リビティウム皇国のブタクサ姫と物語の終着
これにて本編完結です。
魔族が自然に帯びるという生体防御魔術壁『ルミナス・バリア』。
これによって外部からの魔術攻撃はほぼ無効化されます。試しに魔術ではない神聖術や精霊術を、牽制を込めて打ち込んでみましたが、これも同様に中和されてしまいました。
とは言え自分自身の体内魔力は猛烈な勢いで、七つのチャクラを中心に循環しているので、おそらくは超人的な――〈不死の戦士〉たちが精強であっても、『あくまで人間の持つ肉体のリミッターを外した範疇で』あり、ベースとなる人間という器を越えられないのとは違って――『魔族』の肉体は最初から人間を超越した生物ということになります。
「言っておくが外部からの魔術などの干渉は無論、手足が欠けた程度なら数日で生え変わる程度の再生能力も有しておる」
淡々と自らの(というかレグルスの)肉体スペックを語る黒騎士
「つまりは、どうあっても物理攻撃一辺倒で決着をつけるしかない――それも、一撃で致命傷を与えるレベルでないと有効ではない、というわけですわね」
まあそれは治癒能力にたけた私も同様ですが。
「そういうことだ。愉しもうじゃないか。お前と儂の古巣である、このクルトゥーラ城で親子水入らずの死闘をするのだから」
愉快そうにそう肩を揺らしながら、無造作に構えをとる黒騎士。
一見すると隙だらけに見えるところが厄介ですわね。要するに誘導されているという事ですから。
「私は楽しくありませんわ」
私は先の一戦の続きのように、『ティソーナ』をだらりと“無形の位”に構えて、黒騎士のカウンターを狙います。
「ほう、またその妙な構えか? よかろう、どんなものか試してみよう」
刹那、戦いの火ぶたは切って落とされました。
最初から本気を出した黒騎士の剣はまさに天才の名に恥じぬものでした。
まずは連続高速突きで距離を詰め、どうにかそれを捌きつつ、私が後退したのを見て取ると、西洋剣法の定番であるストレートな突きや横薙ぎのスラッシュで猛攻を加える――と見せかけて、フェイントを多用し、さらには形に縛られない自由闊達な軌道で攻撃を加えます。
変則技である空中回転を加えた斬り下ろしを、自然体のまま瞬間的に予測をして、最小限の体捌きで避けますが、黒騎士の速さに追いつけず、掠めた剣先で軽い傷を負う有様でした(意識しなくても勝手に治癒できるので問題はありませんが)。
――このまま『先の先』を取られたままではジリ貧ですわね。
とは言え距離を取ろうにも、息つく暇も与えてくれません。
「この速さは予想外ですわね。ならば――」
ここで『転』を初使用です。黒騎士の突きを剣で軽く受け流し、軽いカウンター斬りを試みましたが、案の定、余裕で弾かれました。
しかしながら、どうにか攻撃のリズムと力のベクトルを逸らすことができましたので、そのまま勢いを利用して距離を取って仕切り直しです。
「面白い、構えがないとは……」
感嘆する黒騎士ですが、この僅かの攻防で私が用いた『無形の位』の術理を理解したのでしょう。どんだけ天才なんですか!? いまのところどうにか食い下がっていますけれど、内容は私が防御九割・攻撃一割の比率で対応しているからで、攻撃に転じない限り勝ちはありません。
「ふむ、過去に儂とここまで打ち合えた剣士はおらん。流石は儂の娘だけのことはある。天才だな」
「天才って言葉は好きではありませんの。その一言で努力が塗りつぶされてしまいますから。それと、そもそも私はいまだに未熟者ですわ」
「ふふん、そう認められるのは真に才ある証拠だよ。才を妬むのは才なき証拠であり、真に才ある者は才を妬まずにその才を伸ばそうとするものだ。良い師に巡り合えたな」
賞賛の言葉から、再びギアを上げてイニシアチブを渡すまいと、黒騎士は『無形の位』に対抗して、攻撃を多角化してきました。
西洋剣法の基本を崩し、広範囲の旋回斬りや低空からの突進を連発。さらには剣を投げて回収するような、型にとらわれないにも程があるトリッキーな技も繰り出してきます。
これに対して相手のフェイントに惑わされず、私は即座に体をずらして避け、黒騎士の強力な斬り下ろしを剣で受け、剣同士が触れた瞬間、円を描くように剣を回し、相手の剣を外側へ弾き飛ばしつつ、受け流しの後にカウンターによる斬り返しで相手の腕を狙いましたが、惜しくも躱されました。
とは言え――。
