三つ巴の争いとジルの決意
「「「「「「娘っ!? ジル(様)(聖女サマ)(ジュリアお嬢様)の父親(ご尊父)?!?」」」」
言うに事欠いて父親――行方をくらませているオーランシュ辺境伯その人――を標榜する黒騎士の与太話。それを本気にした、エレン、シャトン、プリュイ、ノワさん、エラルド支部長、カルディナさんが驚愕に目を剥きました。
「「違います(わ)!」」
それに対して間髪容れずに、私とコッペリアの否定の声が揃います。
「大方顔が見えないことを利用して、私を動揺させる魂胆なのでしょうけれど、その手は通用しません。お生憎様ですわね」
それと私には緋雪お姉様譲りの異世界知識があるので、事前に元ネタは承知していますから、こんな手垢がついて見え透いた猿芝居に騙されるわけがありません。
「そうですね。シモン卿がこ~~んなトンチキな格好をするわけがないですから。偽物です」
同様に断言するコッペリア。
「というかこんなのが父親だったら、娘として泣きますわ。確かにお父様に関しては思うところはありますが、それでも国家の重鎮として央都で立派な仕事をしていればこそ、私も許容することもできていたわけですが……突然雲隠れをして、一族の内紛やお国の大事、民の苦しみを無視して、こんな馬鹿な格好で馬鹿な真似をしているとしたら、信頼も寛容も何もかも零以下のマイナスですわ。あってはならないことです。軽蔑します! ゆえにコレは父などではありません!!」
けんもほろろな私とコッペリアの態度を受けて、黒騎士はまるで先ほどの『不可視の弾丸』で背中からビシバシ撃たれまくったかのように、小さくない衝撃を受けて全身を震わせ動きを止めました。
これを見逃さなかったのはアチャコです。
「父親だとォ……つまり、貴様は姿をくらませていたオーランシュ辺境伯というわけか!? 娘の危機にのこのこ姿を現すとは浪花節だな。だが、存在が明らかになった以上、捨て置けぬ。父娘揃って死ぬがいい!!」
いまや完全に黒騎士を敵、もしくは排除すべき障害、脅威と見做したのか役に立たない長銃を消して、代わりに何やら禍々しい神力を発する聖銀製の錫杖を取り出しました。
「ああっ! それは『雷鳴の矢』が持っていた――」
それを一目見て、ノワさんが驚愕と嫌悪の叫びを張り上げます。
「‟偉大なる蒼の神の名と伴侶たる我が名において召喚する。出でよ〈白炎鳥〉”!」
アチャコの呪文? 祝詞? に応えて、瞬間的に莫大で恐ろしく攻撃的な精霊力が、錫杖を中心として発生しました。
狙いは黒騎士のようですが、これ下手をすればお城でも灰燼に帰すほどの威力を秘めていますわ。
寸毫も猶予がならないと判断した私は、矢継ぎ早に指示を出します。
「シャトンっ、いますぐに皆を影の空間に退避させて、なるべく早くこの場所から離れて! 私は可能な限り障壁を張りますが、それでも持たないかも知れないので、もし市民に死傷者が出たら対処と避難を優先させてください。エレン、私が預けてある霊薬は気にせず全部出し切って! コッペリアとフィーアは私の傍にっ」
反論を許さない私の剣幕に事態の深刻さを悟ったのか、
「了解っ」
一言返したシャトンが足元の影に潜るのに続いて、他の皆(エレン、プリュイ、ノワさん、エラルド支部長、カルディナさん、大根、ラナ+ルナ)もまた、突然落とし穴に落ちたかのように姿を消しました。
それを確認する間もなく、私は自分たちの周りと吹き曝しになったホテルの四階部分を囲む形で、
「‟水流よ凄烈なる流れもてすべてを阻め”――‟水障壁”!」
全力の障壁を張ったのと前後して、白熱を放って燃え盛る最上位に位置する炎の精霊〈白炎鳥〉が顕現をして、疾く翼を広げる形で黒騎士目掛けて襲い掛かります。
「私の持つ手駒の中でも最強格の鉄をも溶かす〈白炎鳥〉。聖剣や神剣の類ならともかく、純粋な精霊をただの剣で斬れるものなら切ってみるがいい!」
向かい来る〈白炎鳥〉相手に、相変わらず剣一本で立ち向かうつもりらしい黒騎士を、蟷螂の斧で立ち向かうドン・キホーテを相手にするかのようにせせら笑うアチャコですが、
