聖都の地下と混沌の坩堝
やっと時間ができたのでちょっとだけ更新します。
お互いに手旗を上げ下ろししていた二体の――他人が聞いたら、何を言っているんだと聞き返される表現ですけれど――メイドっぽい何か。
片やフレンチメイド風の扇情的な衣装を纏い、オレンジ色の髪をした見た目美少女の人造人間。
片やゴシックメイド服を着せられた岩石そのものを削り出して作られたかのようなストーン・ゴーレム。
私たちがお茶を飲んで、軽食をつまんで(コリン君は食欲がないようでしたけれど、代わりにアルジャーノンちゃんが食べていました)、暇つぶしにセラヴィの持っていたカードでゲームをしている間も、延々と互角のままこう着状態に陥っていた彼女(?)たちですが、いい加減面倒になったのか、ゴーレムメイドの方が先に手を止めると、持っていた紅白の旗をくるくると手早くまとめはじめました。
「「「「せーんーそーっ!!」」」」
「やった! 私の勝ちです」
「――くそ。お前、どんな手札でも顔がほわほわしているから読み辛いな」
「なかなか面白い」
「……あのぉ、何かあっちの事態が次の局面に移行しようとしている気がするんですけど?」
コリン君に促されて見てみれば、ストーン・ゴーレムが、ガコン! と音を立てて開いたお腹の引き出しに旗をしまい込み、私たち全員にこっちへ来いとばかりクイクイと手招きしてから、その場でくるりと身を翻し、扉の奥へと戻っていくところでした。
「「「「………」」」」
ずんずんと足音が遠くなっていくのを聞きながら、思わず顔を見合わせる私たち。
と――。
「――ふっ。逃げたということはワタシの勝ちですね」
こちらはエプロンについている亜空間ポケットへ旗をしまったコッペリアが、やり遂げた男の顔でサムズアップしました。
「……いや、単純に不毛な争いに飽きただけじゃないのか? まだしも理性的な判断ができるだけ、あっちのほうが確実に正気を保っている気がするな、俺は」
気分直しに紅茶と一緒にクラッカーを頬張ったセラヴィの正直な感想に、コリン君もうんうん頷いて同意していますが、コッペリアはどこ吹く風で、逆に彼らの無知を哀れむかのように肩をすくめて小さく首を横に振りました。
「――ふっ、所詮は愚かな愚民1と愚民2。高度な心理戦は理解できないみえますね」
「いまの旗振りのどこらへんに心理戦があったんだ? あと“愚かな愚民”って、“頭痛が痛い”並に余計だぞ」
「あ、もしかして、文字通り旗を立てていたとか?」
「戦争の続きはしないのか?」
ああでもないこうでもないと意見を交わすセラヴィとコリン君。
レグルスは不満そうにカードをつまんで、見よう見まねでシャッフルの真似事を始めました。あと、『戦争』というのは物騒ですがゲームの名前ですので悪しからず。
その間に私はアルジャーノンちゃんとゼクスに手伝ってもらいながら、洞窟の地面に露店みたいに広げたシートやカード、食器の片づけをしてしまいます。
それにしても、普通はこういうことは(仮初にも)巫女姫である私ではなく、お付きのメイドがする仕事だと思うのですけれど、ふんぞり返ったコッペリアは自分の世界に浸っていて、まったく気づいていません。
同様に男子ふたりも『食事の支度やあと片付けは女子の仕事』とばかり、まったく注意を払っていません。レグルスに声をかければ手伝ってくれそうですけれど、子供が砂遊びをするような様子で、一心不乱にカードを捲っているのを見ると声をかけるのがはばかられます。
その代わりというわけでもないでしょうが、アルジャーノンちゃんとゼクスが、食器を持ってきたり、シートを前脚で丸めたりしてくださいました。
いまさらですけど、鼠や猫よりも気が利かないうちの男子とメイドって……。
考えると虚しいので、できるだけ心をフラットにして、機械的に食器に生活魔法をかけて洗ってしまいます。
「まったく……。しかたないですねー。モノを知らない無知無能無学、短慮短絡短小な下等生物たちに特別にワタシがこの世の真理を教えてあげましょう」
「おい、ちょっと待て!!」
「――ぐはっ!」
猛烈に憤慨するセラヴィと、胸を抑えて吐血――ではなくて、さっき飲んだ紅茶を噴出――するコリン君。
その間に片づけを終えた私は、手伝ってくれたお礼にゼクスに茹でた鶏肉を、アルジャーノンちゃんには花束――じゃなくて、チーズを与えてねぎらいました。
