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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第二部 魔導工学と魔獣
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第二十四幕 「認識拡張」

人の能力の限界を決めているのは常識?物理限界?

でもあなたは自分以上の非常識な人物を知ってるはず。物理限界を超え続ける記録を知ってるはず。

じゃあ自身の限界突破を体験した人はどうなるのかしら?


「可能性という言葉は、とてもワクワクすると思わない?」


「……湯冷めしない?」

バスタオルを巻いたままの私は怪訝な顔をして問う。


「大丈夫ですよ? 夢見の時に行うサキュバスの空間隔離魔法は術者本人の体温を元に常に平準化されます。外気温の影響で魔力消費の多寡は有りますけども、基本的には極端に暑かったり寒くなったりすることは無いです。」

同じくバスタオルを巻いた状態のリリスは笑顔できっぱり否定する。


私の悪あがきは術者の完璧な理論によって無惨にも退けられた。



事の始まりは入浴後に私が下着をつけようとしたところで、リリスが待ったをかけたところから始まる。


夢見を実行するのだから服は着なくていいですよ。と。

とても自然で朗らかな笑顔で言われた。


私はもっともらしい理由を考えて異を唱えてみたが……結果は御覧の通りである。


くそう、やっぱ裸にされるんか…。



「私は別に裸でもいいんだけど、ね。これからリリスの魔術で行う情報交換会に嗅覚や触覚が要るのかどうかは良く解んないんだけど?」

3者同様、同じくバスタオルを巻いただけのメイはツッコミを入れる。


いいぞ、天才。

そのままなんかいい感じに押し切って!


「うーん、これはサキュバスとしての感覚なので伝わらないかもしれないんですけども……夢見の空間において感覚の共有深度は、より正確に情報を共有するための重要な因子なんです。

視覚と聴覚だけでも言葉やイメージは伝えられても、そこに触覚や嗅覚が伴わないと微妙な違和感となってしまって……なんというか、夢見の間に体験した記憶がちゃんと定着しなかったりすることがあるんですよ。」


「あー…夢の記憶って曖昧な感じがして、はっきりと覚えてない事が有るけど、ソレの事か。ね?」


納得しないでメイ、さらに理論を補強することになるから!


「そうそう、それです。夢の出来事をはっきりと覚えられないのは視覚と聴覚に齟齬があったり、目で見えてる事と肌で感じる事に差異があるせいなんです。その違和感が記憶の定着の邪魔をするんです。」


「あれ?味覚は?共有深度とやらに関係ないの?」

メイがふと気づいたかの如く、突っ込みを入れる。


おいやめろ。それ以上はいけない。


「みっ、味覚は今回の情報交換には不要かと思います!しかも3人同時に共有するなんて難易度が高すぎます!!」

とんでもないことを口走るサキュバス。


つまりどういう状態になるかというと……?

『3人同時に舌を絡めながら入眠。』

という、いろんな意味でアクロバティックな妙技を繰り出すことに。


なるほど、嫌です。



「……あぁ。もしかして、味覚の共有って舌同士の粘膜接触が必要とか?」

メイの疑問に対し、私が無表情で無関心を貫く様子とリリスが突如狼狽えて妙なことを口走った事で、天才はいとも簡単に答えにたどり着く。


「エッ!? なんで解るんですか!?」

羞恥心のため明言できず、言及を避けたのに普通に当てられてさらに狼狽えてしまうサキュバス。


「なんでって……ごく当たり前の推理だと思うけど…。」

え、何か変な事言った?

とでも言いたげな表情のメイは、そのまましれっとのたまう。


「ごく当たり前かは知らないけれども、よくもまぁそこまで無反応でいられるわね……。恥ずかしかったりしないの?」

呆れるやら感心するやらで、思わず私も口を開く。


「いや……別に目的が性交渉じゃない上で味覚の共有が必要になるシーンもあるんじゃないかなぁ、と。そう思っただけ。ね。」

その事の何がまずいのだろう、といった風に疑問を浮かべる表情。


やばい、この天才。

性への無頓着さは眼前のサキュバスを上回り、現在トップ。


そしてやはり。

野盗たちに襲われ純潔を散らした事を何とも思ってないという姿勢は、強がりでも何でもなく……本気で『関係ないから問題ない』と思ってるのか…。



「何はともあれ、夢見を始めるの前に髪を乾かすくらいは待って欲しい、ね。」

もう一枚のタオルで髪をわさわさしながらメイが提案する。


ごもっとも。


リリスも赤面した顔を隠すかのようにタオルで頭を覆い、無言でわしわしと水分をふき取っている。



さて、二人が髪を乾かしてる間に……。


すでに髪の乾いていた私はテーブルの上にあるティーセットへと手を伸ばす。

ポットの蓋を開け水のマナを行使して水を注ぎ、続いて火のマナを行使し小さな火球を指先に灯す。そのままひょいと火球をポット内の水に放り込む、ほどなくしてゴポゴポと水が沸騰した。


