虚飾なる七光の王子たちとジルの免許皆伝
「名の知れぬ、しかしながら過酷な極北で鍛えられた各地の剛の者たちが、その肉体のリミッターを外し、さらには死の恐怖と痛みを知らぬ無敵の兵士〈不死の戦士〉たち。そしてそれを率いる名目上の倅ども、さしずめ〈虚飾なる七光の王子たち〉といったところかな」
『親の七光り』に相当するこちらの世界の言葉に、貴族のバカ息子を指して『親の燕尾服の裾に乗っている』と揶揄する言葉がありますが、おそらくはそれを暗示した命名でしょう。悪趣味というか露悪的ですわね。
紹介された六人(六体?)は、いずれも装備だけは煌びやか……いえ、実際素材も超一流の聖銀とか金剛鉄、緋緋色金のような稀少かつ超高額な装備に、小さなものでもピンポン玉ほど、大きなものだと握り拳ほどもある、おそらくはA~Bランク魔獣の核である魔石がいたるところに装飾された、それはそれは素晴らしく成金趣味な、虚飾ばかりで実用性のなさそうな甲冑に、鞘とかグリップなど金やダイヤモンド、各種宝石類で飾り立てられた、これまた装飾過多な武器を構えています。
「いちおう本体はダマスカス鋼を使っているようですけど、るつぼによる製鋼が甘いというか、絶対に切れ味ではなくて鋼の模様で選びましたわね。どれも見た目だけの二級品ですわ」
独特の木目状の模様を確認した私の口から、知らずに嘆息が漏れていました。
まあ本来王侯貴族の御曹司などというものは、後方に控えて錦の御旗になるのが役割ですから――いままさに頭の上で剣を振っている帝国の皇子様もいますけれど、ルークは例外として――見栄えさえ整えて、あとは突っ立てるだけでいいと言えばいいのですが。
でもこうした特殊な鉱物とそこから精製された金属って、別名『精神伝導物質』とも呼ばれて、基本的に装着者の魔力に応じて強靭さや魔術防御などの特性を発揮するものですから、能力のない者に装備させても“豚に真珠”“猫に胡桃をあずける”といったところでしょう。
そしてそんな高価な武器・武具・装飾品をジャラジャラとぶら下げていても、中身の方は三流以下のようで、ほとんど裸も同然なヘル公女の妖艶な姿と、私の一般的な貴族令嬢としてはかなり動きやすさを追求して、結果素肌の露出が多くなった格好とを野卑な目つきで舐め回すように視姦するのでした。
生命反応はない、心臓は動いていない、血流はとっくに干からびた干し肉も同然。
魔物の核を応用したらしい疑似生命力で動いているだけの人間の成れの果て――と化しても、その感情や妄執は残念ながら生前の本人そのものと遜色がありません。
例えるなら『無自覚に自分を生きていると誤認している死体』といったところでしょう。
丸っきりのゾンビであれば自意識なんてなかったのでしょうけど、疑似生命で『生きていると錯覚している死体』である彼らには、そのまま本来の魂魄が落ちない汚れのようにへばり付いています。
つまりはこれが地というものですわね。シルティアーナ時代に何度か顔は合わせたことはありましたけれど(で、誰もかれも「嫌な奴」という印象しかありませんでしたし、いまも誰が誰やら顔の区別はつきませんが)、揃いも揃って品行下劣な性根の腐った愚劣の極み、男の風上どころか風下にも置けない人間の屑であったことに、私は『光翼の神杖』を両手で抱えながら、いまさらながらやるせない失望を隠しきれませんでした。
「ジル殿の異母兄であるか。似ておらぬな~。十点未満といったところか……むろん百点満点でな。つくづく品行下劣さが顔に出ておるわ。いままで出会った百万を超える男たちの中でも、下から数えたほうが早い醜悪さである」
生気のない〈虚飾なる七光の王子たち〉の顔ぶれを見回して、ヘル公女がしみじみとした口調で感想を口に出しました。
