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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第四章 巫女姫アーデルハイド[14歳]
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クララの名声と乙女たちの策謀

非常に懐かしい人物が登場します。

 捕まえた冒険者たちを地面に埋めてさらし首状態にした上で、周囲を取り囲んで不思議な踊りを踊っていた〈岩猩々(ロックエイプ)〉という魔物を撃退した私たち。


「始末しておかないんですか?」

 距離をおいての私の魔法を受けて、這う這うの体で退散したその後姿を指差しながら、コッペリアが不思議そうに訊ねました。

 私がOKを出せば、いますぐその腕がスポーン! と飛んでいってトドメの一撃を与えそうです。

「ターゲットはロックしているので、確実に避けられない距離ですけど?」

 確実に()る気です。


「う~~ん……本当だったらその方がいいのでしょうけれど、人を殺す魔物でもなさそうですので、こうしてお灸を据えておけば懲りるのではないかしら?」


 自分でも甘いというか玉虫色の回答だとは思いますけれど、悪・即・斬で殺生をするのは本意ではありません。……大義名分があれば躊躇しませんが。


 そんな私の言葉にセラヴィの方は一言言いたそうな顔をしましたけれど、足元に座って顔を洗いながら、さっさとこいつら助けろとばかり、羽猫(ゼクス)がちょいちょいと催促するのを見て、非常に不本意な表情で、舌打ちしながら魔術符(マジックカード)を冒険者たちの傍の地面に投げ、手早く土を隆起させて助け起こしました。


 最初はゼクスの世話をすることに難色を示していたセラヴィですけれど、なんだかんだ言っても良いコンビになっている気が致します。

 ゼクスも一年前の手乗りサイズに比べれば正味二十倍くらいに大きくなりましたし、この調子でどんどん成長すれば本気でドラゴンサイズになりそうな気がします。三十年後くらいに。


 一方、コッペリアは視線を巡らせて、とりあえずセラヴィの魔術で地面から掘り起こされた坊主頭の冒険者一同を、値踏みするように見回しました。


「……ふむふむ」


 これが普通の状態なら、私の平和ボケした発言に対して、被害者たる彼らは憤懣やるかたないという表情で猛然と抗議したかも知れませんが、生憎と〈岩猩々(ロックエイプ)〉から受けた痺れ薬の余韻とトラウマから、いまだ気力と体力が完全に戻らず地面にへたり込んで賢者タイム続行中です。


「了解しました、クララ様。まあ、確かに怪我もないようですから問題ないですね。――ま、その代わり毛はなくなりましたけれど……フッ」


 思いっきり蔑むように吐息を漏らして肩を竦めます。


「――んだと、こら!?」


 一行の中でリーダー格らしい黒い髭を生やした男性が、さすがに聞き捨てならないとばかり怒気を滲ませた唸り声をあげました。ちなみに側面の毛を雷模様に残してピカピカにされたヘアスタイルです。


「どこが問題ないんだ! 見ろっ、俺たちのこのありさまを!」

 地面に大量に落ちていた色とりどりの引っこ抜かれた髪の毛を掴んで激昂する黒髭リーダー。

 見た目三十を越えた頑強な冒険者が、見た目は自分の半分の年齢(とし)もない少女メイドに噛み付く光景は、少々見苦しいものもありますが、外聞を考えるだけの余裕がないのでしょう。


 コッペリアはワザとらしく目を逸らせ、

「いやぁ、お気の毒でとても直視できませんねー」


「手前っ、笑うなーっ!!」

 立ち上がって掴みかかろうとする彼の肩に手をやって、なんとか抑え込みました。


「まあまあ、落ち着いてくださいませ。――コッペリア、貴女も追い討ちをかけるのではありませんわ」 

 とりあえず冒険者の方々の気を落ち着かせるために、『収納(クローズ)』してあった水差しから冷たい清水を、同じく人数分出した素焼きのコップに水を入れて手渡しました。

 幸い先日の炊き出しで持っていった食器の類が揃っていたので余裕です。


 気を落ち着けて、貪るように水をお代わりする彼らに直接水差しを渡した後、断りを入れて簡単に各々の体調をチェックしました。


「毒の方は植物由来のようですわね。これなら簡単に解毒できます。細かい擦り傷の方は下手に傷を塞ぐと、ばい菌が入ったままになって破傷風になる恐れがあるので、軟膏を付けて自然治癒に任せた方がいいでしょうね」

