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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
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白の森と白の皇帝陛下

 ふと気が付くと私は真っ白な森の中にいました。

 比喩ではなく、空の色も真っ白(そのくせ雲が動いているのがわかります)、地面の土も石灰のように真っ白、草の色も白一色、針葉樹らしい木の梢も葉も真っ白という徹底ぶりです。


 この場所で白でないものは地面に落ちる影の黒さと、私と私の腕の中にいるフィーアくらいなものでした。


「えーと、状況からしてあの白いドームの中に入れたのよね?」

「わんっ!」


 私の独り言に特に意味もなく反射的に吠えて返すフィーア。

 まあ、何はともあれフィーアも一緒に来れたのは僥倖でした。


「――で、これからどうすれば良いのかしら?」

 緋雪(スノウ)様からは、この限定された空間に存在するはずの旧神か、それに仕えていた者たちの手掛かりを掴んでくるように言われていますが、話が漠然とし過ぎていて、どこからどう手を出したらいいのか見当もつきません。

「せめて手掛かりくらいあればいいのだけれど……」


 まだしも何かが攻撃してくるとか、妨害があるとかなら、その密度の高い場所に中心点があると仮定して動けるのですけれど、ここまで何もないとどうすればいいのかお手上げですわ。


 思わず肩を落として嘆息したところで、不意にフィーアが「わわん!」と、注意を促す声を張り上げました。

 咄嗟にフィーアの視線の方向を翻って見れば、白い森に溶け込むように、小柄な……これまた白くて長い髪に白いドレスをまとった小柄な少女が、半ば隠れるようにしてこちらを窺っているのが目に飛び込んできます。


 人間でしょうか? どうにも気配がおぼろで、全身が半ば透き通った霞のように朧な存在感しかない十三歳ほどの少女です。まだしも幻影か幽霊と言われた方がしっくりきます。


 着ているものや装飾品、物腰を見るにかなりの上流階級の姫君……もしかすると王族かも知れません。

 霞む彼女の姿をはっきり確認しようと一歩前に足を踏み出すと、彼女は溶け込むように森の中へ消えて行きました。


「あ、待って――!」

 消える寸前、意味ありげな微笑みを残した少女を追って、私とフィーアは森の中へと分け入ります。


 森歩きは慣れてはいるのですが、どこを向いても真っ白な木や草が生い茂っている異様な光景に、たちまち幻惑されて自分がどこを向いているのか、どこから入ってきたのかさえ、一歩踏み込んだ瞬間あやふやになってしまいました。


「どこへ……?」

 困惑する私を見かねてか、フィーアが腕の中から飛び出して、森の一角を前脚で指し示します。

 見れば、ひらりと翻る白いドレスの裾が草の間に見えた気がしました。


 慌ててその方向へとフィーアの先導で駆ける私。


 どれくらい走ったでしょうか。

 見失ったかと思うと、幻のように現れる少女の後を追って、森の奥深くへと踏み込んで行くことに躊躇を覚えたところで、いままでずっと逃げるだけだった少女が、チョイチョイと手招きをして身を翻したのを見て、フィーアが脱兎のように駆け出したため、仕方なく私もそのあとを追って行かざるを得ませんでした。


 と――。

 不意に森が開けて、瀟洒な貴族の別荘(コテージ)のような建物が、突如として目に飛び込んできました。

 案の定、壁も屋根も真っ白なその建物。

 こじんまりとしていますが、造りは精緻かつ端麗で、どこぞの王族の離宮と言われても納得できる見事さです。


「……明らかに何かあるわよね」

 周りを見回しても先ほどの幻のような少女の姿は見当たりません。

 可能性としてはこの別荘(コテージ)の中が怪しいですが、どうにも罠臭くて玄関をくぐるのに躊躇いを覚えます。


 どうしたものかしら……と、建物の周りをウロウロしながら裏に回ったところ、一階のテラスになっている場所に、ひとりの男性が背中を向けて座っているのが見えました。

 こちらには目も向けないで、背もたれのない簡素な椅子に座って、イーゼルそしてキャンバスを前にして、黙々と真っ白な森を描いている最中らしい男性。


 先ほどの少女と違って明確に実体としての存在感があります。ありますが、咄嗟に声をかけるのを躊躇した訳は二点。

 目の前のキャンバス以外に興味がないとばかり、全身全霊をかけて絵に取り組んでいる姿勢を前に、無粋な声をかけて集中を途切れさせる雰囲気ではなかったことと、背後から見てもはっきりとわかるその男性の髪の色が、先ほどの少女と同じ白銀に輝く髪に簡素な宝冠(サークレット)つけているのが、目に入ったからに他なりません。


 どうしたものかしら?