「心なしか、負けフラグっぽい台詞ですわね」
「ええ。な~~んか、余裕で斬りそうですねえ」
「うお~ん(フィーアもそう思う)」
思わず呟いた私の見通しに、きちんと両隣に来ていたコッペリアとフィーアとが同意しました。
「ふん――っ!」
言っている間に〈白炎鳥〉を業物とはいえ、ただの剣でいともたやすく唐竹割りに、嘴から尾の先まで一刀両断する黒騎士。
「……案の定ですわね」
「まだだ! 斬ったとはいえ、輻射熱自体は防げないはず。仮にその鎧が魔術防御を施した神鉄鋼製であったとしても、中身はオーブンで焼かれたホイル焼きになっているはず。だが、念には念を入れて……ムシュフシュ、邪眼を放て!」
アチャコの命令を受けて、ムシュフシュが七つの首を黒騎士に向け、鬼灯色の目を光らせます。
「ぬお――ぐはあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐう……ごほっ、げふっ……」
魔獣が放つ邪眼の余波を受けて、まともに視線を合わせてしまったらしいエグモントが顔じゅうの穴という穴から血を流して倒れ込み、アレクサンドラも激しく嘔吐を繰り返して、血反吐を吐きながら棒のように倒れるのでした。
魔術師であるエグモントと、元A級冒険者であり精神的肉体的にもタフであるアレクサンドラでさえこの有様なのですから、直接狙われた黒騎士はひとたまりもないはずですが……。
ついで分割された〈白炎鳥〉はそのまま黒騎士と、その背後にいた私たちを素通りして、四階を囲む私の水障壁に衝突し、互いに打ち消し合い、結果、火山の噴火のような水蒸気爆発を起こして半壊していたホテルを完全に粉砕するのでした。
轟音とともに崩壊する煉瓦造りのホテル。
幸いにしてこれまでの騒ぎで他の宿泊客やホテルの従業員たちは皆、建物の外へ避難しているのは魔力波動で確認していますけれど、吹き飛んだ瓦礫による二次被害が懸念されるところです。
一方、爆心地となったこの場所では、この程度の衝撃など何ほどのモノでもない(私を除く)人外の存在たちが、いまだ戦いを継続していました。
降り注ぐ瓦礫も爆風も遮断した『水障壁』越しに、ムシュフシュが放つ邪眼の余波で、土や風までも腐る情景を目の当たりにしながら、フィーアに前後ふたり乗りをして地上に舞い降りた私たち。
「輻射熱に爆風、とどめに呪術――魔獣が放つ邪眼で一方的に畳みかけるとは、エゲツナイ。魔力反応、生命反応なし……確かにこれは剣では防ぎきれませんね」
後ろに座っているコッペリアが、ドン引きした口調でさらに念には念を入れて、黒騎士がいたあたりへ、各種精霊魔術をつるべ撃ち――グミ撃ちとか言われるアレです――しているアチャコの横顔を覗いながら、そう目視での観測結果を口に出しました。
ちなみに私はおそらくは緋雪お姉様の血の影響からでしょうか。邪眼をはじめとした精神系の魔術や呪術には完璧な抵抗力がありますし、コッペリアも『外部コマンドを一切受け付けない仕様(=壊れたらコントロール不能)』なので、その手の攻撃は効果がありません。
そんな私たちを、ホテルの残骸を圧し潰しながら大地へ降り立ったムシュフシュの頭上に相変わらず陣取りながら、アチャコが憎々し気に見下ろしました。
「ふん。邪魔者は消えた。次は貴様らの番――」
ですが言い切る前に、ムシュフシュの頭部がガクンと沈み――いえ、七つの頭部が同時に切り落とされ、ついでに首から下も積み木を崩したかのように、次々とバラバラになって、尻尾の先まできれいに分割された姿となって、最後に胴体部分にあった‟魔核”も剥き出しとなって、それさえもリンゴを剥いたかのように八等分に切り刻まれて転がります。
「なっ――ば……!?!」
突然のことに受け身も取れずに地面に叩きつけられたアチャコが、どうにか上半身を起こした姿勢のまま、唖然とした顔で肉屋の店頭へ並ぶ状態と化した魔獣の残骸を見渡します。