「いろんな属性を使えるのは便利だねぇ…。」

私がほんの十数秒でお湯を生み出すのを見てメイは感心している。


「ヤカン要らず、ね。」

そのまま私はお茶を淹れて三人分のコップに注いだ。


「あと、コレは子爵様との会合あとにお土産に頂いたの。」

そういって私はレネアからもらったバスケットの包みを開く。


可愛らしい紙製の包み袋で半分個別包装されたスコーンが結構な数入っている。ほんのりと甘い香りが立ち上る。


「おわ、スコーンだ。私も食べていいの?」

目を輝かせるメイ。


「ご遠慮なく。」

私はそう言ってコップと二つばかりの包みをメイに手渡す。


「はい、リリスも。」

同じようにコップと包みを二つ、リリスにも手渡す。


「ありがとうございます。」

満面の笑みで受け取るリリス。


私もバスケットから一つ取り、お茶と一緒にスコーンを堪能する。


「んー、程よい甘さ。」

思わず顔がほころんでしまう。


「この時間に…これから寝るというのに良くない事をしてる気に…。」

さくさくもぐもぐ良いペースで食べる割には複雑な顔をしているリリス。


「大丈夫だよリリス。これから夢見で色々考えるために頭を使うんだから、これくらいの甘味を食べるのはむしろいい事だ。ね。」


そうそう、これからいっぱい脳を使うからねー。って。


いやまてよ……脳の活性に糖分が必要だって知識もまさか自前で発見したんじゃないでしょうね…。

生理学の基盤すら無いこの世界において、私の脳内に有る『与えられた知識』をもってしてようやく測れるメイの知力の異質さたるや。

下手なことが言えない気持ちにさせられる。


天才に変なこと教えたら何が起きるか解ったもんじゃない。



「そうなんですか?」

リリスからは脳天気な思考しか持ち合わせてなさそうな反応。


「根拠は無いけど、ね。四六時中色々考えてるとき何かに、なーんか思考力が低下してるなぁって感じることが有って。甘いもの食べるとソレがスッキリ解消されるって実感があるんだよね。」


実体験に基づく経験則だった。


ま、そうだよね。今のメイに細胞単位の活性を観察する実験なんて無理。

自身で細胞の存在を発見したとしても、各細胞がどの様な役割を果たすか解明するなんて膨大な作業を若い一人の女性がやりきれるわけ無い。


「はえー。甘いものは脳に良いんですか?」


ちげーです。


「さぁ?脳の活動には糖分が必要とかそんなんじゃないかな?」


ほらもう答えにたどり着きつつ有る。

こわい。


そんな事を考えていたら―


「ねー、セレナ。貴女の理力による強化について一つ聞きたいんだけど。」


メイが私に疑問を投げかけてきた。


「なにかしら? 解ることであれば答えるわよ。」

唐突なことでは有るが、天才の知識欲においては超常の力も興味の対象になるのか…。気を付けて答えねば。


「私の思考を強化してくれた時に感じたんだけどね、なんか思考の加速によって時間の延伸が起きたと言うか、すごい短時間にいろんな事を思考し認識し演算できたっていう体感が有ったんだ。……セレナは自分の脳や五感を強化すると世界がどんな風に見えるの?」


「思考の加速による時間の遅延現象は脳の強化によるものね。人の脳が最小時間単位で認識できる限界を超えて、更に高速で高密度な思考を可能にすることによって、シンプルに今まで知覚できない情報量が処理できるようになったのよ。

