留守番の少女と地下の研究室
予定より早めにできましたので更新します。
フィーアに背負われて、大怪獣と大魔神の戦いに巻き込まれないよう、こそこそと部屋の隅を伝って次の階へと続く階段へと避難する私たち。
幸いフロアボスを斃さないと下りられないというような鬼畜仕様ではなかったようで、凄まじい震動や眩しい稲光、交差する魔法陣や響き渡る雄叫びを後にして、私たちは有耶無耶のうちに幅三~四メルトほどある階段を下りて、この場から脱出することができました。
ちらりと見た感じでは、明らかにバルトロメイが優勢……というか、ほとんど無傷のまま十メルトの怪物を手玉に取っていますので――「痛いか! だがこの痛みは貴様を信じて裏切られた姫様の痛みであるっ!」と、徒手空拳でボコボコしているようですので――放っておいても大丈夫でしょう。
念のために階段のところへ、『先に下に向かいます。ジル』と張り紙を付けて、この場を後にすることにしました。
しばらくは騒音や振動、舞い落ちる埃などで床ごと落ちるのではないかとハラハラしましたが、幸いかなりしっかりした造りで、その上、階段はかなりの距離――体感で百メルトを越えているように感じられます――をジグザグに蛇行する構造でしたので、さしもの上階の騒ぎも下の階までは影響を与えていないようです。
延々と下りてきましたが、どうやら階段には魔物の類はいないようですので、途中にあった踊り場で一時休憩をして、私たちは次の階に下りる準備を整えることにしました。
まずは気絶したままのエレンをフィーアの背中から下ろして、膝を当て肩を広げ活を入れます。これって場合によっては効果がないのですが、幸い今回は大丈夫でした。
「――はっ!? あれ? あれれ?? ここは誰? あたしはどこ……って、ジル様、なんでこんなところにいるんですか? さっきまで通路を歩いていたはずなのに……」
意識を取り戻したエレンが、周囲を見回して思いっきり疑問符を浮かべていました。
どうやらボス部屋前後の記憶は、恐怖のあまり初期化されてしまったようです。PTSDやパニックになるよりはマシですので、これはこれである意味幸いかも知れません。
適当に言葉を濁して説明をした後、お互いの酷い状況を確認してもらい、「うあああああっ、なんでぇ!?」と混乱するエレンをなだめすかし、『収納』してあった着替え一式(さすがにメイド服はないので、普通のワンピースになりますが)を渡して、誰の目もないのでさっさと裸族となって濡らしたタオルで簡単に身体を拭いて、その場で着替えました。
「はあ……、人心地つきました」
新品のぱんつってなんでこんなに気持ちいいんでしょう。
「うううっ、これ人目につかないところで洗っておかないと一生の恥です」
脱いだ服をひとまとめにしながら、エレンが涙目で訴えます。
「まあまあ、ここから戻ったら嫌な思い出はいっそ廃棄して、新品に買い換えましょう。エレンには迷惑をかけたので、他にも欲しいものがあれば遠慮なく言ってね」
そうなだめながら、私も着替えを済ませました。
といっても私の衣装はもともと『伸縮調整』『温度調整』『自動修復』『自動洗浄』機能が付随していて、軽く水で濯いで一振りすれば新品同様に戻りますので、肌着だけ変えて元の恰好に戻っただけですが。
「そんな! ジル様のそのお気持ちだけで結構です。本当なら侍女のあたしがもっとしっかりしなければいけないのに……」
「ううん。今回のこともそうだけど、エレンがいてくれて本当に心強いわ。これが私ひとりだけだったら、どんなに心細かったことか」
そう思わずこぼしたところ、フィーアが優しく頬を舐めてくれました。
「――くすっ。そうね。フィーアもいるわね」
「そう言っていただければ幸いです。それにしても、なんかこの面子だけで冒険をするなんて久々ですね。あとブルーノの馬鹿がいれば枯れ木も山の賑わいで、そこそこ退屈も紛れたんでしょうけど」
