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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
最終章 シルティアーナ[16歳]
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幕間 寸劇・ルークとジルの婚約破棄

これ、別枠で更新しようかと悩んだのですが、「めんどくさいからいいか」となってしまいました。

反省はしていない。

「ああああああああああああっ……ああああああああ!」

 ダニエル・ラーティネン――グラウィオール帝国において代々政策顧問をしている名門ラーティネン侯爵家の嫡男にして、ルークの側近候補(友人)である一歳年上の青年――は、まるで世界の終わりを目の当たりにしたかのように、全身全霊で煩悶(はんもん)していた。

 客観的に言うと、わかりやすく両手で頭を抱えて、椅子からずり落ち芝生の上で身悶え(ドタバタ)している。


「――という感じで、ジュリア(ジル)様にはこの『(はかな)げな見た目とは裏腹にビッチなピンクゴールド髪のヒロイン』を、リーゼロッテ王女様には『冤罪を着せられるけど、「ざまぁ」する悪役令嬢』役をお願いしたい、というのが演劇部からの依頼でして」

「……ヤメロ……もうヤメロ……」


 伝書(カメイ)鳥が伝言を伝える感覚で、おそらくは何も考えずに喋っているであろう、生徒会(下っ端)役員のエリアス・ヤン・バルテクの言葉に、芝生の上にひっくり返った姿勢でダンゴムシみたいに懊悩(おうのう)しながら、ひとり地獄の責め苦にあった罪人のように身悶えしていた。

 見た目のチャラさとは裏腹に、一般的な上級貴族としての感覚とともに、ここに居並ぶ面子の特殊性も重々理解しているダニエル卿は、ある意味、中間管理職的ポジションで、現在の状況を正確に把握し(とらえ)て苦悶する。


(聞かなきゃ良かった! 久々にルークやジル嬢が学園に顔を出したので、揃ってカフェなんぞに繰り出すんじゃなかった!!)

 心底後悔するダニエル卿であった。


**********


 リビティウム皇国の実質上の中心地であるシレント央国の央都シレント。


 人口20~30万人ほどとこの世界にあっては堂々たる大都会であるが、片や百万都市であり『眠らない都』と呼ばれるグラウィオール帝国の帝都コンワルリスや、『流行と文化の発信地』と称えられるデア=アミティア連合王国の枢軸国――アミティア共和国の首都アーラに比べれば、規模や歴史、華やかさ、先進性などで、やはり何歩も見劣りせざるを得ない……とはいえ、”大陸”の反対側にあるクレス自由連邦の盟主国である、クレス王国の首都ウィリデなどは、定住者数は15万人程度――これはもともとクレスの住人の大多数が、狩猟生活や季節ごとの移動生活を(よし)とする獣人族(ゾアン)としての特性によるものである――であり、生活様式も央都シレントに比べて、数百年は遅れた素朴なものであった。


 で、ありながらも国内外の旅行者や交易商人、肩で風を切る獅子頭の獣人が、獲物の毛皮や角などの代わりに、生活に欠かせない鉄器や嗜好品などとの交換を居丈高に持ちかけ、雑貨屋を営む小山のような(さい)の獣人の一撃で、(まり)のように弾き飛ばされる光景も日常茶飯事で、誰も足を止めずに歩いて行く。

 まるでごった煮か闇鍋のような喧騒と活力にあふれた街は、人族(ヒューム)以外には排他的で差別的な……その分、町全体に閉塞感・停滞感のある央都シレントとは対照的に、生き生きとした人々の熱気で満ち溢れていた。


 しかしながらリビティウム皇国。央都シレントにも他国にない特殊な名物がある。大陸中の王侯貴族から庶民、流民(デラシネ)まで民族、種族、血統に関係なく分け隔てなく受け入れる(無論「誰でも」というのは、「優秀であれば」「犯罪者でなければ」などのまくら言葉が冒頭に付くが)、超帝国が後援となって作られた唯一の学園都市『リビティウム皇立学園』の存在である。


 この学園を卒業することは王侯貴族にとってもステータスであり、それ以外の市井(しせい)の人間にとっても、卒業後は確実に文官や魔術師として宮廷に召し抱えられる、約束された栄光への近道であった。

