【闇の森】への帰省と魔女の日曜大工
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はじめまして♪
私の名はジル。リビティウム皇立学園に通う十五歳の普通の女の子よ。
だけど、本当は身分を隠したお姫様なのはヒ☆ミ☆ツなの!
学園ではちょっとトロくて、唯一のとりえは治癒魔法が使えるだけの
どこにでもいる生徒で、目立たない私だけど、
学園ではたくさんのお友達に囲まれて、毎日がとってもハッピーなの♡
そんなある日だったんだけど、学園祭が開かれた後夜祭の夜に
ボーイフレンドでちょっぴり気になる黒髪の男子セラヴィから
「ずっと好きだった」って、思いがけない告白をされてドッキリ!!
きゃ~っ……☆ どうしましょう!
ところがそこへやってきた、密かな私の憧れの王子様♬
超イケメンでカッコいいルークまで負けじと、
「僕のほうがジルを愛している」って宣言したからもう大変っ!!
えっ、嘘!? そんな……!
私を挟んで睨み合うセラヴィとルーク☞☜
張り詰めた空気に私のガラスのハートは爆発寸前★
もうっ、どうすればいいのよぉ!
いたたまれずにその場から逃げ出しちゃったわ――。
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「――という夢をみたの」
「クララ様、それ全部現実です。ワタシが一部始終現場で目撃していました」
伐った丸太を柱に形成する傍ら、そんな痛い妄想だとしか思えない……なぜか頭から離れないシーンを語ったところ、傍らで設計図片手に測量をしていたコッペリアが真顔で否定の言葉を口に出します。
「……またまた~っ。そんなわけないじゃないの。どこの世界にツルハシだの、鋸片手に森の中で隠れ家を作っているお姫様がいるのよ。きっといままでの話も、ちょっとオツムの足りない大工の女の子が夢みた幻想に過ぎないのよ」
魔術を使って太い丸太を綺麗に角材や板材に加工し、さらには時間魔術を平行させて、通常であれば半年、一年、場合によっては三十年と寝かせておくべき生木を、即座に使えるように乾燥させ、その過程で生じた歪みや収縮を確認しながら、再度製材して使える状態へと修正する。
そんな単純作業を繰り返し行うお姫様などいるでしょうか、いえ、いるはずがないわ! 論破完了!!
「なんでもいいんですけど、現実逃避の手段として置手紙ひとつで【闇の森】まで、誰にも内緒で夜逃げするとか、いくらなんでも無責任のような……」
旅支度を整えて夜中にフィーアに乗って遁走する寸前に、ギリギリでワタシが気付いたからいいようなものを……。と、らしくもなく私の非常識さを非難するコッペリア。
「いやぁね、コッペリア。これは夜逃げではなくて帰省よ、帰省旅行。出発した時点であと一巡週も待てば、学園は夏季休暇に入るスケジュールだったし、一度こっちに顔を出すようにエイルマー様やクリスティ女史からも言われていたので、ちょっと前倒しで戻ってきたに過ぎないわ」
重力魔術でまとめて形成した材木を山にして置いてある場所まで運びながら、そのあたり語弊のないように私はコッペリアに念を押して言い含めておくのを忘れません。
「その割には巧妙に足取りを消してましたよね?」
死霊魔術ではなく錬金術を応用して作った〈撒かれた者〉(別名として〈竜牙兵〉とも呼ばれます)という骸骨戦士数十人を使役して、基礎や土木工事をさせながら、そんな私の言い訳にツッコミを入れるコッペリア。
「最初はわざと目立つように街道を通って、冒険者ギルドの依頼を受けたり、行く先々の村々でこれ見よがしに病気や怪我を治したり、旱魃や冷害で苦しんでいる無能連中の畑を精霊魔術で再生させたり、ドラゴンに人身御供にされそうになっていた姉妹を救ったりと」
「ええ、それはもう。仮にも巫女姫ですもの、困った人たちを見過ごせないわ。世のため人のためにこの力を善用しなければ申し訳ないもの」
「いや、建前はいいですよ、建前は。ところがクレス自由同盟の首都ウィリデに入ったら、ピタリと活動を止めましたよね?」
「さ、さすがに夏の暑さと疲れがピークに達したのよ」
「で、なぜか予約してあったウィリデから諸島連合へ行く魔導帆船に乗るフリをして、出港するとほぼ同時にフィーアに乗って取って返しましたよね?」
「ちょ、ちょっと忘れ物を思い出したので」
そう、あれは舞踏会で失くした硝子の靴……。
ちなみに魔導帆船のチケットはエステルが嬉々として、
「ルウ君にも内緒で旅行へ行きたいってホント!? するするっ、すぐに準備させるわ!! なるべく遠くて二度と帰ってこれないような場所へ、厄介払い……じゃなくて、遊びに行けるように!」
無料で手配してくれたものだったりするのでした。
「その後は目立たないように、ほとんど人のいない【愚者の砂海】を横断……バカでっかい線虫に食われたときは、どーなるかと思いましたけれど」
「私は貴女が素手で〈砂蠕蟲〉のお腹を断ち割って平気で出てきた様子に、どうかと思ったけど……」
「ですがその後がいただけません。クララ様ともあろうお方が、あのようなグロテスクな蟲を食されるとは、嘆かわしいにも程がありますよ!」
「砂漠では貴重なたんぱく質なのよ? あれで結構美味しいし……貴女も毒見するといってお代わりしてたじゃない」
「いやいや、そもそも砂漠をルートに選ぶのが変ですよ。あれ、ワタシじゃなかったら活動停止してましたよ。おまけに変な塔に寄ったら、てぐすね引いて待っていた人造生命体三体と吸血鬼の神祖を自称する人造人間相手に連戦でしたし」
