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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
最終章 シルティアーナ[16歳]
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ジルの半生とイライザの野望

「ということで、秘密裏に暗殺されたシルティアーナ(わたし)ですが、折よく現場にほど近い場所にいた師匠と聖女スノウ様によって、たまたま発見され蘇生をして……いた……だき(半分失敗したようなものですが)? 以後はただの『ジル』として師匠のご指導、ご鞭撻(べんたつ)のもと、無給無休の家政婦として酷使させられる生活を強要され――」

(暴力こそなかったものの罵詈雑言に朝令暮改な命令とか日常茶飯事で、小公女やガレー船の漕ぎ手より扱いが過酷でしたものねぇー……)

 思わず瞳からハイライトが消え、死んだ魚のような目になって、当時の境遇に想いを馳せる私がいました。


 まあガレー船の漕ぎ手は奴隷ではなくて、下級兵士に当たるので陸にあがればそれなりに保障された身分ですし、職場環境も配慮されて革製のクッションが敷かれていたり、漕いでる間戦意高揚のために専用の楽団が演奏したりと、想像していたよりはずいぶんと待遇はいいのですが、寝ている以外の十七時間が労働時間(しかも寝起きするのも職場ですから、例えるなら地球世界の潜水艦の乗務員のようなものですわね)だと思うとなかなかご苦労様ですわ。


 と――。

「家政婦じゃなくて弟子だろうっ。慈悲深いあたしが、死にぞこないの宿無しを拾って一人前――いやさ、半人前程度にまでしつけてやったんだ! それをずいぶんな言い様じゃないか、この恩知らずのアンポンタンのブタクサが!!」

 嘘偽りのない私の口上の合間に、丈夫な歯であんころ餅を咀嚼しながら(妙に餡子(あんこ)が好きなのですよね)、師匠(レジーナ)が愛用の長杖(ロッド)を振り回して私を面罵します。


「ええ、そうですわね。記憶も曖昧で一般的な女性としての心得もわきまえもなかった私に、常識とか、手芸、料理、洗濯、炊事、家事全般から礼儀作法、ダンスや腹芸に至るまで学習できたことは、ひとえに師匠の薫陶(くんとう)を賜りましたお陰であることに異論の余地はございません。心より感謝いたしておりますわ」

 まあその合間に魔女としての修行もスパルタで教え込まれたわけですが、ともあれ勘違いとはいえ『前世男子高校生』の記憶を持っていると思って、女性らしさについて手探りだった私に女性としての品格とか所作だとか、必要最低限のアレコレを叩き込んでくださった……それによって、女子としての周囲から認められる今の自分があるのは、間違いなくレジーナのお陰ではあります。


 それゆえにこちらも忌憚(きたん)のない――あるがままの赤裸々な気持ちとして、改めてその場に立ち上がって師匠(レジーナ)に向かってカーテシーをしました。


「それとエレンたちにも感謝していますわ。ごく一般的な女子の嗜みとして、お弁当の色どりとか恋愛占いだとか、雨の日の相合傘とか指摘してくださって」

 そのついでにエレン、シャトン、ノワさん、イレアナさんの一般常識に通じた女子組たちにも、感謝の笑みを向けます。

「「「「うっ……!」」」」

「はははははっ、クララ様のお役に立てて何よりです」

 なぜかたじろぐエレンたちと、対照的に自信満々でそっくり返るコッペリア。

「――ふんっ」

 そして面白くもない顔で鼻を鳴らして、レジーナは緑茶(グリーンティー)を一息にあおりました。


 それを見て、素早く立ち上がったコッペリアがお茶のお代わりを私手製の急須(火魔術と水魔術を併用して焼き固めた陶器)で注いでいる――のを横目にエレンたちが、なぜか示し合わせて、

「すみませんジル様、ちょっとお花摘みに……」

「ついでにあたしもにゃ」

「では、私も」

「マナー違反ですが、少々離席いたします」

 この場を離れて屋敷の裏手にある雪隠(せっちん)へと連れ立って、そそくさと退席しました。


「ワタシ知ってます。あれが有名な“女子トイレ会議”といって、ハブられた女子――この場合、ほぼ誕生席に座っているクララ様の悪口で盛り上がっているんですよ」

 各々の給仕を甲斐甲斐しく務めながら、コッペリアがエレンたちの去っていった方角を見ながら、私の耳元で入れ知恵をします。


「そういう邪推はやめなさい。エレンは昔からの親友ですし、他の皆さんも気心の知れた友人ばかりですわ」

 というか、ハブられたということなら、同じ席に座っていたコッペリアがそれに該当するのではないかしら?(まあ人造人間(オートマトン)をトイレに誘う理由もないですが)


