第二十三幕 「女三人寄らば」
こんな何でもない時間を過ごす事が
今の私にとっては奇跡のような事だ
だがら私は全力で今の時間を楽しむ
「いずれこの手が血に染まろうとも、ですかね。」
おっかなびっくりしながら目の前の魔導具に魔力を通す。
直後、頭上にあるじょうろの様な注ぎ口から細く枝分かれしたお湯が一斉に降り注いできた。思いのほか強い水勢に一瞬身を縮こまらせてしまったものの、慣れてしまえば心地よい刺激な事この上ない。程よい温度のお湯が頭の先からつま先まで濡らしてゆく。
マーサに湯あみの支度を頼もうかと思ったけど遅い時間に頼むのも悪いと考えたところで、昼間に買った携帯用シャワーの存在を思い出した。
私が宿泊している一等室は湯あみ用の水場も備え付けられてるので、マーサに一言ことわって使用許可を得たうえで実験がてら使ってみた。
魔導器をセットしておけば魔力消費なしで使用する事もできるとか。
文明の進化に感心しつつ、肌を撫ぜてゆくお湯の感触を楽しむ。
んで、一緒に購入した香料入りの石鹸も使っちゃう。
少し削ったものをお湯で濡らして布でこすりながら泡立てる。
小気味良い泡立ちと供に花の香りがあたりに立ちこめる。
おー、すごい良い匂い。
体中をわしわし擦って旅やら忙しく動いた諸々の汚れと疲れを洗い落とす。
んでもって再度石鹸を削り取り、泡立てなおした泡の塊で頭をわっしわし。
ルーカス曰く、髪に使っても大丈夫だという事なので頭皮もしっかりと洗い、埃やら皮脂やらをきっちりこそぎ落とす。
洗っている内に指の間を滑る髪の感触がちょっときしんできた。
……男の感覚での『大丈夫』だった可能性が有るなコレ。
まぁ、私は理力で髪質の保善もできるので関係ないが。
なんてことを思いつつ久々の入浴を愉しんでいた。
――すると
「おわ。すごい花の香り。」
「これ、ルーカスさんの所で買っていた石鹸の香りですか?」
突如、すぐ背後からメイとリリスの声が響く。
……油断してた。
水浴びの時に知覚を強化してると喧しい事この上ないので知覚強化を切っていた事に加えて、久々の入浴に浮かれてて二人の接近に完全に気づかなかった。
ていうか、なんで入ってくるかな!?
「……なに普通に入ってきてるのよ。」
「背中でも流そうかとと思いまして!」
「私は純粋に魔導具に興味があって。ね。」
泡が入らないように薄目のまま視線を向けると、二人とも裸だ。
「さすがに三人いちどは狭くない?」
あーだこーだ言っても仕方ないので煩く言うのは止めておく。
「そこは緑葉亭の一等室、バスタブも大人2~3人くらいなら平気さー、たぶん。ね。」
「それに人数多い方がお湯の溜める量少なく済みますよ! メイに教えてもらいました! アルス・ティヌスの原理っていうんですって!」
「みょうちくりんな唆し方だこと。」
容積と浮力に関わる発見をした人だっけかな。
入浴中に思いついて『見つけた!』って叫びながら裸で走り回ったおっさんの逸話で有名。
ちゃんと捕まったのかな。
「ほら、セレナは頭洗っててください。背中洗いますよー。」
あっという間に背後を取られ泡立てたタオルで背中を念入りに擦られる。
ま、洗いづらい所だし、正直ありがたい。
「これ、私みたいな生活魔法レベルしか使えない魔力でもちゃんと作動するんだねぇ……魔導工学とは素晴らしい技術だ。ね。」
携帯用シャワーを起動しながら感心しつつ、取扱説明書も読まずにそつなく使いこなすメイ。
「ちょっと、メイ。もしかして石鹸は私の使う気じゃないでしょうね!」
背中に圧を感じつつ洗髪を再開する。
目もつむってるので状況がわからん。
「ご安心を。これでも豪商の娘だよ、自前でちゃんと用意してるさー。」
メイのドヤ気味な声が聞こえる。
「ふわー…、何ですかこれ、牛乳の香り?」
リリスが手を止めてくんくんと鼻を鳴らしている。
私の鼻にも花の香り以外の柔らかな匂いが届く。
「香りも泡立ちも華やかさには欠けるけど、実にしっとりとした潤いを与えてくれる肌に優しい牛乳石鹸さー。」
わしわしと泡立てた布で身体をこすりながらメイが自慢げに話す。
「へー、聞いた事はあるけど……動物由来成分の石鹸って高級品でしょ?なんか…泡の白さまで牛乳じみてるというか……すごいわね。」
ちらっと目を開けて、薄目で見た時にメイを包み込む純白が見えた。
そのきめ細やかで白い泡に素直に感心する。
「ほらほら、リリスの背中は私が流したげるから。頭はセレナの石鹸を貰ってー。ね。」
全身を泡立てたままのメイは、リリスへとにじり寄り手を伸ばす。
「ひぅ! わっ、脇腹は触らないでください!」
弱点付近を触られたであろうリリスが突如として悲鳴をあげた。
「何?よわいの?ココ。」
対するメイ、なに嬉しそうな声を出してんですかね?
