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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
131/337

巫女姫の対策と相席の御曹司

 およそ四百年前(伝承では七~八百年からの歴史があることになっているが、明確に記録されているのはだいたいこのあたり)。

 単なる僻地の都市国家だったテラメエリタには、他の都市国家同様、魔物や賊など外敵の侵入を阻止するための市壁が存在していた。


 ただしこの都市については少々毛色が変わっていた点があり、それが単なる実用的な石壁や土塁ではなく、当時とある土着神を信奉する聖地であったこの場所を、世俗から隔離するための儀式的な目的も併せて持って築かれたというものである。


 そのため、その土着神を奉る神殿を中心として、街の周りには高さ三メルトほどの白塗りの壁が半径三百メルトのほぼ円を描く形で築かれ、この中に、宿場、学校、屠殺場、馬をはじめとする週市場が立ち並び、さらには自給自足できるだけの果樹園や菜園、牧草地なども点在するという、見た目と住人はともかく、中身は割とありふれた街であった。


 なお、まったくの余談であるが、この土着神信仰は現在では完全に否定されている。

 およそ百年前に聖女スノウと、彼女に導かれた勇者アランドによってこの土着神が邪神であることが看破され、斃された。

 元凶である邪神が滅ぼされたことで、無意識に精神支配されていた巫女や神官の洗脳も解け(と言い張ってた)、以後は救世主たる聖女を奉る教団へと宗旨替えを行い、現行の『聖女教団』と変遷した……という半ば伝説に近い経緯が語り継がれている。


 そんなわけでその後、市壁は何度か改修が施されたが、それはあくまで魔物及び一般的な賊に対するものであり、戦争になった際の防壁の役割を担うことはあまり想定していなかった(そもそもここまで攻められた時点で詰みだが)。

 なにしろもともとが宗教都市であり、周辺に天然の要害とも言えるダンジョンが数多存在するため、人間相手の守りはあまり考えられず、対魔物を優先した結界として、また聖都を訪れる者たちを睥睨する壮麗な大聖堂(ミンスター)の威容を飾り立てるための舞台装置として、時代時代で実用よりもより装飾性を高くするよう改修されたのである。


 そうして時は流れて、地方マイナー団体から大陸北部周辺国に影響力を及ぼす一大宗教団体となるに至り、多くの信徒を支える為に都市自体の規模が拡大し、また周辺国家がキナ臭くなる中で比較的安定した国家体制を堅持していたことにより、他所から流入してくる人口が増えたことで、市壁内部に納まりきれなくなった住人たちは、自然と市門の外に家を建て、またそれを目当てに商店が蝟集(いしゅう)するようになり、やがて教会ができ、各種ギルドの取引所が作られ、市場が開かるようになった。


 そうなると、利便性が高いこの市外部がテラメエリタの主な物流・交流の中心となり、それに併せて馬車駅や、集会場、露天、イン(INN)と呼ばれる旅籠(はたご)が林立するようになり、いつしか旧市街である市壁の内を『中心聖都』と呼び習わし、主に教団関係者や貴族が居を構える特区扱いとし、壁の外を『新市街』と呼び、一般信徒や中層階級以下の住人が暮す生活の場となり、完全に住み分けされるようになった。

 なお、新市街には市壁は建設されず、四方八方どこからでも通り抜けできるのが特徴である。


 その新市街でも下町に程近い場所に『ドワーフの林檎亭』という、食堂と旅籠(イン)、さらにはちょっとした鍛冶場と雑貨屋を兼務したそれなりに有名な店があった。

 嘘か本当か真偽不明ながら、大陸では知らぬ者のいない童話『紅雪姫(べにゆきひめ)と七人の勇者(しもべ)』に出てくる、勇者のひとりでドワーフの賢者ホリディが、現役引退後に開いたという曰く付きの店である。


 そういう店であるので、人間族以外はいまだに根強い偏見のある北部域では珍しく、ドワーフやホビット、獣人族などといった亜人が大手を振って利用していた。そのため、パッと見の印象としては、ある意味、出自来歴種族に拘らない冒険者ギルドに近いものがあった。


 夕食時になれば店の外まで溢れるほど混雑するこの店だが、現在はまだ昼食には少しだけ間がある時間帯ということで、人は多いもののまだ椅子に余裕があった。

 そして、そんな店内の奥まったテーブル席に、本人達は目立たないよう努力しているのであろう、やたら異彩を放つ三人組が食事をしながら密談していた。


     ◆ ◇ ◆ ◇


「昨夜はお楽しみでしたね」


 前置きとしてこの国の起源を話したところで、疲れた顔で薬袋から丸薬を取り出したセラヴィに向かって、コッペリアが意味ありげに微笑みかけました。――ニッコリではなくて、ニヤリですけど。


