剣の競演と魔術の競演
明けましておめでとうございます。
どうにか元旦での更新に間に合いました。
今年もよろしくお願いいたします。
「ああそれはですね、その昔当時のご主人様に『掃除をしろ』と命令されたワタシの姉妹機八機が、なにをトチ狂ったのか『了解。掃除いたします。世界にとって不要な夾雑物である人間族を抹消いたします』とか、阿呆なことをほざいて暴走しかけた事件があったのですが」
エレンの疑問に対して、以前とまったく代わり映えのない見た目をしたコッペリアが、なんてことのない口調で割と洒落にならない――機械知性体による人類の存続の危機とか、古典SFでありがちな展開で超帝国が本気で乗り出す案件ですわよ!?――身内の不始末を語り出します。
「しかしながら当時のご主人様があわやのところで、最後の力を振り絞って最新型……というか最終型だったワタシを起動させて、結果的にワタシが他の八機を破壊したのですが」
「最後の力って……反逆した被造物に殺されたってこと?」
そういえばヴィクター博士の最期って明確に聞いたことがなかったわね。そんな劇的なクライマックスだったとは思いも知りませんでしたわ……と、私同様に神妙な面持ちで尋ね返したエレン。
「まあ似たようなものですね。前の晩に博士の要望で晩酌のつまみに壱号機が作ったサーモンの刺身に中って、一晩トイレの住人と化して瀕死の状態になっていたので」
「……ああ、そう……」
コッペリアとエレンの緊張感を考えないマイペースなやり取りに、やっぱり最終的にはズッコケ話だったわけね、と呆れと納得で腑に落ちた私たち。
ともあれサーモンはアニサキスが怖いので、最低冷凍にしておくか火を通さないといけませんわ。
「そんなわけで、ワタシ個人も人間族に特に思い入れはなく、ぶっちゃけ大多数を占める自称『平凡かつ真面目なニンゲン』とやらも、『お前ら真面目と違うわ。自分からはなんもしないだけ。良いことも悪いことも。何も考えずに惰性で楽に生きているだけの動物』という認識でしたけど、実際のところ先代のクララ様以降なかなかオモロイ――特にいまのクララ様とか最高ですね――ので観察がてらご奉仕しているわけです。で、今回のように万一破壊された際を想定して、壱号機から八号機までの残骸を使ってニコイチで予備の躯体を造って使ってたんですけどね」
ちなみに四体あって、“四体合体コッペリアガー”という戦闘形態があったのですが、不死の王の時と今回の時で二体破壊されましたので、残念ながらお見せすることはできません……と苦渋の表情で言われましたけれど、別に見たくはないな~というのがこの場にいた全員の一致した見解でした。
「で、まあアラースとコロルの経過観察用と銘打って西の開拓村に簡易研究所を設えましたけれど、そのついでにワタシのオリジナルの躯体も運び込んでおいたのが功を奏したわけです」
多少ご都合主義っぽい話でしたけれど、
「どうせ今後は【闇の森】跡地にできる新王国が活動の中心になるので、先取りしておきました」
と、いつもの悪運の良さを発揮したお陰だったようです(どうでもいいけど、まだ予備が二体あるのね)。
それに聞き耳を立てながら、おもむろに森の中からこちらに向かって歩みを進めてくる黒騎士に対抗をして、私も歩調を合わせながら距離を縮めつつ、右手に『光翼の神杖』を、左手に『コラーダ』を携えて構え警戒します。
「そちらからおいでになるとは思いませんでしたわ、お父様。前回『クルトゥーラへ来い』などとおっしゃっていたので、手ぐすね引いて待ち構えているかと思ったのですけれど?」
皮肉を込めた私からの『お父様』を強調した挑発に、レグルスの顔をした黒騎士が苦笑いを浮かべました。
「そのつもりでいたのだが、なかなかお前が来ないのでパパが迎えに来たんだよ、シルティアーナ」
対して臆面もなく言い放つ黒騎士。
「あらあら、性急な殿方は嫌われますわよ。それに冬場も近いこの時期に、周辺国からの難民や移住希望者を放置するわけにもいかないですので、優先順位からいってもそちらの対応に大わらわでしたので」
現段階ですでに数万~十数万人規模の人種を問わない新国家への移住希望者が殺到しているため、洞矮族王にお願いして、数百人単位での職人の派遣(主に簡易宿泊施設の構築と家具、鍛冶の用命)や他国からの食料品の手配(中心になっているのは距離的に近いグラウィオール帝国であり、船便を効率よく使えるベーレンズ商会の運輸網が大活躍しました)、それと人材の派遣ということでユニス法国から聖職者が大挙してやってきましたけれど、教育とか宗教とか啓蒙活動をするのはもうちょっと落ち着いてからにして欲しいところですわね。