「段々とリズムが……掴めてきた気がしますわね」
「ふん。どうか……なっ!!」
気合一閃。黒騎士はさらにギアの上があったらしい。およそ生身の人間が可能だとは思えない、超速度――魔術ではなく純然たる体術で、『分身』のように幾重にも分裂する幻惑技から、爆発的な斬撃による高速連撃コンボで畳みかけてきます。
「まだまだっ!」
『先の先』『先』『後の先』で相手の太刀筋を先読みしつつ、第一撃を剣で円弧を描いて逸らし、第二撃の勢いを利用して相手の背後に回り込もうとしましたが、そうはさせじと黒騎士が高速のステップでこれに対応。
しばしお互いに息をつく暇もなく、お互いの剣が何度も激突し、火花が散ります。
その時に、ほんの微かな異音を感じた気がしてその場所に視線を走らせて見れば、黒騎士の剣にわずかなヒビが一条走っているのが目に入りました。
「なにっ。我が国が誇る宝剣……伝家の宝刀である、金剛鉄製の剣にヒビだと!?」
愕然とする黒騎士に対して、私は愛剣『ティソーナ』を手に万感の思いを込めて一振りします。
「私の腕ではありません。この『ティソーナ』も同じ金剛鉄製ですが、私の為だけに洞矮族のスヴィーオル王が自ら鍛えてくださった唯一無二のもの。なるほどその剣も宝剣の名にふさわしい業物ですが、私のために何度も試行錯誤された『ティソーナ』と違って、使い手に完全にフィットしていない。その僅かな差がこの結果となったのです」
「武器の差……いや、剣を腕の延長として自然に振れる自然体。それがお前の強さと言う事だな。“剣禅一如”、所詮は儂もその境地には遠かったということであろうな」
不思議と穏やかな口調で独白しながら、黒騎士は再び構えをとるのでした。
「だが、儂にも矜持というものがある。小娘ごときにおさおさ引けを取るほど甘くはない。――行くぞ!!」
裂帛の気合とともに、再び互いの剣と剣とがぶつかり合い、永劫とも思える互角のラリー勝負が繰り広げられます。
「ふん――っ!」
「――はあああっ!!」
押されながらも、相手の剣を絡め取るような技で私が一時的に優位に立った……と思った瞬間に、黒騎士が燕返しのような斬り落としからの斬り返しの大技を放ち、自然とそのリズムと呼吸を読んでいた私は、その相手の力を借りる形で転じて、
「おおお――うおっ?!?!」
剣を起点にして重心を捻って、私は黒騎士を床に転倒させることに成功しました。
「……まさか、この儂が背中から叩き付けられるとはな。しかしこの程度――ぐっ……!?」
仰向けの姿勢から黒騎士が無造作に起き上がろうとしたその時、不意にその胸元から熱を伴わない淡い光が放たれ……。やがて倒れた黒騎士に覆いかぶさるようにして、燐光がひとつの人型を形作ったのです。
「…………クララ……?」
私自身によく似た――似て非なるそれ――母クララは、呆然と呟く黒騎士の頬のあたりに掌を差し伸べ、ゆっくりと撫でます。
『貴方の哀しみ、憤りをずっと目にしてきました。ですが哀しみを怒りに変えて、自分自身とシルティアーナを傷つけるのはもうやめてください。どうか肉体のしがらみを捨て天へと還りましょう、コルラード・シモン・ハーキュリーズ・オーランシュ。そこで地上のくくりに囚われずに、貴方は自分の人生を振り返ることができるでしょう。手を握ってください。私が案内します』
「おおおお、クララ。儂を見ていてくれたのか……済まない……」
刹那、仮面が外れたかと思うと、レグルスの顔をした黒騎士は滂沱と涙を流しながら剣を放し、震える自分の手を、そっと頬に添えられたままのクララの手に重ねました。
クララの唇が仮面をシモン卿の唇に押し付けられると、黒騎士――いえ、レグルスの身体からシモン卿の幽体が染み出します。
同時に天井を透過して、遥か天空の彼方から金色の光が舞い降りてきて、二人を包み込むのでした。
思わず瞼を閉じた一瞬後――。
『ごめんね、シルティアーナ。そして共に貴女の未来に祝福を――』
目を見開いた私の目には舞い降りる雪のような金色の粒子の中、クララと不器用そうな青年貴族が、照れくさそうに並んで天へと昇る姿が垣間見え……やがて、二人とも金色の光の中へ消えていったのでした。
後に残されたのは、両親を見送った私と、心を壊され赤子のようにまっさらな状態にされたレグルスの抜け殻だけです。
「精神の精霊に関しては、私よりも〈妖精王〉である『天空の雪』様が精通されていますから、お願いして回復するといいのですけれど……」
