ルークの激情とセラヴィのこだわり
天が裂け散り大地は崩れ去り生きとし生けるものたちは互いに身を寄せ合い、この天変地異が収まることを必死に願うだけでした。
そんな地上の営みもなんのその。轟く雄叫びとともに【闇の森】のはるか上空で、強大な力を持った両雄が激突を繰り返しています。
発生する衝撃波(の余波)が砲撃のように大気を震わせ、さらに追い打ちをかけるようにして轟く雷鳴のごとき魔力波動が、両者を中心に爆発したかのように吹き荒れ、精霊たちは慌てて逃げだし、好奇心旺盛な小妖精たちですら、とばっちりを恐れてそれぞれの住処から出てこようとしません。
空中で目まぐるしく位置を変えながら鍔迫り合いをする両者。
一瞬の交差が数キルメルトに渡る不可侵の領域を生み出し、その圏内にある細い枝や草木を翻弄し、群小の空を飛ぶ魔蟲の類――虫と言っても掌くらいはあって、灰色熊程度は悠々と捕食する化け物――であっても、耐え切れずに弾き飛ばされ、空中でバラバラになって呆気なく消し飛ばされています。
逃げ遅れた低級魔物な小鬼や一角兎、一応は霊獣に分類される鹿角兎なども、抵抗の余地なく一瞬でひき肉と化し、血の気の多いCランク、Bランクに分類される、それなりに強力な――下級竜程度を基準に考えればわかりやすいかと――魔物たちが、己のテリトリーを侵されたことに激怒して、本能のままに戦いの中心部へと乱入して、鎧袖一触……自慢の外殻も鋼のような強靭な肉体もプラナリア並みの再生能力もまったく無意味とばかり、流れ弾に当たって一撃で爆散され、八つ裂きにされ、圧壊され、近寄ることすらできずに風の前の塵のごとく一掃さるのでした。
超一流のA級冒険者だろうが英雄の化身とも言われるS級冒険者だろうが、所詮は神ならぬ人の身。この場に足を踏み入れたなら、余波の余波程度を食らっただけで、呆気なく消し飛ばされ絶命することでしょう。
事実、ブルーノは自分が完全に場違いな舞台に上ってしまった――平服のまま宮殿の謁見の間に紛れ込んでしまったのよりもさらに次元の違う、例えるなら羽虫が津波に立ち向かうような、どうしようもない無力感に打ちのめされているようです。
「こ、こんなの……もう……俺なんてゴミみたいなもんじゃ……ねーか」
エレンも半ば人事不省状態で、
「これやばいです……嫌っ! 本当に無理っ! こ、こんな凄いのた……耐えられませんよぉぉぉぉーーーーーっ!?!」
本能的恐怖からうわ言めいた悲鳴を発するだけに終始しているようでした。
とは言えこのふたりを不甲斐ないとか、怯懦とか貶めるのは酷というものでしょう。
仮にこの場に人間族よりも遥かに長命で精霊魔術にたけた精霊族であるプリュイやアシミがいたとしても五十歩百歩、なす術なくエレンたちと似たような恐慌状態に陥っていたはずです。
「くっ……。〈憤怒の精霊〉よ〈英傑なる祖霊〉よ! 我に勇気と力を与え給えっ!!」
黒妖精族の中でも、とりわけ武勇に優れた女王親衛隊の現隊長(上が全滅したので成り行きと繰り上がりでその地位に据えられたと本人は謙遜していますが)である『新月の霧雨』(ノワさん)が、上空のお祭り騒ぎに気を取られながらも――例えるなら雨あられと核爆弾の撃ち合いをしているようなものです――自らを鼓舞するために、精霊術で半ば《狂戦士》と化しました。
それでも本能的恐怖と不安から来る寒心はどうしようもないようで、全身から放たれる闘気と狂気とは裏腹に、滂沱と流れる涙と鼻水、滝のような汗で可愛らしいお顔が台無しになっています。
一方、超然とその戦いを傍観していたのは、竜人族の『龍神官』メレアグロスと、『龍巫女』テオドシアのふたりです。
むしろ恍惚とした眼差しで、世界の終りのようなこの戦いの一部始終を瞼に焼き付けんと、一心不乱に目を凝らしていましたが、そこへ《真神威剣》が【闇の森】の大地を切り裂いた余波で、ワラワラと地中から這い出してきた熊ほどもある肉食蟻に、直径だけでも大人二人が手を回してどうにか……というサイズの巨大蚯蚓が乱入してきたかと思うと、さらにこれを捕食する下級竜〈地竜〉が獲物に襲い掛かり、さらに血に狂ってより脆弱そうな餌――地表の魔物のみならず、行きがけの駄賃とばかりグロスとシアにも牙を剥いたのでした。
「狼藉者が! 場を弁えよ、知性のないドラゴンもどきのトカゲの分際で!」
「「“水槍尾葬”」」
水を差されて大層立腹したらしいふたりの竜魔術が即座にさく裂して、回転するドリルのような水流が〈地竜〉の全身に穴をあけてズタズタにします。