それが自分の思考の高速化、相対的に相手の反応が遅く感じる事によって時間が延びてるように感じるの。



で、私の強化の場合は……脳の強化に合わせて五感すべてを強化するのだけれども、そうすると色々な変化が起きるわね。


視覚においては……通常では見えない光まで見えたり。熱を視覚的に捉えることが出来るわね。

聴覚も、人が聞くことの出来ない音を聞けるし、シンプルに遠くの音や小さな音も聞こえるわ。

嗅覚についても同じ、人間じゃ認識できない領域で匂いを嗅ぎ分けたり、遠くの臭いを感じ取ったり出来る。

触覚や味覚についても嗅覚同様、認識の幅と精度が上がるって感じ。」


私はなるべくかいつまんでメイへの説明をしてみたが、実際の所はもっと複雑な話になる。


私が認識している世界を認識できない能力の人に説明するのは難しい。

まして可視光線波長域や可聴音域の概念のない相手に対して説明は不可能。更に私はこの認識領域において特定の帯域を制限することが可能だ。


つまり視覚なら、特定の色や波長を抜いたり。

音なら音域をカットして聴音できる。

嗅覚についても不要な臭素を排除できる。

触覚において、熱感知や痛覚を遮断して行動することも可能。


味覚は……そういえば、あんま強化して活用した記憶が無いわね…?今度食事の時に意識的に強化してみようかしら。



「はー……すごい話だねぇ。私の認識では一部の動物には人間が持っていない領域の知覚能力があると思ってるんだ。夜目の効く動物、狼やフクロウ。多分私が認識してない音でコミュニケーションをとっている生物もたくさんいると思う。虫とか絶対にそう。

セレナはそういうの全部わかるって感じ?」


これは…波長域や音域について既に予想してるわね。


「夜目に関しては…まぁ、その認識で良いわ。音に関してもコウモリの出す鳴き声以外の音を聞くことが出来るわね。

虫がお互いに何を言ってるかは解らないけども、何かを言ってるのを聞いたことは有るわ…。

すごいわよね、メイは。推論だけでそこまでの予想を立てられるほど柔軟かつ仔細な思考を持ってるんだから。」


「おー、じゃぁ光や音に人間にとって知覚可能な範囲と特定の動物にしか知覚できない範囲が有るって推論は間違ってなさそうだ。ね。」


……本当に天才って怖いわ。


「お二人の話が全くわからない上に、メイが何の話をしたいのか予想もできません。」


突如リリスが不満げな声を出す。

すんごい仏頂面。


「あー、ごめんごめん。私が聞きたかったのはね……セレナが強化によって見てる世界と私が見えるようになった世界の違いなんだ。」


……はい?


「セレナは理力の強化によって、生物的に認識できる拡張世界を知っている。って事だよね。」


「……そうね、生物の枠を超えている部分はあるとおもうけども。」

我ながら化け物じみてるので。


「セレナ、自分で自分を化け物だって言ってませんか?」

リリスが突っ込んできた。


「いいのよ、別に。事実だもの。」

私が自嘲気味に吐き捨てると、リリスがちょっと悲しそうな顔をした。

ちょっと心がズキっとしたが……とりあえずソレは置いておく。


「で、何よ。『私が見えるようになった世界』って。」

そんな事よりメイの発言が気になって仕方ないのだ。

何か開眼したかのような物言いだ。


「文字通りの意味だよ。あの事件を経て二人に助けてもらって目覚めてから、私の視覚に変化が起きた。」


「それは朝言ってた目が良くなったって話とは別にですか?」


「うん、視力の回復とは別に。私は別の知覚情報を得てるんだ。」


……メイが、とんでもない事を言い出したぞ。




「…あなたはソレをどのようなものだと類推してるのかしら。」


答えが全く想像できず、謎の恐怖を感じつつも私はメイに聞いてみる。


「私が数式や図形に対して、『感覚的に理解し要素を分解して数式と結果を導き出せる』のはママから聞いてるよね?」


「聞いてるわ『数覚』ってやつでしょ。」

実に天才らしい能力だ。


「うん、感覚で数的要素を理解する。私はそういう認識で自らの能力に命名したんだけども…。」


「けども?」


「どうやら私の『数覚』は、何かしらの外的要因。つまり野盗どもに嬲られ薬漬けにされたこと、その後必死に『論理の壁』で耐えたこと、セレナ達に助けられた一連のこと。そのいずれか。あるいはその全てか。他の未知の要素が原因となって。」


ええい、言い回しが長い。


「わたしの数覚には新たな認識領域が生まれた、あるいは拡張された可能性があるんだ。」


……数的天才が直感的に世界の数学的構成を理解する能力をさらに拡張…?


