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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
229/337

魔女の饗宴と前世の告白

モーニングスターブックス『リビティウム皇国のブタクサ姫』第五巻、4月21日(土)発売予定です!

 ふと気が付くとお客様の数が増えていました。

 〈聖女〉緋雪様の背後に付き従う形で、金髪金瞳で怜悧な(人間離れした)美貌と威圧感を持つ執事(バトラー)風の青年と、長い銀髪が特徴のメイド服の十七歳程の――ただし『永遠の』と枕詞に付きそうな。年齢不詳の雰囲気のある――優美な容姿の佳人が、いつの間にその場に佇んでいたのです。


 私の視線に気づいた緋雪様が、にやにやと悪戯っぽい笑みを浮かべて、

「ああ、こっちのふたりは私の付き人。ま、片方の金色はさっき本性を目にしたから説明するまでもないと思うけど」

 意味ありげに金髪の超絶美形を肩越しに親指で指し示します。


 そう言われてしばし考え込み、それから不機嫌そうな青年の縦に長い金色の瞳孔に気付いて、ハタと膝を打ちました。


「――もしかして、〈黄金竜王〉(ナーガ・ラージャ)様でいらっしゃいますか?」

「…………」

 そう確認をしても、傲然と胸を張って無言を貫く彼。

「そうそう。私の一番の腹心でこう見えても超帝国の宰相で、なおかつ世界最強なんだよ。あと、不愛想なのは昔からなので気を悪くしないでね」

 代わって緋雪様がにこやかに肯定をして、ついでのように何か物凄い情報を暴露してくださいました。


「――姫! 軽々しく地上の人間と関わりを持つなど、我が栄光ある真紅帝国の鼎の軽重に関わりますぞ。ましてこの者に関してはいまだ『神殺し』の疑念が」

「大丈夫だって。ずっと観察していたけど、この子に限ってはソレはないから。気の回し過ぎだってば」


 唸るように異議を申し立てる〈黄金竜王〉(ナーガ・ラージャ)様。

 と言うか『神殺し』? なんでしょう。なぜかその台詞と同時に、初対面の彼からあからさまな敵意を向けられるのですけれど……?


「そうですね。天涯(てんがい)殿、少なくとも能動的な『神殺し』とは思えませんわ。それどころか私には人の子とは思えないほど心清らかで平和的な少女に思えます」

命都(みこと)、お前までそのような世迷言を! どんなに可能性が少なくとも、そこに危険な萌芽(ほうが)があるのなら、何よりも姫の安全を考えて事前に摘み取るべきなのが、我らの役目ではないか!!」


 銀髪のメイドさん――どうやら命都(みこと)さんというお名前らしです――が、穏やかな口調で取り成されましたけれど、〈黄金竜王〉(ナーガ・ラージャ)様(天涯様?)は聞く耳持たぬとばかり激昂するばかりです。


「危険っていうけど何をもって危険っていうのさ?」

「この者の存在そのものです! この世界の運命すら司る女神である姫ですら、その運命を見定められない異分子! それすなわち『神殺し』に他なりません!」

「えー? そんなこと言ったら、紫苑の行動とかぜんぜん読めないよ。あっちはいいわけ?」

「御子様はいわば姫の分身であり、神の子であるので当然ではないですか!」

「だったらこの子も私の子供で分身みたいなものだから当然だね」

「「――はっ!?!」」


 思いがけない緋雪様の反論の言葉に、思わず私も同時に驚愕の声が漏れていました。


「あの……? どういうことでしょうか? 私の母はすでに泉下ですし、ついでに私が生まれる前に殴り合いの喧嘩をして理解し合った仲ですけれど?」

「生まれる前に殴り合った??? いや、よくわからないけど……君と私の関係は、いろいろと入り組んでいてね。ある意味、さっきの雑貨屋にいた娘と似たようなものかな。私には血を分けた子供も同然の相手が三人いるけど、君はその三番目」

「えーーと……?」


 言っている意味が欠片たりとも理解できません。

 漫画だったら目のところがグルグル渦巻きになって、大量に疑問符を頭に浮かべた状態になった私を見かねてか、

「面倒臭いね! 足りない頭で考えたって仕方ないこった。それよりもさっさと飯の仕度をしないかい!!」

「は、はい! ただいま準備いたします!」


 そう師匠(レジーナ)に怒鳴りつけられた私は、挨拶もそこそこに後ろ髪を引かれる思いで、玄関先を後にして台所へと駆け込みました。

「走るんじゃないよっ!!」

「すみませ~~ん!」

 そんな私に手が足りないと見てか、マーヤが付いてきて、ついでに廊下で掃除をしていた〈撒かれた者(スパルトイ)〉の青六以下、数体を触手で引っ掴んで連れてきてくれます。

 さすがはマーヤ、気が利いていますわね!