真っ先に脳天を粉砕され絶叫を上げる〈地竜〉ですが、脳神経の構造が古代の恐竜のように分散されているのか、それとも他の理由があるのか、それでも息の根は止まることなく逆に狂乱状態に拍車がかかるのでした。
「目障りだ」
とはいえ一撃で粉砕する火力はないようで、ちびちびと削り合いに集中するふたりの竜人族。
さて、限りなく一般人に近い感覚を持ったエレンとブルーノのふたりや、俗人とはまったく感覚が違う――仮に流れ弾で死んでも「本望だ!」と、心の底からドラゴンを信奉する――竜人族といった極端な面々とも違って、あくまで我が道を行く代表格。殺しても死なないことが立証され、今後ともたぶん私が死ぬまで傍で侍ることになるでしょう駄メイドが、
「ほーーっ、派手っすね。つっても愚民モドキの方は、スペックは確かに豪語するだけありますけど、肝心の愚民のセンスが凡庸なので十全に能力を使いこなしてませんね。技の選択、威力の調整、間合いの取り方、攻撃・防御・回避のタイミング――常にコンマレベルで一拍遅れるのが致命的な、暴れ馬を乗りこなせないヘボ騎手ですね。五十五点」
目にもとまらぬ速さで攻防を繰り返す、頭上のふたりの様子を目の上に庇を作って眺めながら、どこまでも上から目線で、
「まああれですね、莫大な能力と魔力があっても自分の体系として取り込めていない素人丸出しです。所詮は借り物やインチキな能力の弊害……つーか、融合した相手を間違えたんじゃないすかね? まだしもシステマティックな反応をして、手堅かった前のストラウスの方が無駄がありませんでしたけど、いまは圧倒的なフィジカルにものを言わせているだけで、クララ様なら三十七手で仕留められれるとワタシの演算では出てますね。もともと陰キャのインドア派だった愚民のせいで弱体化していると言わざるを得ません」
そう辛辣な評価を下して肩を竦めました。
そうしながら、ほとんど腰が抜けた状態でまるで神話の世界の再現のような人知を超えた戦いに、茫然と翻弄されるしかないエレンとブルーノのふたりを、光術的障壁や品種改良で作り出したらしい、蔓状の魔植物が網の目状になって作り出した物理防壁で保護していました。
さらにはそれだけでは心もとないと懸念したのか、上空の戦いには参加せずに、無意識のうちに身を寄せ合って、お互いの両手を握っているエレンとブルーノを守る形で、バルトロメイが仁王立ちしています。
「木偶の坊はお空のバカ騒ぎには参加しないんですか? ああ、空が飛べないとかなら、ワタシ謹製の飛行装備を貸しますけど?」
いかにも超重装甲の鎧をまとったバルトロメイに対して、背中に背負う形の二本並んだロケットブースター(鉄人◯号的な、ジャイ◯ントロボ方式な)をどこからか取り出して提示しました。
「空か……本来の――いや、まだである。まだ早い。天秤はいまだ定まっておらぬ。某の真の……顕現させることは……」
一瞥もくれずに頭上で繰り広げられているルーク(+ゼクス)とストラウスの戦いを眺めながら、何やらぶつぶつと考え込んでいます。
「つーか、王子様予想外に頑張っているというか、粘っているというか、食い下がってますね《神》相手に。もしかして王子様も知らずに人間辞めてますにゃ?」
シャトンも迫りくる〈不死の戦士〉相手に、木の間に張り巡らせた糸の結界で足止めをしたり、よりアクティブに巻き付けた糸で手足を拘束・切断したりしながら、感心と疑問が混じった釈然としない口調で首を捻ります。
「さっきも言ったように、愚民モドキは考えながら行動するので反応が鈍いのに対して、ルーカス殿下は一皮剝けたって感じですね。もともと反射神経と速度は天賦の才があったのですから、そこへ〈真龍〉というアドバンテージを加えて、自分なりの戦闘スタイルを確立できたってことでしょう」
魔植物をさらに操り、防御だけではなく攻撃にも転用し、襲ってきた魔物を雁字搦めにして、さらには全身の穴という穴から体内に潜り込ませて、肉と体液、そして生気とを吸収させながら、コッペリアが「まあ人間としては頂点に近い強さですね」と付け加えるのでした。
「武に頂点などというものはない。しかしながらたゆまぬ努力と修練……勇気と信念によって、足りぬ才と資質を補い〈勇者〉と呼ばれる存在となった。いかな強敵だろうとも、堂々と渡り合えるまでに心身ともに鍛え抜いた。見事なものである。武に対するひとつの回答とも言える」
腕組みをしたバルトロメイが、一見してストラウス相手に互角に戦っているルークの奮戦を目の当たりにして、しみじみとした口調で述懐しました。