なお解体されたムシュフシュの全身からは触れただけでも腐る猛毒が発生しているのですが、河豚が自分の毒で死なないように、アチャコもまた自分の従魔が放つ毒の対策をしているのか、平然としたものです。
「雑な攻撃ですなぁ。力任せの火力任せ。そのため狙いも甘く、隙だらけですぞ」
そこへのんびりとした声が頭上から響きました。
声に魅かれて見上げれば、ようやく骨組みだけが残っていたホテルの四階までの高さがある骨組みの上で、悠然と佇む黒騎士の姿があります。
最前までと違うのは、その左手に黒い……木製の盾が握られているくらいです。
「‟フィンの盾”――毒物や呪術に対しては絶対の防御を誇り、触れる事すらできない伝説の盾か。それは確かにストラウスが所持していた物。貴様がストラウスの信認を得ているというのは確かなようだな」
その盾を見て、アチャコは悔し気に歯ぎしりをしました。
「邪眼はともかく熱はどうやって躱したんですかねえ。あれを無効化するにはアイギスの盾か、最低でも〈古参吸血鬼〉か〈魔王〉の側近レベルの魔族でもなければ無理なはずですけど」
コッペリアの疑問に対して、瓦礫の上からこともなげに舞い降りてきた黒騎士が、威風堂々と言い放ちました。
「気合いだっ!!」
「ンなわきゃねーでしょう!!」
どこの体育会系かと思える黒騎士の返答に、コッペリアが食って掛かります。
「…………」
でも実際に気合だけで〈真龍〉のドラゴン・ブレスを真正面から耐え抜いた洞矮族王を目の当たりにした経験もある私としては、一概に法螺と言い切れないところがもどかしいですわ。
「……まあ実際のところ、『万能霊薬』で完治させたと考えるのが妥当でしょうね」
「ああ、なるほど。這う這うの体で『ヤバ、死ぬ!!』と密かに薬飲んで持ち直したところで、格好つけているだけというわけですか」
納得した様子でポンと手を叩いたコッペリアと、肯定も否定もせずに無言で肩をすくめながらアチャコのもとへ向かう黒騎士。
「さて、気は済みましたか? それではストラウス殿の依頼通りに撤収と参りましょう」
そう言って右手を差し出す黒騎士の手を取り、渋々どころか切歯扼腕たる心中を隠すことなく、剣呑な雰囲気のまま立ち上がるアチャコ。
そのままふたり揃って逃避しようとするその前に、『水障壁』を解いてフィーアの背中から降りた私とコッペリアが立ち塞がります。
「このまま手をこまねいて見送るとでも?」
「そうです。特にそっちのシモン卿を騙る黒マスク。その不細工な仮面を砕いて、不細工な素顔を拝まないことには腹の虫がおさまりません!」
「ふん、願ってもない。大人しく隅に隠れていれば見逃してやろうかと思っていたが、邪魔をするなら思う存分蹂躙するまで。黒騎士とやら、これはやむを得ない戦いであろう?」
殺る気満々でそう念を押すアチャコの言葉に、やれやれとばかり黒騎士は首を振りました。
「シルティアーナ。積もる話は改めてするとして、ひとまずこの場は双方ともに矛を収めてくれないかな?」
「できない相談ですわね。それと、シルティアーナ、シルティアーナと気軽に呼ばないでください」
宥めるような黒騎士の提案を蹴って、私は『光翼の神杖』と交換する形で、『収納』してあった二振りの刀を手元へ招き寄せました。
『ティソーナ』、『コラーダ』
以前(三十年前)壊れた超攻撃特化剣であった『桜守』、『桜花』の代わりに、いずれも洞矮族の王国へ行った際に、当地の名工に打っていただいた刀です。
切れ味をとことん追求して、結果的に粘りがなく耐久力が限りなくゼロになった前の刀と違って、こちらは剃刀の切れ味と鉈の耐久力を持った、まさに日本刀の業物――いえ、大業物といえるでしょう。
下手をすれば魔術でも切って捨てるかも知れない相手です。ここはあえて相手の土俵である接近戦で活路を見出すべき!
そう咄嗟に判断をした私の選択が凶と出るか吉と出るか。いずれにしても、二本の刀の鯉口を切って構えた私を一瞥して、黒騎士は仮面の下から、木の棒を持って構えている幼子を見るような生暖かい眼差しを向けてきたのでした。