 取り出したエプロンを人数分出しながら、私は腕まくりして料理を始めるべく、買ってきたばかりの調味料や食材を手当たり次第に台所のテーブルへと並べました。


「まずは火を熾して……すぐに食べられるものをお皿に盛って、あと出来上がった分から随時、運ぶようにして! お願いねっ」


 私の指示に従って、マーヤと青六たちが無言で腕や触手を挙げて、応えてくれます。

 こういう時にコッペリアがいないのが痛いですが、いたらいたで空騒ぎを起こしそうなので、長い目で見れば或いは僥倖だったかも知れません。


「とにかくも頑張らないと」

 そう気を引き締めたところへ、居間の方から「ジルっ、酒はないのかい!?」というレジーナの胴間声が響いてきました。

「は、はい! いまお持ちします!!」


 手っ取り早くチーズやクラッカーでお酒のつまみを作って、適当な葡萄酒とブランデーの瓶と一緒にマーヤへお盆で持って行ってもらいます。


 そうして、私の戦争が始まったのでした。


 ◇


「秘剣っ、霞十文字斬りっ!!」

 緋雪様の気合とともに、半透明の刀身をした優美な造形の剣が翻り、合図とともに空中に放り投げられた目標(・・)を見事に捉え――。


 ――びしゃあっ!


 ものの見事に刃を弾み返した目標が、黙々と火酒(スピリット)を飲んでいた天涯様の顔面に激突したのでした。


「――くっ! またもや蒟蒻(コンニャク)を切ることはできなかったかっ」


 その結果を目にして、悔しげに地団太を踏む緋雪様。


「蒟蒻というか、調理済みの味噌田楽(みそでんがく)ですけれど……」

「…………」


 頭から味噌を垂らした超絶美形という、なかなか他では見られない有様と化した天涯様へ、私が洗ってある布巾を渡すと、無言でひったくるように受け取って黙々と汚れをふき取り始めます。


「あらら。駄目ですよ、天涯殿。ちゃーんとお礼を言わないと」


 そんな天涯様の様子を眺めてケラケラと気軽に窘める命都様。

 こちらはすっかり打ち解けて羽を伸ばされているのか……比喩ではなく、実際に背中から一対三翼、計六枚にも上る純白の翼を出されています。

 聞いたところでは、彼女は天使の最高峰である熾天使(セラフィム)だそうで、〈黄金竜王〉(ナーガ・ラージャ)である天涯様と対等である数少ない存在だとか。


「修行が足りんのぉ。蒟蒻如きに手古摺るとは」


 ぐいぐいとお米から作った清酒もどきを、まるで水みたいに飲みながら嘆かわしいとばかりに嘆息をされる隻眼の獣人族の女性。


「だったらやってみてよ。地上最強。武林の最高峰たる〈獣皇〉の腕前を見せて貰おうじゃないの。それとも酔っぱらてちゃ無理かな~?」


 不貞腐れたように味噌田楽の一本を皿から取り出して、彼女へ突き出される緋雪様。


「〈獣皇〉?」


 思わず聞きとがめた私へ、葡萄酒を嗜みながら味噌田楽を美味しそうに口にされていたウラノス様が教えてくださいました。


「貴女が知っているのは〈獣王〉の方でしょう。彼女は現在四人いる〈獣王〉のさらに上。二百年以上前からその座に君臨する唯一の〈獣皇〉にして、スノウ様の武術の師でもあります」

「二百年!?」


 どうみても二十代半ばほどにしか見えない〈獣皇〉様のお姿を、もう一度まじまじと凝視してしまいます。

 普通に獣人族(ゾアン)って人間族に比べると短命なのですが、いったいどんな美容法を実施すればあんな若作りで二百年も生きられるんでしょうか!?


