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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
最終章 シルティアーナ[16歳]
288/337

足止めの聖女と辺境での野宿(結編)

 この地域では『タレポ』と呼ばれるフライングヘッドは、主に遊牧で生計を立てている彼らにとって最大の脅威である。


 (むら)を囲む柵も魔物除けのハーブも効果がなく、音もなく空から舞い降りてきては、大事な家畜や場合によっては女子供も一掴みでさらってしまう。

 そうなればもはや手出しもできず涙を呑んで諦めるしかないのだ。


 そのため魔物としてはC級に指定されているが、実のところ〝空を飛ぶ”というアドバンテージを抜きにすれば、地上に降りたフライングヘッドの実力は微妙で(見た目に反して体重が軽くて小回りも利かないため)、接近戦に持ち込めばDランクの冒険者でも単独で(たお)せる程度である。


 それがわかっているので、倒れた少年をかばいつつ立ち回りをする大根(キンタ)をカバーするため、プリュイとノワのふたりがそれぞれ弓を射かけて、フライングヘッドが飛ぶための予備動作を潰し、動きを制限することで徐々にダメージを蓄積させ、じわじわとフライングヘッドを追い込んでいくのだった。


「これは僕が下手に助勢しない方がいいかな?」

 それにもまして、独楽(コマ)のようにくるくると回し蹴りやら、浴びせ倒しなど多彩な技を繰り出す大根(キンタ)の思いがけなく達者な動きに、助太刀しようとした姿勢で剣に手を当てたままルークが、苦笑いをしつつ小気味よさげに口元をほころばせる。

 下手に介入すれば、三次元を多用した空中殺法を使いこなす大根(キンタ)の動線の邪魔になりそうであった。


「そうですにゃ。とりあえずラマと山羊を避難させとけば、後はどーにでもなると思いますにゃ。べ、別にあの子供が犠牲になったら山羊の所有権が宙に浮くので、あたしが唾つけて安全地帯に囲っておくとかじゃないですにゃよ?」

 シャトンが半分本音を吐きながら、率先して家畜たちをその場から粛々と誘導する。

 これが羊の群れであれば襲われた瞬間にパニックになって、蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げ出したところであろうが、賢い山羊は危急の場合でも冷静で、その場に踏みとどまっていたため――中には角をフライングヘッドへ向けて戦う姿勢を見せている雄もいる――比較的楽に安全地帯へと引き離せることができた。


 周囲の安全が確認されたところで、今度こそルークも参戦しようかと足を踏み出しかけたが、

『心配無用』

 とばかり片手(?)を上げた大根(キンタ)が、体格で遥かに勝るフライングヘッド相手に互角以上の戦いを繰り広げるのだった。


 たまらず悲鳴を上げるフライングヘッドと、その奮戦ぶりに沸き立つルーク、ラナ、プリュイ、ノワ、シャトン。

「そこだ! キンタ負け――」

「頑張ってーーーっ!!」

 ルークの声援を遮って珍しくジルの口から活舌の良い、大音響の声が木霊する。

「キンタ負ける――」

「頑張れ頑張れ!!」

「そうだ、キンタ負――」

「キンタ、キンタ、負けるなキンタ! キンタま――」

「わーわーわーっ! がんばれ大根、ど根性ですわ!」


「聖女サマ、精神的な応援も理解できますけど、妙にうるさいですにゃ」

 山羊たちを誘導した姿勢で訝しげな様子のシャトンのところへ、超速で詰め寄ってきたジルが無意識に圧をかけながらまくし立てた。

「そもそもなんで全員が判で捺したように、()()声援を送るわけですの!?」

「……? 何のことですにゃ?」


 そう言っている間にもストロングスタイルでものの見事にフライングヘッドを仕留める大根(キンタ)がいたのだった。


 ◇ ◆ ◇


 簡単なすり傷や打ち身程度であった少年の怪我も、その場でジルが治癒を施し、すっかりと日も沈んだことから、とりあえず山羊たちも含めて野営地へと案内する一同。

「……は……あぁ……はいぃ」

 集落まであと一息というところなので、無理しても帰宅を優先するかと思われた少年だが、さすがに魔物に襲われた直後とあって気弱になっているのか、それともフードを下ろしたジルの素顔――一歩歩くたびに地面に色とりどりの花が咲き、天から光とともに黄金のきらめきが降り注ぐような人知を超えた天上の美貌――を前にして魂が抜けたのか、唯々諾々と従うのだった。