 言いながらお手製の軟膏の入った小さな壷を取り出して、無色透明に近いそれを指先で掬い取りました。

「では、脱いでください」


「「「「「「「「え!?!」」」」」」」」


「――? 全身の傷に塗らないと治療になりませんわ。よろしいですか、都市部に棲むスズメでさえ別名『空飛ぶドブネズミ』というくらい動物は雑菌の塊なのです。ましてや相手は野生の魔物、引っ掻き傷の見逃しがあっても命取りになるかも知れません。ですので全裸になって隅々まで確認しないと駄目なのです」


「「「「「「いやいやいやいや」」」」」」

 なぜか女の子のように身を強張らせて、必死に首を横に振る冒険者たち。


「――さすがに巫女様が野外で男を素っ裸にして直接手で触れるとか倫理上マズイだろう」

 ぼそっと呟く、セラヴィ。


「医療行為ですので問題ありませんわ」


「駄目です! あんなグロテスクなものを見たらクララ様の目が腐ります! あとあの手の脂ぎった男に不用意に触ったら接触妊娠するんですよ!」

 と、目くじらを立てるのはコッペリア。


「さすがにそれはどうかと思いますけれど……」


 いまどき年齢ヒトケタの修道女(シスター)でも信じないような性の仕組みを強弁されたので、首を捻ってやんわり否定しましたが――。


「甘い! 上等のデコレーションケーキにハチミツをブチまけるがごとき甘さです。前々からクララ様はどうにも男に対して警戒感がなさすぎます。ちょうどいいのできっちり男の習性についてレクチャーします。座ってください。――その間に治療は愚民がやるように、もちろん見えないところで」


「「「「「「「「えーっ……」」」」」」」」


 不満を漏らす私以下、全員の尻を叩いてコッペリアの指示通り、セラヴィは軟膏の入った壷を抱え、冒険者たちを岩陰に連れて行き、その間、私は延々とコッペリアにいかに男が野蛮で淫獣で夜想曲なのか、じっくりと腰を据えて講義されたのでした。


 なお、頭の毛を散らされた冒険者の皆さんでしたけれど、解毒をした後、魔女謹製の霊薬(アムリタ)を塗って、最近習い覚えたばかりの部位欠損治療法術を施した結果、劇的には改善しませんでしたが、産毛が生えてきたので、おそらくあと何回か治癒すれば元に戻ることを伝えると、泣いて感謝されました。


「クララ様、一生ついていきます! ファンクラブにも入ります!」


 むさい成人男性に取り囲まれ、妙にキラキラした瞳でそう言われた私は――ファンクラブ? なにそれ?――と思いながら、若干引き気味に笑顔で応じます。

 と言うか、前提としてなんで全員が私の名前と言うか、クララの名前を知ってるんでしょうか? と訊ねたところ、

「今日び、聖都の庶民や冒険者でクララ様の事を知らない奴はモグリですぜ」

「そうそう。庶民や奴隷、亜人にも分け隔てなく施しをされる高潔さ」

「なおかつ奥床しくて、気品のあるその物腰!」

「なんといっても、その絶世の美貌とスタイル!!」

「いやいや、見た目だけじゃない。まさに巫女の理想を体現したかのような可憐さと、儚げな雰囲気。なにより世俗からやや浮いている言動!」

「まさに“巫女姫クララ様”ですな!」

 と力説されました。


「――天然ボケも、モノは言いようだな」

 それを聞いていたセラヴィが、何かぼそりと失礼なコメントを呟きます。


 とりあえず聞かなかったことにして、面と向かってべた褒めされるという面映い行為を逸らす為、話題の矛先を変えました。

「いえいえ、あくまで私は偶然通りかかっただけですので、お礼ならこの場に連れてきてくれたセラヴィと運命に感謝してください」


 本当なら再来週に襲来するオーランシュ辺境伯……いえ、現在はオーランシュ王国の第一王位継承者である、コルラード王子(面影とかまったく記憶にありませんが、将来の私の実父なのですよね、多分)の対面について、事前にセラヴィと対策を練るために人気のない場所、ということでこのシドニア大迷宮に来たのですけれど、思わぬ番狂わせばかりですわ。


