エピローグⅡ そしてお姫様は王子様と・・・
これにて『リビティウム皇国のブタクサ姫』の物語は終わりです。
12年という長い旅路、ずっとお付き合いいただいた方々や、途中から旅に加わってくださった方、私の力不足で離れて行った方々も、一度でもお付き合いいただいた皆様方に心より感謝いたします。
何度もエタりかけた本作ですが、どうにか終点までたどり着けたのは皆様方の応援のお陰です。
本当にありがとうございました!!!
《アウローラ神聖国》。それが元【闇の森】跡地へ建国された国の名です。
実質的に『リビティウム皇国』『グラウィオール帝国』『デア=アミティア連合王国』『クレス自由同盟』という超大国や、それに準じる『ケンスルーナ連邦』『諸島連合』『新ハンザ自由貿易同盟(南西部に存在する中小都市が、主に商業と貿易目的で結成した連合体)と、同等かそれ以上の国土・国力を持った超大国という見方が大半でしたが、これはもう過大評価もいいとこという感想で。
私としてはとりあえず泥縄泥船で、どうにか形を作った即席国家であり、きちんと軌道に乗せられるには、今後五十年、百年とかけなければ到底不可能であり、そのための種を蒔くのが、〈初代・至聖女皇〉として即位した私の使命だと、そう心得ております。
ともあれ、ストラウスとの決戦を経て、なんだかんだと準備期間を三年ほどかけ、私もルークも十八歳になったのを契機に、首都として整備された『神聖都市ソフォラ』において、ささやかな結婚式を挙げる、予定だったの……です……けれど……。
……いや、まあ、新郎側の参加者筆頭が、ルークの実の妹に当たる現グラウィオール帝国第四十九代アンジェリーナ・アイネアス・セレナ皇帝陛下と、その御親族関係とあっては、どだい何をどうしたところでささやかになるはずがありません(と言うか。代理の使者でなく、当人たちが雁首揃えて参加するなんて、誰が思いますの!?)。
なお、私にとっては義妹にあたるアンジェリーナ陛下は御年わずか四歳。
当然、強力な後ろ盾が必要となりますが、それが実父である摂政エイルマー殿下と、死んだと思われていた中興の祖、第四十五代オリアーナ女帝の支持に他なりません。
若年過ぎるということで反発もあったようですが、反対派も認めざるを得なかったのは、本来次期皇帝だったエイルマー殿下が譲歩し、アンジェリーナ陛下の成人後は摂政を退くことを約束したことと、陛下の髪がオリアーナ女帝以来途絶えて久しかった『グラウィオール帝国皇族の証』である、白銀色だったことが大きな要因でしょう。
ちなみに私の父親代わりに手を引いて、ヴァージンロードを歩いてくださったのは、母方の祖父に当たる聖女教団のテオドロス法王聖下で、そのお立場上、結婚式など星の数ほど執り行って、慣れ切っているでしょうに、最初から最後まで、
「おおおお、なんという美しさであろうか! クララにも見せてやりたかったわ……!!」
感無量とばかりに滂沱と涙と鼻水を流しっぱなしでおられました。
あと結婚式の立会保証人が、天上紅華教の最高指導者ラポック・オルブライト教皇聖下であり、式自体を執り行ってくださったのは、〈初代・薔薇の聖女様〉(=〈神帝〉陛下)というもの凄さで、それにも増して通常であれば亜空間に存在する超帝国の本拠地『空中庭園』が姿を現し、地表三千メルトの高度まで降りてきて、魔術による祝砲を夜通し打ち上げるというもの凄さですから、当然式自体も空前絶後と言ってよい規模になったのは言うまでもありません。
他の来賓の方々そうそうたる面子ばかりで、旧知の間柄であるリーゼロッテ王女やヴィオラ王女はまだしも、〈妖精王〉様に〈妖精女王〉様を筆頭とした妖精族、黒妖精族の皆様方。洞矮族王と腹心の皆さん。真祖吸血鬼であるヘル公女。竜人族族長とその配下である水棲亜人の頭首たち。獣人族の筆頭巫女であるアスミナ様と主だった部族の族長の方々。
それにクリスティ女史やエステル、私の魂の兄である稀人侯爵と、なぜか招待状も出していないバルトロメイと行商人さんが当然のような顔で並んでいます。