「勝負というものは、最初にぶん殴った者。『勝った』と言った者の勝ちなのよ! だからワタシの勝ちは揺るがないというわけです! そうですよね、クララ様!」
当然のように抗議を無視してドヤ顔で言い切ったコッペリアに同意を求められましたが、
「それでは、後片付けも済んだし、ここでじっとしていてもしかたないので、あのゴーレムを追いかけて扉の中へ入ってみましょうか」
乙女が聴いてはいけない単語があったようなので、気付かないフリをして、とりあえず今後の方針を示します。
「えっ、追いかけるって……でも、あの、これって罠じゃないですか……?」
コリン君があからさまに怪しい扉を前に顔を引き攣らせます。
「まあ罠でしょうね」
「どう見ても罠だな」
「罠でも関係はない」
「罠で思い出しましたけど、この間クララ様が買ったカロリーゼロを謳った甘味は罠だと思います。ワタシの分析だと逆に太るという結果がでました」
「唐突に日常を挟まないでください! あと、そういうことはもっと早く言って!!」
とりあえず、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』とも言いますし、退路が断たれている以上、先に進まないと何もできませんので、腰の引けたコリン君を最後尾に置いて、私たちは扉を潜りました。
◆◇◆
聖都テラメエリタは高地にあるのにも関わらず、比較的湿度が高く、朝夕に霧が立ち込めるので有名です。
理由としては霊山として名高いクロリンダ山へぶつかる気流の関係で雲が流れ落ちてくるのと、西部オッタヴィア山脈に自生する、大気中の水分を吸って根から排出する植生の影響によるものが大きい。というのが専門家の見解です。
雲と霧は聖都を覆い、一部は一角獣の森を潤し、またせせらぎが集まってシドン大峡谷を削る川となり、やがて遥か海や【闇の森】へと消えていきます。
とは言え、前々から思っていたのですが、これだけ湿度があって水はけの悪い聖都のこと。もしかして地下にかなりの水源があるのではないかと。
扉の向こうは石造りの通路となっていて、大人三人がどうにか並べる程度の幅しかない壁の間を延々歩いてきた私たちの目に、ちょっとした湖ほどの広さの水溜りが飛び込んできました。
水……と言ってもいいものでしょうか。
「これは……?」
透明感がほとんどない、原色のドロドロした粘液がフロア一帯を満たしています。
私が頭上に浮かべた“光芒”の明かりでも、フロアの向こう側までは照らし出すことはできないほどの広さに謎の液体が充満していました。
幸いにして見た目から想像されるような臭いはほとんどないのですが、見るからに体に悪そうな液体にはあまり近づきたくはありません。
それはセラヴィも同じようで、警戒しながら護符を構えて不測の事態に備えています。
コリン君は危険なので、通路からこの部屋には入らないように注意をして、念のためにレグルスとゼクス(とアルジャーノンちゃん)に護衛をお願いしました。
「ふーん、へーっ、ほーう」
と、躊躇なく前に進み出たコッペリアが、無造作に液体に手を突っ込んでかき回したかと思うと、感心とも呆れともつかない声を上げて、私を振り返りました。
「これ全部、万物溶解液……の成り損ないみたいですね」
「万物溶解液? 錬金術で賢者石を作る第一段階で使うアレですか?」
「そうです。もっともこれは劣化版どころか、なにやら得体の知れない液体に変わっているみたいですね。生身だとどんな影響が出るかわからないので、迂闊に触れないほうがいいですよ」
水から抜き出した腕に付いた水滴を、ポケットから取り出したタオルで拭きながらコッペリアが答えるのに合わせて、木綿で出来たタオルが急激に劣化して腐り落ちました。
「ちょっとまて。フロアがこの状態でどうやって先へ進むつもりだ?」
タオルの行く末を眺めていたセラヴィが慌てて確認します。
「ワタシならこのくらい生活防水なので平気ですけど?」
「私も精霊魔術と水属性魔術の応用で水上歩行ができるので平気ですけど?」
「人間を超越してるお前らと一緒にするなよ。まして素人のコリンもいることだし、どこか安全な道はないのか?」
ため息をつくセラヴィ。なにげに私まで人外扱いされていませんか?