 そう(たしな)めた私に対して、コッペリアは知ったかぶりをして、チッチッチッチッと人差し指を立てて振ります。

「甘いですね。『私たち親友(ずっとも)よ!』と、そうやって近付いてきた友人は、最後の最後に裏切って失意のヒロインを見下し」

『――ハッ。本当は初めて会った時から、あなたのことが大っ嫌いだったのよ!』

「このセリフが鉄板です」


「深読みし過ぎ……というか、それは絶対にないですわ!」

 どれだけ人間不信なんでしょう、この駄メイドは?!

「いやいや、限界を突破し過ぎて、目の前で仮にンコ漏らしても好感度が変わらないルーカス殿下と違って、女の友情なんざ金魚すくいのポイよりも薄くて(もろ)いもんですよ、クララ様」

 人生の 酸いも甘いも噛み分けたしたり顔で、コッペリアが讒言(ざんげん)するのでした。


 ◇


 そんなジルたちのやり取りの裏で、エレンたち割と一般人の感覚に近いものを持った女性陣が、物陰で額を突き合わせて、ひそひそと密談に花を咲かせていた。


「ねえ、ジル様の考える“女子像”って無茶苦茶ハードルが高くない?」

 そんなエレンの冷や汗混じりの問いかけに、

『そもそも私など“女子力”などと意識したことはないが……」

 ノワがバツが悪そうに口に咥えて持ってきたパンケーキを頬張りながら目を逸らし、同時にイレアナも大きく頷いて同意するのであった。

「王侯貴族の令嬢としても、明らかに求められる基準が常軌を逸しています」

「つーか、聖女サマの考える女性って、ほとんど男の妄想レベル……野郎どもが密かに夢見る、いつか現れる理想のお姫様(ピグマリオン)ですにゃ」

 どこか揶揄(やゆ)するかのような口調でシャトンが端的に言い切る。


 続けて『長い髪』『絶世の容姿』『巨乳』に加えて、中身も『癒し系』『料理、掃除、家事全般が得意』『お金にこだわらない』とか、ジルの内面外面を含めた諸要素を列挙するシャトンの言葉に、

「「「あ、あああああ~~!!」」」

 様々な疑問が氷解したと言いたげな表情で頷き合う彼女たち。


 ◇


下衆(ゲス)の勘繰りはやめなさい、コッペリア。まあ確かに噂に聞く“女子トイレ会議”に誘われなかったのは、ちょっと寂しいですけれど……」


 そうポロリとこぼした私に追従する形で、

「ならこっちも対抗して、もっと派手に盛り上がるよう、残った女子(おなご)同士で殴り合いをして友情を高め合いませんか?」

 気炎を上げるコッペリアの視線が吾関せずで、軽食と飲み物、そして雑談に興じているヘル公女やプリュイ、シアへと向けられます。


「「いっ……!?!」」

 途端、顔を引きつらせるプリュイ、シア。

「興味深い提案であるが、相性的に身共(みども)は聖女殿に勝てないのは明白であるので、辞退させていただこう」

 そこで苦笑いを浮かべたヘル公女に同意して、プリュイ、シアも盛んに首を縦に振るのでした。

「……むう、つまらないですね。演算ではクララ様は別格として、カマキリ女(ヘル公女)とワタシが互角。それに蜥蜴女(テオドシア)がどこまで食らいつけるか、白黒つけたいところでしたが」

「ハシャぎ過ぎ――っていうか、友情を壊す方向で話を持っていかないでくださいっ」


 そう私がコッペリアを窘めたところへ、エレンたちが何か平仄(ひょうそく)がいった……というか、胸のつかえが下りたような晴れ晴れとした表情で戻ってきました。

 この様子からしてやはりコッペリアの邪推は的外れで、純粋に生理現象を消化してきたのに違いありません。


 そう内心で安堵しつつ、皆さんが席に着いたのを確認して、私は改めて話の続きをはじめます。

 その後のルークの出会いやブラントミュラー家へ成り行きで養女に貰われたことなど――このあたりは周知の事実として知っている当事者も多いので、ある程度ダイジェスト版になり、

身共(みども)は初耳であるぞ。面白いので子細も聞きたいものであるが」

 すっかり寄席(よせ)気分で、頬杖をつきながら葡萄酒を飲んでいたヘル公女の不興を若干(こうむ)りましたけれど、後ほど個別に詳細を話すことを約束して、どうにかこの場は承諾してくださいました。