 その間に大根はこれからが正念場とばかり、息絶えたフライングヘッドの屍骸(むくろ)に取りついて、黙々と羽毛の(むし)り取りを始めた。

 鳥肉は傷みやすいので、早めに処理する必要があるのだ。なお、大根(キンタ)は雑食である。


「ふにゃ。夕飯前のひと働きでしたにゃ。すっかり空腹ですにゃ。腹が減っては何とやら……なので、とにかく(めし)にゃ飯!」

 白い毛並みに左右の瞳の色が異なるオッドアイをした猫の獣人族(シャトン)が、少年のラマと山羊の群れを率いてきながら、死骸を指さして気楽な口調でそう口にする。 

 そこでようやく山羊たちのことまで気が回るようになった少年が、ハッとして山羊を見回しながら数の欠けがないことを確認して、

「――あ、水をやらないと……」

 そう思わず呟いて周囲を見回すが、この辺りに水場がないことは地元民である彼が一番よく知っていた。


「水ですか? 家畜用の水があればよろしいのですね?」

 途端、少年より年上らしい目のくらむような美しい女性――のちに自己紹介で『ジル』(ただの旅の巫女と名乗った)――がそう尋ねてきた。

 ただでさえ女性に慣れていない上に、恐ろしく綺麗で年上、おまけに訛りひとつない――きっと迂闊に口をきけないような身分の高いお姫様なのだろう――銀鈴のような声で聞かれて、少年は無言で壊れた風車のように、かくかくと頷く。


 雅な貴族言葉を話すお姫様を相手に、自分の訛りまくった地元言葉で答えるのが躊躇われたし、恥ずかしかったからである。


 するとやにわにお姫様(ジル)は少し離れた、荒れ地へ向かって腕を差し伸べ、

地の(Placere)精霊さん(fode)大地に(locus)窪みを(cavus est)掘って(super)ください(terram)

 すると岩だらけの大地が最初からそうであったかのようにすり鉢状に窪んだ。

 それもただ窪んだだけでなく、日干し煉瓦のようにしっかりと踏みかためられ、まるで素焼きの壺を上から覗き込んだような状態になっているのが見て取れる。


「な――っ!?!」

 唖然とする少年の目の前で、さらに不可思議は続く。

「――〝水球(ウォーター・ボール)″」

 そうジルが一声かけると、直径二メルトはある真円形の水の塊が空中に現れ、ひょいと指さす動きに合わせて、地面の窪地に丸ごと落ちていった。

 あっという間に満々と水を湛えたため池ができ、その水の匂いに誘われた山羊たちとラマが、追い込むことなく水場に殺到して、ぺちゃぺちゃと舌と喉を鳴らして水を飲み始める。


「……魔法、いや奇跡だ……」

 少なくともそこいらの呪い師にできる所業ではない。

 物語に出てくる魔法使いか女神の奇跡を目の当たりにした気分で、少年は改めてどこまでも透明で柔らかなジルの横顔をおそるおそる覗き見た。


 エメラルドブルーに輝く大きな瞳で微笑み返され、少年の頬が真っ赤に染まり、夢心地のまま誘われるまま野営地へと足を運ぶ。


 ふわふわとした頭と足取りのまま漠然と思う。これはひょっとすると夢かも知れない……。

 そうしてすっかり闇の(とばり)の下りた荒れ地の先、新品同然の高価そうな天幕(テント)が一張りあって、その前にはこれまた見たこともないほど綺麗な顔立ちをした青年と、森の妖精である妖精族(エルフ)黒妖精族(ダーク・エルフ)の少女が一人ずつ、適当な石に腰を下ろして弓の手入れをしていた。

 いよいよもってお伽噺に迷い込んだ気分で眩暈を覚える少年だが、ふと自分よりもちょっとだけ年下らしい狐の獣人族(ゾアン)らしき――珍しいことは珍しいが、ごく稀に見かけることもあり(先ほど白猫の獣人族(ゾアン)を目にしたこともあり)さほどインパクトはなかった――小柄な少女が、石で組んだ竈に枯れ木を入れて、苦労しながら火を(おこ)そうとしている様子に気付いて、少年の意識がにわかに日常に立ち返った。


「ああ、ダメだダメ。ここいらの枯れ木じゃ焚火にはならないんだ」

 そう言ってそこいらに落ちている乾いたラマの(フン)を拾い、手慣れた様子でそれを燃料にして煮炊きの準備を始める。


「――まあっ」

「へえ~、乾燥しているせいか臭いもしないんだね」

「なるほど、そうやるのか」

「我々は家畜を飼わないので盲点ですね」

「〝餅は餅屋”ですにゃ」

 その手際に目を丸くするジル、ルーク、プリュイ、ノワ、シャトンの素直な賛嘆の声に、自尊心を回復させるどころか逆に褒め殺しにあった気分で恥じらいながら、落ち着きなくきょろきょろと視線を彷徨わせる少年。