 私の言葉に一斉にセラヴィの顔を見詰める――気のせいか射殺さんばかりの勢いです――皆さん。


「そうか……。クララ様との関係とか、あとでじっくり話を聞きたいので、この間の酒場に行こうぜ。無論、感謝を込めて奢るから――なァ?」


 顔は笑っていても目は真剣という妙な笑顔で、セラヴィの肩に手を回してがっちり掴んで、そう朗らかに宣言をする黒髭――パーティリーダーのシムラー――さん。

 最後の「なァ?」は背後にいる仲間に向かってのものです。


「「「「「おうっ!!」」」」」


 お仲間も歯茎を剥き出しにした爽やかな笑顔でそれに応じました。なんか怖い笑顔ですけど、まあ冒険者という職業柄でしょう。

 

「………」

 そんな男同士のざっくばらんなコミュニケーションに対して、セラヴィはまるでドナドナされる子牛のような目で、私の顔を一瞥して深いため息をつきました。


 と、シムラーさんがそこで何か思いついたようで、

「それとご相談なんですが、この恩恵に与ったのが俺たちだけというのも心苦しいので、他の被害者にも同様の治癒をしてやっちゃくれませんかクララ様。無論、相応の治療費は払いますので」

 と、私の方を向いて申し訳なさそうに頭を下げました。


「私でお役に立てるのであれば、遠慮せずに『聖ラビエル教会』においでください。それと、治療費という形で報酬をいただくわけには参りませんが、喜捨という形で教会に寄付してくだされればありがたいと思いますわ」

 無私の善行といきたいところですが、最近は予算の関係でタンパク質が摂れない生活が続いているので、できれば物品でいただければ有り難いです。具体的には肉。


 そんな感じで気楽に答えて、ついでに求められるままサインをしていた私ですが、まさかこの一件が話題になり、最終的には市井はもとより教団上層部まで動かす騒ぎへと発展し、ある意味『クララ』の名前を不動にする遠因になるとは、この時の私は思いもしませんでした(だって、歴史書には『クララはハゲを治して確固たる名声を得た』なんて書いてなかったんですもの!)。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 イライザ=〈バーバラ〉=ファリアスは不機嫌だった。


 先ほど女官長に呼ばれて再来週に控える北部諸国会議に出席するメンバーの内、中心になるであろう強国のひとつであるオーランシュ王国。その第一王位継承者であるコルラード王子の案内役を仰せつかった。


 これはいい。年恰好や家柄、実力、美貌を考えれば当然である。


 だが、寄りにも寄ってあの海のものとも山のものとも知れない、ポッと出の巫女――クララも同じ役目を割り振られたと聞いては、じっとしていられなかった。


「まさかこのわたくしが、あんな見た目が良いだけの鼠輩(そはい)と同列に扱われるなんて、屈辱ですわ!」


 苛々と、とても教会の私室とは思えない豪奢な部屋の中を行き来する。そんな彼女を宥めるべく、追従笑いを浮かべた侍女役も兼任する巫女候補の少女たちが、口々にイライザの言葉に相槌を打ち、クララを貶める発言をする。

「どうせ第三管区長の横槍ですよ、お姉様」

「貧乏教会が必死に売り込みをかけていて無様ですわ」

「物珍しさから一時的に持て囃されているだけで、その場限りの一発屋に過ぎません」


「――まあいいわ」

 ひと通り言いたいことを言って気が済んだのか、椅子に腰を下ろすイライザ。

 すかさず取り巻きのひとりが椅子を引いて、別なひとりが高価な紅茶を淹れ出す。


「せいぜい本番で化けの皮を剥がして……いえ、駄目ね。それだと教団そのものの不備になるから、その前に何か手を打たないと。業腹だけど外見の良さは認めないわけにはいかないから、万が一にもコルラード王子の目に止まるようなことがあれば……」

 唇を噛むイライザ。


 その独白に怪訝な顔を見合わせる巫女候補たち。

 一番年長らしい少女……と言うのもちょっと微妙な、十七~十八の娘が代表をしておずおずと口を開いた。


「あのォ、イライザ様。思うのですが、いっそ王子なり関係者なりに目を付けられて、寵を受けられる立場になれば還俗するしかないので、いっそ厄介払いができるのではないでしょうか?」


 丁度淹れられた紅茶を飲みながら、イライザは軽く目を細める。

「――ふん。それでは実質勝ち逃げされたも同然じゃないの。わたくしはね、堂々とあのカマトト巫女を叩き潰して、どちらが上か知らしめないと気がすまないのよ」


「なるほど、さすがはお姉様。ご立派ですわ!」

 年少の巫女候補が瞳を輝かせて賞賛する。

 一方、ある程度年齢が上の巫女候補たちは、

(それって、ライバル宣言しているのも同然では……?)