 その後の冒険やら戦いやら出合やらをつらつらと思い出すままに語り――ついでに、エレンにもあまり詳しく話していなかった、不慮の事故によりコッペリア、セラヴィともども三十年前の聖都へタイムスリップした顛末について掻い摘んで説明しました。


「……え? え~~と、つまり“巫女姫クララ”ってのはジル様ご本人のことで、世間に知られたジル様のお母様であるクララ様はクララ様ではないってことですか!?! シルティアーナ姫の偽者に続いて、どんだけニセモノに縁があるのですか、ジル様?!?」

 素っ頓狂な声を上げて唖然とするエレンほど顕著(けんちょ)ではないものの、他の皆も――レジーナとバルトロメイは泰然自若としていますが――大なり小なり驚いた顔で私を瞠目しています。


「ニセモノというか……イライザさんも丸投げした私の後始末をしてくださって、立派に巫女姫としての務めを果たしたのですから、本物に間違いはありませんわ」

 当人の名誉のためにもここは私が明言すべきところでしょう。


「なるほどベースが定番の〈初源的人間(ドリーカドモン)〉であったがゆえに、前代のクララ殿は短命であったというわけか」

 納得した様子でヘル公女が頷きました。

 さすがは百五十年生きる〈吸血鬼の真祖トゥルー・ヴァンパイア〉だけあって、〈初源的人間(ドリーカドモン)〉についても知識として網羅(もうら)しているのでしょう。


 対照的に不得要領な顔で小首を捻っているエレンやプリュイたちに、私から簡単に説明を付け加えます。

「えっ!? じゃあジル様も短命なんですか?!」

 にわかに不安がるエレンに向かってコッペリアが、呵呵大笑しながら杞憂だと一笑に付します。


「イライザみたいな出来損ないと一緒にしないでください。完璧なバランスと神にも匹敵する魔力、生命力を内包したクララ様に〈初源的人間(ドリーカドモン)〉の欠点や(かせ)は一切ありません。並の人間どころか、ワタシの計算では最低でも五、六百年か、それ以上の寿命が約束されています」

 そう断言するコッペリアの言葉に、ヘル公女が楽し気に声を出して笑いだしました。

「ワハハハハハハハ! 数百年かそれ以上であるか。良いな。実に良い。人の一生など虫けらと変わらず一瞬だと思うていたが、ジル殿とは今後も長い付き合いができそうで、至極(しごく)愉快痛快である」


 ついでに長命種である妖精族(エルフ)黒妖精族(ダークエルフ)の三人(プリュイ、アシミ、ノワさん)も心なしか口元をほころばせます。


「そ、そうなんですか。それは喜ばしい……ですけど、同じ時間を歩めないっていうのは、ちょっと寂しいですね」

 コッペリアの言葉に安堵から一転、侘びしげな笑みを浮かべるエレン。


 その言葉に誰しもがそれぞれの感慨を抱いて、自然としんみりした雰囲気が場を支配したところで、いつものように空気を読めないコッペリアが、

人間族(ヒューム)ってのはそういう種族なんだからしょうがないですね。――っと。そういえばイライザの奴がそのあたり、命根性汚くも寿命を延ばそうとしてワタシの研究所(ラボ)で悪あがきをしてたのを思い出しました」

 ふと思い出した様子でそんなことを口に出しました。


「そうなのですか?」

 これは初耳だった私も思わず聞き返します。

「あれ、言ってませんでしたか? 二十年くらい前でしょうかね。シモン卿とふたりでやって来て、延命から不死の研究と実験を……それはもう必死こいてやってましたよ。結局成功せずに、疑似生命で動いて喋る生者に擬態した死者を生み出すのが精いっぱいでしたので、方向性を変えましたけど」


 軽く言い放ったコッペリアですが、命の冒涜(ぼうとく)とも取れる母親(イライザさん)の所業を知って、私は胃の腑のあたりが重く、鉛でも飲んだかのような気持ちになるのでした。

3/28 誤字修正しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 疑似生命で動いて喋る生者に擬態した死者…あ(察し)
[一言] 童貞の考える理想の女性像。。。自分のことを男子高校生だと思い込んでたから仕方ない、仕方ないんだ。 イライザさん、あっさり死ぬようなキャラじゃなかったので、やっぱり色々やってたのか。。。HPで…
[一言] イライザさんは、母親としての最低限の責任は全うしたのですよね。寿命関係で若くして死んでしまっただけで…。生きていたなら良い母娘関係を築けたでしょう。 でもイライザが生きていればシルティアーナ…
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