卑猥な目つきで見られていることにも頓着した様子もなく――自分の魅力によほど自信があるのか、そもそも相手を虫けら以下と見なして気にもしないのか――一同の顔を一瞥したヘル公女の辛口の採点が光ります。
「「「「「「???」」」」」」
男としての魅力を“箸にも棒にも掛からぬレベル”と、こき下ろされた〈虚飾なる七光の王子たち〉ですが、激昂するでもなく受け流すでもなく、言われた意味がピンとこない顔で目を瞬いていました。
なにしろ痩せても枯れてもリビディウム皇国の実質的なナンバーⅡにして、諸侯王の中でも最強を謳われたオーランシュ王国兼皇国辺境伯の王子様です。それに貴族の血を引いているだけあって、まあ見た目は貴公子と言って通じる眉目姿をしていることから――ルークに比べたらお話にならないレベルですが(というか比較するのも烏滸がましいですわね)――おそらくは阿諛追従以外の辛辣な言葉や、あからさまな面罵の言葉など受けたことがないのでしょう。
言っている意味が分からないという顔で顔を見合わせていた〈虚飾なる七光の王子たち〉ですが、目の前に立つ私とヘル公女という獲物を前にして早々に考えることを放棄したらしく、それはそれは欲情にまみれた野卑な表情を浮かべて、口々に妄言を言い放つのでした。
「くくくくくっ、シルティアーナ。お前を手に入れれば、いずれにしてもオーランシュは俺のものだ」
「あのブタクサ姫がこうなるとはな。ひひひひひっ……どんな声で喘いでくれるか愉しみだ」
「血のつながりがないとわかった以上、何の問題もないしな。いや、あったところで関係ないが、ぐふふふふふ」
「そっちの黒髪の女も相当にイイ女だぜ。ちと肉付きは足りないが、たまらねえ色気を出してやがる」
「ははははははっ! 二人まとめて可愛がってやる。お前らは今日から俺の奴隷だ!」
「じゅるるるるるる……金も国も権力もすべて手に入る。そしてシルティアーナあのプルンとでかい胸も全部……ぜんぶ、俺のものだ……あああああっ!」
つい先日までお互いに殺し合っていた仲とは思えない息の合った行動ですこと。
血はつながっていなくても、俗に言う『氏より育ち』というもので、育まれた環境で性格が形成されるという典型なのか……ああ、でも思い返せば、物心つく頃には全員が『ブタクサ姫』と私をこき下ろし、あざ笑って悦に耽っていたクズでした。
これは先天的に性格が歪んでいるのか、後天的な環境の影響なのか判断に迷うところですわね。
「――ふう。人面獣心とはこのことですわね。いえ、禽獣であっても仲間や家族は大事にしますので、それ以下の欲にまみれた地獄の亡者も同然と言えるでしょう。いずれにしても更生や蘇生は不可能ですし、あらゆる面で手遅れですのでどうしょうもありませんが」
仲間たちと協力しながら、木々の間からワラワラと無数と言ってもいい数で湧いてくる〈不死の戦士〉たち相手に、勇猛果敢に立ち向かう人面獅子たちを横目に見ながら、私は思わず繰り言を口に出していました。
「まったくであるな。まあ王侯貴族というものは大なり小なりその傾向はあるのだが、仮にも一国の王子がこのありさまでは、早晩立ち行かなくなったであろうなオーランシュは」
そんな私のボヤキに呼応して、ヘル公女が黒騎士に向かって嘲笑を吐き捨てましたが、当人は涼しい顔で『教育は母親と教育係の役目で、俺は知ったこっちゃないよ』と言わんばかりに、肩を竦めて応えます。
「けっ、粋がるんじゃねえよ女っ! その澄ました顔をヒイヒイ泣きわめくまでよがらせてやるぜ!」
そんな会話の応酬も面倒臭いとばかりに、一番若くて思慮の浅そうな元異母兄が、抜身の剣を振りかぶってヘル公女へと切りかかってきました。
「年齢からして六男のイルミナートでしょうか? 年齢が近いこともあり、子供の頃は足を引っかけられたり、泥水をかけられたりと幼稚な嫌がらせをされたものですけど」
