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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
225/337

黄昏の街と出会いの雑貨屋

「おららっ、どけどけ! ボサっとしてると轢き殺すぞ!」

「はっ、ノロマが! せいぜい俺の尻尾を眺めてるがいいぜっ」

「ちっ。次のコーナーで勝負だ!!」


 各々が巨大な騎獣の手綱を握る傍ら、鞍上で銅鑼(ドラ)太鼓(たいこ)喇叭(ラッパ)を吹き鳴らす、どう見ても異世界の暴走族……というか、乗っているのが巨大な陸ガメと超巨大カタツムリという、文字通りの珍走団が町の通りを激走しています。

 ちなみに乗っているのは痛々しい傾奇者(かぶきもの)のような派手な格好をした、等身大のエリマキトカゲと直立したエチゼンクラゲのような得体の知れない種族でした。


 掛け声は勇ましいですが所詮は亀と蝸牛。

 その歩みは牛よりも遅く、隣を子供が(あし)で作った茅ノ輪のようなフラフープを回しながら、余裕で追い抜いていきます。

 ……まあ、珍走団って基本的に走るのは遅いので、実態に即していると言えばそれまでですが。


 と前世の記憶に照らし合わせて奇妙な納得を得ていたところへ、

「きゃーっ、覗きよーっ!!」

 という絹を引き裂くような乙女の悲鳴。


 慌ててそちらを見てみれば、井戸の脇に布で覆いをしただけの(タライ)に入って沐浴していたらしい半魚人(ギルマン)(人魚ではなくて魚に手足が生えた方)の女性が、タオルで胸を押さえて(当然乳房とかはありません)誰得のサービスシーンを披露して羞恥に染まっています。

「ふははは、わたしはシャケ男! 受精完了っ!」

 で、同じく鮭科らしい半魚人(ギルマン)の男が全裸で逃走……する途中で転んで、転んだ姿勢のままピクリとも動かなくなりました。

「……どうしたんだこいつ?」

 物見高い通行人が集まってきて男を取り囲んで様子を窺っているようですが、

「死んでんじゃね?」

「あー……ほら、鮭って産卵と受精で精根尽きるから……」

「「「あ~~~~っ」」」

「つーか、こういうのも腹上死って言うのかな……?」

 と、困惑する通行人を押し退けて、

「人死とな? 失礼つかまつる。むむ……これは不憫な」

 土着の怪しげな墨染めの僧衣をまとった身長二・五メルトほどもある直立した灰色熊――熊の獣人族(ゾアン)が、丁重にその場で数珠を掲げて祈りを捧げた後、

「このまま野晒しとするわけにはいかぬ。拙僧の寺院(テンプル)に運んで供養せねばならぬ。――じゃるるる……では(ごくっ)」

 ホトケ様を運ぶというよりも獲物をテイクアウトするノリで、半魚人(ギルマン)の男性の死体を小抱えてどこぞへ戻って行く熊の獣人族。

「熊と鮭……」「熊と鮭だよな」「供養ってあれだろう……?」「死人に口なしとはよく言ったものよ」

 その背中を見送る通行人たちの呟きがさざ波のように木霊します。


「なんだか騒々しい町ですね~」

 特に門番もいない町の門をくぐって僅か五十歩ほどで遭遇した一連の騒動を前にして、コッペリアが私から見れば相当に控え目な表現でこの町の第一印象を物語ります。


「――俗に『生き馬の目を抜く』とも言いますけど、ここまで本気で懸念できる町は初めてですわ」

 思わずそう例えて嘆息したのですが、

「抜かれてますよ。ほら――」

 コッペリアの指さす方を見れば、赤い帽子(レッドキャップ)を被った小人の妖精が目玉でお手玉をしながら走り去り、その後を怒りに燃えた盲目のケルピー(馬の姿をした水妖。普通の馬のフリをして背中に乗った人を溺れさせて食べる性質の悪い妖怪です)が追い掛けて行きました。

「……目が見えないのにどうやって追い掛けられるのかしら? さすがに妖怪は違うわね」

「クララ様の驚くポイントって微妙にズレてますよね」

 しみじみ嘆息するコッペリア。


 そんな私たちを振り返って、

「いつまでも道端で漫才してるんだい! さっさと買い物を済ませて帰るよ!」

「は、はいっ」

「グランド・マスターの御心のままに!」

 さっさと先に行っていたレジーナに怒鳴りつけられ、慌ててその後を小走りに追い掛けます。


「――で?」

 イライラしながら私たちが追いつくのを待っていてくれたレジーナの端的な問い掛け――「で、何を買いたいんだい?」でしょう――に、

「えーと…できれば新鮮なお肉があれば、ある程度料理の見栄えは整うかと」

 お魚でもいいのですがいつ聖女様が来るのか不明な状況では鮮度が心配ですし、お肉であれば冷凍させるなり熟成させるなりである程度保存させておけるので大丈夫でしょう。

 