「あれはびっくりね。四年前に撃破したかと思ってたのに、いつの間にか復活していたんですもの」
「自己修復機能があったみたいですね。ワタシもまさかあんな場所に、ワタシの同型……というか、試作ゼロ号機の成れの果てがいたとは思いませんでしたけど」
変な仮面を被って白髪にタキシードを着た、女性型のコッペリアと違って男性型に近い中性型だった、自称『ダブルミュート(”)』と名乗っていた、人造人間を思い出して、しんみりしているコッペリア。
「破壊したことを後悔している……?」
襲ってきたのでやむなく今度こそ再生不能なまでに破壊してしまいましたけれど、彼女にとっては兄妹機にあたる存在です。当然感慨もひとしおだろうと思って聞いてみたのですが、
「いえ、全然。つーか、宿便が取れたみたいにすっきりしてます。前に言いませんでしたっけ? ワタシの姉妹機はなぜか全員、謎の暴走をして『人間は下等生物だ』『優秀な我らが支配するべき』とかいう、頭おかしい妄想を実行しかけたので、唯一良識と人間愛に溢れて正常だったワタシが、他の連中を処分した経過があるので、これで後腐れなくすっきりです」
微妙に同意できないというか、人造人間の研究が現在では大きく後退している理由の闇が垣間見えた瞬間でした。
「で、強行軍で【愚者の砂海】を横断して、さらには街道を迂回してここ【闇の森】へ。すごいルートですよねえ。仮に追っ手がいたとしたら、クララ様は諸島連合へ逃げたと思ってミスリードされるでしょうねぇ……」
「……気のせいよ」
自分でも無理がある言い訳だなぁ、と思いながらそう言い切る私。
「ジル殿! 良さそうな太さの針葉樹があったので、とりあえず五十本ほど伐採しておいたが、すべてここに運んでおいてもよろしいか?」
そこへ、太さ二メルトほどの巨木を両肩に三本の合計六本担いだバルトロメイが、悠々とした足取りで戻ってきました。
「五十本はさすがに置き場所に困りますわね。とりあえず、フィーアと協力して二十本ほどだけ運んできていただいて、残りは随時運ぶ形で森の中の適当な場所に積み重ねておいていただけると助かります」
「ふむ。委細承知した」
「あ、あの切り倒したのは一箇所でまとめてではないですわよね? 植生の問題があるのでなるべく距離を置いて間引きするつもりでお願いしますと、話したかと思うのですが……」
予想よりもずいぶんとハイペースで進む伐採状況に少々危惧を覚えます。ここの木って確か鉄よりも硬くて、魔術にもある程度耐性があるのでまず人間の樵には伐れない、私であっても一日に十五本切り倒すのでせいぜいなのですが……。
「がはははははっ! 某に遺漏はござらん。また、伐採後は若木の植林もきちんと行っておるので心配はご無用。そもそも、真に先見の明あるものは『一年を計る者は花を育て、十年を計る者は木を育てる、百年を計る者は人を育てる』と申す。常に一年先、十年先、百年先を見据えてこそ、上に立つ将の器ですからな!」
莞爾と笑うバルトロメイ。相変わらずといえば相変わらずです。
「ふっ。将が聞いて呆れますね。周りとのペースを考えない猪武者に率いられた部下がいたら、さぞかし大変でしょうねー」
そんなバルトロメイに一言物申すコッペリア。
「――なんだと?」
「おや? 気に触ったのですか。ずいぶんと器のちっちゃな将兵様でございますこと。つーか、人を率いるというのは、こうして実際に部下を手足のように有機的に、かつ効率的に使ってこそだと思いますけどね。自分がエライ偉いと言うのは口だけ番長というのですよ。ご存知ですか?」
黙々と働く〈撒かれた者〉を背後に、ドヤ顔で胸を張るコッペリア。
「ほほぅ。たかがカラクリ作りの小娘如きが、ずいぶんと一人前の口を叩くものよ」
「馬鹿力が自慢の木偶の坊とは違いますからね。つーか、ワタシの研究所をぶっ潰した謝罪もまだ聞いていないんですけどォ」
「研究所? ああ、あのお粗末な蟻の巣の如き地下迷宮のことであるか? てっきり某は鼠の穴小屋があったのかと思って、軽く一撫でしただけであったが、おぬしにとっては精一杯頑張った成果だったと見える、いや、まったく、それは申し訳ないことをしたな!」
「……ちょ、ちょっと、ふたりとも喧嘩はだめですよ!」
なんというか、このふたりはクワルツ湖の湖底ダンジョンで顔を合わせてはいたものの、あの時はお互いに通常の精神状態でなかったので、てっきりその前後のことを忘れているかと思ったのですが、お互いにしっかりと覚えていたみたいで、逢った当初からこんな感じです。
と――。
「おらーっ! 馬鹿弟子、ポンコツ、デクノボー! 遊んでないでさっさと仕事しな!!」
半分潰れかけたような庵の扉をあけて、顔を出したレジーナが愛用の長杖を振り回して怒鳴っています。
その様子に私たちは慌てて私語を切り上げて、中断していた作業へと戻るのでした。
11/24 誤字修正しました。
新章の『那輝』は『タキ』と読みます。
もともと学生のときに思いついて、いつかヒロインの名前に! と思っていたら、高河○ん先生の「アー○アン」でしかも男の名前で使われていてがっかり。
でも捨てきれずにいつかは、と思っていたものです。『那』は読みとしては『ダ』になるのですが、那由他及び刹那のどちらにもつかわれている字で、なおかつ「美しい」という意味があるのでこれを当て字としました。
もちろん、作中の命名者はあの方です。