「つっつかないでぇ!」
防戦一方のリリスはしなをつくりながら小さく悲鳴を漏らす。
「やめときなさい、メイ。リリスの脇腹をいじめ過ぎると本当に泣き出すわよ。」
過去の経験に基づく忠告を的確に進言してみる。
「……ほほぅ。」
目を細めていやらしい手つきで撫で始めるメイ。
逆効果だった。
「ひぃん!」
リリスも変な声だすんじゃない。
「ぬふー、この肉感ある肌への手触りは……ちょっとクセにひぃ!?」
肉感ってセリフ辺りでリリスの目つきがキッとなり、メイは流れるような反撃に遭い、脇を揉みしだかれる。
「肉っていいましたか!? 良いでしょう受けて立ちます!」
白い泡と褐色の肌のコントラストと、暴力的な艶を備えた官能的なリリスの肉体が暴れている。それに負けじと色白で萌やしの様な細身ながら、出るとこは出てる女性らしい体のメイも対抗して暴れている。
いや、暴れんな。
マーサに怒られるぞ。
そのあと二人はきゃいきゃい騒ぎながらお互いの身体やら背中やら、乳やら尻やら洗いあう。
姦しい事この上ない有様だった。
全身を洗い終え泡を流しきり、私は二人を放置して一人でバスタブにお湯を溜める事にした。
携帯シャワーの注水口を切り替えて魔力を注ぎ込むと、またもや程よい温度のお湯がバスタブへと勢いよく流れ込む。
すごいなコレ、使用する魔力量増やすと水勢も上がる。
バスタブが見る見るうちにお湯で満たされ、程よい水位まで溜まったのを確認した私は先に湯船に浸かる。
ほふぅ。
と思わず息が漏れる。
お湯につかるのは本当に久しぶり。
「ほらー、二人ともー。じゃれ洗いしてないで頭洗って早く浸かりなさーい。風邪ひくわよー。」
ひいても治せるけど。
「「はーい。」」
泡まみれの二人はそろって返事をした後、各々自身の頭を洗いにかかる。
そういえば、リリスの魔族の角って今どうなってるんだろ……。
この水場じゃ5m以上離れられないから確認できないけど、洗髪時に魔族は角も洗うのだろうか。なんかすごいセンシティブな部位みたいな反応してたけど……ガシガシ洗って平気なのかな…。
などと至極どうでもよい事を考えつつ二人を眺める。
いい湯だな。
やがて洗髪を終えた二人は髪結いした後、湯船へと入ってきた。
「やっぱ3人は厳しくない?」
案の定、というか予想以上に狭い。
「ちょっとダメか。ね?」
リリスもメイも女性にしては長身なんだよね。
私が華奢であることを差し引いても、3人は厳しかった。
「セレナ、抱っこするのでこっちへどうぞ。」
リリスがここぞとばかりに名案を提案する。
「ん。」
特に断る理由もないので、すいっとひと泳ぎでリリスの胸元へ移動し腕に抱かれる。
「んふふ。」
「あー、いいなー。私もセレナ抱っこした―い。」
嬉しそうに抱っこするリリスを見て、メイが駄々をこねる。
ていうか『いいなー。』ってなにかな。
「それにしても裸の二人を見比べると。セレナの肌の白さが際立つ。ね。」
私とリリスの体を交互に見つめた後、メイがぽつりと零した。
「メイもどっちかっていうと肌白いわよ。」
自分を棚に上げるのを許さない、といった風に突っ込んでおく。
「私の場合はずっと屋内に引きこもってるが故の不健康な白さだ。ね。」
メイは誇らしげに胸を張ってこたえる。
なんでちょっとドヤ顔。
「確かに、メイの肌はちょっと『青白い』って感じがしますけど。セレナの肌の白さは…『まばゆい白さ』とか『際立つ白さ』って感じがします。」
抱きかかえた自分の腕を伸ばし、私の腕に並ばせながらリリスも語る。
「自分じゃそーゆーのは判らないわね。ていうか気にした事ないもの。」
私もまた話題に乗っかって当たり障りのない返事をする。
その後も3人で肌のきめについてだとか、髪の艶についてだとか。
とりとめもないおしゃべりをした。
なんかこう言う時間、本当に久しぶり。
そんな事を頭の片隅で思いながら、私も会話を存分に楽しんだ。
おはなと おちちのかおり
あたたかく さわがしい ここちよさ
そうか ここが てんごく
邪な心を持つ者が此処に入り込むと死にます
気をつけてくださいね?
私も気をつけます。