「ふん。豚肉を買うんだったらここだね」

 商店を吟味することなく、レジーナの鶴の一声で私たち一行――私、レジーナ、マーヤ、フィーア、コッペリアのふたりと二頭と一台――は、ぞろぞろと連れ立ってさほど大きくない【豚肉のシクラメン亭】と看板の書かれた肉屋のひさしを潜りました。


 ちなみにここにいない青六以下、数人の〈撒かれた者(スパルトイ)〉たちは庵の留守を守るために居残りをしており、また残りの大部分ももとあった庵の撤去作業をしています。

 なお、解体に当たり身振り手振りで解体した後の廃材や余った材木を使って、自分たちの住居を作ってもいいかと尋ねてきたので、快く応じたところ喜んで長屋のような掘っ建て小屋を建て始めましたので、戻る頃にはもしかして完成した家に移り住んでいるかもしれません。


 それと、バルトロメイは先日以来、多忙を理由になぜか『転移門(テレポーター)』のある場所から離れようとしてませんので、今回は居残りとなりました。

 いままでさんざんサボりまくっていた守護者としての職業倫理に突然目覚めた理由は不明ですが、そういう理由であれば無理強いすることもできないので、私たちだけでここ……およそあらゆる混沌が渦巻く街にして、大陸最大の秘境である【闇の森(テネブラエ・ネムス)】に接する最前線と言える町『黄昏の街(クネパス・ウルプス)』へと足を運んでいるまさに真っ只中です。


 まあ、この町がご近所にあることは、前々からレジーナに聞かされていましたけれど、『最悪の掃き溜めだね!』と、この場所を毛嫌いする師匠の手前、こうして実際に足を運ぶのは実は私も今回が初めてとなります。

 興味はありましたけれど、師匠(レジーナ)の言い付けを破ってまで足を運ぶ理由もなかったため、五年越しでの訪問となりますわね。


 で、態々ここまで足を運んだ理由はただひとつ。近々襲来するという聖女スノウ様を筆頭にした面々を歓待するための料理の材料を揃えるために他なりません。


 なんでも、ここにくれば帝都にすらない珍しい素材や珍味、異国の調味料も手に入るとのこと。特に注目したいのは、

あの女(スノウ)の好物ねえ。そういえば定期的に『黄昏の街(クネパス・ウルプス)』でショー油とかを仕入れては何にでも掛けて食ってたね。あたしらは真っ平ゴメンだったけど、生の魚の切り身にショー油かけてペロペロ食う悪食というか……」

 心底げんなりした口調でぼやいたレジーナの何気ない台詞が発端になって、決まったようなものです。


 ですが「醤油」の一言がどれほど私の度肝を抜かしたのか、およそ他者には理解できないでしょう。

「お醤油があるのですか!?」

 思わず食い気味にレジーナに詰め寄って、即座に「鬱陶しい!」と蹴り倒されたほどです。


 いや、でもお醤油ですわよ、お醤油! 海外から日本の空港に降りると醤油の臭いがするというほどの日本人のソウルフード。これがあればどれほど料理の幅が広がることか!

 私も手作りで味噌っぽいものを作ることには成功しましたが、醤油に関しては味噌のたまり汁である(ひしお)を作るのがせいぜいで、あとは地域によって魚醤のような調味料がこの大陸にもあることは承知していましたが、まさか醤油そのものが存在するとは夢にも思っていませんでした!


 ま、ぶっちゃけ。前世と違っていま現在の私は味覚が変わったのか、試作した味噌の臭いで辟易して、本腰を入れて自力で醤油を作る情熱を持たなかったという理由が大きいですが。それでもあるなれば欲しくなるのが前世日本人というものです。


 そんなわけで、私がしつこく「お醤油」を連呼するのに嫌気がさしたのか、根負けしたのかは不明ですが、

「……確か昔、スノウから小分けに貰った分があったかねえ。ま、焼いた肉にかけて食うのは美味かったけど」

 そんなことをぼやきながら、小一時間ほど私室の荷物を漁っていたレジーナが、居間のテーブルに置いたのは、ほとんど中身がなくなり底のほうへ僅かに黒い液体が残った亀さんマークの醤油の小瓶と闘犬マークのトンカツソースでした。