加えて〈三獣士〉の皆様、コンスル冒険者ギルド支部のエラルド支部長さんとカルディナさんご夫妻。ジェシー、ライカ、エレノアといった旧友たち等々……一通り挨拶するだけで丸二日かかったほどの面々でした。
◇ ◆ ◇ ◆
――そして、百年が過ぎた。
アウローラ神聖国は、もはや誰の名を冠した国でもなくなっていた。
かつて「聖女ジルの国」と呼ばれたその地は、今や「言葉を話す者は等しくヒトである」という一文だけを頂く、永遠に輝く楽園へと変わっていた。最初の十年は「命を守る」時代だった。
《闇の森》の外縁に築かれた庇護都市帯は、飢えと戦乱に追われていた亜人たちを無条件で受け入れた。食と住まいと癒しと未来を、誰一人として拒まず。
雪崩れ込むように集った命たちは、やがて人口という名の奔流となり、大陸を揺るがす最初の原動力となった。
また、ジルが各国と結んだ「聖女の誓約」は、紙切れ以上の重みを持っていた。
「アウローラに手を出せば〈神帝〉の裁きを受ける」──その一文の背後には、カーディナルローゼ超帝国、グラウィオール帝国、そして聖女自身の絶対なる武威が三重に重なり、誰一人として刃向かう者はいなかった。
次の二十年は「富を独占する」時代だった。
《闇の森》だけが孕む秘宝──聖銀、オリハルコン、世界樹の枝、様々な希少な魔物の素材と魔石、ドラゴンの鱗──は、国家とギルドが共同で管理し、緻密に輸出を制限した。
他国は喉から手が出るほど欲しがり、膝を折って交易を乞うた。
洞矮族の集落が生まれて様々な鍛冶を、黒妖精族は魔導書を、魚人族は水場の管理を、吸血鬼は夜の戦場を支配する血晶石を鍛え上げた。
「アウローラでしか生まれぬもの」が無数に生まれ、他国は遅れをとったまま、永遠に追いつけなくなった。
そして古代魔導都市の遺跡が目覚めたとき、大陸初の魔力送電網が夜を照らし、街灯は灯り、工場は唸り、魔導鉄道は大地を駆けた。
薪と馬車の時代に生きる国々をよそに、アウローラだけが魔力と蒸気の黄金時代へと舞い上がった。さらに二十年は「知と信仰を支配する」時代だった。
万種共存学院は種族を問わず扉を開き、識字率は百年を待たずして百を記録した。
卒業生は即座に市民権を得て、やがて大陸最高の賢者、技師、詩人、将軍のほとんどが「アウローラ出身」となった。
のちに聖女暦が制定され、ジルが闇を浄化した年が「元年」と定められたとき、亜人諸国は喜んで受け入れ、人間諸国も交易の都合上、渋々併記せざるを得なかった。
いつの間にか歴史の中心は、静かに移っていた。異種族混合騎士団が軍事パレードを行うたび、他国は震え上がった。
巨人、妖精族、吸血鬼、竜人族、魚人族、半人半馬族、有翼族……常識外れの編成は、実戦など必要ともせず、ただ存在するだけで十分な威圧だった。
そして五十年後――。
ジルの配偶者にして正しき力の行使者、ルーカス・レオンハルトは、もはや〈神聖勇者〉の域を超え、〈パラディン・ディヴィヌス〉──「神そのものである聖騎士」として世界に認められたのである。
超帝国の名で布告を発した瞬間、大陸中の神殿の鐘が、人の手によらず一斉に鳴り響いたという。
その音は今も伝説として語り継がれている。やがてルークは地上を離れ、天上界へと迎えられた。
愛龍ゼクスとともに、半月をかけて皆と別れを惜しみ、最後に名残惜しげに雲の彼方へと消えていった。
三獣士たちもまた、老いてなお矍鑠たる姿で、相棒の飛竜を駆り、主の背を追って天へと舞い上がった。
家族は泣いた。けれど、誰も悲しみに沈むことはなかった。
「また会える」と、皆が知っていたから。そして、約束の百年が満ちた日。聖女ジルは宣言した。
「私は神界へ帰ります。それまでに、この国を、誰が支配しても平和が続く仕組みにします」と。
王位は世襲制ではなく種族評議会の投票制となり、人間族も必ず一票を有した。
聖女の後継は血ではなく志によって選ばれることになった。
憲法の第一条に「言葉を話す者は等しくヒトである」と刻まれ、最後にジルは自らの全権限を「国そのもの」へと還元する儀式を行った。