 そんな私の疑問を読んだのか、ウラノス様が付け加えてくださいました。

「神人というわけではありませんよ。修行によって人の限界を超え、自然と一体と化した存在――〈仙人〉、或いは〈英霊(へーロース)〉に近しい存在といったところですね」


「まあ――!」

 凄いですわねー、と続けようとしたところで、

「秘奥技・無拍振電(むびょうしんでん)っ!!!」

 放り投げられた味噌田楽相手に、〈獣皇〉様の二本抜き手が放たれて――


 びしゃんっ!

 

 と、音と立てて弾き返った味噌田楽が再び天涯様の顔面に激突いたしました。


「――うむ。やはり酔っておるようじゃの」

「ぎゃははははははははははははははっ!!」

「おほほほほほほほほほほほほほほほっ!!」

「かかかかかかかかかかかかかかかかっ!!」


 不首尾に終わった手元を眺めて、しみじみと所感を口にしながらさらに盃を手酌で空ける〈獣皇〉様。

 その様子を眺めながら、大爆笑をする緋雪様、命都様、レジーナの三人。


「…………」

 無言のまま手拭いで味噌を拭く天涯様。


 その合間に〈撒かれた者(スパルトイ)〉たちが給仕をして、隅の方ではマーヤがフィーア相手に何やらお説教をしています。


 ……もしかして、これは『魔女の供宴(サバト)』なのではないかしら?


 そう私が気付いたのは宴もたけなわになった頃合いでした。


「ジルにゃん飲んでる~~?」


 そんな私へ、たっぷりとニンニクを効かせたペペロンチーノとガーリックライスを山盛りに乗せた皿を片手に、緋雪様がしなだれかかってきました。


「あの~、緋雪様。もしかして相当に酔ってらっしゃいます?」

「酔ってないよ~。その証拠にべぶらぶらぼぼ、ぶべぼーびゅだもん」


 完全に正体をなくしていらっしゃいますわね。

 さっきまでは割とほろ酔い加減だった筈ですけれど、何か食べ合わせが悪かったのでしょうか?


「それにしてもさー、君って、どっちの男の子が好きなわけ~? ちょっとだけお母さんに教えなさい」


 誰がお母さんですの!?


「どちらかと言われても……」

「んじゃ、どっちが好みなわけ? 誰にも言わないから教えてよ。なー、なー、ちょっとだけ、何なら先っぽだけでもいいから、ねえ、先っぽだけ。ジルにゃ~~ん♪」


 片手を私の首に回してニンニク臭い息を吐きながら、もう片方のフォークを握った腕の人差指で、ぐりぐりと私の頬を「先っぽだけ先っぽだけ」と、連呼しながら抉る緋雪様。

 見た目は完璧な美少女なのに、やっていることは紛うことなく親父のセクハラです。


「……そうおっしゃれても。そもそも私に殿方とお付き合いできる資格があるとは思えませんので」


 半ば自棄になった私は、この際、酔っ払い相手に言いたいことをぶちまけることにしました。


「ん~~? なんで~?」

「なぜなら――」

「なぜなら~?」

「私は、異世界で男子高校生だった前世と記憶を持って転生した存在だからですわ!」


 我慢ならずに突発的に私の最大の秘密を口に出した――刹那、

「ぎゃははははははははははははははははははははははははははっ!!!」

 お腹を抱えて大爆笑される緋雪様。


 そのままひとしきり抱腹絶倒されてから、思い出したようにガーリックライスとペペロンチーノを口に掻き込んで、通りかかった青六の持つお盆から葡萄酒のグラスを取って一息に飲み下して一言。

「――いや~~っ、ウケたウケた! つーか、異世界転生……まして前世男だなんて、あるわけないってーの! そんなんで本気で思い詰めるなんて……ぷぷっ……ば、馬っ鹿みた~い」

 それからもよほどツボにハマったのか、ひーひー声を押し殺して笑い転げられています。


「…………」

 なんでしょう。この床の上を身悶えする理不尽な酔っ払いは? 人の必死の告白を酒の肴にして笑い転げる鬼畜の所業。

 コッペリアの言う通り碌なものではありませんわね、聖女。他の誰でもない、この方にだけはこの話題をバカにされたくないと、なぜか切実に思います。

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