真実の暴露と混迷の戦場
妙に馴れ馴れしく挨拶をしてきた黒騎士を前にして、お互いに牽制し合う私とコッペリア(面倒事の擦り付け合いとも言います)。
「『久しいな、コッペリア』というからには貴女の顔なじみではないのですか? あの手の胡散臭い輩は貴女の守備範囲ですから」
「あんなけったいな格好をしたいかれポンチの知り合いが、良識人造人間であるワタシにいるわきゃないですよ! どっちかっていうとクララ様の関係者か身内なんじゃないんですか? 『会いたかったぞ、クララ』って、やたら親し気な口調で喜色満面で言ってましたし、おそらくワタシはクララ様のオマケ、抱き合わせで覚えられていた口ですね」
「あんな傾奇者の知人なんて、私にだっていませんわ! それに馴れ馴れしい口調の割に初対面っぽいので、それこそストーカーか何かではないのかしら?」
「あー、あり得ますね。勝手に恋慕して『俺の嫁』とかいう痛い輩というわけですか」
そんな感じでお互いに関知しない相手であるとの妥協点を見出したところで、後方から素っ頓狂な――ひっくり返ったエグモントの裏声が響き渡りました。
「シ、シルティアーナ?! 聖女がシルティアーナ……だと!? どういうことだ、何がどうなっている!?!」
「「「!!??」」」
その叫びに息を呑むエラルド支部長とカルディナさん、そしてアレクサンドラ団長。
ラナはいまだに気絶中ですし、ルナはそもそも理解しているのかいないのか、一向に表情は変わりません。
口元に手を当てていまさら気づいて臍を噛む私。
「あっ――しまったですわ。怒涛の展開に、そっちの方の情報隠蔽をうっかり怠ってしまいました……」
慌てても後の祭り……なのですが、驚愕の表情を浮かべているのは部外者だけで、身内――コッペリア、エレン、シャトン、プリュイ、ノワさんは平然としたもので、そちらの方が私には驚きでした。
思わず問いかけるような視線を彼女たちに向けると、
「ま、どこの誰だろうとクララ様は【分類:クララ様】で変わりませんからね」
コッペリアの答えはある程度予想の範疇でした。
ついでにプリュイ、ノワさんの方も、
「ま、あれだけハッキリと長と〈妖精女王〉様が『シルティアーナ』と呼び掛けていて、言霊としても安定していたので、そちらが真名なのだろうと見当はつけていた」
「それと同名である『リビティウム皇国のブタクサ姫』に関する噂は仄聞できていましたので、そこから類推をして……まあそんなところだろうと。〈妖精女王〉様にも四方山話としてお尋ねしたところ、特に否定されませんでしたし」
あっさりと事前情報があったことを暴露します。
いや……まあ……確かに、立場的に妖精族関係者には強く言い含めることができませんでしたけれど、秘密だ秘密だと言いながら吹聴するとか、ちょっと軽はずみ過ぎるのではないでしょうか!? ウラノス様! ラクス様!
そして本来なら一番衝撃を受ける立場であろうエレンですが、
「……いや、まあ、結構ヒントがガバガバだったので、そーじゃーないかなー、と――まあ大方の推論を立てたのは当時ご健勝だったセラヴィ様でしたけど――でもジル様本人が必死に隠していることですし、ここはあえて気づかないフリをするのが人情ではないかと、ルーカス様やモニカさんなんかとも話し合って足並みを揃えて、まあ……」
きまり悪げにそう告白しました。
「えええええええええええええっ!!! 気が付いていたのっ!?」
「――むしろあれだけボロを出していて、周りに誤魔化せていると思える方が能天気すぎると思いますが……」
驚愕する私へコッペリアが辛辣な一言を追加します。
何ということでしょう。私はいままで目に見えない優しさで守られていたのでした。
嗚呼、優しさが逆に辛いですわ……!!