 思わず私がひっくり返ったのは言うまでもありません。


「なんで、コレがこの世界にあるんですかーっ!?!」

「あたしが知るかいっ!!」


 ということで、現在私は幻の醤油とソースを求め、渋い顔をするレジーナを説き伏せて『黄昏の街(クネパス・ウルプス)』へと足を運んだのでした。


 なお、町のある方向的には直線で案外庵からは近い(と言っても三十キルメルトはあるとのこと)のですが、その場合には【闇の森(テネブラエ・ネムス)】の結構深部を突っ切らねばならないため、さしものS級魔獣のマーヤやSS級とはいえまだ経験値が不足しているフィーアでは危険と判断。

 そのため一般的な冒険者と同じ通常のルートをとり、いったん西の開拓村を経由する形で一泊をして(アンディの宿にお世話になり、お願いされてエルシィちゃんの洗礼をしたり)、翌朝にフィーアとマーヤに乗って出発した私たちがどうにかお昼過ぎに到着できたのですから、ご近所といってもさすがは大陸的距離感といったところです。


 そんなわけでまずはお肉……と、お店に入った私の目に飛び込んできたのは、

「――らっしゃい」

 正面カウンターの奥にある作業台で、血塗れになって豚肉の解体をしていたエプロン掛けをした筋骨逞しい黒豚――いえ、黒い毛並みの隻眼の豚鬼(オーク)でした。

 ちらりと私たちを一瞥してぶっきら棒な声を掛けてきます。

 それにしても、予想はしていましたけれど、この町って本当に人間が少数派ですわね。


 挨拶しながらも結構大き目の豚を、両手で持った巨大な肉切り包丁で瞬く間に切り分け、内臓にも傷一つつけることなくパーツごとに別にしてボウルに振り分けます。

 肉屋というよりも歴戦の古強者といった風貌であり、刃物を持つ手際も見事なものでした。

 でも、この世界には品種改良された豚は存在しないので(広義には家畜化した猪も豚という場合がありますが)、あれって討伐された野生の豚鬼(オーク)の成れの果てなのですよね。同じ豚鬼(オーク)として躊躇はないのかしら?

 ま、それはそれとして――。

 

「変わったお店ですわね。置いてあるのは全部豚肉ばかりみたいですし……」

「ああ、なんでも本豚(ほんにん)曰く、戦場を渡り歩いて色々と肉を斬っているいちに、いつの間にか肉そのものに魅せられて専門の肉屋を始めた……だったかね?」

「――おうっ。思い出すぜ。戦友だったデニス、ビディ、レックス……みんな挽肉になっちまってよお。こんな風に肉と脂のコントラストが戦場一杯に広がって美しいなんてもんじゃなかったな」


 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの口調で吐き捨てるレジーナと、半ば上の空で恍惚とした表情のまま応じる肉屋の豚鬼(オーク)


「……それって戦争のPTSDを(こじ)らせた単なる変態なのでは?」

 身も蓋もないコッペリアの感想に、

「で、でも『シクラメン亭』って可愛らしいお名前ですよね? ね!」

 これから商品を購入するのに悪態ととらえて気を悪くされてはまずいので、慌てて私がフォローを入れましたが、

「はっ! 知らないのかい? シクラメンってのは別名『豚の饅頭』って言うんだよ。あんたのブタクサとどっこいの二つ名だねえ」

 そう言ってレジーナはゲラゲラと底意地悪い顔つきで笑うのでした。


 そんな雑談をしている間に豚の腑分けを終えたらしい肉屋の豚鬼(オーク)は、前掛けで手を拭いながらカウンターのほうへとやってきて、

「――お客さん、何をお探しで?」

 私たちの勝手な遣り取りにも特段気にした風もなく、私へ注文を尋ねます。


 お客さん扱いされたことにほっとしながら、私は豚のヒレとロースと豚骨あと料理のソースに加えるために豚の血をかなり大目に注文して料金を確認しました。

「ふむ。ま、それならおまけして銀貨で――」

 思ったよりも真っ当な適正価格を口に出す御主人。


 場所が場所だけにぼったくり価格を予想していた私ですが、思いがけない……値引き交渉をする必要もない金額に、正直肩透かし気味になりました。

 そんな心情が顔に出たのでしょう。


「お嬢さん」なぜか改まった口調で肉屋の御主人に話しかけられました。「あんた……実は相当に太りやすい体質だろう? 無理しているね」


 ぎくううううううううううっ!!