「……お前らがさっさと帰るから、酔っ払ったおっさん連中に捕まってしつこく絡まれたんだけどなァ」

 渋い顔で二日酔いの薬をそのまま丸呑みするセラヴィ。

 下種の勘繰りが酷いわ、酔い潰して白状させようとするわで、マジで昨夜は大変だった……と、付け加えられます。


「ああ、昨日の冒険者の皆さんですわね。てっきり口コミで教会の方へ治癒に来られる方がいらっしゃるかと思って準備していたのですけど、今朝の段階ではそちらの希望者はいらっしゃらないようで、ちょっと肩透かしでしたわ」

 と、私は軽く肩を竦めました。

 きっとこの街には、さほど薄毛で悩む方々はいらっしゃらないのでしょう。


「ハゲが治るとか、大方、酔っ払いの戯言だと思われてるんですよ」

「………」


 コッペリアの辛辣な言葉に、薬が苦かったのか図星を指されて居た堪れなかったのか、セラヴィは顔を顰めてソッポを向きました。


 ちなみにセラヴィはいつもの動きやすい黒の上下で、コッペリアは相変わらずのメイド服で椅子に座っていますので、気のせいか『なんでメイドが仕事もしないで?』という奇異の視線が周囲から注がれている気が致します。


 そこへ厨房から下働きか、それともこのお店の子供なのか、七~八歳位の男の子が大皿に盛った料理を運んできました。

「あ、あの……ご、ご注文のグロースナックトシュネッケのパイと香草のサラダ、それと水です」


 なぜかガチガチに緊張して私の方を見ながら、テーブルの上に料理を置く男の子。


「ありがとう。偉いわね、ちゃんと仕事ができるんですから」


 思わず、いい子いい子と手を伸ばして頭を撫でると、その子は真っ赤に顔を上気させて、

「は、はひぃ。クララ様」

 舌を噛みながらも踊るような足取りで厨房へと戻って行きました。


「――なにげに正体がバレているような気がしますけれど、どうしてでしょう? 変装しているのに……」

「その髪型と、フード付きの外套を指して“変装”というのは無理があると思うぞ」

 首を捻る私に向かって、テーブルの上の料理を切り分けながら、セラヴィがため息混じりに指摘します。


「そうですの?」

 貴族か巫女か吟遊詩人でもない限り、女性でも動きやすいように短くしているのがデフォですから、そう見えるように朝から苦労してギブソンロール風に(膝まである髪をサイドから三つ編にして)まとめたんですけどね、この髪。


「……まあいい。で、この時代の情勢だけど、あくまで史実の裏話として伝わっている話として、この秘密会談で主導権を握ろうとしたシレント国に対して、ユニス法国とオーランシュ王国とが猛烈に反発をし、結果決定的な対立へと発展してあわや泥沼の戦争状態になりかけた――」


 名物だという『グロースナックトシュネッケ』とかいう舌を噛みそうな名前の謎肉のミートパイを黙々と口に運びながら、セラヴィが時折眉を顰めて、この時代の北部諸国の情勢を解説しています。


「もぐもぐ……クララ様、これって何の肉なんでしょうね? ワタシの味覚センサーでも不明なんですけど」

「牛でも豚でも羊でも鳥でもないし、そもそもお肉かすら不明よね。匂いはないけど歯ごたえは固めのゼリーみたいで、本当に食べても大丈夫かしら? というか、コッペリア、貴女食べる必要あるの?」

「必要はないですけど、毒見としての機能と食卓を囲むことで円滑な人間関係を築くコンセプトから食べることはできますよ。――つーか、本気で謎ですね。ええい、女将を呼べ!」


「……お前ら聞く気あるのか?」

 同じ料理を分け合いながら和気藹々と意見交換をしている私たちを前に、歴史の薀蓄(うんちく)を語っていたセラヴィが眉を顰めました。


 むう。私もコッペリアもナンチャッテとはいえ女の子。食べ物を前にして、あーだこーだと盛り上がるのは自明の理だと思うのですけれど、どうやらセラヴィのお気に召さなかったようですわね。


「まったく性急ですねぇ。早い男は女に嫌われるもんですよ、ねえ、クララ様?」

「……まあ、確かに寛容な男性の方が魅力はあると思いますけど」


 ふと、ルークの顔が思い浮かびました。

 この時代だと卵すら生まれていない筈ですけど、どこかのほほーんとした彼の雰囲気はセラヴィとは真逆で、頼りないようにも思えますが、良く言えば常に自然体で余裕がある証拠……と思えるのは、私の欲目でしょうか?


