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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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破壊の混乱とヴィクター博士の復活

 とにかく、どう考えてもこの封印はしごく真っ当なもので、人間の命を犠牲にしてそれを解こうとするなど凶行以外の何物でもありません。

 このことはこの国の公的機関か、それとも学園のメイ理事長をはじめとする上層部に相談したほうがいいでしょう。

 不用意に誰かが封印を解こうとこれ以上、画策して行動しないように。

 あとコッペリアも拘束して、しかるべき処理をした方がいいでしょうね。こちらは私の専門分野外なのでしかとは言えませんが、この洗脳されているとしか思えない『ご主人様マンセー』の思考回路をもうちょっと柔軟にできればよろしいのですけれど……。


「――とりあえず、今日明日にでもどうにかなるものではないでしょうから、現時点ではこれは放置するしかないですわね。それよりも、早く私たちの無事を皆様方にお知らせしないと、それにあちらの襲撃を撃退できたのか、そちらの首尾も気になりますし」

「ですねえ」


 渋い顔で顔を見合わせる私とエレン。そんな私たちを怪訝そうな顔で見るコッペリア。


「襲撃ってなんですかー?」

「ここに来る前に私たちの宿泊所が、アンデッドの大群に襲われたの……って、もしかして貴女の仕業じゃないでしょうね?!」

「???」


 問い詰めるとコッペリアは頭に大量の疑問符を浮かべました。少なくとも故意に関わっている様子はなさそうですけれど、まるっきり無関係とも言えない物証が多々ありすぎます。


「いちおう聞くけど、貴女、ここ最近町へ出たりとかしてないでしょうね?」

「ん~~っ、錬金術の材料の仕入れとかあるので、護衛にスケルトン兵を二~三人連れて、半年に一度くらい出ますけど、ここ三カ月くらいは出てないですね」

「だったら違うのかしら。……あと、スケルトン兵連れたミニスカメイドなんて怪しいなんてものじゃないので、次からはやめたほうがいいわよ。そんなんで街を歩いたら、衛兵が武器を向けるから」

「え? 衛兵って武器を構えて近づいてくるものじゃないんですか?」


 そこへ、エレンが恐る恐る手を上げて提案してきました。

「あのー、あんまり、ここに居たくないので、せめて出ませんか?」


 よく見ると、ここにもあちこち……どころか、細かな紋様に見せかけた警告文が壁一面に掘り込まれていましす。


『バーカ、バーカ』

『馬鹿は見るー』

『おまわりさんこいつです!』

『大人になるって悲しいことなの』

『貧乳はステータスだ!!』

『あえて言うならカス』


 入り口から遠ざかるに連れて、だんだんと語彙が乏しくなってきて子供の悪口レベルにまで後退しています。あと一部、変なのも混じってますけど。


「――はあ。それならお茶を淹れ直しますね。女性に大人気の別名『女殺し』を配合した香茶なんてどうでしょう?」

「それってトリカブトの別名でしょう!!」

 ちなみに乾燥した根はそのまま毒に、抽出エキスは矢毒に使える猛毒です。


 と、そんな話をしながら、結局ただ聖女様の封印を見物しただけという意味があるのかないのか良くわからない、少なくともこれを調査学習の成果として発表した場合、聖女教団の教義の根幹に関わるような真実を知ったままこの場を後にすることにしたのでした。

 ……よくよく考えると、知らなくてもいいことを知ってしまった感がありありとあります。下手に喋り捲ると教団から異端者扱いされて魔女裁判(いや、魔女ですけど)で処刑とかされそうなので、なるべく口外しないようにエレンにも口止めしておいた方がいいでしょうね。


 そう固く誓ったところで、ふと、肩口のところに上から砂埃が落ちてきました。

「――?」

 無意識に汚れを払って天井を見上げたところで、

(マスター、上からくるよ。気をつけて!)