当時の面影などあまりない末っ子王子らしく思いっきり甘やかされたのでしょう。二十歳近い年齢の割に童顔というか、苦労知らずの顔をした感情がすぐに顔に出るタイプのようです。
動きそのものは単純で、一応は基本は習ったであろう……程度の腕前ですが、速度と膂力が尋常ではありません。一瞬にして六メルトはあった距離を詰め、力任せの勢いのままヘル公女へと剣を振り抜こうとした。
そこへ――。
「公女様に触れるなっ。――この下郎!」
ヘル公女の従者にして〈人形遣い〉であるイレアナさんの操る、人型の人形が割って入ります。
ガッと鈍い音がして、おそらくは速度重視の軽量型なのでしょう。一見すると木製の等身大デザイン用人形にオレンジ色のウイッグだか植毛だかは知りませんが、髪となぜかメイド服を着た顔の部分に瞼のない目だけある細身の人形(多分ウッドゴーレムの一種でしょう)が、弾き飛ばされてバラバラに砕け散りました。
「――ちっ」
軽く舌打ちをするイレアナさん。即座に指と腕でどこかへ合図を送ると、先ほど破壊された〈魔術人形〉と同型らしいオレンジ髪のメイドゴーレムが、木々の間から両手両足を蜘蛛のようなカクカクした微妙に気持ち悪い動きで伝い降りてきて、5~6体追加でおかわりされました。
「……どこかで見覚えのあるデザインですわねぇ」
「……ワタシはそこはかとなく悪意を感じるのですが」
思わず小首を傾げる私と、ジト目でイレアナさんを見据えるコッペリア。
以前、吸血鬼の本拠地であるユース大公国に行った際に、初見でイレアナさんに『魔法人形強制支配』仕掛けられ、一切受け付けなかったことを根に持って、自分を模した人形で溜飲を下げる目的で造ったんじゃないか……と邪推している顔です。
とはいえ技も何もない単なるバットを大振りしただけの一撃でしたが、細身とはいえ魔術人形を粉砕するとは尋常ではない腕力と言えるでしょう。
「まあ死人であれば肉体のリミッターが外れているので、限界まで肉体を酷使することも可能ではあるが……」
どこか見飽きた見世物を見る目でヘル公女が一瞥を投げた先では、本来の技量を弁えずに剣を振るった反動でイルミナート王子の両手が小枝のようにぐしゃぐしゃに折れ曲がり、またさしものダマスカス鋼も剣筋に沿って斬れなかったせいで、微妙に全体が歪んでいました。
痛みというものを感じていないのでしょう。その状態で平然としていたイルミナート王子の折れた両腕に、当人の意識とは無関係に体の内側から赤黒い霊光がにじみ出るように纏いつきます。
その異様さに黒騎士も〈虚飾なる七光の王子たち〉も特に狼狽した様子もなく自然と受け止め、ほどなくして霊光が霧散した後から、イルミナート王子の壊れた腕が完治……というか修復された状態で現れました。
「フハハハハハッ! 見たか俺は不死身だ!!」
元通りになった腕を曲げたり振ったりしながら高笑いを放つイルミナート王子と〈虚飾なる七光の王子たち〉の面々。
その言葉に偽りはないようで、〈不死の戦士〉たちも人面獅子によって爪で致命傷を負おうが、手足を嚙み砕かれようがほどなく元通りの姿になって復帰していました。
「不死身ですか? う~~ん、どうでしょう。滅ぼしにくい相手はいても、この世に不死身の存在などいないと思いますけど。ましてあなた方のそれはかなり制限のある修復のような気がします。視た感じあと五、六回骨をへし折れば疑似生命が切れそうですわね」
核があるので周辺の魔素を吸収してある程度自動的に充填できる構造のようですけれど、要は回復させるよりも先に消耗させてしまえばいいだけです。
「甘いのぅ。ジル殿は手足の五、六本程度で済ませるつもりとは」
そう言って苦笑いを浮かべるヘル公女。