ある程度気を取り直したのか、エレンがそんな憎まれ口を叩きます。
「そうね。随分と遠くまで来たものですものね。次の長期休暇がとれたら、皆でコンスルの【転移門】経由で里帰りするのも良いかも知れないわね」
「本当ですか! 村にも随分と帰っていないので、チビたちとかどうなっているのか心配してたんですよ」
「もう二年も経つものね。門番をしていたチャドさんとアンディさんとか、もう結婚されたかも知れないわね」
「いや、あのふたりは無理でしょう」冷たく言い切るエレン。
そんな益体もない事を話している間に、お互いにいつもの調子を取り戻した私たちは、再び魔法杖と槍を手にして、今度は歩いて階段を下りはじめました。
◆◇◆
踊り場から下りることさらに体感で五十メルトほど。いい加減、ウンザリしてきたところで、ようやく終着点に到着しました。
「「扉?」」
下りるに従って徐々に階段の幅が狭くなり、最終的には二メルトほどとなっていたその突き当りには、同じような幅の重厚な木造の扉が立ち塞がっていました。
見た感じは普通のお屋敷にある入り口のようで、きちんとドアノブと真鍮のノッカーも付いています。
怪しさ三百%ですが、この先に進まないことにはお話になりません。
とりあえずダメもとでノッカーでノックしました。
『コンコンコンコーン!』
初めて訪れた場所なので、マナーに従って四回……意外と大きな音がこだまします。
と、ぱたぱたと扉の向こう側から誰かが軽快に小走りに走ってくる音がして、
「はいはーい。お待たせしましたぁ」
ちょっと甘えたような少女の返事と共に、ドアノブが回され(ひょっとして鍵が掛かってなかったのでしょうか?)扉が開けられました。
「――どちら様でしょうか?」
そう言ってひょいと顔を覗かせたのは、セミロングくらいのオレンジ色の髪をした十五歳くらいの少女です。
愛らしい顔立ちに小動物のような無垢な笑みを浮かべている彼女のその格好は、
「「メイド……?」」
紺色で長袖のワンピースに同色のミニスカート、レースの胸当て付きのエプロン、白のヘッドドレスに赤のリボンタイと、実用性よりも見栄えを重視したようなデザインですけれど、間違いなくメイド服でした。
「なんでこんな地の底にメイドが……?」
あからさまに胡散臭そうな目で謎のメイドを観察しながら、手にした槍を握る手に力を込めるエレン。ツッコミどころ満載ですが、とりあえず自分がメイドだという意識はさきほど汚れたメイド服を袋に詰めてしまった時に、ついでに棚の上に置きっ放しにしたもようです。
「お……?」
一方、正体不明のメイドは扉から半身を出した姿勢で、僅かに怪訝な目で私たちの顔を順番に眺めていましたが、私のところで大きく目を瞠って、いきなり警戒をかなぐり捨てて、大きく扉を開きました。
「おおおおっ! お久しぶりです、クララ様っ。ご無沙汰しております。相変わらずお綺麗ですね。お元気そうでなによりでございます!」
満面の笑みを浮かべて、その場で、びしっ! と敬礼する謎メイド。
「はあぁ――!?」
思わず口から素っ頓狂な声が漏れてしまいました。
いえ、いまさら私が実母に間違われるのに驚く程ではありませんけれど――さすがに自覚も生まれます――こんな得体の知れないメイドと交友関係があるなんて、私の母ってどういう人間だったんでしょう。
そんな疑問はさておきまして、先に勘違いを訂正しておいたほうがいいでしょう。
「あの、それ間違っていますわ。私はクララではなく……」
言い掛けたところで、相手がポンッと掌を叩きました。
「そういえばあれから外界では二十年以上経過しているはずでございますね。ところがクララ様、見た目は以前と変わらない――どころか、若返って前よりお綺麗になっておられる。これはつまり――」
