後退
「一旦下がってください!!」
ギークがそう言ったのを叡嗣はゴブリンに囲まれながら聞いていた。
「下がれと言われてもっ!」
言いつつ、ゴブリン戦士の剣を避ける。地面にゴブリン戦士の剣が着いたタイミングで両手で剣を振り抜きゴブリンの首を刎ねるが、その穴を埋めるように新たなゴブリンが詰めてくる。
まだこれといって大きなダメージを受けているわけではないが、このままではジリ貧であるというのはわかりきっている。
剣は斬れば斬るほどに切れ味は落ちるし、体力も消耗する。
しかも、叡嗣はこの前にゴブリンに頭を殴られているわけで、顔は血で赤く染まり、今も少しずつだが血が流れているような状態だ。
下がれるのなら下がりたいし、休む時間を作れるのなら作りたい。
だが、叡嗣はそうはさせないという圧力をゴブリンから感じていた。
倒しても倒しても次から次へ補充されるゴブリン。それは、叡嗣を引かせてなるものかとゴブリン達が考えている証左であり、つまるところ叡嗣が脅威であると認識しているということだ。
穴を開けるだけなら、おそらくは可能だと叡嗣は考える。
それにはごく短時間でゴブリンを三体ほど倒さなければならない。それを踏まえて可能と考えている。
なら、なぜ引かないのか。
それは穴を開け、抜けたところで追ってくるゴブリンが居るからだ。
現在、叡嗣を包囲しているのは、ゴブリン戦士、ホブゴブリン、ホブゴブリン戦士、そしてゴブリン騎兵だ。
その中で、叡嗣は余裕を持って倒せているのはゴブリン戦士とホブゴブリンだけだ。この二体は身体能力もあまり高いわけではなく、剣の扱いもお世辞にも上手とは言えない。
ゆえに、武器の性能も手伝って余裕をもって倒せているし、背を見せたとしても逃げ切ることはできるだろう。
しかし、ホブゴブリン戦士を抜きにしてもゴブリン騎兵という存在がある限り背を向けるのは危険だと叡嗣は思っている。
背にゴブリンを乗せた狼の速さがどの程度かというのは叡嗣は知らない。だが、それでもかなりの速度であることは予想できる。
そのことを考えると引くに引けないでいた。
だが、下がるべきだとは叡嗣も思っている。
なら、下がるためにはどうするべきか。
簡単だ。要するに、追ってこれないようにすればいい。
だが、叡嗣の武器は剣だけだ。あの魔弾もあるにはあるが、威力こそあれどその体積は小さく、追ってこれないように牽制するには向かない。
ならば。
「ギークさん!抜けたタイミングで魔法を!」
別の人間に援護を頼めばいい。
「10秒待ってください!」
ギークから返ってきたその言葉を聞き、叡嗣はさらに力強く剣を握る。
10秒。それはおそらく魔法の構築に掛かる時間だろうと予想する。
構築して、どれだけの時間それを待機させられるのか、それはわからない。なら、それが終わると同時に抜けたほうがいいのはすぐわかることだ。
10秒。
短い時間だが、穴を開けるだけならどうにかなる。
叡嗣は剣を振った。
目の前に居るのはホブゴブリン。
力は強く、少し大柄だが反応速度は遅い。叡嗣の袈裟斬りはホブゴブリンの左肩から右脇腹を切り裂いた。
残り8秒。
横に居たゴブリン戦士。
下に振った剣を跳ね上げ左脇腹から右肩へ切り裂く。
残り7秒。
穴自体は開くがそこに詰めてくる一体を倒して漸く抜けることが可能となる。
最後に詰めてきた一体はホブゴブリン戦士。
叡嗣の剣と大差ない長さの剣を振り下ろそうとする。
残り6秒。
叡嗣はその懐に飛び込み身体を回転させ、ホブゴブリン戦士の右脇腹を斬る。
残り5秒。
止めに後ろから頭に指を突き付け魔弾を放つ。
残り4秒。
脚に力を込め、開いた包囲の穴を叡嗣は駆ける。
3……2……1
「『────《炎槍雨》』」
叡嗣がゴブリンの集団から25メートルほど離れたタイミングでゴブリンの集団の上空に紫色の魔法陣が展開され、無数の炎の槍が落ちてくる。
その槍は丁度追おうとしていたゴブリンへ突き刺さり、草を燃やし、ゴブリンをも燃やした。
断末魔の悲鳴を上げるゴブリンを見て、運良く槍を逃れたゴブリンは喧しく後退する。
一方叡嗣は、炎の槍の熱気とゴブリンの断末魔を背に受けながら、ギーク達の元へと下がっていた。