「な、なぜそれを――!?」

「ふっ。及ばずながら豚肉一筋六十年。日夜肉のことだけを考えている俺の目は誤魔化せんさ。悪いことは言わん。無理な減量は将来的には健康を害するもとだ。豚肉を、豚肉を心のままに食うんだ。豚肉を食うということは誰にも邪魔されずに自由でなんというか救われてなきゃダメなんだ。だからそのためにお代はまけておくのさ」


 心なしか含蓄があるような、余計なお世話を焼いてくれる御主人。

 後半の台詞は適当に聞き流しながら、油紙に包んでくれた肉のブロックを『収納(クローズ)』の魔術でしまって、まだ肉について語り足りなそうな御主人のもとから、私はお礼を言ってさっさと踵を返して退散しました。


 そんな私の背中へ肉屋の御主人が通り一杯に轟くような大声で、心からの餞別の言葉を送ってくださいます。

「おーい、嬢ちゃん! もっと豚肉食って、豚みたいになるんだぜ! 豚肉をな、豚肉をいつでも食えるくらいになりなよ。そうすりゃ、お嬢ちゃんならすぐに豚みたいに太れるぜっ!!」


 周囲の注目を一身に浴びる形になった私は、振り返って満面の笑みとともに、

「“大地と天空の神々よ、いまこそその(くびき)をもって戒めとなれ!”――必殺っ“月落しルナテック・コンプレッション”!!」

 全力全開の殺意とともに最強呪文を唱えました。


「にょわ~~っ! クララ様がコンマ一秒で覚悟完了して、イゴール相手に使った奥義を!?」

「やめないかっ、このブタクサが!!!」


 コッペリアの慌てふためく叫びとともに、脳天を突き抜けるようなレジーナの怒声とともに、手加減抜きの長杖(ロッド)の先端が私の後頭部(うしろあたま)へクリーンヒットし、意識が千々に乱れたのでし――。

   ・

   ・ 

   ★

  彡粗品彡   

   ★

   ☆

  彡寿彡

   ★

   ☆

   ・

   ・

「……あら?」

 ふと気が付くとフィーアの背中にうつ伏せの体勢で乗っている自分を発見して、私は怪訝な面持ちで上体を起こしました。


「――ふん。気が付いたかい?」

 面白くもなさそう口調でレジーナが鼻を鳴らし、それから細い顎で目の前にある小さな店舗を指し示します。

「ほらよ。ここがあんたが来たがっていたショー油を売ってる店さ」


 その言葉にこの町に来た目的を思い出した私は、はっと我に返ってフィーアの背中から地面へ飛び降りました。

「ここがそうですの!? ようやく到着したのですね! ……って、なんだか町に入ってからの記憶が曖昧ですけど――」

「わお~ん!(豚肉~っ)」

 なぜかフィーアが突然そんなことを念話で伝えてきました。

「ぶた…に……くっ、頭が!?」

 なぜでしょう。その言葉を口に出そうとすると後頭部がズキズキ痛んで……「これ以上はいけない!」という内なる声がこれ以上、記憶を思い出すことを制止します。


「気のせいですよ、クララ様。それよりも問題はショー油ですよ、ショー油。さあさあ行きましょう!」

「そ、そうね。思い出せない以上、たいしたことじゃないでしょうからね」


 私の手を掴んで普段以上に性急に事を済ませようとするコッペリア。

 その勢いに押される形で、私も細かいことは気にしないことにしてお店の方へと歩みを進めます。


「……つくづくアホ弟子だねえ」

 背後から聞こえてくるいつものレジーナの悪態を聞きながら、私とコッペリアあと手招きをして仔犬大に体の大きさを縮めたフィーアを伴って、『異世界雑貨・食品店ドーラ』と看板の書かれたお店の扉を開けるのでした。


 と、一歩踏み込んだ私の目の前に広がっていたのは……。

「――立ち飲み屋(バール)?」


 五、六人座れば一杯になるカウンターと、二つある小さな丸テーブルを占拠して昼間から酒盛りをしている皆さんの姿でした。


「いらっしゃいませっ! 雑貨と食品店ドーラへようこそ!」

 溌剌(はつらつ)とした少女……というか同い年くらいの女性の声にカウンターの向こうを見れば、予想通り十五歳ほどの愛嬌と端正さが見事に調和した、藍色の長い髪の女の子がメイド服でお店を取り仕切っている様子が窺えます。