 そんな私の目を見て、何か悟った顔でセラヴィが不機嫌そうに小さく舌打ちしました。

「とにかく、単なる儀礼的な会合ではなく、今後の北部諸国の帰趨を占う一大イベントになるのは確かな筈だ。そして、そこで問題なのはオーランシュのコルラード王子と後の正妻になるインユリア公国のシモネッタ公女、そして巫女姫クララが出会った」


 『巫女姫クララ』というところでフォークの先端を向けられました。

 周りに流されて見失いそうですが、私とクララは別人だと思うんですけどねえ……。


「それでどういう経緯があったのかは不明だけど、後にコルラード王子が率先してシレント国との対決姿勢を回避し、恭順する決心を固めたことが、結果的に他国の介入を妨げてリビティウム皇国が誕生する一因になったのは確かな筈だ」


「へえー」

 やるじゃないお父様。


「まあ、ただ周りが有能だったとか、クララの助言があったから……という意見が大多数だけど」


 駄目じゃないの、お父様。


「と、言うわけで表の歴史書にはほとんど出ていないけど、その案内役とかいう役割は結構重要なエポックメイキングになる可能性が高い」

 どことなく底光りする目で、セラヴィはミートパイを頬張りながら私の顔を見上げます。


「コルラード王子にシモネッタ公女ですか。正直なところ、できれば全力でお会いするのを回避したいところですわね」

 実家関係には金輪際係わり合いになりたくないのですけれど……。

「具合が悪くなりました――で通じるわけがありませんから、この際しばらく雲隠れした方がいいかも。……ねえ、セラヴィ、私を連れて逃げてくれませんか?」


「ぐほっ!」

 思いついての私の懇願に、セラヴィが食べていたパイを喉に詰まらせて噎せました。


 慌てて手元にあったコップをセラヴィの口許に当て、中の水(直接飲める水は貴重なので、一度煮沸した井戸水を冷まして柑橘系の果実で匂いと口当たりを良くしたもので、そこそこの値段がします)を飲ませて、軽く背中をさすりながら、

「大丈夫ですか? きちんと噛んで食べないと危険ですわよ」

「愚民ががっついて食べるからですよ。クララ様の話をちゃんと聞いてたんですかねぇ」

「げほっ。聞いてたからこうなったんじゃないか」

 残っていた水を一気飲みしながら、恨めしげにセラヴィが呟きます。


「なぜですの? この国では土地勘がないので、逃げるとすればセラヴィが頼りなのですが?」

「……そういう意味か。いや、だいたい予想してたけど」


 と、なにやら自問自答の末、自己解決したらしいセラヴィがため息をついたところで、通りがかった先ほどの男の子に、お水の追加を注文しました。


「つーか、仮にそれで逃げて捕まったら、俺が巫女を拐かした重罪人扱いされるんじゃないのか?」

「大丈夫ですわ、誠意をもって話せば」

「大丈夫。愚民が犠牲になるだけだから」


 私とコッペリアの心温まる信頼に対して、セラヴィは白い目を向けてきます。


「とにかく、何が何でも私はコルラード王子に会うわけには参りませんの。たとえ歴史を変えようとも!」


 と、そこへお盆を持った男の子と、二~三歩離れて上級市民か上流階級らしい、染みひとつない白いシャツにトラウザーズ、フロック・コートという上等な衣装を身に着けた、二十歳を幾つも出ていない中背の青年が、このテーブルへと向かってきました。


「あの、すみません。店が混んできたので、相席をお願いできないでしょうか?」


 困ったように、蕭然とした顔でそう頭を下げる男の子。その後ろで、いかにも良いところの御曹司という風情の青年が、茶目っ気たっぷりに私へとウインクします。


「ご歓談中申し訳ない。この街は初めてなのですが、噂に名高い名物の大蛞蝓(おおなめくじ)……グロースナックトシュネッケを一度食してみたいと思いまして、図々しくも相席をお願いしたいのですが?」

「「オオナメクジ……!?」」


 青年の何気ない言葉に、私とセラヴィは思わず食べかけのミートパイに目を落として、何ともいえない表情になっていました。

 そのために、青年の人の良さそうな顔を値踏みするような目で見据えるコッペリアの変化には気付かなかったのです。そして、その呟きにも……。


「――シモン卿」

安直だというご指摘が多かったので、ナメクジを英語のスラッグからドイツ語のグロース(大)ナックトシュネッケ(蛞蝓)に変更しました。


ギブソンロールについてご指摘がありましたので、より詳細に描写をしました。

サイドの編み込からまとめた感じです。


12/13 誤字訂正しました。

×セラヴィが便りなのですが?→○セラヴィが頼りなのですが?

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