 フィーアの危急を知らせる警告の念話が頭に響き、その直後、天井にヒビ割れが走ったのです。


 なにか……つい、これ最近見たことがあるような……。


「なんか記憶にある光景ですねえ……」

 エレンも既視感(デジャブ)を感じたらしく、呆然と呟きました。


「……まさか」


 その言葉が終わらない内に、フィーアが私とエレンを口に咥えて、一足飛びに出口へと退避し、それとほとんど同時に、壮麗なこの封印の間の天井をぶち破って、巨大な何かが落下してきたのです。


「ぐはははははははっ!! 軟弱軟弱軟弱軟弱軟弱軟弱軟弱軟弱っ。温いわ! トドメだ。往生せい!!」


 粉塵と瓦礫の向こうで何か……聞きなれた胴間声が聞こえたような気もいたしましたが、フィーアの猛烈な急加速と落下物の衝撃とで、次の瞬間、私の意識は暗転したのでした。


     ◆◇◆


 絶叫が闇を震わせます。

 四方を石壁で遮られた薄暗い地下室らしい殺風景な部屋の中で、目だけ穴の開いた黒い三角形のマスクを、頭からすっぽりと被ったふたりの男――どちらも上半身裸で下半身には黒のタイツを穿いた肥満体――が、延々と鞭と棘付きの鉄棒でひとりの少年を拷問していました。


 それを満足そうに見ているのは、身分卑しからぬ衣装を身に纏った中年男性――体つきや身のこなしからしてそうでしょう――ですが、こちらもボンデージ風のマスクで目を隠しているので正体は判明しません。


 むくつけきふたりの拷問吏に延々と責められているのは、まだ十代前半から半ばほどの少年です。

 暗い部屋の中、手枷で万歳をする形になって拘束されている彼は、ずぶ濡れで半分焼かれ変色した髪と、目隠しをされているため顔形はわかりませんが、上半身裸にされたまだ成長途中の身体のいたるところに、刃物や針で刺された傷、薬品や火で焼いたと思しい痛々しい火傷が、余すところなくつけられて、見るも無残なありさまです。


 火責め、水責め、拷問椅子、四肢牽引、焼きゴテ、爪剥ぎ、塩ニシン……。


 次々と加えられる拷問に対して、少年が悲鳴をあげるたびに昏い含み笑いを漏らしていた中年男性は、

「まだ諦めんのか? いいかげん己の所業を省みて、詫びを入れたらどうだ?」

 手にした抜き身の剣で少年の顎の辺りを押さえて、舐るようにそう問い詰めます。


「……誰が、誰がジルを諦めるもんか! こんなことくらいで屈すると思うな!」

 それでも心折れることなく強がりを言い放つ少年。


 それに対して、中年男性はまったく動じることなく、逆に冷めた様子で次々と陰惨な拷問器具を用意させます。指示されるまま作業を続けるふたりの拷問吏。


「ぐああああああああああああッ!! ジル――――ッ!」


 狭い地下室に少年の絶叫がいつまでもいつまでも響き渡るのでした。


     ◆◇◆


 目覚めは最悪でした。


「大丈夫ですか、ジル様!?」

 心配して大きな目を潤ませ覗きこんでくるエレンに、「大丈夫よ」と答えて寝ていた上体を起こした私は、瓦礫に埋もれた周囲の惨状を見渡してため息を漏らします。


「どのくらい私は気絶していたの?」

「え、えーと、たぶん一~二分だと思いますけど」


 案外、意識を失っていた時間は短かったようです。

 その割にやたら生々しくて、微妙に登場人物の声に聞き覚えがあるような夢を、結構長く見ていたような気もしますけれど――最後、十字架に磔にされ火をかけられた少年のその後が気になりますが――まずは現状の把握が急務ですわね。


 とりあえず見える範囲だけでも、かなり広範囲に天井が崩れてしまったみたいで、危うく生き埋めになるところだったみたいです。ですが幸いにして、この通路は見た目よりもかなり頑丈だったようで、どうにか崩落の危機からギリギリ間に合い原形をとどめていました。