 その言葉に首を傾げ、右を見て左を見て、洞矮族(ドワーフ)やリザードマン、ケンタウロスなど多種多様な種族で構成されたお客さんの全員が、その場でお酒を飲んで馬鹿騒ぎをしているのを確認してひとつの結論を出しました。


「えーと、すみません。食品を買いに来たのですが、お店を間違えたみたいです」

「そうですね。意表を突いてメイドがサービスする飲屋とは思いませんでしたね。異世界とは何の隠語だったのか……」


 一礼をして酔っ払いの洞矮族(ドワーフ)に何やら餌付けされそうになっているフィーアを胸元に抱いて、その場から回れ右をする私と、同じメイド服を着た同類として思うところがあるのか小馬鹿にしたように鼻で嗤って肩を竦めながら私の後に続くコッペリア。


「ちょ、ちょい待ち! なんか勘違いしてるけど、うちは雑貨屋と食品がメインだから! 酒場じゃないから! この連中が勝手に飲んでるだけで、あたしも水商売の女ってわけじゃないから!!」


 途端に慌ててカウンターから身を乗り出して私たちを引き留める藍色の髪の女の子。

 興奮したせいでしょうか。どうやら普段はぺたんと伏せて髪の中に埋没させていたらしいネコミミが、その拍子にぴょこんと頭の上に立ち上がりました。

 その耳が飾りではない証拠に、ウロウロと右へ左へとキョドって動くネコミミ。


「「えっ……?!」」

 あの子普通の耳もあるのにそれとは別にもう一対耳があるの? そんな種族聞いたこともないわよ!

 と、思わず立ち止まって二度見する私とコッペリア。


「――というか、よくよく霊視し()てみれば、いろいろとバランスがおかしいわね、あの子?」

「分析…分析……ああ解析できました。合成獣(キメラ)ですね。人間ベースに魔族や獣人族(ゾアン)や他にも色々と混じってます」


 魔力は結構あるのに何か効率が悪く、身体構成自体もどこか変……と思ったところ、素早く分析を終えたコッペリアがあっさりと彼女の正体を看破しました。


「えっ、あたしって合成獣(キメラ)だったの!?」


 予想外の正体に私も驚きましたけれど、それ以上に当人が驚愕するのでした。


 もしかして不用意に傷つける発言を口に出しちゃったかしら?!

 誰しも知られたくない秘密や、知りたくもなかった事実とかあることですもの……と、懸念したのですが、

「……そっか、そうだったのかー。いや~、長年の疑問が氷解したわっ」

 あっさりと納得して合点がいった表情になる彼女。軽いというか、タフですわね。


「にしても、どこのどいつが創造した合成獣(キメラ)なんでしょうね? あれだけの完成度のものはワタシも初めて見ますよ」

 俄然興味を示すコッペリアの疑問に答える形で、

「それは私でーす」

 不意に背中側――開けっ放しになっている玄関の外――通りのところから涼やかな少女の声が掛けられ、コッペリアと揃って振り返った私の双眸に入ってきたのは、げんなりした表情でソッポを向いているレジーナと、地面に五体投地をして全身で恭順を示すマーヤ。

 そして一歩だけ私たちの方へ進み出た姿勢で佇む、腰まで届く絹糸のような長い黒髪をたなびかせ、神秘的な緋色の瞳をしたそれはそれは綺麗な……まるで夜と月の女神の化身のような小柄な少女でした。


 年齢は、一見したところ十二、十三歳ほどですが、深い英知を感じさせるその瞳は、もっと透徹して経験を積んだ賢者を彷彿とさせるものです。

 王族のような華やかなドレスを纏い、人間離れした美貌のその少女を一目見た瞬間、私は彼女とどこかで確かに出会った――そんな確信を抱きました。


「あな…貴女は……もしや聖――」

「死ねや、クソ聖女っ!!」


 私の問い掛けとほぼ同時に、出合い頭に問答無用で放たれたコッペリアのロケットパンチが、少女の顔面ど真ん中目掛けて火を噴き、

「「「わああああぁぁぁっ!?!」」」

 私と雑貨屋の少女と、聖女様 (らしい)本人の悲鳴が同時にあがったのでした。

一気に書き上げたら、誤字脱字がもの凄かったです……。

とりあえず目に付くところは修正しました。


1/24 誤字の修正を行いました。


雑貨屋の少女に関しては、以前に書いた『ドーラの異世界雑貨店へようこそ』をご参考に願えれば幸いです。

https://book1.adouzi.eu.org/n1615bv/

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