「そりゃまあクララ様は〈聖女〉ですから。どこぞの冷血蝙蝠女とは違いますよ」
なぜか偉そうに腕組みをしたコッペリアが、ウンウン頷きながら擁護してくれました。
「そうですわね。聖天使城にいた当時、たまにどこぞの国の暗部や諜報員、裏ギルドや闇ギルドに所属する工作員や忍者に襲撃されることがあって、とりあえず返り討ちにして捕縛しましたけれど、背後関係について口を割らせるのは大変でしたわ」
あれは警備がザルだったのでしょうか? それとも何らかの意図があってわざと敵を招き入れていたのでしょうか? いまさらながら警備責任者たるローレンス枢機卿の真意の読めない謝罪を思い出して、私は憂鬱なため息を漏らしていました。
「まあだんだんと回数をこなすうちに私も要領を覚えて、とりあえず頸椎を一度へし折って、そのまましばらく放置した後、もう一度つなぎ直して尋問をすると、大抵二、三回で、最高記録が五回で、とても素直に話してくださるようになりますわよ?」
「……いっそ殺された方がマシな尋問というか、エグ過ぎる拷問をしていたのだのぉ、ジル殿は。身共ですらその発想はないわ」
なぜかヘル公女にドン引きされました。
「そりゃまあクララ様ですから。発想が普通の人間とは違いますよ」
なぜかコッペリアが、やれやれと言いたげに首を左右に振って補足しましたけど、微妙にディスられているように感じるのは私の気のせいでしょうか?
「どーでもいいけど、もしかして『骨の五、六本もへし折る』って、首の骨を五回も六回もへし折る気満々ですかにゃ?」
糸を使って〈不死の戦士〉の手足を切断――では即座に修繕され無意味と判断したらしく、拘束に切り替えたシャトンの戦慄に近い問いかけに、なにを当然のことを質問しているのかと疑問に思いながら「そうですけど?」と答えると、なぜか絶句されました。
むう解せません。
「やれやれ我が愛しき娘は過激だね。クララもあれで気の強いところがあったが、どこで育てられ方が間違えられたものか」
そんなやり取りが聞こえていたらしく、黒騎士が意味ありげに、この期に及んで悠然と椅子に腰かけて、高みの見物の姿勢を崩さないでいる師匠へ視線を送りました。
「ふん。頼まれたわけでもないのに、箸にも棒にも掛からない出来損ないを、どうにか一人前に育ててやったんだ。父親を名乗るならまず最初に地面に五体投地をして感謝するところだろうに、まったくもってなっちゃいない……礼儀知らずの薄馬鹿な上に虚けた表六玉だね」
そんな黒騎士の皮肉に対して、即座に憎まれ口を数倍にして返した師匠ですが、私はといえば思いがけずに放たれた『一人前』という言葉に、まじまじとその顔を凝視して……初めて認めてもらえた慶びに、言葉にならない感謝と感激で胸が一杯になっていました。
「やれやれ口が悪い。たったひとりの血を分けた愛しいシルティアーナ。お前の生存と居所がわかった時点で、さっさと迎えに来ていれば良かったものを。――いや、そもそも五年前にシレントへなど呼んだのが間違いだったか」
一生の不覚であった、と続ける黒騎士に対して、私は心の底から晴れ晴れとした気持ちで語り掛けます。
「いいえ、あの時のシルティアーナを亡くして、ここで“ジル”として過ごせたことは何よりも喜びです。オーランシュやあなたの元にいては絶対に学べなかったこと、できなかった体験、素晴らしい人生の師とかけがえのない友人たちを得ることができました。ですからこの五年の間、私は不幸などではありませんでしたよ。それどころか感謝しています。私にはもったいないくらい幸せな時間がいただけましたから」
心の底から放たれる真摯な私の本音に、バルトロメイが重々しく頷きながら同意しました。
「然り。絆は血よりも心で繋がるものである」