「えっ……てことは、当然ルークも承知の上ってことですよね?! えっ……ええええっ!?」
過去の黒歴史が友人知人の間で共通認識となっていたことに私が愕然としていると、シャトンがさらに特大の爆弾を投げ込むのでした。
「あたしは親方から聞いていたにゃ。つーか、親方が当時【闇の森】でシルティアーナだった聖女サマを暗殺した実行犯だったにゃ。……もっともそれ以前に父親であるオーランシュ辺境伯から、『いざという時には娘を守ってかくまってくれ』と依頼を受けていたので、折衷案で一度殺して蘇生できそうな知り合いのところまで運んだって聞いているにゃ」
「な、な、なんですって~~っ!?!」
あの行商人さんが私を殺した犯人!? 蘇生させたって言うけど、レジーナや緋雪お姉様をして「限りなく奇蹟に近い」と言わしめた生還でしたのよ!
なんて大雑把な! いえ、その後も何食わぬ顔でぬけぬけと臆面もなく殺した相手と接するなんて、どんだけ厚顔なんですか!?
他の皆の優しさに感動した反動で、なおさら裏切られた感が強烈です。納得しました。いまなら以前にレジーナが「大悪党」と評したその真意を。
と、こちらが怒涛の告白合戦で盛り上がっている間に、多頭蛇の頭の上でアチャコを支えていた黒騎士は、笑い過ぎて呼吸困難になっているアチャコと斬り飛ばされた右腕の傷を一瞥して、
「古代遺物による傷か。これは治すよりも生やしたほうが手っ取り早いな」
そう呟くや、私はおろかコッペリアの目ですら朧気にしか見えない切り上げで、あっさりとアチャコの傷のやや上の部分を再度切断しました。
どんな技量をしているのか、切断面からはほとんど血が出ていません。
さらに懐から香水瓶のような瀟洒な小瓶を取り出して、その中身の液体をアチャコに振りかけます。
途端、笑い疲れて喘鳴じみたヒューヒューという呼吸音を放つだけだったアチャコの呼吸が平常に戻り、
「――バイタルも急速に正常に戻っています」
面白くもない口調でコッペリアが鼻を鳴らす通り、生気を取り戻したアチャコが黒騎士の手を離して自分の足で立ち上がり、さらには欠損したはずの右腕まで、まるで若葉が生えるように再生するのでした。
「な、何あれ、まるでジル様の治癒術みたいじゃない!」
信じられない、と言わんばかりのエレンの感想に、コッペリアが不機嫌な顔で答えます。
「伝説と言われる『万能霊薬』ですね。飲めば十年寿命が延びて、あらゆる病気怪我をたちどころに治し、瀕死の人間でさえ蘇生させる……ま、いまとなってはクララ様の下位互換ですが、厳重に秘匿されてグラウィオール帝国とデア=アミティア連合王国にそれぞれ一個ずつ存在すると言われていますが、どうやら他にもあったみたいですね」
その説明が聞こえたのか黒騎士は飄々とした態度を崩さずに私たちの方を向いて、気楽な口調で口を挟みました。
「確かにそれなりに貴重なものだが、出し惜しみするほどのモノでもないからな」
つまりはそれなりの数の在庫を持っているという示唆を含んだ言葉でしょう。
それを聞いたコッペリアが、歯噛みしつつ呻き声を放ちました。
「ぐぬぬぬぬっ。かつて手に入れようとして、何度も偽物を掴ませられたワタシの苦労が……!」
ああ、まあ、確かにあればいろいろと便利そうですものね。
その間、新しく生えた腕の具合を確かめていたアチャコが、隣に立つ黒騎士を剣呑な目で見据えて一言言い放ちました。
「――で。貴様、何者だ?」
「「「「「「「「「「貴女(貴女様)(お前)(貴様)が知らないのですか(知らねーの)(知らんのか)(知らんのきゃ)?!?」」」」」」」」」」
敵味方合わせて全員の心がひとつになった瞬間です。
10/13 エリクサーをエリクシルへ変更しました。