幸い妖精族の隠れ里は、この場所からならフィーアの翼で半日とかからない距離ですので、お願いすれば引き受けてくださるでしょう。
『クララ様、ご無事ですかーっ!』
思いっきり元気に声を張り上げながら、廊下をこちらに向かって来るコッペリアの足音を感じながら、とりあえずこの場でのレグルスの介抱を、お任せすることするのでした。
◇◆◇
旧クルトゥーラ城主塔最上階礼拝堂にて、彼の到着を待ち構えていた〈神の子〉ストラウスと、ルークによる剣戟は延々と続いていた。
あらゆるものを切り裂く究極神剣《真神威剣》と、持ち主の意思を光の刀身に変える聖剣〈フルクトゥアト・ネク・メルギトゥル〉で応戦するルーク。互いの武器の優劣は圧倒的だったが、ステータスにものを言わせた素人剣法であるストラウスに対して、ルークはテクニックと経験値でどうにか互角を演じていたが、それもいつまで続くか不透明な情勢だった。
あまりの凄まじさに、剣と剣とのぶつかり合う衝撃波だけで、丈夫な聖堂の壁があちこち崩れ、切り裂かれ、無残な姿を晒している。
この礼拝堂自体が時間や空間的に外部と進行が違うのか、壁の隙間から覗き見える外はすっかり日が暮れて、深夜――月の傾きから1~2刻経過した、まさに真夜中と言える時間帯に思える。
と、何合目の撃ち合いであったかは不明だが、手首の返しで《真神威剣》を巻き取られるように外されたストラウスは、その技量に感嘆するように必死で食らいつくルークに向け、いっそ清々しい口調で言い切る。
「大したものだ、生身で俺とここまでやり合えるとは。ジルでなくお前が来てくれたことに心から感謝する。他の連中を足止めに使った甲斐があって、ここに俺の計画は成就した。――安心しろ、ルーカスこの勝負、お前が勝つ」
「どういうことだ!?」
「この段階で勝負は既に決しているということだ。仮にこの場で俺が勝っても、最終的には負ける。早いか遅いか時間の問題だということだ。おめでとう、お前たちの勝ちだ」
気負いもなく淡々とした事実の羅列を前に、ルークの当惑と怒りが爆発した。
「だったら僕たちが戦う必要なんてないじゃないか!」
「必要はあるさ。結果が同じなら、他の誰でもない『ヒトの勇者』であるお前が、『邪神の御子』である俺に勝つというプロセスが必要となる」
「――何を言っているんだ、セラヴィ!?」
困惑するルークに向かってストラウスははずっと心の裡に温めていた計画をつまびらかに明かし始めた。
「俺は『神の子』であり『旧神の遺児』でありながら、魂が欠落した“偽りの存在”――つまりは一種の概念でもある。仮にジルや正統派の“神の側”に殺されるだけでは、『悲劇の邪神』『同情を誘う敗者』として語り継がれ、いつかまた誰かが邪神を蘇らせようとする可能性がある」
鍔迫り合いをしながらも、語られる壮大な話に、乱れる気持ちを集中させ耳を傾けるルーク。
「『単に負けて死ぬ』だけでは意味がない。神の側ではなく人間の側に殺されることで、俺の滅びを『世界に刻み込ませる』ことで、神話ごと終わらせられる。そうだな、こんなのはどうだ――」
《かつて旧神の遺児たる邪神ストラウスが現れ、世界を滅ぼしかけた。だがグラウィオール帝国の王子ルーカス・レオンハルト・アベルは、愛する人のためではなく、正義のために剣を取り、邪神を討った》
「必要なのは『人間の勇者が、邪神を倒した』という、誰の目にも明らかな“正史”だ。だから俺はルークを選んだ。ジルに殺されるより、貴様に殺される方が“物語として完璧”だからな」
光の聖女ではなく、純粋な“人間の王子”が剣を取る。
恋敵同士の決闘という、私情抜きの“公正な勝負”に見える。
しかもルークは正統派の美形王子で、誰もが「こいつが勇者で当然」と納得する。
これならストラウスに復活の余地はない。
「俺はお前に殺されることで、完璧に死ぬ。お前は俺を殺すことで、完璧な勇者になる。Win-Winだろ?」
「莫迦を言うな! 僕は君を殺すためにここに来たんじゃない。ジルだってみんなだって、君を救いに来たんだ!!」
全身全霊で否定するルークの思いに応えるように、ひと際聖剣が鮮烈に輝き勢いを増すが、それでも《真神威剣》には及ばない。じりじりと光の刃が押し込まれていく。
「相変わらず甘ちゃんだな。だが、俺はもう生きて居たくないんだ。滅びこそが俺の救いなんだよ、ルーカス」