 そう判断を留保したのも一瞬、「わんっ!」と、先んじてフィーアが一声威嚇の声を張り上げてしまいました。


 途端、左手にもっていた筆を下ろして(芸術家に多い左利きのようですわね)、男性はゆっくりと背後を振り返って、私とフィーアとを視線に収めたのを確認しました。

 見たところ三十歳前後といったところでしょうか。驚くほど色が白くて繊細な――まるでガラス細工のように透明で脆い印象の――美青年(もしくは壮年)です。

 贅を凝らしてはいるものの白一色の衣装の中、そこだけは深いサファイアブルーのような瞳を、興味深げに私とフィーアとに向けます。


 ふと――。

 初めて会った筈なのに、その瞳の色と顔の造作にどこか既視感を覚えて、内心首を捻る私へ向かって、

「これはこれは……。客人などいつ以来であろうか。それとも森の妖精かあやかしの類であろうかな? とは言え、久方ぶりの無聊(ぶりょう)……うむ。そうであった。我は無聊であったのだな。それすらも忘れていた。無聊を慰める機会を得たことを嬉しく思うぞ」

 そう口にしながら立ち上がった男性の一挙手一投足に漂う品性と風格を前に、これはただ者ではない。そう即座に判断した私は、急ぎ威儀を正して膝を曲げて最上級の礼を尽くしました。


「このような身なりで失礼をいたします。また、御身のお膝元へ土足で足を踏み入れましたこと、重ねて非礼をお詫びいたします」

「よい。招かれざる客人とはいえ、我は歓迎いたす。それに、停滞したこの世界において、どうやら君は異物のようであるし、なおかつ我が歓待するに値する貴人のようでもあるしな」

 鷹揚に頷いて、なにやら興味深げに私に楽にするように促す男性。

「――ふむ。その髪の色から察するに、君はイーオン聖王国の内部結社(インナーオーダー)『ユニス法教会』の切り札とされる《天人(ドリーカドモン)》かな?」


 興味深げに私の髪を見てそう口にする男性ですけれど、聞かれた私のほうが意味不明で困惑してしまいます。


「質問に質問で返すようで恐縮ですが、イーオン聖王国というのはいずこにある国でしょうか? 私のこの髪につきましては、確かにユニス法国の巫女で《始原的人間(ドリーカドモン)》であった母の影響ですが?」

「ユニス法国? ふむ……彼のイーオンを知らないとなると、どうやら思ったよりも外部と時間の流れが乖離しているらしい。ちなみにだが、グラウィオール帝国はまだ健在かね?」

「ええ、勿論です。今現在、大陸最大最古にして最強国家ですわ」

「ほう? 最古……とはね。我の時代は、イーオン聖王国が最古として、我が帝国はそれに臣従した蛮族の末裔扱いだったのだがね」


 どこか皮肉そうな面持ちでそう説明してくださいましたけれど、それこそいまの大陸の情勢からすれば信じられないお話ですわね。


「ちなみに現在の皇帝は何代目かね?」

「第四十八代皇帝、マーベル・アルミロ・クリストフォロ皇帝陛下ですわ」

「ふむ、案外さほど代替わりはしていないのか。となると、何らかの力でイーオンの存在と痕跡を消したということか……」


 納得と当惑が半々といった口調で、ひとり納得をする彼。

 それから不意に虚無的な表情になって、

「――ま、どうでもいいことであるか。昔日の幻影たる我が思い悩む是非もなし」

 興味を失ったように私から視線を外します。


「あの……?」

 自己完結してしまったらしい相手とは裏腹に、私としては気になる事柄が目白押しで、居てもたってもいられません。

 不躾とはわかっていますが、たまらずにこちらから呼びかけてしまいました。

「なにかな?」

 咎めることはありませんが、反面熱のないどうでもいい口調で答えてくれるその人物に、

「失礼ですが、御身のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ああ……」そんなことかという口調で、「我の名は、カール・エレウテリオ・ヴァルファング」


「!!!」

 その髪の色からもしかして……とは思っていましたが、間違いありません。

「グラウィオール帝国第四十四代〈美愛帝〉ヴァルファングⅦ世陛下……!」


「ほう。後世ではそのように称されていたのか。――悪くはないが。所詮我は皇帝というお飾りの椅子に座っていただけの道化であるよ」

 自嘲でも何でもない、事実として芯からそう思っている表情で、彼――彼の〈神魔聖戦(フィーニス・ジハード)〉の最中、帝国中興の祖と呼ばれ後に〈真祖女帝〉と称される愛娘、女帝オリアーナ陛下を守って散ったとされる偉大な皇帝――は、そう言って淡く笑ったのでした。

今週中に続きを書きます(`・ω・´)b


8/6 誤字脱字修正しました。

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