 なにより、『努力すれば誰でも上に行ける』を謳い文句にする聖職者や商人でも、コネ、運、後ろ盾、才能が必須であり、それがない者は下級神官か修道士(モンク)止まり。冒険者や傭兵、兵士などといった命を天秤にかけて出世を夢見るものは、早々に命を使い捨てにされるか四肢を欠損するか……いずれにしても、成功した例など異例中の異例である。


 それに比べればリビティウム皇立学園は、入学試験こそ難関ではあるものの命の危険はなく。きちんと学業を修めて結果を出せば、学費免除や一部負担、奨学金の給付もしてくれ、多少ボロとはいえ学生寮もあてがわれるし無料の学食もある(貴族用の有料学生食堂の残った食材が原料(もと)なので、メニューは選べないが、味とボリュームはなかなかのものである)。


 チルタイムには学生が運営する(無論、賃貸物件)洒落たカフェや菓子専門店(パスティッチェリア)で一息つけるし、学生街には廉価な居酒屋(オステリア)安食堂(タベルナ)。たまに贅沢をしようと思えば、地元食堂(トラットリア)町レストラン(ロカンダ)に足を延ばしても良い。


 いずれにしても入学してしまえば身分の上下なく、羽を伸ばして青春を満喫し、成人として社会に出る前の最後の猶予期間(モラトリアム)を満喫する場でもある学園生活。楽しみ方は様々だが、今年――というか、この年度に関しては途轍もない特別感があった。

 何しろ東部の雄。『千年帝国』として名高いグラウィオール帝国の直系帝孫にして、れっきとした|皇位継承権五位(つまり王子)。さらには史上初の《真龍騎士》であるルーカス・レオンハルトが在籍し、さらには史上二番目である《聖女》にして旧ユニス王国の王女。そしてルーカスの婚約者でもあるジュリア・フォルトゥーナ嬢……立場的には各国の国王よりも上という、雲上人もまた同じ学び舎で学んでいるという異例づくめなのである。


 もっともこのふたりは学生以外にも……もはや理解不能なのだが、新たな巨大国家の建国という事業の最中ということで、普段はほぼほぼ学園は休学して大陸中を飛び回っているらしい。

 で、今回顔を出したのも『単位代わりのレポートの提出』と『各教員・教導師(メンター)による学力並びに実技テスト』のため――。


「それと”文化祭“が開催されるということで、せっかくなので学園の催し物に参加して、普段の殺伐――あ、いえ、血で血を洗う……じゃなくて、魔女の精力剤がぶ飲みしつつ、一歩間違えれば(タイトロープで)世界が破滅するような、連日の修羅場を忘れて学生らしい平穏な日常を満喫して、気持ちをリセットするつもりで顔を出させていただきましたの」

 香茶を飲みながらにこやかに、そう友人たちに今回の復学の理由を明かしたジル。


 その《聖女》と言うよりも、もはや《女神》或いは《美神》とでも言うべき、およそこの世のものとも思えない凄まじいまでの美貌を前にして、免疫のある友人たちはどうにか(半分茫然自失ながらも)、王侯貴族としての体面から平然とした態度を崩さずに相槌を打ち。


 逆に伝聞ぐらいでしか知らなかった一般学生や面識のない教授陣は、取りすがりに老若男女問わず直視した瞬間、半分魂を飛ばしつつ……ほぼ廃人状態でフラフラと糸の切れた風船のように通り過ぎていく。


「うむ、まことご苦労な事であるな」

 同じテーブル席に着いていた、見事な金髪縦ロールが特徴の、ここシレント央国の第三王女(血統的には第一位である)たるリーゼロッテ王女が、馥郁たる香りを放つ紅茶の入った見事な白磁のカップを傾けながらエリアスの戯言(不敬)を聞かなかったフリをして、そうジルをねぎらった。


 なにしろエリアスの実家であるバルテク準男爵家は、猫の額ほどの所領(というか私有地(封土))しか持たない陪臣とはいえ、仮にもシレント央国の貴族年鑑の端にギリギリ載っている立場である。

 最終的な責任の所在となると、寄親である貴族とさらに王家に帰結するということになる。ならば強引にでも「無かったこと」にしなければ、下手をすれば国際問題になるだろう。


