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ゴブリン2

ガイ達に遅れること数秒、叡嗣も柵を飛び越え、ゴブリンに向けて走り始めた。

しかし、その速さはいつもより少し遅かった。



その理由は近付いてきたゴブリンの死体のせいだろうか。

人型の生物が両断されるという衝撃的な光景と、吹き上がる血飛沫、今では血溜まりを作っているゴブリンの死体が、叡嗣の脳裏にしっかりと焼き付いている。


だからだろう。

本来決して低くない叡嗣の身体能力が、少し落ちていたのは。




「グゲゲゴ!」


最初に叡嗣に近寄ってきたゴブリンは痰が絡んだような声で叫びながら手に持ったナイフを振り回しながら叡嗣に突撃してきた。


叡嗣も、慌てて剣を抜くがその身体は思うように動かなかった。


「くっ」


剣を振る。

ただそれだけの行為ができず、叡嗣は後方に下がってゴブリンのナイフを躱した。

次も、その次も、そのまた次も。

ただ一匹のゴブリン相手に叡嗣はまともに攻撃することもできず、どうにか避けることしかできなかった。


そうしているうちに、ゴブリン達は気付いたのだろう。

向こうで戦っている人間より与し易い人間がこちらに居ると。


その与し易い人間とは即ち叡嗣なわけで。


気付けば、叡嗣は4匹のゴブリンに囲まれていた。





「グゲゴ!」

「ググゲゲ」

「グギゲ!」

「グギガ!」


喧しく叫びながら、ゴブリン達は手に持った武器を振り回し叡嗣に攻撃を仕掛ける。

避ける、避ける、避ける、避ける。


未だ、一度も剣を振れず叡嗣は避け続けた。


なんで剣を振れないのか。

その理由は叡嗣自身よく分かっている。生き物の命を奪う。

初めてのその行為に戸惑っているだけなのだ。

比較的平和な世界で安穏と暮らしてきた叡嗣は生き物……いや、人型の生物を殺すことに躊躇している。ただそれだけだ。

もし仮に、相手の見た目が鹿や豚といったものだったら、叡嗣は躊躇いながらも殺すことができただろう。

しかし、ゴブリンは醜悪な見た目をしているが、見た目は小さな人間のようなもの。


平和な世界で生きてきた人間が躊躇するには十分な外見だった。



「くそっ」


覚悟を決めたと思っていても、この期におよんで一度も剣を振れていない自分に小さく悪態をつく。

なにが冒険者になるだ、ゴブリン一体に剣も振れないくせに。そんなことを考える。


やらなければやられる。

そう思っていても、身体は動かない。

倒すための術を持っていても、倒すための行動を起こせない。


そんな躊躇いの中、避け続けているが、その時も終わりが訪れる。


「あっ」


そう言ったときには、叡嗣は石に躓いていた。

辛うじて、転ぶのは左足を前に出すことで避ける。だが、動きが止まったその瞬間ゴブリンの持つナイフが叡嗣の左腕を切り裂いた。


「ああああっ!!」


痛みに苦悶の声を漏らす。

つい昨日、似た痛みを味わったことを思い出す。が、同時に頭に強い衝撃を受ける。


見れば、ニヤケ面のゴブリンがいた。

その手の棍棒が地面に着いている辺り、今の衝撃は頭を殴られたのだろうとクラクラする頭で考える。


やばい、これ死ぬかも。

そんなことを思いながら、叡嗣は右膝をついた。





死ぬのは嫌だな、と思う。

死ぬのは仕方ないことでも、こんな風に死ぬのは嫌だなとも。


なんで、今死にそうになってるんだっけと思い出せば、目の前のゴブリンのせいだと言える。

だが、もとを正してみればあの通り魔のせいじゃないか?と、叡嗣は思った。


その瞬間、理不尽さを覚える。

俺、運は悪いけどなんか悪いことしたっけ?と。おかしくないか?と。

同時に、あることを思い出した。

確か、あの時あの通り魔を殴ったなと。けど、あれって自衛のためだよな、と。

その後、かなり昔のことも思い出した。

誘拐されかけたときに、祖父が自衛ができるようにしなさいと言い聞かせてきたことも。


ふむ、と叡嗣は考え込む。

これは意識から変えるべきかもしれないと。


ガイは言っていた「殺さなければ自分や周りの人間が死ぬ」と。

祖父も「自分や周りを守れるようにしろ」と言っていた。


けど、今自分は死にかけていると。


ここ死にかけるところに至り、叡嗣は根本的にその意識を変えた。

自分は死にたくない。ならば、躊躇せずに命を奪わなければならないと。


死にかけてようやく、本当にその覚悟が決まったのである。


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