「……具体的には?」

私は恐る恐る聞いた。


「力の流れが見える。」

メイが真剣かつ深刻な顔で、珍しく端的に答えた。

その表現の単純さゆえに色んな想像をしてしまう。


「…詳しく。」


「様々な形状、材質、重量の物体が地面に落ちる際にかかる力、その際の空力作用、落下地点の予測、落下地点で発生する物体への作用と落下対象への反作用、物体にかかる作用によって発生する力の伝播、伝播の結果起きる事象の予測。これらを数的に理解して直感的に算出して予測できるんだ。もちろん物体の落下はあくまで一例。水平移動や慣性移動、投射や飛翔についてなんかも同様だよ。」


「……物が落ちたら、落ちる所と落ちたらどうなるか。物が動く時に発生する力の流れ解るのね。」


「他には……おそらく光がもつ力の要素によって、様々な物体や生物が受ける影響。光そのものの力、熱の力。光を火に置き換えても良い、火が物体に与える力の作用と力量の伝達が理解できる。力量を数値化したものを変数として直感的な数式に代入することで、結果を導き出せる。」


「……光と熱の反射や蓄積…、無機物や有機物への反応予想といった所かしら。」


「音についても振動のような現象によって力量が伝わる様子を数的に理解することが出来ている。空気、個体、液体、様々な状態の物質に対して音が与える影響について数的に観察し、それを数式に置き換えて予測できる。」


「……音の伝播を認識して空気中や物体に与える影響の数式化、で良いかしら。」


……メイが言ってることが事実なら、この子は今とんでもない事を言っている。

この世の自然界に存在する物理的なエネルギーの流れを認識している、そういう意味になるのだ。


「……情報量に混乱したりしてないの?」


「かつて体験した『情報の洪水』に比べれば理路整然としていて実に論理的な情報だ、量の多さは私にとって細やかなものだ。ね。」


「……つまりあなたは、その奇妙な知覚情報を処理できている、と?」


「セレナが脳の強化を行った時に、恐らくだけども私の『脳力』が強化されたことを認識した上で、それに私自身の脳が適応した可能性が高い。」



……天才。いや、そんな枠に収まる話じゃない。


これは…理力による強化にメイが生物として進化して追い付いたって事?

それはもう人間の領域じゃない。


「……今のところ生活に支障は?」


「ちょっとお腹の減り具合の頻度が尋常じゃないかも知れない。」


常時、メイの脳は大量の情報収集と計算を行っていることになる。

消費カロリーがやばいのかも知れない。


「それは抑えられる?」


これが止められないなら命に関わる問題だ。


「可能だけど、ちょっと私の好奇心を刺激しすぎてて無理かも。」


ガクッと、肩の力が抜ける。

心配して損した!


「あ、あの?お二人の話、解るようでわからないんですが…。メイさんは、事件に関わる体験を経てどうなっちゃったんですか?」


「んー、説明が難しいんだ。感覚的な話で申し訳ないんだけど、私が直感的に物事を数字で解明する能力は静的な物体の質量だったり形に対する表面的な数値についてだったんだけど…、それが拡張されて物体が動く際に発生する力の流れや自他に引き起こす影響みたいな物が『見える』んだよ。」


「み、みぇー?」

リリスがついていけなくて変な声で鳴いている。


「それは数値として見えるの?それとも見ることによって、メイの頭に数詞が認識されるの?」


数字が視覚内に表示されるのか、それとも脳がそれを数値的に認識するのか。


「後者だ。視覚的には一切変化はしてないのに、目に映る物体、動体、光、音、全てが持つ自他への影響が数値となって脳がそれを認識する。」


「つまり、目を閉じると?」


「うん、完全に認識できなくなる。」


ここまで話した後、私は目を瞑って考え込む。

リリスとメイは私の反応を待つかのように黙ってしまった。



数秒後、私は目と口を開いた。


「はぁ……なんというか…すごすぎてはっきりしたことは言えないけれども。あなたも何かの因果に巻き込まれているのかもね。とても人間とは思えないレベルの能力の類よ。」


「やっぱそういうレベルの話かね? 想定はしてたけど……この能力、といって良いかわからないけども、セレナの知識には存在するかい?」


「……無いわね。まぁ兎にも角にも……飢え死にしたくなかったら適度に調整することを覚えるのを最優先にしなさい。」


何もわからない、想像できない私は。

能力による腹ペコの先輩として出来るアドバイスだけをした。


メイは苦笑しながら頷いていた。



先程から『与えられた知識』を意識しつつ思考している。


ディダからは反応がない。私個人の魔法知識にもない。

つまりコレはここに居る全員にとって『完全に例のない能力』。



非力な彼女がこんな力を得てどうしろと…。



ディダ、あんたの『雇い主』。相当おかしいわよ。


パジャマパーティーは中止になりました

バスタオルトークの後に全裸ドリームです


何を言ってるのか判らないが、事実だ

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