「勝手な事言って諦めるな!!」
「かも知れんが、これが世界にとって最も幸せなハッピーエンドってやつなんだ。それにセラヴィはずっと考えていた、何の能もないセラヴィができることはなんだろうと。〈聖女〉や〈勇者〉であるお前たちに匹敵する、大きなことを出来たら、歴史に名前が載るような、最高の舞台装置で最高の役者としてできることは何だろうかと。その答えがこれなんだ」
「……馬鹿なこと」
あまりにも歪んでいる自己完結を前にして、ルークはもはやかけるべき言葉が見当たらなかった。
「だから戦え。そして俺を、完璧に殺してくれ」
「勝手なこと言っても、つまりは体のいい自殺だろう! 馬鹿野郎っ!!!」
もはや王子としての品も何もなく捨て鉢に絶叫するしかできないルークに向かって、ストラウスはさらに言い募る。
「いい加減に覚悟を決めろよ、ルーカス。それに急がないと、ジルをはじめ他の連中も皆殺しにされる頃合いだぞ。それともこの場で後を追うつもりか?」
そのストラウスの答えたのはルークではなかった。
「勝手に殺さないでください。全員無事に決まっています」
聞きなれた銀鈴のような声に揃ってルークとストラウスが弾かれたように見れば、息を切らせたジルが、哀しみと遣る瀬無さが混然一体となった表情でストラウスを見つめ、
「どうして、貴方も一言相談しなかったのですか!? こんなことを本当に私が望んでいると思っているのですか!?」
「……君が望む世界を創るために必要だと。そのために熟考に熟考を重ね、アチャコとすべてを騙し、偽って俺が決めた決意と計画だ」
「なぜそこで自分自身を犠牲にするのが前提なのですか! そんなこと誰も望んでいません!!」
ジルの悲痛な叫びに、鍔迫り合いをしていたルークは、ふとストラウスが表情を緩めた気がして、一瞬だけ希望を見出した――だが。
「《真神威剣》出力30%‟ セルヴァン”発動」
もはや問答無用とばかり、ストラウスが《真神威剣》の威力を開放する。
「うわあああああああああああああっ!!!」
その凄まじい力に、ルークの持つ聖剣メルギトゥルが一気に押し込まれた。
「セラヴィ!」
ジルは泣きそうな顔でそう一言呟いて、再度その目を見つめて……そして、黙ってルークの聖剣メルギトゥルを握る腕に、並んで両手を添えるのだった。
途端、勢いを増した聖剣メルギトゥルが《真神威剣》を押し返す。
再び拮抗状態になったのを見て取って、ストラウスは《真神威剣》の封じられていた能力を続けざまに開放し出した。
「40% エリニュス。50%ネフェリム・アナシス。60% ギャラティオン。70% アルテミオン。80% キュベリオン。90% オルペシオン」
「「ああああああああああああああああっっっ!!!」」
ルークとジルが最後の魔力と生命力を全部注ぎ込んで、もなおも《真神威剣》を抑えきれない。
そしてこれが最後だとばかりに、ストラウスが唱えた。
「100%……アークエリオン」
刹那、世界が震撼した。
一瞬にして紙きれのように聖剣ごと分断される瞬間、破壊された壁の向こう――ふたりの背後から朝日が昇り、同時にコッペリアがシャトンが、エレンがブルーノが……さらにこれまでセラヴィが出会った数多の人々が、互いに手を差し伸べて二人に力を注ぐ幻影が幻視される。
「僕たちの」
「私たちの」
「「絆を断ち切れるものなら、断ち切れ!!!」」
そしてその朝日にも負けないほど眩しい光が聖剣からほとばしる。
同時にストラウスの耳に、黒騎士の最後の助言がよみがえった。
『《真神威剣》は使わんほうがいいぞ』
「ふっ……やはり、お前たちか」
剣を交差させながら、ストラウスが初めて満面の笑顔を見せた。
刹那、世界中の空が割れて光が溢れ、神剣が「パキン」と音を立てて真っ二つに折れ、キラキラと輝く欠片が朝日を浴びて蝶のように散っていく。
そのままの勢いで聖剣は一気にストラウスを袈裟懸けに真っ二つに分断し、
「……完璧だ。ありがとう、ルーカス。さらばだ、ジル」
光に溶けるように彼は消えて行ったのだった。
この後、エピローグ2話で完全終了の予定です。
大晦日をめどに(新年前、今年中に)『リビティウム皇国のブタクサ姫』は最後の更新を行います。
ゴールまで長々とお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。




