少ないのか、自分の魔力量が多いのか少ないのか、それらについての知識を持ってはいないが、ルシエラの500程度という話を聞く限りでは未だ十分な量の魔力を残せているのではないかと叡嗣は考えた。


で、あれば。


「牽制できればいいんですよね」

「ん?ああ、そうだね」

「その役目、俺にやらせてくれませんか?」


ギークは、叡嗣をジッと見つめた。

なにをするつもりか。そんなことを聞き出そうな表情を一瞬見せ、すぐに理解したというような顔になる。


「さっきのあれは連発できるんだね」

「ええ、おそらく」

「わかった、頼んだよ」








◇◆◇◆◇


ギーク。

かつてはケリドウィルのギークと呼ばれた彼は、この世界ではまだ若い部類の魔術師だ。

基本的に、魔術師の魔力というのは年齢と共に上昇していくものであり、世に名の知られる魔術師は一部の例外を除いて40代を過ぎたものばかりだ。

先に話に出ていた王立魔術学園の教師も一番若くとも30代半ばであった。

にも関わらず、未だ20代のギークが王立魔術学園の教師をやっていたのには優秀であったという以外にも理由があった。


その理由こそが、今ギークが構築している魔法である。



儀式魔法、一般的に複数人で発動させる魔法をそう呼称する。

儀式魔法は、ある程度の実力がある者達が行うものであり、それなりの訓練を受けなければ発動はできない。

それ故に、強力であっても使える場合はかなり限られるという代物である。


その儀式魔法を、ギークは1人で発動させることが可能であるが故に、ギークは王立魔術学園の教師となれたのだ。

無論、普通なら儀式魔法を1人で発動など無理なことだ。

儀式魔法というのは、複数人で発動させることを前提に考案されたものであるし、1人で放つ為に苦労をして才能を傾けるなら、一般的な儀式魔法よりも強力な──もちろん、魔力消費は大きいが──1人で発動可能な魔法を使うほうがいい。

しかし、そんな強力な魔法を放てる魔術師は多くない。だから、儀式魔法というものが存在しているのだ。


話を変えよう。

ギークは儀式魔法を1人で発動可能な唯一の魔術師だ。しかし、一般的な儀式魔法よりも強力な魔法も使えるのである。


にも関わらず、ギークがその魔法を使わないのには理由がある。


とある事情により、一度に操作できる魔力の量が制限されてしまっているのだ。

だから、ギークはわざわざ儀式魔法をこの場で使おうとしている。本来なら、手間をかける必要はないのに。





ギークは、前方に立つ叡嗣を見た。

先程は、頼むと言ったが実際はどうなるか、そんなことはわからない。だが、他に手段もない以上叡嗣に託す他なかったのも事実である。


すぅ、と息を吸う。



「始めます!」


その言葉とともに、ギークは儀式魔法を発動させるべく詠唱を開始した。






「さて、こっちも頑張らないと……」


叡嗣は、ギークの言葉を背に受け呟いた。

剣を鞘に納め、両手で銃を形取る。


先程。つまり作戦を開始する前に、叡嗣はギークから魔法について簡単な説明を受けた。

魔法行使に必要なのは、魔力と魔力操作、そしてイメージであると。

詠唱はそのイメージを言葉で補完するもので、覚えればイメージが不完全でも発動できるが、全てイメージで補うほうが強いのだとも。

そして、魔法の名前は発動のキーであるとも。


叡嗣はその事を脳裏に浮かべながら、イメージをする。


自らの両手は銃であり、それは自動小銃であると。

そして、放つのは魔力によって造られた魔法の弾丸……《魔弾》だと。



「《魔弾》」


一言、呟く。

瞬間、叡嗣の両手の人差し指の先に魔法陣が描かれ魔弾が放たれる。


その魔弾が放たれた魔法陣は先程とは違い、消えることはない。

その代わりに一発ではなく、何発も何発もその魔法陣から魔弾が放たれる。


その光景は傍目からは綺麗なものだ。

深紅の魔法陣が煌めいているのだから。だが、少し離れたところをみれば、ゴブリン達は魔弾によって身体を穿たれさながら穴開きチーズのような見た目になっている。

無事なのは、タワーシールドを持ちその後ろに隠れているゴブリン騎士、魔法で障壁を張っているゴブリン魔術師と祈祷師、そしてそれらに護られているゴブリン将軍だけだ。

だが、無事なだけであって、彼らが動けるのかと言われればそうではない。

無事ではあっても、ゴブリン将軍達はその場に釘付けになっている。


もし、魔弾が途切れるのであれば前進も可能だっただろう。

しかし、叡嗣の驚異的な反応速度と狙いの前では少し動けば肩口や足元を狙われてしまう。

それを理解する程度の知能を持っているゴブリン達は、動くことをやめてしまっていた。



「すごい……」


その様子を見ていたルシエラは杖を握りながらそう漏らした。

それは、叡嗣の狙いの正確さへの驚愕だ。

驚愕するほどすごいこと、というのならギークがやっていることのほうがすごいわけだが、ルシエラからすればそんな特殊な技能よりも──もちろん凄いと思ってもいるが──叡嗣のやっていることが羨ましかった。


ルシエラは、王立魔術学園にこそ通ってはいなかったが、地方の街という単位で考えれば天才と言われても違和感のないだけの才能を持っている。

だが、そんなルシエラであっても狙いを寸分違わずに魔法を撃ち出すということはできない。というより、手元から撃ち出すような魔法だと、敵への着弾までに時間がかかり狙いとずれてしまうことが殆どだ。

にも関わらず、叡嗣は狙いと寸分違わずにゴブリンを倒しているように見える。

ルシエラは、ただそれを可能にする魔法と能力が羨ましかった。





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