 ふと、その拍子に押しのけられて自分の仕事を取られた形になったせいか、どことなく所在無げな様子で佇んでいる狐の獣人族(ゾアン)に気付いて、なんとなく親近感を覚えて話しかけた。

 容姿も可愛らしいとはいえ常識の範囲内だし、何よりどことなく薄幸そうな雰囲気がシンパシーを覚えたこともある。


「な、便利だろう。覚えとくと役に立つぞ。あ、俺はナシール。お前は?」

「……ラナ」

「ラナか。近くからきたのか?」

 大抵が古着や下手をすれば囚人服のようなボロを着せられていることの多い獣人族(ゾアン)とは違って、洗濯したばかりのような小奇麗で垢抜けたワンピース姿のラナの身支度からそう尋ねた少年(ナシール)

「ううん。遠くからきたの」

「へえ、そんな小さいのにエライな。俺なんて出たくてもここの邑から出たこともないのに……」


 自嘲を込めてそう言うと、ラナは不思議そうにナシールの顔をまじまじと凝視する。

「出たいの? だったら出ればいいのに。あ、お父さんやお母さんに反対されてるの?」

「いや、親も兄弟もいない。けど、そんな簡単に邑から出ることができるわけがないだろう。アテもないし、ひとりでいつ魔物に襲われるかわからない、右も左もわからない()の世界へ行けるわけがない」


 諦観混じりのナシールが語った心中の吐露に、鍋をかき混ぜていたジルの元へ、容器に入った山羊乳を持ってきたシャトンが気楽に合の手を入れた。

「別に難しいことじゃないにゃ。ひとりで難しいなら隊商(キャラバン)と一緒に行けばいいにゃ。あと数年以内に建国される、大陸中央部を占める聖王女サマの国は、いま絶賛の建国ラッシュと猫の手も借りたい人材不足にゃ。(すね)(きず)ある身ならともかく、問題なければ移民も職人も大募集にゃよ。――あ、勝手に山羊の乳をもらったけど、晩飯をご馳走するのでタダということでいいにゃ? これが公正な取引ってものにゃ」

 事後承諾だが、命を助けてもらった身としては嫌も応もない。

 無言で何度も頷くナシール。


「公正かしら?」

 微妙に納得がいかない顔で小首を傾げながら、山羊乳にドライフルーツを足して乳粥(パヤサ)をかき混ぜるジル。


「公正ですにゃ。代価を払って商品を受け取る。そりゃ中には粗悪品を売りつけたり、お釣りをちょろまかしたりする商人もいます」

 辺鄙な田舎の人間を相手にする行商人は、むしろ売れ残りのガラクタを適当に吹っ掛けて騙すのがデフォではあるが。

「そーいうのに騙されないように、物の価値や数の計算くらい覚えるのは自己防衛ですにゃ。だいたい遊牧民だって、羊の毛の質や肉について目利きできない商人にはできの悪い物を売りつけるにゃ。それを棚に上げて商人ばかりを因業(いんごう)だとか何とかいうのは、片手落ち(ダブルスタンダード)ですにゃよ!」


 憤然としたシャトンの主張に、ナシールはなるほどと得心がいった様子で頷いた。

 そんなナシールの様子を横目に見ながら、シャトンが軽く含むような口調で付け加える。


「ま、どっちにしても最低限文字と計算ができるくらいの知識と、世間に騙されない程度の知恵がなければ、隊商(キャラバン)の目に留まって同行することもできないにゃ」

「――ぐっ……!」

 思わず呻いたナシールの視線が、ジルの指示に従って乳粥(パヤサ)と果実茶、そしてどこから取り出したのか食後のデザートであるカスタニャッチョ(栗粉を水で溶いてオリーブオイル、ローズマリー、マツの実やクルミを混ぜて焼いた菓子)を等分に切って、木製の皿に盛って各自に手渡しているラナの、ピコピコ動く尻尾と耳に向けられた。


「熱いから気を付けて」

 竈を中心に半円形に座っている面々。

 近い順番から、盛りつけられた木皿や木椀などを配っていたラナが、気後れして輪の外れの方に座っていたナシールのところにもやってきて、素っ気なく――終始変わらないところを見ると、これが地なのだろう――配膳していった。