 と、疑問を抱いたのだが、賢明にもそれを口に出すほど命知らずはいなかった。


「そうしますと、特にコルラード王子の覚えめでたい立場を狙うわけではないので?」

「まあね。オーランシュ王国とのパイプとして利用価値はあると思うけど、いまのところ統一政府がどう転ぶかわからないので、必要以上に馴れ合うつもりはないわね」


 さばさばしたイライザの言葉に、ほっとした顔を見合わせるお付きの巫女候補たち。


「どちらかというと、あちらの方が勝手にのぼせ上がった場合の対策を講ずるべきかしら? 聞いたところでは、見た目はともかく中身の方は可もなく不可もない人物らしいですし」


 自分の魅力に絶対の自信を持ったイライザの発言に、年長の巫女候補が訳知り顔で同意を示した。


「そうですね。それに加えて王子と(よしみ)を結ぼうと各国から御令嬢方も参加するようですから、そちらからのやっかみが厄介そうです。聞いた話ではインユリア公国がかなり本腰を入れて、美姫として名高い第一公女シモネッタ様を送り出したとか」


 インユリア公国はもともと北部域における海路の要衝で、なおかつグラウィオール帝国の飛び地として発展した歴史がある。百年ほど前に独立国となったが、そんな歴史的背景から帝国との結び付きが強く、そのため国土こそさほどではないものの北部域では強い発言力を持つのであった。


「ああ、シモネッタ公女ですか」

 教団の秘蔵っ子として、またその血統からも北部諸国首脳陣とある程度面識のあるイライザは、自分と同年輩の公女の顔を思い出して、軽く鼻で笑った。

「あれが美姫なんて世間は見る目がないこと。化粧と衣装で着飾っているだけだわ、あんなの。ああいうのは雰囲気美人と言うのよ」


     ◆ ◇ ◆ ◇


「――フン。案の定コルラード王子の接待役にイライザを持ってきたわね。魂胆が見え見えだこと。それにしても、たかだか教団の巫女如きが、この私の対抗馬になるつもりかしら?」


 執事(バトラー)からの報告を耳にしたシモネッタは、不快そうな顔でそう吐き捨てた。

 今年十四歳になる彼女は、高慢で癇の強そうな顔立ちをしてはいるものの美人――その代わり、この年代にありがちな可愛らしさは欠片もない――と言ってもいい顔立ちの姫君であった。


「ですが、イライザ様と言えば次代の聖女候補とも名高い傑物であり、佳人としても有名ですが?」


 あまりにも相手を蔑視するシモネッタを前に、さすがに執事(バトラー)が一言注意を促すも、


「ふふん。なにが佳人なものですか。あれは“巫女”という色眼鏡で見るからそう思えるだけの十人並みよ。あんなのはタダの八方美人だわね」


 鼻で笑って一蹴する。


「はあ。それともう一名、教団から正巫女の案内役が出るそうですが、こちらは――」

「ああ、別に良いわ。どうせ数合わせのお飾りでしょう。イライザの動きだけ注意しておけばいいわ。できれば何か弱みを握って、事前に接待役から追い落とせればいいんだけれど」


 続けて報告しようとした執事(バトラー)だが、面倒臭そうに遮られて、一瞬口篭り……お嬢様の機嫌を損ねないよう、無言で一礼をして姿勢を正した。

ほぼ1年ぶりのシモネッタで、口調とか、わ、忘れちまったい(汗)。

シモネッタ14歳。

コルラードが22歳。

確かシモネッタが結婚したのが16歳の時だったはずです。


それと今週から来週にかけて、『吸血姫4巻』書籍の作業があるので、更新が滞るかもです。申し訳ありません。

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もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] シモネッタ=下ネタ エロイーズ=エロい'sが由来?
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