 そうした配慮からの無視と相槌であったが、それに合わせてジルの背後に侍っていたオレンジ色の髪をした、やたら整った顔立ちのメイド――それもそのはず、人間ではなく機械式の人造人間(オートマトン)にして、『自称・完璧メイド』である――コッペリアが深々と頷いて同意した。


「豪雨にも負けず、嵐にも負けず、ブリザードにも砂漠の酷暑にも負けぬ、強靭なマインドとフィジカルを持ち、欲はなく、よほどの事でないと怒らず、いつも静かに微笑んでいる」

 ついでに何やら朗々と吟じ出す。

「東に病気の子供あれば行って即座に治癒してやり、西に疲れたおばはんがいれば行ってその荷物を負い、南に死にそうな人あれば行って無償で蘇生させる。北に喧嘩や訴訟があれば説教と魅力で解決し、みんなに聖女様と呼ばれ崇められても、ぜんぜん図のぼせたりしない。そういうクララ様の敵はワタシの敵です」


 心酔というか、主人(ジル)に絶対的忠誠を誓うコッペリアは、いまだ状況を爪の垢ほども理解していないエリアスに向かって、殺す(やる)気満々で殺気を放ちつつ、変な仮面かぶったかと思うと、魔道具らしい自動で刃の部分が回転するノコギリとか、渦巻き状に高速回転する三角状の掘削機(ドリル)をこれ見よがしに目の前で起動させ、威嚇していた。


「うああ、あああああああああ……っっっ!?」

 迫りくるカウントダウン(惨劇)を前に、せめてこれ以上、エリアスが軽はずみなことを口に出さないことを、ダニエルは神に祈った。


 しかし神は留守だった。

「そして、ルーカス様には『顔は良いけど軽はずみで婚約者がいるにも関わらず、ピンク髪のヒロインに浮気をして、婚約者に婚約破棄を突きつける王子様役』をお願いしたいと」

「ぎゃあああああああああああああああああっっっ!!!」

 断末魔のような絶叫を張り上げて、エリアスの台詞をかき消そうと、無駄な努力をするダニエル。


「ははははははははははっ、面白い話だね。うん、僕が婚約者を裏切って婚約破棄する役か。あはははははははっ」

 友人(ダニエル)の奇行の意味をわかってるんだか、わかっていないんだか、コーヒーを飲みながら朗らかに笑うルークであった。


 輝くような金髪に鍛え上げられた長身。整った甘い顔立ちは、まさしく物語や御伽噺に出てくる『王子様』そのものである。

 通常、王侯貴族の男性は女性の引き立て役に徹するものだが、ルークの場合はその場に立っているだけでも人を惹き付けるカリスマと、キラキラと光り輝くような存在感があり過ぎて、そこいらの『美姫』程度では逆に引き立て役にしかならないだろう。


 おそらくは世界広しと言えども隣に並んで、さしものルークを地味に見せられるのはジルくらいであって、実際、ここに来るまでに二人が並んで歩いている様子を、校舎の窓から鈴なりになって眺めていた女子生徒らが、一斉に黄色い悲鳴を上げたものである。


 そんなお似合いすぎる……実際、ルークがどれだけジルを大切にして、溺愛という言葉ですら到底言い足りない。

「ジルと出会えたのは僕にとって奇跡だよ」

 と、世界最大最強国家であるグラウィオール帝国の皇族である彼をして、臆面もなく語るほどの最愛の存在。それを下世話な学園祭の劇で見世物になって、なおかつ『婚約破棄』なんぞという、トンデモナイ内容であるとくれば――。


「死にたい(てぇ)のか、手前(てめー)はっ!?!」

 反射的にバネ仕掛けの人形のように弾けるようにして立ち上がったダニエルは、両手でエリアスの胸倉を掴んで引きずり回ながら、切迫した怒声を放った。

なお、陪臣の場合は『封土』を与えられます(直接、国王から領地を貰える場合もあるけど、エリアスのところは普通に封土で、準男爵なので村ふたつくらい管理を任されてます)



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もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
ようやく読む時間が取れました。 しかしジルが【ビッチなヒロイン】ですか……。 何やら命知らずの勇者がいるようですね。(汗) 誤字・脱字等の報告 一件報告しました。 参考意見です。 ①…、超帝国が後…
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