実際、現地で肉体労働に従事している亜人を見下す発言や行動が散見され、超帝国から派遣されてきた監視員によって強制的かつ永久に【闇の森】への立ち入りを制限される事例が続発して、そのためかユニス法国内部でも『宗教原理主義派』と『王政復古派』の亀裂が目に見えて顕著になってきたようですし(当然、私やテオドロス教皇は王政復古派の旗印)、これは下手をすれば聖女教団の分裂の危機かも知れません。
理想を説く前にまずは温かい衣装と食事、明るい住居の衣食住の確保が最重要課題だと思うのですが、暖衣飽食で生まれ育った偉い人には、そのあたりの機微が実感として理解できないのでしょう。
まあそれはそれとして――。
「まったく困ったものですわ。いまのところ私の個人資産――もろもろを含めて帝国金貨相当で約四千万枚ほどですが――これを溶かしてどうにか支払いに充てていますけれど」
「へえ、オリハルコン製の甲冑と剣が一揃いで五百領、 新品の魔導帆船が四~五台は買えますね」
ストラトスの当たれば致命! 逸らすに限る! という《真神威剣》のデタラメなパワーをいなしながらルークが軽く感心した口調で相槌を打ちました。
「とてもとても……。正直国を興すとなれば桁が二つ三つ足りませんわ。まあ超帝国に泣きつけば無利子無催促で湯水のごとく融通してくださると思いますけれど、現在でさえ周囲の警戒と他国への牽制を御願いしているのに、そんな情けないことは言えませんわ。そもそも悪しき前例ともなりますし」
今後の町造り、公共施設、上下水道、街道整備……諸々を考えると胃が痛くなります。
「……なるほど、それゆえのグラウィオール帝国との結びつき。支援を前提にした婚約と言うわけか。ズルいな貴様。生まれ持ってすべてを持っている上に、大義名分付きでジルを手に入れられるのだからな」
裂帛の気合と共に放たれたストラトスの突きを、ルークが聖剣で横に薙いで剣筋を逸らしました。
この攻防、一見するとルークが始終イニシアチブを取っているようですけれど、実はそれほどルークに余裕はありません。
パワー、スピード、スタミナ、武器ともにストラトスの方が遥かに勝るでしょう。
ルークが勝てているように見えるのは、幸か不幸か自分より格上の相手と戦う機会が多かったがゆえに、そうした相手と対峙した場合にどうすればいいのか熟練していたことと、薄紙を貼り付けるかのように積み重ねていった反射――訓練と修行によってルーチン化された剣術と武術が勝手に反応する体――によって噛み合っているからに過ぎません。
当然、集中力はゴッソリ削られますし、見た目ほど余裕がないことも確かです。
そんな内心をおくびにも出さずにルークが応えます。
「君ほど理知的な人間が随分と一元的なものの見方をするものだね。〈神子〉との融合によって知能低下……コッペリア君風に言うならノータリンになったのかな?」
「…………」
珍しく相手を侮蔑するような口調でルークがストラトスに言い放ちました。
「帝国の帝位継承者に生まれた時から僕には自分個人ってものがなかった。個人としての安寧を諦めて公人としての自分の道を突き進んできた。その道を否定するつもりはない。けれどその道の途中で出会えたんだ、僕が諦めた安寧を僕に与えてくれる女性に。絶対に誰にも渡したくなくて当然だろうっ!!」
同時に持久戦は不利と見て取ったルークの目にもとまらぬ剣閃が、怒涛のようにストラトスへと放たれるのでした。
一方で私は黒騎士と対面しつつ、
「そのようなわけでお父様の道楽に付き合っている暇がなかったので、そちらから来ていただいたのは僥倖ですわね。さっさと心痛の種を一つ減らさせていただきますわ――“氷弾”×30」
中級魔術ゆえにほぼ無詠唱の短縮呪文で、私は一気に『氷弾』を体の周囲に多数浮かべて、いつでも発射できる態勢で維持しつつ、『コラーダ』を構えなき下段――世に名高い柳生新陰流の『敵の手の内を引き出し動かせて勝つ』活人剣ですわね――にしたまま黒騎士との制空圏を一気に走破しました。
「――むっ?」
先日の立ち合いで私の剣技そのものは自分に及ばないことを自負してか、私が攻撃するなら距離を置いて魔術戦を主体にするだろうと想定していたらしい黒騎士は、一気に肉薄して接近戦で勝負を仕掛ける選択を選んだらしく、弾かれたように私との彼我の距離を殺しつつ円形の魔術による防御壁を張り巡らせます。
「ほう。生まれつき魔石を持った魔族が得意とする、生体防御魔術の『魔隔玉障』であるか。それもこれだけ均等に全身を防御できるとなると魔王レベル。魔人国ドルミートには筆頭魔王であるアントンの他に副王としてふたり……さらに四人目の魔王がいるとは風の噂に聞いたことがあったが、実物にお目にかかったことがないので事情通を自認する者たちの単なる炬燵記事かと思うていたが、まさか実在しておったとはな」
黒騎士の魔術を一瞥して、ヘル公女が黒騎士――少なくともその肉体と魔力が間違いなく魔王であることを保証しました。
それと同時に時間差をおいて私の『氷弾』が全方位から黒騎士へと着弾します。
1/2 加筆修正いたしました。