うんうん、と何度も頷きながら『わかってます』的訳知り顔で続きを口に出すメイド。
「クララ様、ついに人間を辞められたのですね。おめでとうございます」
このイカレタ世界に『Welcome』とばかり両手を広げられました。
「辞めてませんわ!!」
どうしてそういう結論になるわけですの!? と言うか……。
「お話からして、そもそも二十年以上前からここにいるってことですわよね? 貴女何者ですか?」
見た目十代半ばほどの少女にしか見えませんが、本人の言を信じるならばもっと年上の筈です。
「? なんですか、いまさら。ワタシはこの研究所の助手兼掃除番の人造人間、コッペリアですけど?」
「人造人間!?」
こんな精巧な、人間と区別が付かない人造人間なんて、学園の錬金学課でも見たこともありません。思わず絶句して『コッペリア』と名乗った少女をまじまじと凝視する私の手を、エレンがつんつん引っ張りました。
「あの、ジル様。人造人間ってなんですか?」
「あ……ああ、そうね。言うなれば物凄く精巧なカラクリ人形ってところかしら。普通はピアノを演奏したり、手紙を書くくらいの作業しかできないんだけれど……」
「ふふん。このワタシをそんなオモチャと一緒にしないでください。骨格はオリハルコン製、頭脳は賢者石、心臓は竜玉を利用し、理論上は永久機関でノーメンテナンスで稼動できる完璧なメイドですよ」
聞こえていたみたいで、鼻高々で胸を張られました。
ノーメンテナンスって、ハードはともかくソフトに不具合が出た場合、問題ありそうねえ……そもそも私と実母の区別がつかない時点で欠陥品じゃないかしら? と思いながら、とりあえず話を合わせることにしました。
「それでは、この先にはその錬金術の『研究所』があるのかしら?」
「そうです。まあ、錬金術はあくまで研究のひとつで、クララ様もご存知の通り、真の研究目的は『不老不死』ですけど」
「……『不老不死』」
思わず呻き声が漏れました。太古の昔から為政者や女性の永遠の憧れですけれど、この世界では手段を選らばなければ――大量の生贄を捧げてその生命力を吸収するとか、魔族と融合して魔生物と化すなどで――ある程度可能なだけに性質が悪く、どこの国でも禁忌・禁呪指定されている研究です。
軽く受け流すことができるような話題ではありません。
「相変わらず主様はあの封印の向こうから抜けられない状況ですが、ワタシもここのところ上階のボケ魔獣のせいで暇を持て余していたので、久々に世間の話題を聞かせていただきたいところですので、ささ、遠慮せずにお入りください」
一方、コッペリアは完全に警戒を解いたようで、『研究所』へと続く扉を全開に開いて手招きしています。
軽くエレンやフィーアと視線を交わした私は、この際相手の誤解を利用して『クララ』としてこの場に招かれることを選択しました。
見た感じコッペリアの戦闘能力はたいしたことなさそうですので、フィーアはもとより私でもいざとなれば制圧できそうです。
「そう。それではお邪魔しますわ。それと、あとからもう一人合流するかもしれないのですけれど」
「そうなんですか? では、扉の鍵は開けておきますね」
何の警戒もなくそう頷くコッペリア。
まあ、バルトロメイがその気になれば、こんな扉なんて鍵を掛けていても掛けなくても問題はないと思いますけれど、押し込み強盗の真似をするよりはマシでしょう。
そんなわけで私たちはコッペリアの後に続いて、扉を抜けました。
『コッペリア』はそのままのネーミングですね(´・ω・`)
基本、ホムンクルスではなくて機械仕掛けで電流火花が身体を走る構造です。
ちなみに良心回路も、ロボット三原則も搭載されていません。
ノックのマナーは現代同様、2回はトイレ、3回は親しい相手、4回は初めて訪問する場合、としておきました。