 慣れた仕草なのをみると、下働きのような立場なのだろう。

 そうあたりを付けたナシールが、先ほどのシャトンの言葉を反芻(はんすう)しながら尋ねてみた。


「――なあ、お前って読み書きや計算ができるか?」

「できる。ジル様に習った。あとエルフ語とかも」

 あっさりと頷かれて、同い年か自分の方がやや年上なのに何もできないナシールは動揺した。

「そ、そうか……」

「ラナちゃん頑張ってますからね。日中はコマネズミみたいに働いて、この半年間一日も休まずに夜の終業時間に消灯までギリギリ勉強してますもの」


 恵まれた立場だから勉強する余裕があるんだろう――くらいに(ひが)み混じりに、密かに不貞腐れながら、乳粥(パヤサ)を手づかみで口に運んでいたナシールに対して……というより、ラナの頑張りが可愛くて仕方ないという蕩けるような口調で、ジルがほえほえと微笑みながら付け加える。


 それを聞いて嬉しそうにはにかみながら、行儀よく乳粥(パヤサ)木匙(スプーン)で口に運ぶラナの幸せそうな笑顔に、どことなくやさぐれた口調でナシールが独り言ちるように愚痴る。

「……学もコネもない俺なんかが、一旗揚げるってなったら冒険者か兵士にでもなるしかないってことか」

 幸いと言うべきかは微妙だが、街道の先にあるオーランシュ王国近辺では内戦状態にあり、敵味方国内外の勢力が複雑に入り混じり、親兄弟で殺し合いをする酸鼻(さんび)極まる戦場と化している。

 もっとも規模の大小を問わなければリビティウム皇国(北部領域)においては、この手の紛争や土豪同士の(いさか)いなどナシールが物心つく頃からいずこかで起きているのが常だったが。


 そうした場所に兵士として参加すれば、もしかして立身出世することもできるかも知れない――と、そんなナシールの心境を看破したのか、ジルが困ったように小首を傾げた。

「――いま騒乱が起きているオーランシュ辺境伯ですが、あれって表向きは王侯貴族の矜持とか正統性だとか訴えての内紛ですけれど、仄聞する限り各陣営のトップとも国家や貴族としての規範や義務、倫理や道徳といった人としての理想や大義などにもほとんど関心がなく、国家や領地、人民や財産を自分のものと考えて、それを守るため、奪うために相争っているだけと思えますわ」

「ふん。人間族(ヒューム)らしい愚かさだ」

 カスタニャッチョに齧りつきながらプリュイが鼻を鳴らす。

「そうですわね。まあ他者を愛せるほど成熟することなく、通常は幼児期に通過するナルシスト以前の自体愛者のまま歪に成長した精神的未熟者とも言えますけれど。ともかく上がそんな風では兵士など使い捨てにされるのがオチですわ。私としては、そういった不毛で非生産的な事柄で、未来ある若者や貴重な才能、物資をこれ以上蕩尽(とうじん)する前に、可及的速やかに事態の終息をはかりたいと思っているのですけど」

 困ったようにため息をついて、果実茶を口に運ぶジル。

「それを踏まえて、少しでも状況を改善するために僕たちはオーランシュへ向かっているのでしょう、ジル」

 そう元気づけるルークの言葉に、他の面々も力強く頷いて同意を示した。

「神に祈っても、居留守を使われるだけですからねー」

 シャトンが皮肉を込めてせせら笑う。

「……あの方はすべての命や願いを等価と見做していますから。個々人の願いや幸不幸については何もできず、何も応えられないのです」

 ですが何も感じないというわけではありませんのよ。と、辛そうに付け加えるジルであった。

 ラナもジルを気遣いながら、果実茶のお代わりを木製のコップに追加する。


 そうして食事を終えた一行は、夜更けまで聞かれるままに世界を――見たこともない大陸の脅威を、自然を、魔物を、国々を、種族を超えた数多の人々の姿を――問われるままに朗々と叙情的(じょじょうてき)に、時折シャトンやプリュイ、ノワがジルとルークの武勇伝を交えつつ(大いにふたりが恥じらったのは言うまでもない)ナシールに話して聞かせたのだった。


「凄い……信じられない」


 小さな邑とその周辺の世界が生まれてきてからのすべてであったナシールにとって、海のように巨大な砂漠や大型船でも悠々遡上できる大河、山ほどもある巨大な魔物、百万人が暮らす帝都、そして天空に浮かぶ巨島など、想像すらできない――そして集落の大人たちに話したら間違いなく、法螺話か酔っぱらいの戯言(たわごと)と一笑に付される――雄大過ぎる話であった。