 そこに逃げ込んだお陰で、私も細かなかすり傷や打ち身の痕はありますが、骨折などの大きな怪我はないようです。


「エレンとフィーアも怪我をしたところとかない?」

「大丈夫です。また、フィーアちゃんに守ってもらいました」

「うぉん!」


 どうやらふたりとも無事らしいので一安心ですが。問題は……と思って、見るも無残な姿になった封印の間に視線を巡らすと。

 半分瓦礫で埋もれてはいますが、意外とこちらも元の空間を留めていた広間の中心――。

 元噴水池のあった水溜りの中心付近に蹲る、この事態の元凶で、黒くて大きな鉄の塊じみた超重量甲冑を着込んだ死霊騎士(デス・ナイト)・バルトロメイの姿がありました。


 ありましたけれど……。


「なんで動かないんでしょう?」

「さ、さあ? あたしが気が付いた時にはもうあの状態でした」


 まるで彫像になったかのように微動だにしないその姿に、フィーアも含めて首を傾げます。

 関係ありませんが、彫像と言えば噴水池の四方に飾られていた四季神の彫像は粉々に砕かれ、中央にあった聖女様の像は、辛うじて形をとどめていますけれど、たぶんバルトロメイが落ちてきた時に引っ掛けたのでしょう。

 握った戦斧(ハルバート)の刃の隣に、スッパリと綺麗に切断された聖女像の首が転がっていました。


 その彫像に相対する形で蹲るバルトロメイ。


 よくよく見てみれば髑髏の顎が限界まで開いて、普段であれば鬼火を宿した目から完全に輝きが失せています。まるでとんでもない失敗をしでかしたことに気が付いて、

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ」

 という驚愕のポーズのまま、ブレーカーが落ちてしまったようにも見えますけど……、まさかアレに限ってそんな殊勝な心がけがあるわけないですわよね。


「もしかして〈(ヌエ)〉を討ち漏らしたとか? それで自信喪失しているとかかしら?」

 思いついた可能性を口に出してみました。


「いえ、〈(ヌエ)〉でしたら斃されて光の粒子になったのを、私もフィーアちゃんも見ています」

「わう!(見たー)」

「………。じゃあなにかしら……?」

「さあ? 打ちどころでも悪かったんじゃないですか」


 投げ遣りに答えるエレン。まあ、本日二度目の生き埋めの危機に遭った身としては当然でしょう。


「まあ、こっちは後で考えるとして、もうひとり――」

 瓦礫に視線を彷徨わせると、案外近いところに見覚えのあるミニスカートから下が見えました。誰も助けなかったので、完全に生き埋め(?)になったかと思ったのですが、どうやら上半身だけ土砂に埋もれただけで済んだみたいです。


 軽く引っ張ると、完全に目を回したコッペリアが発掘できました。

 これだけの事故に遭遇して見た目は傷ひとつないのですから、いいかげん丈夫なものです。


「もしもーし、生きてる? というか壊れてない?」

 こればかりは治癒するわけにもいかないので、とりあえず揺すってみました。


「……エラー……エラー、処理領域に深刻なダメージが発生しました……このエラーは……に接続できていない場合や……が不安定な場合に表示されます。現在再起動中です……起動に失敗しました……物理的な再起動をお願いいたします」


 なにかブツブツ言っていますが起きる気配はありません。と言うか、『物理的な再起動』ってどうすればいいんでしょう? 見た感じスイッチの類はありませんけれど。


「なにか言ってますけど、どういうことでしょう?」

「壊れていて自力では目を覚ますことができないので、外から何かして起こせって言ってるみたい」


 エレンが覗き込んで訊ねてきたので、端的に説明します。


「――ふんっ」

 途端、エレンのチョップがコッペリアの頭に吸い込まれて、『ガン!!』と、いい音がしてコッペリアの呟きが止まりました。


「あ……」

 止める間もない凶行に唖然としていると、エレンは自信満々に胸を張ります。

「屋敷にある魔道具が調子悪い時には、こうやって左上を約六十度の角度で叩くのが直すコツです」


 そこは自慢するところでしょうか。壊れたら素直に修理に出したらいいと思うのですけれど。というか、もうこれでトドメを刺したのでは?