「『足りない才と資質』? 王子様が凡才だって言うのかにゃ?」
聞き捨てならないとばかりにシャトンが口を尖らせます。
「――ふむ。……そうだな。よく冒険者連中が『A級の剣戟は目にもとまらぬ』とか『ギルド一番の重戦士の足腰は岩のように粘り強い』などと話題にしておるが、某に言わせれば評価するに値せぬ些末な違いにしか過ぎぬ。それ以前の問題であり、どの者たちも似たような才能の持ち主であり、団栗の背比べをしているに過ぎぬ。しかし天才、鬼才、奇才と呼ばれる天賦の才を持った者は、ごくまれにだが存在する。もっともそうした者たちは一芸に秀でている代わりに、何かが……他者に対する共感能力であったり、あるいは運命そのものが呪われたように欠落していることが多々ある」
「…………」
なぜか無言のままシャトンがものすごい勢いで、私の方へ首を巡らせて「あ~~~」と無茶苦茶腑に落ちた表情で頷きました。
「何が言いたいんですか、何が!?」
ヘル公女とお互いに背中合わせになって死角を補いながら、黒騎士と六人の異母兄だったらしい〈不死の戦士〉らと剣を交差させつつ、不本意な納得の仕方に思わず一言言わずにはいられませんでした。
「そういう意味では確かに王子さまは天才とか、そういう星の下にはうまれていないですにゃ」
聞こえないフリをしたシャトンがウンウン頷きながら納得しました。
「努力によって天才に伍するまでになったルーカス殿下と、もともと『神童』とか呼ばれた愚民の成れの果ての戦い。いまのところ互角ですが、経験を積むことでストラウスが、状況に応じた戦闘の取捨選択ができるようになれば、おそらくはちび聖女かクララ様でなければ手が付けられなくなります。短期決戦で倒すしか勝機はないとワタシの予測演算が弾き出しています」
気軽な口調から一転して、コッペリアが双方の状況を仰ぎ見つつ、割と真剣な口調で嘆息します。
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地上の懸念や惑いも関係なく、絶対的な力を行使して無意識の破壊を成しているのは、片や神の子を標榜するストラウス+五大龍王≒神に匹敵する超存在である半龍半神。
片や史上唯一〈真龍〉を騎龍として駆る〈真龍騎士〉にして、大陸でも一、二を争う超大国グラウィオール帝国の帝孫にして、事実上の帝位継承権では三本の指に入る貴公子ルーカス・レオンハルト・アベル(通称ルーク)と、彼の騎龍ゼクスの一心同体のコンビであった。
「なぜだ! なぜこんな真似をするんだ!?」
ゼクスの背の上に立ち上がる形で騎乗しながら(風使いの能力で風圧を受け流している)、己の意思を光の刃に変える《聖剣》フルクトゥアト・ネク・メルギトゥルを振るうルーク。
それを《真神威剣》で難なく受け止めるストラウス。空中を飛ぶというよりも見えない足場とエレベーターがあって、重力や慣性を無視して自在に浮遊しているような、変幻自在たる変則的な動きを繰り返していた。
「神を前にしてほざくなルーカス。貴様の地位も権威も能力も寿命も、いまとなっては虫けらも同然。下らぬ人間の分際で歯向かうつもりか、小賢しい」
遥かな高みからルークを見下すストラウス。
そんなストラウスに対して、ルークはどこか哀しみと達観した口調で言い募る。
「そうじゃない! 君がそうした存在になった段階でもう僕たちが争う理由はなくなっただろう?! そのことに気が付かない君じゃないはずだ!」
「…………」
「時間と言う束縛を逃れた以上、もう君は自由だ。僕らは――僕はせいぜい百年とジルと一緒にはいられない。僕やエレン、ブルーノ、シャトンたちが居なくなったあと、ジルを支えられるのは妖精族であるプリュイや人造人間のコッペリア、真祖吸血鬼のヘル公女。――そして君だろう」
極論すれば、ストラウスはルークが寿命を迎えるまで姿を隠していて、その時になって『こうして生きていた』と満を持して姿を現せば、お人よしのジルなら何の疑いもなく無防備に受け入れただろう。
わざわざ敵に回ったと喧伝して、戦いを挑むなどストラウスにとって意味はないどころかマイナスもいいところであろう。
そのことを詰問するルークに対して、ストラウスはニヤリと明確にセラヴィを彷彿とさせる笑いを口元に浮かべ、
「だからだよ。勝ち逃げされてたまるか」
同時に微かな呟きが風の中に流れて行った気がしたのだった。
――お前らと一緒に過ごした時間の中に俺はいた……そこが俺の居場所だ。だから俺は……。