 同時に眩暈がするほどの憧憬と渇望が少年の全身を稲妻のように貫く。


 ――ああ、そんな光景を実際に見てみたい。このちっぽけな世界から出ていきたい。


「……行ってみたいな」

 思わずポツリと漏れた本音が聞こえたのだろう。ラナが耳をそばだて、不思議そうに尋ねた。

「? そう思うのなら、行ってみればいいのに……」

『できるならやっているっ!』

 そう激昂して怒鳴りつけたいのをぐっとこらえるナシール。

 年下の少女に当たり散らすのはさすがに恥ずかしかったのと、自分の身の程のちっぽけさが自覚できたからこその羞恥が先に来ての自制であった。


「……そんなこと簡単にできるわけがない。支族から勝手に離れることは許されないし、俺たち支族の人間はずっとこの辺りを縄張りにしているのが当たり前なんだ」

「〝許されない”って村長とかに聞いてみたの? それに〝当たり前”って誰が決めたの?」

 ラナの問いかけにナシールは続く言葉に詰まった。


『当たり前』。そんな言葉で自分を納得させていたが、その当たり前が刻々と変わっていく変化を間近に感じている世代がまさにナシールたち若い年代だった。

 昨日までなかった物品が持ち込まれるようになり、街道が整備され、毎日のように隊商(キャラバン)が通るようになり、牧畜以外の産業でも収入が得られるようになり、他部族との交渉も楽になり戦いも減り、村に余裕もできるようになってきた。

 なら、一生この邑から出られないと諦めていたナシールの望みも、決して不可能なことではないのかもしれない。


「――そっか、当たり前だと思っていたことが当たり前じゃないのか……」

 (もう)(ひら)かれた思いで、そう口に出して繰り返すナシール。

 竈の火に照らされて、未来に夢を馳せる少年の姿をジルが、ルークが、ラナが微笑ましいものを見る目で温かく見守っていた。


 ◇ ◆ ◇


 翌朝、朝食を摂って旅立って行った一行を街道で見送りながら、ナシールはいまだにアレが一夜の夢でなかったのかと、半信半疑の面持ちでずいぶんと小さくなってしまったその後姿を凝視していた。

 ずっと見送った姿勢のまま佇んでいるナシールに気が付いたのだろう。

 一番小さなシルエット――ラナが最後に振り返って、力一杯両手を振るのを視界に捉えた。


 反射的に手を振り返しながらナシールは思う。

 支族長に話をして旅に出たいという気持ちを理解してもらおう。

 そうしていつか外に出て、近くの町まで行ったら教会で字と計算を教えてもらおう。

 なぁに、ラナだって半年で覚えられたんだ。だったらそれよりも早く覚えてみせるさ。

 そうして働いて、【闇の森(テネブラエ・ネムス)】跡地に建国される新国家……だったっけか。そこに行ってみよう。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか彼女たちの姿は見えなくなっていた。

 寂寥(せきりょう)の思いとともに、ナシールは空を見上げた。

 どこまでも青い空を見上げながら思う。


 まあいいさ。空も大地もどこまでも続いているのだから。

なお、大根がピンチに陥った時、ラナがコッペリアから渡されていたおでん串型の笛を取り出して吹く……という、マグ○大使的アイテムとかも考えていましたw


そして吹くと同時に、空からコッペリアを筆頭にコンニャク、牛筋などなどが振ってきて、

「おでん汁勇士を連れてきたヨ!」

と、ポーズを取って大根に加勢して、フライングヘッドを数の暴力で血祭りにあげる……という展開もありかな~、ないかな~、と思案してなしにした経緯があります。


★あくまで愚痴★

最近は更新しても読者様からレスポンスが薄いので、精力的に書こうという気力が湧かない今日この頃。

あー、早く新作書きたい……。

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もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔法で作った水は飲料に向かないという設定で森の修行中に井戸から水汲んでなかったでしたっけ
[良い点] この物語が続いていること。更新楽しみにしております。 [気になる点] 作者様のモチベーションに不安が。 [一言] 読み手は更新を楽しみに待っていますので、よろしくお願いします。
[良い点] キンタの活躍が叙述され、例の応援までがデフォというわけですか。(笑) 結局、落とされたフライングヘッドは夕食の具材となりましたか。 てっきり共倒れで、両者とも具材になったのかとも思っており…
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