光が満ち、玉座は消え、聖女の座は空になった。
その瞬間、大陸中の人々は胸の奥で何かが外れる音を聞いた。
──もう、誰にも縛られていない。
そして、約束の日が来た。大陸中の種族が、首都ソフォラに集った。
世代は交代し、古き友の多くは既に老いて果てていたが、妖精王と妖精女王、吸血公女、そして人造人間コッペリアだけは、変わらぬ姿でそこにいた。
コッペリアは今、ジルの曽孫である若き王女に仕えているという。
そして類まれな魔力・霊力・神聖力によって、老いとは無縁な全盛期の若さと美しさをいまだ保ったままのジルが祈りを捧げたその時、空が黄金に裂けた。
そして白き真龍ゼクスに騎乗した、若き日のままの〈神聖勇者〉ルークが、空の彼方からゆっくりと舞い降りてきた。
百年という時を、天上界で待っていたというのに、彼の瞳はあの日のままに澄んでいた。
「お待たせしました、僕のお姫様」
まるで二人が初めて出会った、あの日のままに。
「ふふっ、ありがとうございます。私の王子様」
茶目っ気たっぷりに微笑むジルに涙も悲しみも一切ない。ただ、満ち足りた光だけがあった。
ルークの手を取ってゼクスの背に乗ったジルは、集まった全ての人々を、最後に感慨深く眺望した。そこにいたのは、もう「聖女の民」ではない。自分たちの国を、自分たちで守り、育て、誇る、自由な市民たちであった。
妖精王と女王は静かに頭を垂れ、吸血公女は涙を拭い、コッペリアは曽孫の王女と並んで、いつもの軽い笑顔で最敬礼をする。
その光景を前にして、ジルは満面の笑顔で手を振ると、どこからともなく幾千幾万もの花が舞い散るのだった。
集まったすべての国民――すべての亜人たち――や、同盟国からの参加者たちの目から涙がこぼれ、旧敵国の王たちでさえ、嗚咽を漏らしながら花びらを投げていた。
そのとき、人々は初めて気づいた。もう誰も、「聖女がいなくなったら国が保たない」などと心配していないことに。そう、それが彼女の選択であり、遺したものであることを。
百万の花が、百万の涙と共に、空へと昇ったが、だがしかし、誰も静かに涙を流すだけで泣き叫ぶようなことはなかった。
また、誰も引き留めようとはしなかった。なぜなら、全員が知っていたから。
──聖女がいなくなっても、この国は滅びない。
――聖女がいなくても、誰もが優しくなれる。
――聖女がいなくても、誰もが強くなれる。
ジルが残したのは、「聖女という絶対的な存在がいなくても、回り続ける人による人のための国」だった。それこそが神々にすら許されなかった、人間の手で成し遂げた、最大の奇跡だった。
白龍が天を衝き、黄金の光の中へ消えていく。
最後に、ジルの声が風に乗った。
「みなさん、ありがとう!!
愛してくださって本当にありがとう!!
ありがとう。ありがとう。
私も……いつまでも、いつまでも……
決して、みなさんを忘れません。
そして、さようなら」
もう誰も、聖女を必要とはしない。だからこそ彼女は永遠に、聖女でいられる。
天へと昇る白龍の背で、永遠の少女と永遠の青年は、もう振り返らなかった。
天と地を結ぶ光の橋が消えた時、人々は静かに胸に手を当てた。そこには百年分の感謝と、永遠に続く誇り。それが確かにあった。
かつて『リビティウム皇国のブタクサ姫』と呼ばれた少女ジルの物語は、ここに終わりを告げる。
けれど、彼女とその仲間たちが創った世界は、これからもずっと、優しく輝き、永遠に続いていく。
──完──
2013年12月4日から始まったこの物語が、ついに完結を迎えました。
嫌われ者のブタクサ姫が、ジルとして新たな人生を歩み、多くの出会いと別れを経てここまで来られたのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。
長きにわたり応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました。
この物語は終わりますが、ジルたちの世界はきっと続いているはずです。
いつかまた、どこかで――。
佐崎一路