「そうですわね。ここまで一直線で、あのストーン・ゴーレムと出会わなかったということは、どこかに秘密の通路とか、隠し部屋とかがあるのかも知れません」
「コレと同じでゴーレムだから平気でこの水の中に入っていたんじゃないのか?」
コレと言ってセラヴィはコッペリアを指差します。
「違うと思います。出てきた時にゴーレムは濡れていませんでしたし、そもそも着ている服が持たないはずです」
コッペリアの衣装はヴィクター博士謹製のミスリル糸で作られた特別製ですので、この万物溶解液もどき相手でもある程度大丈夫なはずですけれど、ゴーレムの衣装はごくありきたりな素材でしたので、さきほどのタオル同様、水につけた時点で消炭と化すはずですが、それがない以上、確実にどこか別なルートを通っているはずです。
「ん~~? クララ様、この万物溶解液もどきの中に何かいませんか?」
目を細めてドロドロの水面を覗き込んでいたコッペリアが、珍しく自信なげに首を斜めに傾げました。
「そう……かしら? 錬金術の原料なせいなのか、不純物が混じっているせいなのかは不明ですけれど、魔力探知が内部で惑乱される感じで、確認できないわね。セラヴィはどうですか?」
「右に同じ。符術で探ろうにも、水につけた瞬間に護符が溶けるから打つ手なしだ」
お手上げとばかりセラヴィが両手を上げて降参のポーズをとります。
「さすがはもどきとは言え万物溶解液ですわね」
それからふと不思議に思って足元に転がっていた床石の壊れた欠片らしい拳大の石を拾いました。
「そういえばいまさらですけれど『万物溶解液』で、どうして床が溶けないのでしょう?」
まあ、実際のところ金でも溶かす王水でも、銀は溶けないとかあるので、何か特別の素材でも使っているのかと思って、ためすがめす確認してみましたけれど、ごくありきたりな天然石にしか見えません。
「本物だったらこんな石コロいちころなんですけど、なんか違うものに劣化しているので、そのせいじゃないでしょうか?」
錬金術に関しては一家言あるらしいコッペリアが、嘆かわしいとばかりに答えます。
「まあいま考えてしかたありません。まずは秘密の通路なりを探しましょう」
手にした石を無意識に放り投げ、コッペリアとセラヴィを促して踵を返そうとした――刹那、放物線を描いて水面に落ちた石が波紋を広げた場所から、ボコボコと気泡が上がってきたかと思うと、次の瞬間、黒々とした巨大な影が水面下から近づいてきて、それにあわせて水面が大きくうねりだしました。
「なんだ!? おい、ジル。お前、何をした?!」
「さすがはクララ様。何かをピンポイントで狙撃したのですね!」
「わ、私のせいじゃありませんわ~~~~~~~っ!!」
慌てふためく私たちの視線の先で、大きく盛り上がった水面からソレが遂に姿を現したのでした。
◆◇◆◇
いまだ残雪が残るクロリンダ山。
頼もしい仲間たちの助けを得て、道なき道を走破し、ようやく目的である粗末な小屋にたどり着いたルークは、人の気配に扉をあけて出迎えてくれた――或いは警戒して現れた――一見すると仙人か世捨て人にしか思えない、白髪白髭の老人へ向かって恭しく礼をとった。
「――貴方が、貴方様がそうであらせられる?」
齢幾つであるか不明なほど皺に埋もれた老人の表情はピクリとも変わらず、ルークを値踏みするように動かない。
「ジルの行方を知るただひとりの御方。――聖女教団のテオドロス法王聖下でございますね?」
再三のルークの問い掛けに、老人は無言のまま頷いた。
中途半端なところですみません。
今週末に続き、もしくは「あんぷらぐど」の続きを更新します。
コメントで「レグルスはどこへ?」というご意見がありました――が。
わ、忘れてました。
ということで、11月17日修正しました。
そのせい、というわけでもないのですが、次回、現代に戻ってレグルスがちょっと出てきて、一気に佳境に進みます。