 と――。

 そう懸念したのですけれど、叩かれたショックでうわ言を止めたコッペリアですが、三十秒くらいの空白を経て、不意に瞬きを繰り返すと、いま目覚めたばかりのような、妙にすっきりしゃっかりした顔で周囲を見回します。


「ここは……(わし)研究所(ラボ)に造られた封印の間か? おおおおっ、儂の封印が解かれたのか!?」


 そう言って歓喜のポーズをとるコッペリア。


 明らかに異常な動作言動に、

「――エレン」

「はい。承知しています」

 私の意を汲んだエレンが、即座に左斜め六十度のチョップを繰り出しました。


「おわっ!?」

 間一髪、それを避けるコッペリア。


「――ちっ、外しましたか」

「なにするんじゃい、この小娘が!?」


 憎々しげに追撃の構えをとるエレンに対して、血相を変えたコッペリアが食って掛かります。


「決まっています。明らかに壊れているので、再度叩いて直すんです」

「壊れとらんわい!」


 喚くコッペリアの退路を塞ぐ形で迫りながら、私も言い含めます。

「いえ、明らかに先ほどまでと口調もなにも違いますし、どう見ても異常ですけど?」

 先ほどまでがマトモだったかどうか意見の分かれるところですが、こんな女の子に老人が乗り移っているような状態は普通ではないでしょう。


「それには訳があっての……っと、なんじゃ、お前、アーデルハイド……いや、クララじゃないか。どうなっとるんじゃ、儂の仮想人格を封じ込めたはずのお前が、また儂を解放するなど。何の目的があるんじゃい?」

「またクララですか……。いちおう弁明しておきますが、(わたくし)はクララではありません。いまはジュリア……ジルと呼ばれています」

「ふむ? 儂の……いや、この人造人間(オートマトン)『コッペリア』の観測機器では98.76%で同一人物と出ておるんじゃが、まあいいわ。いまは『ジル』じゃな。方便として了解した。それでジル、儂を解放した理由はなんじゃい?」


 納得したとはとても思えない不信感丸出しの言い方で、コッペリアが訊いてきました。


「いえ、私も事情がよくわからないんですけれど、そもそも貴女はコッペリアではないんですか?」

 どうにも中身が別人のような気がして、まずはその辺を先に確認することにしました。


「『コッペリア』ではあるが、通常の基本人格とは違う。本来、上位に存在する筈じゃった、儂の、この『ヴィクター・フランシス』の予備人格が表に出ておる状態じゃ」

「「ヴィクター・フランシス!?」」


 思いがけない名前に驚く私たちの様子を満足げに眺める、自称ヴィクター・フランシス。


「……って、禁断の不老不死(イモータル)の研究をして凶行を行い、聖女様の怒りを買って封じ込められた元凶ですわよね?」

「違うわいっ!!」


 私の言葉に顔を真っ赤にして否定するヴィクター・フランシス。


「そりゃあ、確かに不老不死(イモータル)の研究は行ったが、他人様に迷惑をかけるような行いはしとらんわい! そういった汚名はすべてあ奴に着せられたものじゃ!」

「あ奴って誰ですの?」

「決まっておる! 儂の研究成果をすべて盗み出し、あまつさえ裏で非道な人体実験を繰り返し、それに気が付いて研究を破棄しようとした儂の本体を殺害し、その罪を擦り付けついには自ら不老不死(イモータル)を極め、恐るべき『不死者の王(ノーライフキング)』と化した、あ奴――」


 コッペリアの身体を借りたヴィクター・フランシスの視線が、半壊した聖女様の像が抱く十字架に向けられました。


「外道魔術師にして元儂のパトロンたるイゴールこと、イゴーロナクじゃ!」


 その叫びに応えるように、池の底から苦悶に満ちた怨嗟の声が響いてきました。

ちょっと人物関係がわかりにくい形ですので補足です。

・ヴィクター・フランシス博士・・・錬金術師で不老不死(イモータル)の研究をする。基本は学者馬鹿、優秀ではありましたが世間知らず。研究助手としてコッペリアを製作して、自分の人格コピーを搭載させる。その後、イゴールに殺害される。

・イゴール(イゴーロナク)・・・ヴィクター博士のパトロン。実は魔術師であり不老不死に並々ならぬ関心があり、博士の研究成果をすべて奪って、それで人体実験を繰り返して最終的に不死者の王(ノーライフキング)と化し、聖女に封印される。

・コッペリア・・・人造人間(オートマトン)。本体であるヴィクター博士の死後、己の不明を恥じてイゴールの封印の監視と、まともな研究のため研究所に残っていた。クララと接触して、治癒術の発展のために協力したが、その後、クララによって博士の人格は封印される。その後、封印の悪影響でちょっとおかしくなる。


結論、イゴールとクララが悪い。

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